はじめに この本は、〈子ども〉のための哲学入門書である。〈子ども〉といっても、実際の年齢が子どもである必要はない。まあ、さしあたって、子どもの心をもった、という程度の意味に理解してもらえばいい。 この本のもう一つの特徴は、自分で哲学をするための入門書だ、という点にある。野球の入門書だって、将棋の入門書だって、プロ野球やプロ将棋の鑑賞の仕方ではなくて、自分で野球や将棋をするための入門書だ。哲学だってそうだ、というのがぼくの考えである。イチローの野球や羽生の将棋について、いっぱしのことが言えても、自分で草野球もへぼ将棋もできないんじゃ、話にならない。哲学だってそうだ。 なぜぼくがそう考えるようになったかと言えば、たまたまぼく自身が、哲学を学ぶまえに自分で哲学をしはじめてしまったからである。はじめのうち、ぼくも自分の勝手なやり方に自信がもてなかった。こんな勝手なことをやっていていいのだろうか、と心配したものだ。でも最近になって、四十歳も過ぎて図々しくなったせいか、結局、ぼくのやり方が正しかったのではないか、と思うようになった。ひとことで言えば、哲学とは、何よりもまずするものであって、学ぶのは二の次でいいのだ、いや二の次でなければいけないのだ、と思いはじめたというわけだ。 この本であつかわれている問題は二つだけで、どちらもぼく自身が子どものころからずっと考えてきた問題だ。どちらを先に読んでもらってもかまわない。興味があるほうから(あるいは興味があるほうだけ)読んでください。哲学とは何か、についてのぼくの考えをまず知りたければ、「問いの前に」と「問いの合間に」の前半と「問いの後に」を、先に読んでください。 抽象的な議論のつながりは、よく考えて、ぜひついていってほしいと思うが、とくに人名が出てくるところなどは、適当に読みとばしてかまわない。だれそれの言っていることはどうだ、というようなことを書いているところは、ちょっとついでに言ってみただけで、どうでもいいところだから。 もっとも、さらにいえば、ぼくが自分の議論を展開している箇所も、その内容そのものは、ほんとうはどうでもいいのだ。ただ、いわば素手で考えていくやり方のようなものをつかんでもらえれば、目的は達せられたことになる。要するに、ぼくの思想に共鳴しないで、ぼくの思考に共感してほしい、ということである。 なお、これはもともと、講談社の PR雑誌「本」に一昨年(一九九四年)九月号から昨年(九五年)八月号まで連載されたもので、そのため、各章が前回の議論をまとめて次の話にはいるという話の進め方になっている。この方式はなかなかいいと思ったので、各章の内容は多少加筆訂正を加えたが、章の区切り方などは連載時のままにした。目 次はじめに問いの前に 〈子ども〉のための哲学とは? 哲学とは/子どもは哲学する/ぼくの子ども時代の哲学的思索/「なぜ悪いことをしてはいけないか」と「なぜぼくは存在するのか」/青年の哲学・大人の哲学・老人の哲学/〈子ども〉の哲学のすすめ第一の問い なぜぼくは存在するのか 一──独我論をめぐって ものごころ/問題の中身/作文に書いた話/ロボットの疑惑/友人に語った話 二──ぼくのほんとうの問題 問題はなぜすりかえられたか/ほんとうの問題/ぼくが存在しない二種類の状況/ぼくの出した答え/新たな問題 三──ふりだしにもどった問題 大切に生きること/奇跡と偶然そしてふたたび独我論/第二ラウンドの開始とウィトゲンシュタインとの出会い/独在性と単独性 四──魂の存在証明とその次のステップ もう一人のぼく/個別化された脱人格的自我/自我同一性に関する「ウィリアムズ・永井・榑林説」/世界の複数性と唯一性 五──哲学の終結 独我論と独在性/独在性と言語ゲーム/二つの批判と哲学の意味問いの合間に 上げ底と副産物 哲学上の友と敵/哲学は上げ底を埋める/いくつかの副産物/死・今・自由・実在第二の問い なぜ悪いことをしてはいけないのか 一──もう一つの問題 問題のはじまり/好いと善い、嫌なと悪い/ぼくのほんとうの問題/授業中におしゃべりをしてはいけない/善いことをする動機の問題 二──だれも教えてくれなかったこと 道徳の限界/人間はみんな利己主義者か/大人の立場から/子どもの立場から 三──まやかしの必要性 つりあいの善さ/言葉の問題/倫理学への失望/ニーチェと青年の哲学 四──ぼくが感じていた問題のほんとうの意味 二つの文体/〈子ども〉の哲学者ニーチェの洞察/倫理学と実在論/〈子ども〉の哲学者ニーチェの不幸/ぼくが感じていた問題の真の意味/第一の問いとのつながり問いの後に 哲学とは? 哲学に対する二つの態度/〈哲学〉と「哲学」/哲学と思想/子ども、青年、大人、老人/哲学のすすめおわりに問いの前に 〈子ども〉のための哲学とは?哲学とは 哲学といえば、たいていのひとは、ソクラテスやプラトンからデカルト、カントをへて、ハイデガー、ウィトゲンシュタインにいたる西洋哲学史上の人物を思い浮かべるようだ。そして、哲学を学ぶとは、そういうひとたちの書いたものを読んで、理解することだと思っているひとが多い。しかし、そういうやり方で、哲学の真髄に触れることは、絶対にできない。少なくとも、ぼくはそう確信している。 本人にとってはどんなに興味深い、重大な意味をもつものであっても、他人の見た夢の話を聞くことは、たいていの場合、退屈なものだ。それと同じように、他人の哲学を理解することは、しばしば退屈な仕事である。そして、どんなによく理解できたところで、しょせんは何かまとはずれな感じが残る。ほんとうのことを言ってしまえば、他人の哲学なんて、たいていの場合、つまらないのがあたりまえなのだ。おもしろいと思うひとは、有名な哲学者の中に、たまたま自分によく似たひとがいただけのことだ、と思ったほうがいい。いずれにしても、他人の哲学を研究し理解することは、哲学をするのとはぜんぜんちがう種類の仕事である。 哲学というものは、最初の第一歩から、つまり哲学なんてぜんぜん知らないうちから、何のお手本もなしに、自分ひとりではじめるのでなければ、けっしてはじめることができないものなのだ。つまり、哲学の勉強をしてしまったら、もうおそいのだ。勉強は哲学の大敵である。 そんなことをいっても、何の手だてもなしに、自分ひとり、はだか一貫で、哲学をはじめるなんてことが、ほんとうにできるものなのだろうか? と、こう思うひとも多いにちがいない。だが、できるのだ。ぼくが読者の方々に伝授したいやりかたは、とてもかんたんなものだ。大人になるまえに抱き、大人になるにつれて忘れてしまいがちな疑問の数々を、つまり子どものときに抱く素朴な疑問の数々を、自分自身がほんとうに納得がいくまで、けっして手放さないこと、これだけである。子どもは哲学する 子どもとは何だろう。そして、子どもが大人になるとは、どういうことだろう。思うに、それはこうだ。子どもは、まだこの世の中のことをよく知らない。それがどんな原理で成り立っているのか、まだよくわかっていない。では、大人はわかっているのだろうか。ある程度はそうだ。大人はわかっている。しかし、全面的にわかっているわけではない。むしろ、大人とは、世の中になれてしまって、わかっていないということを忘れてしまっているひとたちのことだ、とも言えるだろう。 ソクラテスはかつて、こんなことを言った。世の識者たちは、自分がだいじなことを知らないということに気づいていない。つまり、わかっていないということを忘れてしまっている。それに対して、自分は、知らないということを知っている。つまり、わかっていないということを忘れていない。この点で、世の識者たちよりも自分のほうがものごとがよくわかっている、と言えるだろう、と。「知らないということを知っている」ことを「無知の知」という。知っていると思い込んでいるひとは、もう知ろうとしないだろうが、知らないとわかっているなら、なお知ろうとしつづけるだろう。知ることを求めつづけるこのありかたを「フィロソフィア」という。「フィロ」とは愛し求めることであり、「ソフィア」とは知ることである。つまり、「フィロソフィア」とは、知ることを愛し求めることを意味する。これが、哲学という言葉(英語ではフィロソフィ)の語源だ。 だとすれば、子どもはだれでも哲学をしているはずである。子どもは、たしかに、自分が知らないということを知っている。ただ、子どもはソクラテスとちがって、たいていの場合、大人たちもほんとうはわかっていないのに、わかっていないということがわからなくなってしまっているだけだ、ということを知らない。そして、「大人になれば自然にわかる」とかなんとか教えられ、そう信じ込まされて、わかっていないということがわからない大人へと成長していくのだ。 大人だって、対人関係とか、世の中の不公平さとか、さまざまな問題を感じてはいる。しかし大人は、世の中で生きていくということの前提となっているようなことについて、疑問をもたない。子どもの問いは、その前提そのものに向けられているのだ。世界の存在や、自分の存在。世の中そのものの成り立ちやしくみ。過去や未来の存在。宇宙の果てや時間の始まり。善悪の真の意味。生きていることと死ぬこと。それに世の習いとしての倫理(たとえば、知っている人に会ったらあいさつするとか)の不思議さ。などなど。こうしたすべてのことが、子どもにとっては問題である。 子どもは、ときに、こうした疑問のいくつかを、大人に向けて発するだろう。だが、たいていの場合、大人は答えてはくれない。答えてくれないのは、問いの意味そのものが、大人には理解できないからである。かりに答えてくれたとしても、その答えはまとはずれに決まっている。せいぜいよくて、世の中で通用しているたてまえを教えてくれるか、何だか知らないがそうなっているのだよ、と率直に無知を告白してくれるか、そんなところだろう。子どもは、問うてみても無駄な問いがあることをさとることになる。 つまり、大人になるとは、ある種の問いが問いでなくなることなのである。だから、それを問い続けるひとは、大人になってもまだ〈子ども〉だ。そして、その意味で〈子ども〉であるということは、そのまま、哲学をしている、ということなのである。ぼくの子ども時代の哲学的思索 ぼく自身のことを話そう。子どものころ、ぼくはいつも哲学的な問題をもち、哲学的な問題を考えながら生きていた。小学三年生から中学二年生までの六年間ぐらいのことだ。今ぼくは、大学生に「哲学」を教える職業哲学者になったが、かつてのように哲学的な問題を生きてはいない。ふつうのひとと同じように、政治のこと、お天気のこと、家族のこと、自分の収入や評判のこと、それに人類の未来のこと、などなど、そんなことを気にして生きている。いまでは、もともとの哲学的な疑問をいきいきと感じることに、努力を必要とするようになった。哲学することを忘れてしまったわけではない。むしろ反対に、生活の中にうまくおさまってしまって、あまりにもあたりまえのことになってしまったのだ。 話はそれるが、そのことの理由を少し考えておこう。まず、ぼくは職業哲学者という奇妙な職業についた。さらにぼくは、子どものころの哲学的な疑問に答えることに、すでにある程度成功した。そのうえ、ぼくの疑問とそれに対する答えは、少数とはいえ、理解者や批判者を得ることができた。こうしたすべては、ぼくにとって救いになった。もしある人間に何らかの欠陥があるとしたら、その人間がいちばん救われるのは、何とかしてその欠陥を売りものにする方法を編み出すことであろう(だから、講談社からこんな本を出してもらえること自体が、ぼくにとっては救いだ)。だがそのことは同時に、自分のなかで哲学しつづける深い内的必然性をなくした、ということでもある。つまり、ぼくはふつうの哲学者になれたのである。 話をもどせば、ぼくは子どものころ、いまとは逆に、ふつうのことを考えて生きていくのに、努力を必要とした。当時でいえば、学校の成績とか、友だちとのつきあいとか、そういったことだ。子どものころのぼくは、どんなことでも、もっと根本的なことが気になっていた。学校の例でいえば、なぜ成績をよくするように努めなければならないのか、とか、そもそもなぜ学校に行かなければならないのか、とか、そういったことだ。先生や親が出す答えは、わかりきっていたから、わざわざ聞いてみることもしなかった。 この問題についていえば、ぼくはわりあいかんたんに答えを出すことができた。それは(今のぼくの言葉でいえば)権力関係による、というものだった。学校などというものは、よろこんで行っているように見えても、ほんとうは親や先生たちの権力によって行かされているにすぎない、というもので、この答えは当時のぼくを満足させたので、それ以来、ぼくはこの問題を考えなくなった。そして楽しく学校に通い、楽しく勉強できるようになった。いまでも、この答えは正しく、立派な答えだったと思う。 勉強についていえば、国語や算数はすなおにのみ込めたが、理科や社会はそうではなかった。とりわけ、物理や化学や歴史といった系統のものは、どうしてみんながそんなことを信じ込んでいるのか、さっぱりわからなかった。歴史についていえば、これはぜんぶ、あるときだれかひとりの作者が作ったお話なのであろう、と考えてみた。でも、この答えはぼくを満足させなかった。そう考えてみても、いろいろとつじつまのあわないことがある。歴史っていったい何なのだろう? 理科の方は、ひとりの先生があるとき授業中につぶやいた「科学はすべて、自然現象をうまく説明するための仮説にすぎない」という言葉を聞いて、ずいぶんこころが落ちついたものだ。「仮説」という言葉が当時のぼくのこころをとらえた。ぼくはそれを「よくできたお話」という意味に理解した。化学記号であらわされるような元素が存在するなんて、ひとつのお話にすぎないんだ、というふうに。のちにクワインの『論理的観点から』の最初の章を読んで、同じことが「神話」という言葉で表現されているのを発見したときは、うれしかった。そのひとことをつぶやいたというだけで、あの先生はすばらしい先生だった、といまでも思っている。 もし読者の中に、中学の理科の先生がおられたら、ぜひお願いしたい。科学を教えるだけでなく、同時にかんたんな科学哲学を教えてください。科学一般の根拠に関する疑いと、その疑いに対して科学を弁護する議論を紹介してほしい。もし歴史の先生がおられたら、お願いしたい。推定された史実を覚え込ませるだけではなく、史実の推定の根拠と方法を教えてやってください。歴史一般の根拠に関する疑いと、その疑いに対して歴史というものを弁護する議論を紹介してほしい。 勉強というものが意味をもつために、そういう媒介がなくてはならない生徒もいるのだ。それは、一部の変わり者の生徒のためだけではなく、もっとすなおな、ふつうの生徒の勉強意欲の増進のためにも役にたつ、とぼくは信じている。「なぜ悪いことをしてはいけないか」と「なぜぼくは存在するのか」 けれど、子ども時代のぼくが、ほんとうに疑問に思い、大人になるまで持ち越してしまった問題は、「なぜ悪いことをしてはいけないか」という問題と「なぜぼくは存在するのか」という、ふたつの問題だった。ふたつとも、この本で主題的にとりあげる予定だから、いまくわしく説明するつもりはない。ただ、それが問題であるということの意味だけ、あらかじめ少し説明しておこう。「なぜ悪いことをしてはいけないか」という問題は「なぜ善いことをしなければならないか」とともに、道徳の根拠の問題である。子どものころ、ぼくは大人たちがこの問題に答えようとしない(それどころか問題として意識さえしていない)ことが不思議でならなかった。ことわっておくが、ぼくは、とくに悪いことがしたかったわけでも、とくに善いことがしたくなかったわけでも、ない。ぼくは単に不思議だっただけだ。ただ疑問に思っただけだ。ただ単に、ほんとうの理由を知りたかっただけなのだ。 子どもの哲学の大きな特徴は、純粋に知的であることである。それによって何が変わるわけでもないが、ただ単にほんとうのことが知りたい。これが子どもの問いの特質である。青年も大人も老人も、全身全霊を傾けて発せられた単なる知的疑問というものがあることを忘れている。ぼくの考えでは、それは哲学を忘れているということと同じだ。 もうひとつの「なぜぼくは存在するのか」という問題は、独我論の問題でもある。この問題は、ぼくの中でさまざまなかたちをとった。ひとつのかたちはこうだ。歴史や科学がお話であるのなら、ぼくの人生全体もそうなのではあるまいか。ぼく以外の人とは、ぼくの世界の登場人物にすぎないのではあるまいか。世界中のあらゆる出来事が、ぼくというただひとりの観客のために上演されている芝居にすぎないのではあるまいか。ビートルズの流行もベトナム戦争も、ぼくというただひとりの観客のために書かれたシナリオにすぎないのではないか。しかし、この考えは、ぼくを満足させなかった。ぼくひとりのために、世界がこれほど大がかりな芝居を上演しなければならない理由がわからなかったからである。 とはいえ、そんなふうにでも考えてみなければ、多数の人間の中に、ぼくという特殊な(ぼくであるというその点で特殊な)人間がいるということがどうしても説明がつかなかった。いまも、この問題にとらえられていた当時の異様な感覚をありありと思い出す。不思議なことに、この問いの意味は誰にも理解されなかった。『ウィトゲンシュタイン入門』(ちくま新書)にも書いたことだが、ぼくはある友人に「ぼくはなぜ生まれてきたのだろう」という問いを出してみた。彼の答えは「両親がセックスしたからだ」というものだった。だが、ぼくが生まれる以前には、二人の男女はまだぼくの両親ではない。その二人がセックスをしたからといって、なぜぼくが生まれてこなければならなかったのか。友人はこの問いの意味を理解しなかった。 同じころ、ぼくは国語の時間に、この問題を、いくつかの解決案(世界はぼくのために上演されている芝居であるとか、そういった)といっしょに、作文に書いた。「深く考えることも大切だが、もっとすなおにものごとを見ることも大切だと思う」といった感想をつけて、その作文は返された。若くはつらつとした感じのいい先生だったが、このひとことを書きつけたというだけで、くだらないやつだったという思いは今も消えない。それは、ぼくが生まれてはじめてほんとうにすなおに書いた作文だったからだ。 このふたつの事件は、ぼくを落胆させた。しかし同時に、これは「哲学」の問題なのではないか、と思いはじめた。大学の哲学の授業がぼくの期待をまったく裏切ることになることなど、当時は予想もできなかった。だが、それはまた別の話である。ともあれ、ぼくの〈子ども〉の哲学は、こうして始まったのである。青年の哲学・大人の哲学・老人の哲学 もちろん、子どもの哲学だけが哲学なのではない。青年の哲学、大人の哲学、そして老人の哲学が、ありうるだろう。それらの違いを、少しだけ説明しておこう。 子どもの哲学の根本問題は、存在である。森羅万象が現にこうある、というそのことが不思議で、納得がいかないのだ。ここでは問いは、どうしたらよいのか、ではなく、どうなっているか、というかたちをとる。人生や自己が問題になる場合でも、それは変わらない。存在論はもちろん、認識論や意味論、そして科学哲学や言語哲学のすべての根底には、子どもの哲学がある。哲学発祥の地古代ギリシャでも、哲学の徒は〈子ども〉だった。ローマ人やヨーロッパ人の多くは、意味もわからず、ただそのまねをしてみただけだろう。 青年の哲学の根本課題は、人生である。つまり、生き方の問題だ。いかに生きるべきか──このひとことに青年の問いは要約される。日本では、哲学というもののイメージが、青年の哲学によって作られてきたが、それは哲学の本質を誤解させることになった。一度しかないこの人生をどう受けとめるかは重要な問題だが、生き方のちがいとして現れるような受けとめかたのちがいは、実はたいしたちがいではない。青年は、現実を越えた別の価値を求めるが、価値を求めるというそのこと自体を、問題にすることはできない。青年とは大人の予備軍であり、その超越性とラディカリズムは、見せかけのものにすぎない。 大人の哲学の最重要課題は、世の中のしくみをどうしたらよいか、にある。生き方や人生の意味とは別の、社会の中での行為の決定の仕方が問題になる。大人は価値を相対化し、複数の価値を比較できるようになるが、その過程で存在の問題は完全に忘れ去られていく。政治哲学や社会思想の源泉がここにある。いわゆる倫理学には、青年の哲学と大人の哲学がごっちゃになっているように思われる。 老人の哲学の究極主題は、死であり、そして無である。それを通じてもう一度、子ども時代の主題であった存在が、問題になるだろう。こと哲学に関するかぎり、青年は子どもに、大人は青年に、そして老人は大人に、かなわない。だが逆に、子どもの哲学は、老人の哲学にだけは、かなわないだろう。そこに哲学というものの限界が示されている。 青年の哲学、大人の哲学、老人の哲学は、それぞれ、文学、思想、宗教で代用できるが、子どもの哲学には代用がきかない。子どもの哲学こそが最も哲学らしい哲学である理由がそこにある。そこにこそ、何ものにもとらわれない純粋な疑問と純粋な思考の原型があるからだ。 生き方に悩む青年の哲学は充実した、よき人生を求め、世の中のしくみを憂える大人の哲学は矛盾のない、よき世の中を求め、人生を終える老人の哲学は納得のいく、よき死を求める。それに対して、子どもの哲学は、何もよきものを求めない。それはよりよきもの、より高きもの、より深きものを、めざしはしない。子どもの問いは、解かれたときに、何かよい結果や効果が得られるようなものではない。しいていうなら、ただふつうの大人になれるだけだ。〈子ども〉の哲学のすすめ さて、ぼくはこの本で、世の中で問題として登録されてない、自分だけの問題を、問題として考え続けることができるし、それは意義のあることだ、ということを示したいと思っている。たまたまこの世に生まれてきたからには、自分だけの問いをもつ、これはまたずいぶんとすばらしいことだとはいえないだろうか。うまくいけば、それが他の〈子ども〉たちに通じる可能性もある。 ぼくは、ここで、ぼくがどんな問いをもち、それをどんなふうに考えていったかを語ることを通じて、そういうことができるし、していいのだ、ということを示したい。ちょっとごうまんな言いかたかもしれないが、ぼくの信じるところでは、それこそがほんとうの哲学のやり方なのだ。 ぼくはこの本を、できれば中学生にも読んでもらえるようなものにしたいと思っている。将来、ぼくにもっと実力がついたら、小学生にも読んでもらえるような、もっと本格的な哲学入門書を書きたいと思う。この本は、その『年少版・〈子ども〉のための哲学』のための、こてしらべでもある。第一の問い なぜぼくは存在するのか一──独我論をめぐって「問いの前に」で予告した二つの問題のうち、どちらを先にとりかかるか、迷ったが、ぼくの中で問題がわき起こってきた順番を重視して、「ぼくはなぜ存在するのか」という問題の方から、先にとりかかることにした。それは、哲学用語でいう「独我論」という問題に深くかかわっている。 ところで、独我論とは「自分だけが存在し自分以外のものは(自分の心の中にしか)存在しない」という主張である。これはバカげた主張だろうか? 哲学的に考えるとき、いつでもいえることなのだが、たいせつなことは、それがバカげているかいないかを決めることではなく、もしバカげているとすればどんな意味でバカげており、もしバカげていないとすればどんな意味でバカげていないのかを、できるだけ深く徹底的に考えてみることだ。そして、それだけでいい。 さて、では、「ぼくはなぜ存在するのか」という子ども時代のぼくの問題と、いま述べた独我論とは、どんなふうに関係しているのか。まずは、そのことから考えていきたい。ものごころ よく「ものごころがつく」という言いかたがされるが、ものごころがついたとき、ぼくはすでにこの問題の中にいた。もっとも、ぼくはものごころがつくのがひとよりおそかったような気がする。小学校の二年生ぐらいまで、ぼくはひどくぼんやりと生きていた。世の中がぼくに何を求めているのか、まったくわからなかった。たぶん、大人たちから見て、ひどく愚鈍な少年だったにちがいない。 小学三年のころ、大人がぼくに要求していることの意味や、ぼくが毎日させられていることの意味が、急にはっきりしてきた。自分をふくめた世界全体がきれいに区切れていくのを感じた。そのころ親が「このごろ、おりこうになった」とほめてくれたのを、はっきり覚えている。なんだ、こんなことでよかったのか、とぼくは思ったものだ。 いま思えば、そのときぼくは、それまでぼんやりと実感してはいたが、はっきりととらえることができなかったある事実を、はじめてはっきり自覚したみたいだ。その中にひたりきって生きていたために、かえってはっきりつかむことができなかったある問題を、その外に出てはじめてはっきりとつかんだようだ。外に出た、というのは、ひとことで言えば、ぼくはたくさん居る人間のうちの一人なんだ、ということが実感できた、ということである。 それまで、たぶんぼくは、そう感じて生きてはいなかったのだと思う。ぼくというものはまったく特別のもので、言ってみれば、それに対してすべてが存在している原点のようなもの、もっと正確にいえば、その上ですべてがくりひろげられる舞台のようなもの、というふうに感じていた。他の人間たちも、みんなそのような原点や舞台であることは、もちろん理解はしていたと思うが、実感はできていなかったようだ。ところがあるとき、そういう蒙昧状態がぷつんと終わってしまったらしい。これはつまり、ある意味では、独我論から脱したということだろう。ところが、この無自覚的独我論から脱すると同時に、ぼくは一つの自覚的な問題をかかえこんでしまった。 その問題に入るまえに、ひとこと注意しておきたいことがある。こういうことを話しはじめると、子どもの哲学の経験がないひと、とりわけ青年の哲学のよどんだ、しめった雰囲気に慣れているひとは、ぼくが暗い少年時代をおくったにちがいないと思うらしい。全然そうではない。子どもの哲学は、もっとかわいた、はっきりとした疑問なのである。ぼくは深刻になやむどころか、あたかも推理小説を読むときのように、正確にいえば、シリアスな SFを読むときのように、この問題の存在を、むしろ楽しんだのである(ついでにいえば、ぼくは中学生のころ、極度の SFファンで、 SF以外の読み物には何の深みもリアリティも感じられなかった)。問題の中身 しかしまあ、そんなことはどうでもいい。たいせつなのは、ぼくがかかえこんでしまった問題の中身の方だ。その問題はさまざまに表現できるが、まずはこう表現してみよう。ぼくというものが、森羅万象がその上でくりひろげられる舞台のようなものでないとすれば、ぼくとはいったい何なのだろう? 同じことをこう表現してもよい。すべてのひとが平等に、森羅万象がその上でくりひろげられる舞台なのだとすると、ぼくはそのうちの一つであるにすぎなくなる。でも、だれだってみんな、そのうちの一つだろう。だとすると、ぼくと他人たちのちがいはどこにあるのか。ぼくと他人たちとは、他人 Aと他人 Bとがちがうようにちがうだけなのか。そんなはずはない。他人たちそれぞれのちがいかたと、ぼくと他人たちとのちがいかたとは、現に全然ちがうちがいかたをしている。この特別なちがいかたはいったい何なのか。ぼくであるというこの特別さは、いったいどこから来るのか。ぼくというものは、いったい何なのか? ことわっておくが、ぼくは最初から自分の問題をこんなふうな形でつかんでいたのではない。問題の意味をはっきりつかんだのは、ずっと後になってからのことである。右に述べたような表現は、当時の問題感覚をいま思い出して、今の言葉で書いてみたものにすぎない。こんななんでもない表現のしかたでさえ、ぼくはそれを考案するのに、二十年近くの歳月を必要としたのだ! むしろ、ぼくは最初、はっきりと問題を誤解しており、明白に混乱していた。でも、いま思えば、その誤解と混乱には深い意味があった。ぼくはぼくの本来の問題を、いわゆる独我論をめぐる問題と完全に混同しており、独我論がぼくの問題に対する解答でありうると考えていた。つまり、独我論から脱することによってかかえこんだ問題を独我論で解こうとしていたのだ。それはどういうことだろうか。作文に書いた話「問いの前に」でちょっとふれた、国語の時間に書いた作文の話と、友人に話した「ぼくはなぜ生まれてきたのだろう?」という問いの話を、思い出してもらいたい。実を言えば、この二つの話は、同じ気分から発しているとはいえ、全然ちがうことを問題にしていたのだ。 作文に書いた話は、いろいろな内容をふくんではいたが、その結論は「世界中のあらゆる出来事は、ぼくというただ一人の観客のために上演されている芝居にすぎない」というものであった。ということはつまり「ぼくは、その上ですべてがくりひろげられる舞台のようなものだ」という話と、基本構造は同じである。そしてこれは、「ぼくだけが存在し、ぼく以外のものは(ぼくの心の中にしか)存在しない」という、いわゆる独我論の主張と、結局のところは同じことではないか? 哲学で語られるこの種の独我論というものは、認識論的な懐疑論に端を発している。認識論とは、知識の確実性の根拠に関する議論であり、懐疑論とは、その根拠をどこまでも疑う立場である。この懐疑論の立場に立つと、確実で疑いえないのは、今ここでの自分の心の中のことだけになる。 自分がきのうほんとうに学校に行ったかどうか、確実なことは何もいえないが、今の自分に、きのう学校に行ったという記憶があるとすれば、自分がそういう記憶印象をもっているということだけは確実である。目の前に見えるウサギのぬいぐるみが、ほんとうに見える通りに実在しているかどうか、それは何ともいえないが、そう見えているとすれば、そう見えているという事実だけは疑いえない。アフリカ大陸という大陸がほんとうに存在し、江戸時代という時代がほんとうにあったのかどうか、それは知るよしもないが、しかし、いま自分がそれらの存在を(学校で教えられたり、テレビで見たりして)信じているとすれば、自分がそう信じているというそのことは確かなことだ。 結局、確かなことは、そういう意味で、自分の心の中のことだけであって、どんなにその外へ出ようとしても、「自分がそう思っている」ということの外にはけっして出られない。他人についていえば、自分と同じように何かを思っているように見えても、思っているような振舞いをしているだけかもしれないのだから、他人についていえるすべてのことは、結局のところ、他人がどう思っているかについて自分がどう思っているか、だけである。 こういう考え方が、そもそも正しいかどうか、あるいはどの程度に正しいか、といったことは、ここでは問題にしない。ここで注意してもらいたいことは、次のようなことだ。以上のような議論は、自分だけでなく、そのままひっくり返して、他人についても当てはまる、ということである。つまり、右の二つの段落で使われた「自分」という表現は、実は、自分にとっての「自分」だけでなく、他人にとっての「自分」のことも意味していた、ということである。少しむずかしく言えば、任意の主観を指している、といってもいい。 そんなバカな! と思う人がいるかもしれない。そもそも認識論的な懐疑論にもとづく独我論は、自分にとっての「自分」のことはわかるけれど、他人にとっての「自分」のことなんかわからない、という趣旨だったはずなのに、今のような解釈では、他人にとっての自分のこともわかっていることになってしまう、というわけだ。別の言い方をするなら、この独我論にしたがえば、そもそも他人に心があるかどうかさえわからないはずなのに、今のような解釈では、他人に心があることがあらかじめ前提にされてしまっている、というわけである。 でも、この反論はまちがっている。認識論的な独我論とは、ある一つの心(もしそういうものがあるとすれば)にとって、その外部にあるものの存在は(他の心の存在をふくめて)認識できない、という一般論にすぎない。少なくともその主張を額面どおりにうけとれば、それ以上のことは言っていない。その「ある一つの心」を「この私のこの心」と解釈しなければならない理由は、この独我論そのものにはないのだ。 だから、「ある一つの心」を「この私のこの心」と解釈したとしても、もし心をもつ者がほかにもいるとすれば、そいつにかんしてもこの種の独我論は妥当する、ということは初めから前提されている。現実に居る他人たちがそうであるかどうかはわからないけれど、もし自分と同じように心をもつ者がいるとすれば、つまり自分と同じ種類の他の者がいるとすれば、そいつにもこの種の独我論が平等にあてはまることは、決まっているのだ。その意味で、この独我論は、だれにでもあてはまる普遍的な独我論なのである。 普遍的な独我論? どうしてそんなものが独我論といえるのか、と思われるかもしれない。ところが、哲学の歴史において「独我論」とされてきたのは、ほぼ例外なく、この普遍的な独我論だった。哲学の勉強をはじめたころ、ぼくはそのことが不思議でならなかった。でも、もっと不思議なことは、思い起こしてみれば、ぼく自身だって自分の問題の解決をこの種の独我論に求めていたことだ。だれにでもあてはまるような、そういう普遍性が成り立たないということこそが、まさに問題の始まりであったはずなのに、その問題に普遍的な独我論で答えてしまうとは、いったいどうしたことだろう。 その答えは、多分、もともとの問題がものすごくあつかいにくいので、ぼく自身も、哲学史上に名を残すような哲学者たちも、自分のほんとうの問題を誤解してしまったことにある、とぼくは思っている。問題の誤解を象徴するのは「ロボットの疑惑」とでも呼ぶべき問題である。それはこんな問題だ。ロボットの疑惑 だれにとっても他人の心の中のことはわからないのだから、そもそも他人に心があるかどうかもわからない。だから、他人たちはみんな精巧にできた人間そっくりのロボットで、実は心なんかないのかもしれない。他人に心があるかどうかは絶対に確かめられないのだから、この「ロボットの疑惑」をふりはらうことは絶対にできない。 この問題の立て方には根本的な誤解がある。そもそも、他人の心の中のことがわからない(たとえば他人の痛みを痛むことができない)のは、自他の間にいっさいの視線を遮断する鋼鉄製の壁のようなものがあるからなのではない。そこには物理的な壁も、生理的な壁も、心理的な壁も、ないのだ。 少しむずかしい話になるが、そもそも「他人の心の中のことはわからない」という命題は事実を語る命題ではない。そうではなく、「他人」という概念の本質を解明している命題なのである。つまり、ある人がどんな心理的事実を持ったとしても、それを他人の心理状態を直接感じたこととは認めない、ということが「他人」という概念の中核を形成しているのだ。だから、言ってみれば、これは事実の問題ではなく定義の問題なのである。あなたの感じる怒りは、定義によって、あなたの怒りなのであって、だから当然、どんな状況を想定しても、他人の怒りであることはできない。 いま Aさんが Bさんの身体に起こる感覚や知覚などを Bさんの身体の中にありありと感じるとしよう。このとき、もし Bさんも自分の感覚や知覚をごくふつうに感じているとすれば、 Aさんの感じる感覚や知覚は幻覚である。そして、もし Bさんが Bさん自身の感覚や知覚を持っていないとすれば、 Bさんは実は Bさんではなく、 Aさんである。そのうえさらに、 Aさんが Bさんの体を自由に動かせるとすれば、それは、 Aさんというひとりの人物が二つの身体を持った、ということだ。 ここにはどんな哲学的問題もない。他人の心なんて、この懐疑論が考えるような意味では、存在しないかもしれないのがはじめから当然であるようなものなのだし、他人なんて、この懐疑論が前提しているような意味では、ロボットかもしれないのが最初からあたりまえであるようなものなのだ。それが他人ということの意味なのだから。他人の心の存在に関する懐疑論や、そこから出てくるロボットの疑惑というのは、問題感覚の誤解から生じたにせの問題なのだと思う。 ほんとうの問題、ほんとうの不思議さは、他人の心の中がのぞき込めない、なんてことにあるのではない。たとえのぞき込めたとしても、問題は増えも減りもしない。ほんとうの不思議さは、ただ、ぼくとぼく以外の人のあり方がこんなにも根本的に違っていること、そしてそれなのに、これほど違うものが一括してたとえば「人間」と呼ばれること、にあるのだ。 ぼくはかつてこんなふうに思った。他人と毛虫と冷蔵庫と太陽は、どれもみんな似たりよったりだ。ぼくだけはそいつらとぜんぜん似ていない。どうしてこんなにも似ていないものが、たとえば「生物」といった分類のもとにまとめられて、冷蔵庫や太陽と区別されたり、「人間」といった分類のもとにまとめられて、毛虫やその他の生物と対立させられたりするのだろうか。ここには何か根本的な誤解があるのではないのだろうか。 このような問題、このような不思議さは、ぼくという例外的なものが存在するという事実から来るのであって、他人の心が見通せないとか、それだから他人の心は存在するかどうかわからない、といったところから来るのではない。そんなことにはかかわりのない、もっと根本的な不思議さなのだ。認識論的な懐疑論にもとづく独我論は、正しいか否かという以前に、そもそも問題の意味を取りちがえている。自分が存在することの不思議さの意味を取りちがえている。友人に語った話 友人に話した方の問いには、そういう取りちがえはない。それは「ぼくはなぜ生まれてきたのだろう?」というものだったが、もっと正確にいえば「なぜこいつ(永井均というやつ)がぼくなんだろう?」という問いである。ぼくはべつにこいつでなくてもよかったし、逆にこいつはべつにぼくでなくてもよかったんじゃないか? 一組みの男女がセックスをして、ある特定の人間が生まれ、そいつが「永井均」と名づけられる。そこには何の不思議もない。でも、その子がどうしてぼくでなければならなかったのか、ぼくはどうしてそいつでなければならなかったのか、ここにはどうにも説明のつかない神秘がある。その子が生まれ、成長し(いまこの原稿を書いていながら)そいつはぼくではないという状況もじゅうぶん考えられるはずではないか? そもそもぼくなどぜんぜん存在しなくてもよかったし、別のやつがぼくでもよかったのではないか? そして、もしその永井均はいても、それはぼくではなく、ぼくはいなかったなら、結局、何もないのと同じなのではないか? それは、結局、「無」ということではないのか? だから、永井均がぼくであったことによって彼につけ加わったそれこそが何よりも大切なものであるはずなのに、その何よりも大切なそれが何であるかがわからないのだ。それは、いわゆる自我とか主体とかいった、誰もが持つ一般的なものであるはずはない。それはいったい何なのだ? ぼくのほんとうの問題はこれであった。ぼくは、他人たちとぜんぜん似ていない「ぼく」というものの存在に驚嘆したのだ。しかし、その「ぼく」とはいったい何だろうか。ぼくと他人たちとの根本的なちがいはいったいどこにあるのか、と考えているうちに、問題が作文型の、認識論的独我論の方向へ、ずらされてしまったのだと思う。いわゆる独我論的傾向を持つ哲学思想は、みんなそうなのではなかろうか。哲学の勉強をはじめたとき、ぼくは最初はそういうものに魅力を感じたが、結局はだまされなかった。その理由はかんたんで、ぼくは自分自身の〈子ども〉の問いに固執せざるをえなかったからである。認識論的独我論は、根底にある本物の独我論をおおい隠すための、にせの独我論なのだ! ぼくに変な問いを突きつけられた友人が、その問いの意味を理解しなかった理由は、今やはっきりした。彼にとっては、問いを提出した「ぼく」は永井均というひとりの人間でしかない。だから「ぼくはなぜ生まれてきたのだろう?」という問いは、彼にとっては「永井均はなぜ生まれてきたのだろう」という問いでしかない。それとは別の「(永井均ではなく)ぼくはなぜ生まれてきたのだろう」なんていう問いが、彼にとって意味をもつはずがないのだ。 ことわっておかねばならないことだが、「永井均はなぜ生まれてきたのだろう」という問いも、じゅうぶん哲学的な意味のある問いではある。森羅万象が現にこうあるということは、どれもみな驚くべきことではある。おそらく、スピノザやハイデガーは、それぞれ全然べつのしかたでではあるが、そのことに驚き、その驚きに固執したのだと思う。でも、ぼくはそういう驚きをもたなかった。彼らの問題は、ぼくの問題ではない。 さて、それでは、認識論的な独我論によっておおい隠されている本物の独我論とは何か?二──ぼくのほんとうの問題問題はなぜすりかえられたか 一の最後の方で、こんなようなことを言ったと思う。──ぼくは他人たちとぜんぜん似ていない「ぼく」というものの存在に驚いたはずなのに、その「ぼく」とはいったい何だろう、ぼくと他人たちとの根本的なちがいはいったいどこにあるのだろう、と考えていくうちに、問題が作文型の、認識論的独我論の方向へずらされてしまったのだ──と。でもなぜそんなことが起きるのか。ほんとうはこの問題はとてもむずかしい。いま考えはじめているような問題がすべてうまく解けたとき、やっとおぼろげにわかってくるような問題だ。でも、この段階でも一応のことは考えておこう。 ぼくとは何だろう、ぼくと他の人とのちがいはどこにあるのだろう、──ぼくはそのちがいを眼を凝らしてよーく見ようとしたのだ。そうすると、こういうちがいが見えてきた。ぼくはぼくの心の中のことは手に取るようにわかるけど、外界のことは完全にはわからないし、他の人の心の中はぜんぜん見えない。ちがいはここにある! 多分「よーく見る」というやり方がいけなかったのだ。よーく見てちがいがはっきりわかったとしても、よーく見たというそのことによって覆い隠されてしまうことがあるらしいのだ。ぼくとは何であり他人とは何であるかをよーく見るためには、見る前にすでにぼくと他人の区別ができていなければならない。そのうえさらに眼を凝らしてよーく見たときにはじめて見えてきたものは、実は、最初にわかっていた区別とは別のものなのではないだろうか。 このやり方で自分とは何かを見きわめようとすると、自分自身に向かう意識のはたらきに眼を凝らすしかない。いまこの自分自身に向かう意識のはたらきのことを反省意識というとすれば、反省意識のはたらき方をよーく見ることによって発見できるものは、他の人がその人自身の反省意識のはたらき方をよーく見たときに発見できるものと、たいていはまったく同じものだ。もし同じでなかったとしても、そのちがいがぼくをぼくたらしめ、ぼくでない人をぼくでない人たらしめている当のちがいであるかどうかわからない。問題の出発点は、ぼくとぼくでない人たちとのちがいだったはずなのに、このやり方ではいつのまにか問題が消えてしまうのだ。 ヒュームという十八世紀のイギリスの哲学者は、こんなことを言った。「私が私自身の中にどんなに深く反省意識を向けても、発見できるのは、うれしいとか悲しいとか、痛いとかかゆいとか、悩みとか希望とか、記憶とか予想とか思考とか想像とか、とにかくそういった個別的な心理現象であって、それら以外に自分自身なんてものは発見できない」と。つまりヒュームは、どんなによーく見てみても自分なんてものは見つからない、だから、そんなものはないんだ、と主張したわけだ。 ヒュームがやっていることは、水中で水を探したり、空中で空気を探したりすることに似ている。こんなやり方で、たとえ何が見つかったとしても、それはぼくがその本質を見きわめたいと思った「ぼく」の存在とは、ぜんぜん関係ない。それなのに、驚いたことには、ヒュームが属するイギリス経験論もそうだが、カント、フィヒテなどのドイツ観念論も、フッサールらの現象学も、哲学のすべての流派が、みんなこんなやり方で「自我」が存在するかどうかを問題にし、問題はそれに尽きると考えているらしいのだ。ほんとうの問題 ぼくの問題はそうではなかった。ぼくの問題は、(図参照)たとえば A、 B、 C、 D、四人の子どもがいる(かりに四人とも男の子だとする)とき、ぼくが Bであって、 Aや Cや Dではないことにあった。 Bであるぼくが反省意識(矢印)によって自我を発見できるか、なんてことはどうでもよかった。もしそんな自我なんてものがあるなら、他人にもあるだろう。そうなればまた、ぼくの自我と他人の自我のちがい(つまりぼくの自我の特別さ)が問題になる。その特別さは「ぼくの自我」の「自我」の方にあるのではなく「ぼくの」の方にあるはずだ。その「ぼく」とはいったい何なのだ? この問いにふたたび「自我」を持ち出して答えることは、もうできない。ほんとうの問題がこっちにあることはまちがいない、とぼくは思った。今も思っている。どうしてみんな、この問題を考えていないのだろう? たしかに、だれもがみんな自分であり私である。ロボットの疑惑のように、そのことを疑う議論もあるが、それがぼくの問題なのではなかった。でもそうだとすると、ほかの人たちの自分やほかの人たちの私とはちがう、ぼくの自分、ぼくの私の特別さはどう理解したらいいのだろう。自分とか私とかではなく「ぼくの」ということの、その「ぼく」というものの特別さを、どう理解したらいいのだろう。 もちろん、ほかの人たちだって、それぞれ相互にちがっているし、それぞれが特別だとはいえる。 A君にも、 C君にも、 D君にも、それぞれ個性があり、それぞれ独自の自己イメージを持ってもいるだろう。でも問題はそういうことではない。そういうことなら、ぼくである Bだって、他の人が持っていない個性を持ち、他の人とはちがう自己イメージを持っている。でも、 A、 C、 Dと Bとの特別なちがいかたは、そういうものがちがうというちがいかたではない。 Bがまったく特別であるのは、 Bがすごく個性的で、特異な人間だからではなく、 Bがぼくであるからにすぎないのだ。 でも、そんなことをいっても、ほかの人たちだってみんな、それと同じ意味で、それぞれ特別な「ぼく」なんじゃないか。と、こう思われるかもしれない。でも、そうじゃない。ぼくがぼくであるのと同じ意味で、かれらはそれぞれ「ぼく」であることはできない。だってそうじゃないか。ぼくがぼくであるという特別な意味でのぼくが、この世にいない場合でも、かれらはみんなそれぞれ「ぼく」である。そのときいないものこそが、ほんとうの意味でのぼくなのだ。これから先、必要な場合、この意味でのぼくを〈ぼく〉と書くことにしよう。つまり、ぼくの問題は、「ぼく」とは何だろうということではなくて、〈ぼく〉とは何だろうということだったのだ。それは、自己意識とか自我とかいった問題とは、別の問題なのだ。ぼくが存在しない二種類の状況 さて、では、ぼくがこの世にいない状況というのは、どういう状況だろうか。さっきの A、 B、 C、 D、の四人の場合で考えれば、いちばん単純に考えられるのは、なによりもまず Bがいない状況だ。 Bが死んでしまったか、あるいはそもそも生まれてこなかったかで、 Bという人間が存在しない状況だ。このときでも、もちろん Aや Cや Dは、それぞれ「ぼく」であるだろう。だから世の中に「ぼく」はたくさんいる。つまり自己意識を持った生き物はたくさんいる。でも〈ぼく〉はいない。そのとき世界には何が欠けているのか。つまり「ぼく」たちがたくさんいるのに〈ぼく〉がいないとき、世界は何を失うのか。逆に、現実がそうであるように、たくさんの「ぼく」たちのほかに〈ぼく〉がいるとき、世界には何がつけ加わるのだろう? ちょっと考えただけのときは、答えは明らかであるように見える。いまの例でいえば、「ぼく」たちがたくさんいるのに〈ぼく〉がいないとき、世界が失うものは、もちろん Bという人間であり、たくさんの「ぼく」たちのほかに〈ぼく〉がいるとき、世界に加わるものも、もちろん Bという人間だ。つまり、どちらにしても、特定の人間の存在と不在が問題になっているにすぎない。一見、このように見えるのだ。 でも、実はそうではない。 Bという人間が居るにもかかわらず、そいつは〈ぼく〉ではない、ということが考えられるからだ。いま想定している世界は、 A、 B、 C、 D、の四人の男の子がいて、 Bが〈ぼく〉である世界だった。だから今度は、 Bがいなくなるのではなく、 Bはそのままいるのだが、その Bが〈ぼく〉ではない、という状況を考えてみればいい。〈ぼく〉だった Bが突然〈ぼく〉でなくなるか、あるいはもともと〈ぼく〉ではなかったかして、〈ぼく〉が存在しない状況だ。 言うまでもないことだが、 Bが〈ぼく〉でない状況とは、 Bが心のない、外見だけ人間のように見える、ロボットのようなものであるような、そんな状況のことではない。 Bは感情もあれば、記憶もそのままの、これまでどおりの人間だ。つまり、自己意識を持った生き物のままだ。つまり、 Bは「ぼく」ではあるのだ。でも〈ぼく〉ではない。そして、世界に〈ぼく〉はいない! このとき世界は何を失ったのか。 Bが「ぼく」ではあるのに〈ぼく〉ではないとき、世界には何が欠けたのか。逆に、現実がそうであるように、 Bが「ぼく」であるのみならず、さらにまた〈ぼく〉でもあるとき、世界に何がつけ加わったのか。 Bという人間に何がつけ加わったのか。 世界というものに対する常識的で科学的な見方によるかぎり、 Bが「ぼく」であるのみならず〈ぼく〉でもあるとき、世界には(つまり Bという人間には)何もつけ加わらないし、 Bが「ぼく」ではあるのに〈ぼく〉ではないとき、世界から(つまり Bという人間から)何も差し引かれはしない。つまり、 Bが〈ぼく〉であろうとあるまいと、世界は(つまり Bという人間は)まったく変化しないのだ。 これは驚くべきことのように思えるかもしれないが、ある意味ではあたりまえのことだとも言える。なぜなら、 Bという人間のもつどんな性質も変化しないで、ただ彼が〈ぼく〉であったりなかったりする、というのが、この話の前提なのだから。 ここで Bという人間のもつ「性質」というのは、「 Bは ~である」という文の ~のところに入るもの(入れてこの文が噓にならないようなもの)すべてのことだ。だから、身長体重や顔かたち、遺伝子や何かの生物学的な性質、知能、性格、記憶などの心的性質はもちろんのこと、今どこにいて、どんな気分で、何をしているかといった現在の一時的な事実とか、何年何月何時何分には何をしていたかといった過去の事実(や、お望みなら未来の事実)も、この「性質」には全部ふくまれている。そのすべてがまったく変わらない、と想定されているのだ。ということは、つまり、何も変わらないということではないか。 いま考えられているのは、 A、 B、 C、 D、の四人の男の子がいて、 Bが〈ぼく〉であったのに、 Bに何の変化もないまま、ただ Bが〈ぼく〉ではなくなって、単なる「ぼく」になってしまう、という状況だ。突然〈ぼく〉でなくなるということが考えにくければ、 Bが〈ぼく〉である現状と、もともと〈ぼく〉ではなかった仮想状況を対比しても同じことだ。もちろんその場合でも、他の点では、 Bに何の変化もない、と考えねばならない。 でも、話をおもしろくするために、突然〈ぼく〉でなくなる方で考えてみよう。 A、 B、 C、 Dの四人がいっしょに遊んでいて、急に Bが〈ぼく〉でなくなったとする。さて、その変化に気づくことができるのは、だれだろう? Aや Cや Dに気づけるはずはない。 Bには外見上なんの変化も起きていないのだから。外見だけしかわからない他人(ここでは Aと Cと D)には、この変化がわかるはずはない。では B自身はどうか。 B自身だって同じことだ。 Bの内面にはなんの変化も起きていないのだから、内面をのぞき込めるという特権があるだけの B自身に、この変化がわかるわけはないのだ。では〈ぼく〉はどうだろう? だが、残念ながら〈ぼく〉はもう存在しないのだ。死んだ人聞が自分が死んだことを知っているはずはない、という意味で、〈ぼく〉もまた Bに起こった出来事を知っていることはできない。 では、このだれにも知られない変化はそもそも変化ではない、と言うべきか。そうではない。だれも自分の死を体験することができなくても、でもやっぱり死ぬことは恐かったり、嫌だったりするだろう。つまり、自分が死ぬ、ということの意味がわかっているだろう。それと同じように、だれでも、この種の変化の意味がわかるはずだ。「 B」のところに自分の名前を入れ、〈ぼく〉のところに自分がいつも使う第一人称代名詞を入れてみればいい。 Bはこれまでどおり存在し続けているが〈ぼく〉はこの世からいなくなった世界を考えることは、自分が死ぬことを考えるのと同じほど恐ろしいことではないだろうか。もし神か悪魔があなたの前にあらわれて、三日後にそのような変化を起こす、と予言したら、あなたは三日間を死を予言された者として過ごすであろう。 では、このとき消えてなくなるものはいったい何だろう? 逆にいえば、消えてなくなるまえにあったものは何だろう? この変化の前後を通じて、 Bという人物はこれまでどおりふつうに生きて活動しており、彼の記憶や意識や自己意識や自我といったものもそのまま存続している。とすれば、いったい何が変化したのか。変化の前後で、存在したりしなくなったりするものは何か?ぼくの出した答え それは〈ぼく〉である、そしてそれ以外には表現できないものだ、というのがぼくの達した結論だった。もちろん、ここまで説明してきたような説明のしかた自体は、三十歳くらいになってからやっと思いついたものだ。でも、説明されている考えそのものは、実際の子ども時代の考えである。ぼくは、もちろんひとに説明することなんかとてもできないほど、全然ぼんやりとではあったけれど、このへんまでは考え進んでいたと思う。そして、そこで考えるのをやめた。この先に何かこれ以上考え進められることがあるとは、思えなかったからだ。 それでは〈ぼく〉とは何か。それは説明不可能なものであるにちがいない。各人が持っている自己意識とか自我とかいったものについてなら、現在でも心理学や何かが説明を与えているだろうし、近い将来、大脳生理学か何かが、すべてを解き明かしてくれるかもしれない。でも、どんな学問も〈ぼく〉についての解明を与えることは絶対に不可能だ。なぜなら、そこには法則性というものがないのだから。 たとえば、ある特定の大脳状態がある特定の意識状態をつくりだしている、ということが発見されることは、おおいにありうることだし、現に発見されてもいるだろう。でも、ある特定の性質の集まり(大脳状態であろうと何であろうと)が〈ぼく〉をつくりだしているということが発見されることは、絶対にありえない。ある人間がかくかくの物理的性質を持っていれば、その人間はしかじかの精神的性質を持つ、ということ(が発見されるということ)はありうるだろう。でも、ある人間がかくかくの性質(物理的であろうと精神的であろうと)を持っていれば、その人間は〈ぼく〉になる、ということ(が発見されるということ)はありえないのだ。なぜなら、〈ぼく〉にはただひとつの事例しかなく、同じ種類の他のものが存在しないからである。だから、そいつが〈ぼく〉であるという事実は、そいつが持っているどんな性質とも関係なく成り立っていると考えるほかはない。つまり、そいつの持っているどんな性質も、そいつが〈ぼく〉であったことを説明しないのだ。だから、そもそも〈ぼく〉が存在しなければならなかった必然性は何もない。〈ぼく〉の存在はひとつの〈奇跡〉なのだ! さて、ぼくの最初の問題は次のようなものだった。「他人たち相互のちがいかたと、ぼくと他人たちとのちがいかたとは、全然ちがっている。この特別なちがいかたはいったい何なのか? ぼくであるというこの特別さは、いったいどこから来るのか?」。いまや明らかになったその答えは、ひとつの〈奇跡〉による、というものだ。 話がここまではっきりしてくると、「ぼくはなぜ生まれてきたのだろう?」という変な問いの意味を友人が理解しなかった理由は、さらにはっきりする。この問いは実は「〈ぼく〉はなぜ生まれてきたのだろう?」という問いだったのだ。友人にとって、そして一般に他人にとって、この問いは「永井均はどのようにして生まれてきたのか?」という問いか、あるいは「人間の(またはその一例としての永井均の)自己意識はどのようにして成立したのか?」という意味しか持つことができない!新たな問題 ところで読者の皆さん。ここまでのところで、ぼくが感じた問題の意味を理解していただけただろうか。ぼくの経験では、このような話をどんなにくわしくしても、そもそも問題の意味をまったく理解しないひとがいるようだ。ぼくが哲学の論文というかたちでこの問題を提出したときも、全然理解しないひとや、まったくちがった意味に取るひとがたくさんいた。ぼくは何度も、自分の頭がおかしいのではないか、何かとんでもない錯覚にとらわれているのではないか、と自問せざるをえなかった。 ところが他方では、理解どころか、こちらが驚くほど感動してくれるひともいた。いちばん驚いたのは、『よむ』という雑誌の「私の読書遍歴」という特集(九二年九月号)で、この問題を論じた拙著を下村湖人『次郎物語』と埴谷雄高『死霊』とならぶ人生の書としてあげてくれた方がいたことだ。似たような体験を何度か味わったが、それはぼくにとって意外なことだった。というのは、ぼく自身はこの問題をすごく不思議に思いはしたが、そこに何か感動的なところがあると思ったことは一度もなかったからである(ここには、これからはだかで哲学をしていく立場と、すでにされてしまった哲学を理解し、鑑賞し、評価する立場の、根本的な違いが示されているように思う)。 しかし、ほんとうの問題は、実はここから始まるのだ。だってそうだろう。ぼくの変な問いの意味を友人が理解しなかったのは当然のことなのだという結論が、いま出たばかりではないか。ということはつまり、この問題は他人には理解されないということではないか。ところが、ときにひとはそれを理解し、感動さえする!?三──ふりだしにもどった問題大切に生きること 二の最後のところで、二つの問題を出した。一つは、今まで論じてきたような問題の意味を、まったく理解しないひとがいる一方、逆に驚くほど感動してくれるひともいる、ということだった。もう一つは、しかしほんとうは、この問題は理解されない方が正しいのではないか、ということであった。 感動してくれるひとがいることは、もちろんうれしいことだ。もうひとつ例をあげると、『ブルータス』という雑誌の「 20世紀読書計画」という特集(九四年九月号)で、精神科医の香山リカさんが、やはりぼくの本をとりあげて、「どんなに苦労しても、人間生きてる間にやっぱり一度は読まにゃ、という名著」なんて言ってくれた。彼女はそこで「誰もが考えるけど誰にも分からない問い『私って何?』をもう一度、きちんと考えてみることで、人生にも深みがでるはず」と書いているし、別のところでは「〝だからこそ人生、大切に生きよう〟と思った一作」(『マルコポーロ』九三年十二月号)なんて書いてくれたから、きっとそんなふうに読んでくれたのだろうと思う。ありがたいことだ。 でもやっぱり、他人の哲学を鑑賞することは、哲学することとはぜんぜんちがうことだ、ということはまず言っておかなければならない。そのことを前提として言うなら、「だからこそ人生、大切に生きよう」というのは、とてもすなおな言い方で、ぼくなんかには照れくさくて言えないことを言ってくれた、と思う。でも、この場合の「大切さ」は、たぶんすごく特別のもので、人生の中での(大切でないものと対比された)大切さとは次元がちがうだろう。だから、こんなふうに感じたとしても、そこからは大切に生きるその生き方の中身は何も出てこない。むしろそのことが大切なのだ。 でも「人間生きてる間に……一度は読まにゃ」というのは、やはり言いすぎだろう。そんなことはないと思う。ぼくが考えてきたような問題をみんなが考えなくちゃいけない理由はないし、そもそも、〈哲学〉をするなんてことは、一般的にすすめられることではない。ぼくが言いたいことはただ、もし自分のなかに哲学することへの欲求というか、内的必然性というか、要するに問題があるならば、たとえ他人が理解してくれなくても、まったくひとりであっても、ずーっと考え続けてみることができるし、そうしてみるべきなんじゃないか、ということに尽きる。 少し大げさに、そしてむずかしく言えば、それは世の中的な価値は持たないかもしれないけれど、自己の〈奇跡〉的存在に呼応するような、いわば存在論的な価値( =大切さ)は持ちうるのではないか、とぼくは感じるのだ。この本でぼくが〈子ども〉たちに呼びかけてみたいことは、せんじつめれば、ただそれだけのことにつきる。奇跡と偶然そしてふたたび独我論 話はそれてしまったが、無理につなげて言えば、ぼくに熟慮をしいた問題が、ときに他の人の心を動かすとすれば、それは自分が現に存在していることの〈奇跡〉性への覚醒が、世の中のふつうの価値意識とはちがう次元の価値( =大切さ)の感覚を呼び起こすからなのだと思う。 この〈奇跡〉を〈偶然〉と言ってもいいけれど、それは僥倖(めったにない幸運)というようなこととは違う。確率が一〇の何億乗分の一しかないことが起きた、というようなことではない。そういう確率を計算できるような理論の枠がそもそもない、ありえない、ということが問題なのだ。 ぼくが永井均だったこと、永井均がぼくだったこと、の〈偶然〉性に驚くとき、それはある意味で確率的な驚きであるともいえる。なぜなら、その驚きは、徳川家康が〈ぼく〉であったり、ポチが〈ぼく〉であったり……することもできたはずなのに、永井均が〈ぼく〉であった、ということへの驚きであり、その際、ぼくが(実際にはそうでなかったとしても)そうであることもできた範囲は限られているからだ。ぼくは、二等辺三角形であったり、第二次世界大戦であったり、夕焼けであったり、胸やけであったり……する可能性はもともとなかった。〈ぼく〉がそれでありえたものの範囲が限られている以上、この驚きは確率的なものにすぎないともいえる(「ともいえる」というだけで、絶対にそうだとはいえない。この驚きはそもそも、〈ぼく〉がそれであった──それが〈ぼく〉であった──存在物と、〈ぼく〉とのつながりが偶然的だということそれ自体への驚きなのであって、〈ぼく〉がそれでありえた──それが〈ぼく〉でありえた──ものの数量とは関係ない、ともいえるからだ)。 それに対して、〈ぼく〉が存在したことの驚きはそうではない。〈ぼく〉が存在しなかった可能性と対比された、〈ぼく〉が存在していることへの驚きは、確率的考慮などまったく寄せつけない。存在しなかった可能性がどのくらいあったか、なんて考えようもないからだ。そして、それが考えようもないということは、重大な意味をもっているのではないだろうか。 日本には「命あっての物種」というなかなか感じのいいことわざがあるけれど、この言い方を使うなら、この〈奇跡〉あっての物種ということが、当然考えられる。だって、それがなかったなら何もなかったのと同じではないか。自分が生まれる前のことや、死んだ後のことが気になるのも、いったん生まれてきたからであって、自分が一度も生まれてこない世界の過去や未来(とはいつだろう?)のことなんかに興味が持てるわけがない。しかも、自分が生まれてこない世界というとき、自分がいない地球を上空からながめている自分を想定しがちだけれど、そういう自分もいない世界が、いま問題になっている世界なのだ。もし、この「 ~あっての物種」という側面がなければ、この〈奇跡〉だけを特に重視する理由はないだろう。永井均が存在することも、自然法則が現にあるようにあることも、すべて奇跡的なことなのだから。 だから実は、この〈奇跡〉あっての物種という事実こそが、独我論というものの本質なのではないだろうか。この〈奇跡〉がいったん起こった後では、この〈奇跡〉なしにも世界は存在する、と考えるべき根拠はもちろんある。しかし、それは、ひょっとしたらこの奇跡の内部で与えられる根拠にすぎないのでは……。 そしてこれは、認識論的懐疑論から由来する独我論とはぜんぜん違うものだ。他人には心や意識が存在しないかもしれない、なんて考える必要はぜんぜんない。他の人間はもちろん心あるふつうの人間だ。そこには何の問題もない。問題は、心あるふつうの人間ではない(それには尽きない)このぼくという特別なものが存在し、しかも、それがなければ何もなかったのと同じ、という点にあるのだ。こうして、問題はふたたび独我論とつながる。 だから、ひょっとするとぼくは、小学校三年生のころ、蒙昧状態から脱したのではなく、蒙昧状態に入った(入れられた)のかもしれない。宇宙があり、地球があり、そこにたくさんの人間が生まれ、そのうち一人がぼくであり……という理解は、ひょっとしたらまちがいなのかもしれない。世界は、ほんとうはそのようにはできていないのかもしれない。文字どおり、この〈奇跡〉だけがすべてなのかもしれない。外界も他者も、ふつうの意味で存在することはもちろんだ。だが、そうしたすべては、結局はこの〈奇跡〉あってのことなのかもしれない……。 国語の時間に書いた作文は、たぶん、ほんとうはこのような感じを書いたものだったのだ。だから、それはほんとうは認識論的な懐疑論とは関係なかったのだと思う。その作文に対して、先生がどんな感想を書きつけたかはすでに語ったが、実をいうと、そのときぼくはその先生に、ひそかにある反応を期待していた。「世界中のあらゆる出来事は、ぼくというただ一人の観客のために上演されている芝居にすぎない」というぼくの主張に対して、ぼくの期待の中で、彼はこう反応してくれるはずであった。「いや、そうではない。ぼくをだまそうとしても無駄だ。世界中のあらゆる出来事は、ぼくのために上演されている芝居にすぎないのだ。君なんか、ぼくの世界に登場するわき役の一人にすぎないことぐらい、ぼくはとっくに知っているのだ」。 もちろん、彼が本気でそう言うことを期待したのではない。冗談でよかったのだ。大人たるもの、だれでもそういう可能性をいったんは考えたうえで、そしらぬ顔でふつうの生活をしているのではないか、という幻想をぼくは捨てきれずにいた。もし彼がそう書いて、あとは平然とふつうの授業を続けてくれれば、彼とぼくはひそかな友情が結べるような気さえしていた。つまり、独我論者どうしの友情。たしかにとても不思議な感覚だが、ぼくは世界に対してずっとそういう感触をもっていたのだ。まったく接点がないことによる接点によって支えられた宇宙みたいな感じ。 この感触の共有を最も強く感じたのは、後にウィトゲンシュタインの著作(というよりむしろ遺稿)を読んだときだった。ぼくは彼の世界の感触に、いわば肉感的に共感してしまった。第二ラウンドの開始とウィトゲンシュタインとの出会い でもそうなると、問題はまたもや、いわば次元を変えて、普遍的な独我論というあの問題にもどることになる。それはまた、この章の冒頭で示した二番目の問題と重なる。つまり、一方ではこの問題は他人には理解されないはずなのに、他方ではなぜだかよく理解され、ときには感動さえ与えるらしい、という問題だ。ぼくの感じた不思議さが何か一般的な感動を作り出しうるとしたら、ひょっとしたらそこには何か誤解がはたらいているかもしれないではないか。 問題がこの段階にいたると、ぼくの〈子ども〉の哲学は実際の子ども時代を抜け出し、第二ラウンドに入る。ぼくにこの第二ラウンドを闘うことを可能にしてくれたのは、いやそもそも第二ラウンドがあることを教えてくれたのは、これまたウィトゲンシュタインだった。彼に出会わなかったならば、ぼくはたぶん、自分の個人的な〈子ども〉の問いを、問いとして考え続けることができるということに、気づかずに終わっただろう。いわんやそれを、世間で「哲学」として通用しているものの中に位置づけることができるとは、とても思えなかったろう。実際、ぼくはあきらめかけていた。ぼくの問題は「哲学」では扱われないのだと思っていたのだ。 逆にこうも言える。もしぼくが自分の〈子ども〉の問いを持っていなければ、ウィトゲンシュタインをいくら精密に読んでも、そもそも何が問題にされているのかさえ、まったくわからなかったろう、と。 古代ギリシャから現代にいたる、世の中で哲学であるとされている哲学を「哲学」と書き、その「哲学」に触れる以前の、自分自身の子どもの哲学を〈哲学〉と書くことにしよう。そのとき、もし〈哲学〉が「哲学」と出会い、そこに自分の問いと呼応するものを発見できるとすれば、それはたまさかのことにすぎない。ぼくの場合、運よく出会うことができたが、出会えない可能性もおおいにあるだろう(ウィトゲンシュタイン自身だって、「哲学」に出会えたのは偶然にすぎなかった)。この本でぼくが送りたいメッセージは、たとえ「哲学」と出会わなくても〈哲学〉をすることはできるし、それは有意義なことだが、逆に、〈哲学〉とつながらない「哲学」はまったく何の意味もない、ということだ。〈哲学〉とつながらない「哲学」は、もはや「哲学」でさえなく、思想( thought =すでに考えられてしまったもの)の陳列棚にすぎない。その陳列棚をながめて思想の優勝劣敗を論じる品評会を開いたり、気にいった一つを買い取って、以後それを携えて生きていくことほど、反哲学的な行為はない。それなのに、すべての哲学者が思想家( =思想を作った人)であるかのように見えるのはなぜか。それは、人間が生き続け、考え続けることができない存在だからにすぎない。ある時点で切断された思考は思想に、つまり哲学することと無縁な人の鑑賞物に、変わるのだ。生前から思想家( =思想を作ろうとしている人)であったような哲学者などはいない。 話をもどそう。はじめてウィトゲンシュタインに出会ったとき、ぼくがどんなに驚いたかは、別のところにも書いたので、ここでは触れない。彼がぼくよりはるかに先を進んでいたというのではない。でも、確実に一歩先を進んでいた。この問題についてぼくより先を歩いている人がいるということを知ってぼくは驚嘆した。 彼は、ぼくが考えていた問題が、ほんとうのところは言葉で表現できないということ、表現できたときにはにせものの問題になるということ、の意味を考え抜いていた。だが、それが言葉で表現できないということを言葉で表現することほど、逆説的なことはない。ぼくは、たとえば中期ウィトゲンシュタインの次のような章句に、衝撃を受けた。 ぼくはこう言いたい。「正直に言えば、ぼくにはほかのだれにもない何かがあると言わざるをえない」と。──でも、その「ぼく」ってだれだい? くそっ。正しい表現では表せないけど、何かがあるんだ。ぼくの私的体験の世界があって、それにはすごく重要な意味で同類というものがいない、ということを君だって否定はしないだろう。──でも、君はそれがたまたま同類を持たないと言っているのではなくて、その文法上の位置が同類を持たない位置にあると言っているんだよ。 この「文法上の位置」について話し始めると、長い長い説明が必要なので、ここではやめておく。結論だけ言えば、ウィトゲンシュタインはここで、独我論を語ろうとしても「その文法上の位置が同類を持たない位置にある」ものしか語れず、けっして「たまたま同類を持たない」ものについては語れない、と言っているのだ。 ぼくは、後期ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」概念を、中期の彼がこの問題を徹底的に考えぬいた結論として理解した(そして、前期ウィトゲンシュタインの「独我論」概念を、最初期の彼がこの問題を中途半端に考えた結論として理解した)。そんな理解をしているのは、世界中でもたぶんぼく一人だろうけれど、ぼくにはそうとしか考えられない。独在性と単独性 この問題をウィトゲンシュタインとの関係で論じることは他の色々なところでやっているので、今回は独立にやってみよう。 二で論じた、 Bが〈ぼく〉でなくなる、という話を思い出してほしい。この話を理解しようとするとき、だれでも自分が Bである状況を考えるだろう。そして、 Bという人間はそのまま存続しているのに、自分はもう Bではない( Bはもう自分ではない)という状況を考えるだろう。現に、そこでぼくは「『 B』のところに自分の名前を入れ、〈ぼく〉のところに自分がいつも使う第一人称代名詞を入れてみればいい」と書いている。そして「だれでも、この種の変化の意味がわかるはずだ」と。 ということはつまり、ぼくはそこで、だれにでも通じる一般論を語っていたことになる。これは、ある意味では、とても不思議なことだ。なぜなら、だれもが自分であるという意味での自分ではなく、この自分の存在こそが問題なのだ、というところからぼくの議論は始まったはずなのだから。それなのに、その議論自体が、いつの間にかだれにでも通じる一般的な議論に変質してしまっているのだ。 そうなると、例の友人が「〈ぼく〉はなぜ生まれてきたのだろう?」というぼくの問いの意味を理解しなかったのは当然だ、などとはもう言えない。彼もまた彼自身にとってのこの問いを理解できたはずなのだ。そして、大事なことは、それを経由した後でならば、ぼくの出したぼく自身にとってのその問いの意味も、理解できたはずだ、ということだ。 そこで、この友人を A、 B、 C、 Dの四人の中の Cとしよう。すると、二の議論は Bだけではなく Cにも当てはまることになる。 Cに当てはまるということは、 Aにも Dにも Eにも Fにも……当てはまるということだ。だが、この事実はすべての問題をふりだしにもどしてしまうのではあるまいか。まさにそうなのだ! Bであるぼくは、 Bという人間でもなければ、そいつの持つ自己意識や自我でもない、〈ぼく〉の存在を問題にしたのに、そこで問題にされた〈ぼく〉と同じものを──同じ種類の他のものを──だれでもが持っていることになった。認識論的な独我論の場合と同じように、今度もまた、ぼくのやり方は失敗していたのだ。 もう一度、図で考えてみよう。 Bという人間でも自己意識や自我でもない〈ぼく〉とは、何を意味するのだろうか。 それをこんなふうに考えることができる。「 B」は Bの固有名で、 Bという人間を指している。 Bが使う「ぼく」という第一人称代名詞は、通常は Bという人間を( B自身が)指すときに使われる。だからこの意味では、「 B」という名前がありさえすれば、それに代わる代名詞(「ぼく」)はなくてもかまわない。みんなが Bの名を知っているなら、 Bは自分自身のことを、つねに「 B」と呼んで困ることはない。これが図の外側の枠を指す矢印のはたらきだ。 でも、ときに Bには(そしてだれにでも) Bであることを離れた( Bであることとは独立の)自分自身というものを問題にしなければならない場面がある。たとえば「今度生まれてくるときは何に生まれたいか? もう一度人間に(男に、日本人に)生まれたいか?」などと問われた場合だ。今度生まれてくる自分はもちろんもう Bではないということが前提となって、この質問は成り立っている。「ぼくは今度はライオンに(女に、アラビア人に)生まれたい」と答えるとき、この「ぼく」はもちろん Bではない。これが図の内側の枠を指す矢印のはたらきだ。これをちょっとむずかしく「脱人格的自己意識」と呼ぶことにしよう。だれもが脱人格的自己意識を持つことができる。これは疑えない。 問題は次の段階だ。そこで、ぼくはこういう問いを立てたことになる。その二つだけでいいのか。 B(永井均)という人間が存在し、そいつが(だれでもが持っている)脱人格的自己意識機能をそなえてさえいれば、それだけでこのぼくは存在したことになるのか。そうではないはずだ。 Bが存在し、脱人格的自己意識機能もそなえているのに、そいつはこのぼくではない、ということが想定可能ではないか。だから、ぼくが存在するということは、それらには尽きない何かプラス・アルファが必要なはずであり、しかも、すべてはそのプラス・アルファあっての物種だ、とさえ言える。そのプラス・アルファの正体は何か? ──こう、ぼくは考えたのだ。 ところが、不思議なことに、そのプラス・アルファは、ふたたびだれにでもあるものだったらしいのだ。四──魂の存在証明とその次のステップもう一人のぼく 自己意識に人格的自己意識と脱人格的自己意識の二種があるなら、「ぼく」とか「私」といった第一人称によって指されるものにも、二つの種類のものがあることになる。 自己意識が Aとか Bとかの特定の人間を離れて脱人格化していないとき、「ぼく」や「私」によって指されるのは、 Aとか Bとかの特定の人間である。この場合、第一人称の指示詞は(自分自身が指すときだけ)名前の代わりに使われる代名詞である。ところが、自己意識が Aとか Bとかの特定の人間を離れて脱人格化すると、「ぼく」や「私」によって指されるのは Aとか Bとかの特定の人間ではなく、脱人格化した自己あるいは自我となる。つまり、第一人称の指示詞は、名前の代わりに使われる代名詞ではなくなる。 さて、問題は、その二つだけがそろっていれば、ぼくは存在することになるのか、ということであった。永井均という人間が存在し、『〈子ども〉のための哲学』の原稿を書いている。内容の関係上、彼はときどき自分が永井均でなかったなら、なんて想像もしている。つまり、彼には脱人格的自己意識の機能もそなわっている。では、それだけで彼は〈ぼく〉になるだろうか。とんでもない! それだけでは足りないのだ。永井均という人間がいて、そいつが脱人格的自己意識の機能をそなえている、というだけでは、そいつがぼくであらねばならなかった必然性は何もない。そいつがぼくであるためには、そこにさらに何かが加わらなければならなかったのであり、しかも、そのとき加わったものこそがすべての物種であるとさえいえるのだ。その物種を、ぼくは〈奇跡〉とみなした。 この議論を補強するには「もう一人のぼく」という問題を考えてみるのが役に立つだろう。ぼくとまったく同じ人間、つまり全性質がまったく同じである人物がいたら、そいつはぼくだろうか? この問題にはいろいろな考え方がありうるが、ここでは人間分裂型で考えてみよう。ぼくは喫茶店に入り、眼の前に背中合わせになっている二つのいすの左の方に腰掛けようとする。と、そのとき、ぼくの体は二つに分かれ、もう一方の体は右の方のいすに腰掛ける。彼とぼくは、外面も内面もまったく瓜二つだ。顔かたちはもちろん、記憶や気分の細部にいたるまで、喫茶店ですわった席(とそれにまつわること、たとえば見えている風景)以外はすべてまったく同じなのだ。それにもかかわらず、彼とぼくとはあまりにも根本的にちがっている。一方はぼくで、他方はぼくでないのだから。こんなに根本的なちがいはほかにはないだろう。これが他人の場合だったら、つまりどちらもぼくでない者どうしの場合だったら、これほど似ている者どうしを区別するのは、とてもむずかしいことだろうけど、自分の場合、区別はあまりにも簡単だ。さて、それでは、この二人のうち、一方をぼくたらしめ、他方をぼくでない者たらしめているものは何だろうか。──もちろん、ここでもまたひとつの〈奇跡〉が必要なのである。 二、三年前、似たような問題を大学の講義で取り上げたことがあった。宇宙空間のどこかにふたごの地球があって、そこに自分と瓜二つの人間がいたら、そいつは自分か、といった問題だった。終わったあと、一人の女子学生(瀧澤さんという)がやってきて、その問題についていろいろな質問をし、いろいろな考察をくりひろげてくれた。彼女の結論は「その人にとってはワタシだろうけど、ワタシにとってはワタシじゃない」というものだった。表現のしかたはともかく、彼女の見解には一つの洞察が含まれているとぼくは思った。「その人にとってはワタシだ」とは、その人が「瀧澤さん」そのものであり、かつ人格的・脱人格的自己意識の機能もそなえている、という意味だろう。だからその人はワタシなのだ。そして「ワタシにとってはワタシじゃない」とは、それにもかかわらず、その人はワタシにはある何か(おそらく最も重要な何か)が欠けている、ということだろう。だからその人はワタシではないのだ。ここにいるこのワタシとは、それが「瀧澤さん」であること、そして人格的・脱人格的自己意識を持つこと、に尽きない何かがあり、その何かこそがその人物を「ワタシ」(ふたごの地球上の分身を「ワタシじゃない」とする意味での「ワタシ」)たらしめている、というわけだ。個別化された脱人格的自我 しかし、瀧澤さんがそんなふうに考えたということは、だれでもそんなふうに考えることができる、ということだろう。となると、〈ぼく〉の特別さはいったいどこへ行ってしまったのか。 もう一度、 ABCD四人の場合で考えてみよう。四人のうち Bがぼくであることを、ぼくは、それが Bであることでも、自己意識を持つことでもない、プラス・アルファによって考えようとした。ところが、だれでも自分であるということは、そのプラス・アルファを持つ、ということだったらしいのだ。 よく考えてみれば、それは当然のことではないか。今、自分が現実に、 Aとか Bとか……の特定の人物を離れた(つまり脱人格的な)自己(自我)であると考えてみればいい。そのとき、複数個存在する自我(前出二点の図では A、 B、 C、 Dの内側の四角で表されている)のうちのどれが自分の自我であるかは、いったい何によってわかるのだろうか。特定の人物であることと一般的な脱人格的自我であることの二つだけでは足りないことは明らかだろう。脱人格的自我であるということは、みんなに共通の性質にすぎないし、脱人格的であればもう特定の人物ではないのだから。 それでは、どれが自分の自我であるかは、何によってわかるのだろうか。おそらく、答えは簡単だ。それがこのぼく(この私)である、という事実によってだろう。しかも、だれにとってもそうであろう。そして、このとき、このぼくを他の(このぼくでない)「ぼく」たちからどうやって区別するか、なんて問題は、そもそも起こるはずがない。それは、あまりにも容易なことだからだ。だれにとっても、どれかが自分自身であることは、いわばあたりまえのことなのだ。むしろ逆に、むずかしいのは、自分の自我と他人の自我とを同一平面に並べる(図で言えば、たとえば Cである自分が ABCDを平等にながめる)地点に身を置くことの方だろう。 ここで出てきたのは、少しむずかしく言えば「脱人格的自我の個別化」という新しい問題である。つまり、こういうことだ。自我が脱人格化されうるということは、特定の人間でなくなるということである(図で言えば、外側の四角が消えて、内側の四角だけが残った状態だ)。では、かりにそうなったとき、それぞれの自我(内側の小さい四角)は相互にどうやって区別されるのだろうか。 それらはどれも、もはや何の個性も持たず、ただそれぞれが自分であるという性質しか持っていないのだから、それらを外からながめて客観的に区別する(図を外からながめてそれぞれを区別する)ことは不可能だろう。区別ができるとすれば、それはこの自己とそれ以外の自己との区別、つまり自分の自我と他の自我との区別だけだろう。だから、当然、他の自我たちを相互に区別することはできないだろう。つまり、自分がもし自我 Aであるなら、自我 Bと自我 Cを区別して、 Bとか Cとかいった特定のものとみなす、ということはできないはずだ。 Bと Cは、何の個性もなく、ただ自分であるという性質しか持っていないのだから。 ふつうの人間たちの個別化(区別)は、顔かたちや血液型や個人的記憶の持続などによってなされる。だが、もはやそういうものを持っていない脱人格的自我の個別化は、このような仕方でなされるほかはないのだ。 すると、ぼくは今まで、〈ぼく〉という特別なものについて語っているつもりで、実は個別化された脱人格的自我という一般的なものについて語っていたことになる。〈ぼく〉の存在という問題を、みんなに通じる問題として立てようとすると、それはどうしても脱人格的自我の個別化という問題に変質してしまうらしいのだ。そしてこの議論を読んだり聞いたりするひとは、少なくともいったんは、個別化された脱人格的自我という次元でこの問題をとらえるようだ。そして、そのかぎりでのみ、この問題は他の人々に伝達されるらしいのだ。 すると、ぼくが本当に問題にしたいと思っていたことと、そこで伝達されてしまうこととのズレが、当然、次に問われなければならないだろう。自我同一性に関する「ウィリアムズ・永井・榑林説」 話は佳境に入ってきたが、その問題に進むまえに、ここで一息いれて、この個別化された脱人格的自我という次元までだけで考えられる問題を、まず考えておこう。この次元まで考慮に入れるだけでも、これまでの哲学ではあまり考えられてこなかったことが、いろいろと考えられるからだ。 ところで、「個別化された脱人格的自我」とはまたずいぶんゴタゴタした名前である。これにあたるふつうの言葉をさがすとすれば、何だろうか。大学の授業なんかでこのクイズを出すと、おもしろいことに、いつも教室にひとりは即座に正解を言い当てるやつがいる。正解はもちろん「魂」または「霊魂」だ。その「魂」の存在証明をこれからやってみたい。 これからする話は、実は『エロス(現代哲学の冒険 4)』(岩波書店)に入っている「他者」という論文の中で、いちど書いたことがある話なのだが、その後、大阪大学の人間科学部に集中講義に行ったときに、社会学専攻の榑林健吾君という学生さんがとてもすばらしい補足をしてくれたので、この機会にその補足をつけ加えた改訂版を出しておきたいと思う。ぼくはこの新版を「自我同一性に関する、永井・榑林説」と呼びたいと思う。それはこんな話だ。 人物 Bが狂気の科学者に拉致され、明日ひどい拷問にかけられることが告げられる。 Bはもちろん恐怖心を抱くであろう。そこで、その科学者はこうつけ加える。拷問を受ける直前に、おまえの記憶はすべて削除されることになっている、と。この発言を聞いても、 Bの恐怖心は消えないだろう(というのは、何かの大事故にあってすべての記憶を失った自分が、ひどい苦痛にのたうちまわっているのを想像することは、やはり恐ろしいだろうから)。 そこで、この科学者はさらにこうつけ加える。おまえは単にすべての記憶を失うだけではない、かわりに別の記憶印象を注入されるのだ、と。そういわれても、 Bの恐怖心は消えないだろう(というのは、発狂して自分はナポレオンだと信じ込んでいる状態で、激しい苦痛の中にいる自分を想像することは、やはり恐ろしいだろうから)。 そこで、第三段階として、狂気の科学者はこうつけ加える。おまえに注入される記憶印象は、 Aという現存の人物のものだ、と。しかし、これを聞いて、事態が変化するとは思えない。 今、次の表で第三段階をながめてみよう。 B( A)というのは、 Bの身体と Aの記憶をもった人物という意味である(かっこの中は心理的連続性を、外は物理的連続性を、意味する)。この段階では、この人物のほかに、 A( A)という人物が、つまり Aが、何の支障もなく別の場所に居ると考えられている。そこで、第四段階として、この注入によって、 Aが記憶を失うという事実をつけ加えてみよう。この事実によって Bが心を動かすとは思えない。 では、第五段階として、記憶を失った Aに Bの記憶が注入されるという事実がつけ加わるとすれば、どうか。ここでもなお、 Bにとって自分であるのは B( A)の方であろう。なぜなら、第四段階以後は、第三段階で自分であると認められた B( A)自身にはどんな変化も起きておらず、もっぱら Aという見ず知らずの他人に起こる出来事だけが問題になっているからである(見ず知らずの他人にどのような記憶異変が起ころうと、それが自分にどういう関係があるというのか)。「他者」という論文でぼくが書いたのは、この第五段階までだった。これに基づいた講義をしたとき、榑林君は不思議そうな顔をして、即座にこういう質問をした。なぜ、第六段階として Aと Bの身体が入れ替わることをつけ加えないのか、と。彼は、こんな思考実験ができるのはまったくあたりまえのことであって、第六段階の可能性に気づかないおまえ( =永井)の方が、あたりまえのことを考える能力が欠如している、と言いたげであった。 この話の原型は、バーナード・ウィリアムズというひとが考えたものだ。彼は、人格の同一性という問題に関して、この話をもとにして、記憶説(心理的連続性がその人をその人たらしめているという説)を批判して身体説(物理的連続性がその人をその人たらしめているという説)を擁護しようとしていた。ぼくは、それを霊魂説の擁護のための論拠として解釈し変えたのだけど、そうするためには、たしかに第六段階がぜひとも必要なのだ。第六段階がなければ、それが身体説の擁護にも使えることは明らかだから。 永井・榑林説の結論はこうだ。現在の Bにとって、未来に想定される B( B)(身体も記憶も Bである人物)が自分ではなく、 A( A)(身体も記憶も Bでない人物)が自分である可能性が考えられる。そして、榑林君によれば、そんなことはまったくあたりまえのことなのだそうだ。 その集中講義では、ぼくは学生諸君からとりわけたくさん教えられた。彼以外にも、やはり社会学専攻の山口潤君からもたくさんの貴重な教えを受けた。その一つについてこの機会に記しておくと、拙著『〈魂〉に対する態度』(勁草書房)一八八頁の記述はまちがいです! 最終日の帰りの電車の中で、偶然、ぼくは榑林君といっしょになった。ポテト・チップスの会社に就職が決まっていて、そこへ行くところだと言っていた。ぼくは彼に一種の畏敬の念を抱いた。ぼくが三十年以上も考えてきた問題について、哲学をやっているわけでもない一学生に教えられるとは! 彼は次の項で問題にする話もよく理解してくれたし、ぼくの疑念やためらいもよくわかってくれたのだ。 でも、電車の中で彼が語ってくれたことは、それ以上にぼくの心をとらえた。彼は大学で、ほんとうは哲学を専攻して、このような問題を考えたいと思っていたのだ、と。四年間の勉強はおもしろくなかったけど、卒業まぎわとはいえ、先生( =永井)の講義が聞けてよかった、と。 そうだ、これまで、この問題にたじろぎ、考えをめぐらした〈子ども〉たちが、少なからずいたにちがいないのだ。それが伝統をつくれなかったのは、問題そのものが特異でむずかしいこともあるが、それがまさに〈子ども〉の問題だったことにもよるのではないか。だから、ぼくに課せられた責務は、そういう問題はあるのだ、それを考えていいのだ、そしてその問題は、一見したところの単純さに反して、考えれば考えるほど奥の深い、ほんとうに不思議な問題なのだ、ということを言い立てて、世の中に認めさせてしまうことにある! ──そんなふうに思ったものだった。世界の複数性と唯一性 永井・榑林説は、ひとつのユニークな学説でありうるとは思う。でも、ぼくの問題はその先にあった。 それぞれの「魂」(個別化された脱人格的自我)は、どれもみな、世界がそれあっての物種であるようなものであろう。もっと単純にいえば、自分が物種であるような世界の主人公であろう。このことを図に描くとすれば、どうなるだろうか。それはたとえば、こんなふうになるだろう(次図)。 すると、最初に考えられていたのは、この図の世界 bの部分だったことになる。物種という言葉を使うなら、それは Bあっての物種であるような世界、もっと単純にいえば、 Bが物種であるような世界、だった(もちろん、ここで Bというのは、さしあたって他人たちは Bと見なすもの、という意味だが)。ところが今や、 Aも Cも Dも、みんな〈ぼく〉であり、自分が物種であるような世界の主人公だったのだから、それを忠実に描くとすれば、複数の世界が存在すると考えるほかはない。同じ一つの世界の物種が複数あることはできず、物種がちがう世界は、端的にちがう世界であるといえるからだ。 これは、だれもがその上ですべてがくりひろげられる舞台であるという意味で、普遍的な独我論という問題にもどったことになる(もちろん、他人に心がないかもしれないといった認識論的な独我論とは別の次元においてである)。だから、これはある意味で、だれもが〈奇跡〉の主体である、ということを意味する(もちろん、その人物が存在したことの奇跡性とは別の次元での奇跡である)。 さて問題は、その次の思考のステップをどうふみだすか、だ。四つ平等に並べられたこれらの世界は、それぞれ平等の資格で並んで存在するだけなのか。だとすれば、世界 bこそがこのぼくの世界であり、世界 aや世界 cや世界 dはそうでないことは、どこに示されるのか。 bと aや cや dとのちがいかたは、 aと cと dの相互のちがいかたとはぜんぜんちがっているということ、この端的な事実はどこに示されるのか。 個別化された脱人格的自我とは、ひとつの概念にすぎない。だから、その概念があてはまるその実例は、いくらでも存在しうる。でも、このぼくの存在は、その概念があてはまる、そのひとつの実例であることには尽きない。その概念があてはまる、そのひとつの例というだけなら、だれだっていいのだから。それらとこのぼくとのちがい、このあまりにも根本的なちがいは、いったいどうあらわせばいいのか。前出の図のようにあらわすほかはあるまい。 ぼくが知っているのは、ほんとうはこの世界 bだけで、世界 a、世界 c、世界 dは、結局は想像の産物(あるいは概念上は理解できるもの)でしかない。ここにこそ根本的なちがいがあるのではないか?五──哲学の終結
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