序にかえて 宮崎駿、富野由悠季、押井守──この本はこの国のアニメーションを牽引した作家たちについて論じたものだ。 なぜいま、アニメなのか。少なからぬ人々が疑問を抱くかもしれない。もはや現代qqはアニメを、サブカルチャーを語っていられる時代ではないのではないか、と。 たしかに現代は危機の時代だ。 EU離脱を決定したイギリスの国民投票(ブレグジット)、アメリカのドナルド・トランプ大統領の出現、そしてシリア内戦を契機とした新しい冷戦と、その延長線上にある第三次世界大戦の足音──昨 2016年の世界をざっと見渡しただけでも既にそれは明白だ。 このグローバル/情報化の急速な進行と、qそのアレルギー反応としてのナショナリズムの噴出によって再び歩みはじめた世界史下において、国内のサブカルチャーについて、しかもアニメについて語ることにどれほどの意味があるというのだろうか。かような情況下では、もはやアニメ「なんか」について語っている場合ではないのではないか。そう考える人も多いかもしれない。 だが私は逆に問いたい。 いまこの国の現実のどこに、本当に語る価値があるものが存在するというのだろうか。 過ぎ去りし日の成功の思い出に引きずられて変わることを拒み、グローバル化からも情報化からも置き去りにされたこの国のどこの誰に、世界の、イギリスの、アメリカの情況について述べる資格があるというのだろうか。 断言するが、いまこの国で現代の危機を、世界の激動を語ることは滑稽だ。 多文化主義の理想を支持しながらも自らは移民を排除した中産階級の暮らす閑静な住宅地から半歩も出ない、西ヨーロッパの戦後中流の陥った欺瞞について物憂げに語ることも、あるいは情報技術と市場から世界を変えると息巻いているアメリカ西海岸の起業家とエンジニアたちの、ヒッピーゆずりの楽観主義とユートピア思想の欺瞞について嘆息まじりに呆れてみせることも簡単だ。しかしこうした「安全に痛い」批評を饒舌に述べて安心するその前に、私たちはこうした世界の潮流についてこの国で語ることの滑稽さにもう少し敏感になってもいいはずだ。 まずは自分の足元を見てみるといい。 気がつけばこの国は完全に閉塞し、時代から取り残されている。 この四半世紀で政治的にも経済的にも二流国に転落したこの国は、「歴史の終わり」を嘲笑うかのように再び歩みを、それも誰もが望まないかたちで始めた国際社会の舞台に上がることも許されていない。 この国の政治は茶番と化して久しく、経済においてはかつての工業社会下で「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれた頃の肥大した自己像を引きずった人々が、さして何かを生むこともなく横たわりながら壊死を待っている。 いわばこの国とこの社会は座して死を待つだけの情況にありながら、そのことから目を逸らしているのだ。 こうして「失われた 10年」を 20年に更新し、さらに 30年に延長しようとしているこの国のどこに語る価値があるというのだろうか。 二十五年間に希望を一つ一つ失つて、もはや行き着く先が見えてしまつたやうな今日では、その幾多の希望がいかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーがいかに厖大であつたかに啞然とする。これだけのエネルギーを絶望に使つてゐたら、もう少しどうにかなつてゐたのではないか。 私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行つたら「日本」はなくなつてしまふのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなつてゐるのである(* 1)。 これは三島由紀夫がその自決の前に遺したエッセイからの抜粋だ。三島がこの遺言を記した 1970年から半世紀を迎えようとする現在、情況は三島が想定したものよりも圧倒的に深刻だと言わざるを得ないだろう。たしかにこの国は無機的で、からっぽだ。言葉の最悪の意味においてニュートラルだと、中間色だとも言える。そしてもはや富裕でも、抜け目なくもなくなったため経済「大」国の地位からは実質的に転落している。 三島が〈それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなつてゐる〉ように、私もまたこの現実に語る価値を見出せない。 もちろん、その滑稽さを克服するためにこそ、私たちはこの現実について肉薄すべきなのだ、と考えることはできるだろう。だが、それは想像力の要らない仕事に人生の限られた時間を投入することを意味する。 実際にこの国の言論は、この貧しい現実に引きずられるかたちで貧しいメッセージしか発信することができなくなっている。具体的にその言葉とはこの国の耐用年数を過ぎたシステムの弊害を指摘すること(政治)と、グローバル/情報化の波に流されることなく器用にバランスを取るべきと述べること(文学)だ。そして実際にあの震災からこの国はこうした空疎な言論だけを反復してきたように思える。 誤解しないでほしいが私はこうした貧しい現実に対応した貧しい言葉たちに特に反論はない。むしろ逆でそのメッセージの内容そのものには完全に共感しているとすら言える。ここでの前者(政治)はマイナスをゼロにするためのバケツの底に空いた穴を塞ぐ作業のようなものであり、後者(文学)は夏に増す熱中症への警鐘として水分補給の重要性を訴える啓蒙活動のようなもので、こうした一般論の類には意義のある反論の可能性も必要性もない。当然バケツの底の穴は塞ぐべきだし、夏期の水分補給には気をつけるに越したことはない。 しかし、だから何だというのか。 私が絶望しているのは、第一にこの絶望的な現実そのものに対してであり、そして第二にはその現実から目を背け事実上無内容な常識論を表面的に取り繕うことしかできていない、この国の言論に対してだ。 そう、私たちは目を背けるべきではないのだ。もはやこの国で現実に起こっていることの全ては茶番であり、それが茶番であることを指摘する以外に語るべきことは存在しない。この現実から私たちは目を背けるべきではないのだ。 だからこそ私はここで一度、現実について語ることをやめようと思う。その代わりに徹底的に虚構について、サブカルチャーについて、アニメについて考えたいと思う。 そもそも、一度冷静になって考えてほしい。 この国のあまりに貧しい現実に凡庸な常識論で対抗することと、宮崎駿、富野由悠季、押井守といった固有名詞について考えることと、どちらが長期的に、本当の意味で、人類にとって生産的だろうか。想像力の必要な仕事だろうか。 安倍晋三とか SEALDsとかいった諸々について語ることと、ナウシカについて、シャアについて語ることのどちらが有意義か。答えは明白ではないだろうか。 何もかもが茶番と化し、世界の、時代の全てに置いていかれているこの国で、現実について語る価値がどこにあるというのだろうか。いま、この国にアニメ以上に語る価値のあるものがどこにあるのだろうか。 それは君が怠惰なだけだ、貧しい現実に対峙する勇気をもたないだけだと、指弾されるかもしれない。しかし断言するが、私はこの手の想像力の要らない仕事から逃げたことはただの一度もない。 膨大な中傷と嫌がらせを受けながらも自主媒体を 10年間運営し続け、毎週死んだ魚のような目をしながらそれが茶番であることを伝えるためだけにテレビワイドショーに出演し、保守政治家と共著を出版して左翼知識人から罵倒され、ヘイトスピーチと歴史修正主義を批判して右翼街宣車の類に仕事を妨害されながらもそれを放棄しないのは、それでもこうした作業がこの国に必要なことだと信じているからだ。この国にはもう希望はないのだと、安全圏からつぶやいて共感を集めるような生き方を選ぶべきではないと考えたからだ。 私はこのバケツの底に空いた穴を塞ぐ仕事から、想像力の要らない仕事から逃げたことはただの一度もない。 しかし、もうたくさんだ。 もう一度断言する。いまのこの国に本当の意味で語るに値する現実は一つも存在しない。この国の現実に想像力の必要な仕事は一つもない。 だからこの本では徹底して虚構について考える。サブカルチャーについて、アニメについて考える。この国の戦後という時代の中で奇形的な発展を見せた商業アニメーションの想像力を通じて考えることから全てを始める。 アニメーションという純度 100パーセントの虚構の世界にこそ結果的に露呈していた時代の本質を拾い上げること。そして、戦後アニメーションを牽引してきた天才たちがその本質にいかに対峙したかを論じること。これらの作業を通して、初めて私たちは現代の、本当の問題に接続することができるのだ。 こうしているいまも、世界中で奇妙な存在感を放っている戦後の商業アニメーションの想像力──それは、単純に考えれば文化鎖国的な戦後社会と、肥大した情報環境のもたらした時代の徒花にすぎない。しかし、その徒花が見せた奇形的な発展の中で展開された想像力を用いることで、今日の暗礁に乗り上げた情報社会をこれまでとは異なる角度から捉え直し、また、脱出口を模索することができるのではないか──本書はこうした思考実験をまとめた本だ。同時にこの国の戦後という長すぎた時間とその終わりについて論じた本だ。そしてさらには、現代における世界と個人、公と私、政治と文学の関係について思考したものでもある。 恐らくは多くの人が、この三つの問題はそれぞれ独立したものだと考えるだろう。 しかし、この三つの問題は根底の、それも本質的な部分で接続されている。いや、接続することで初めて見えてくるそれぞれの本質がある。本書はこうした確信の下に書かれている。 圧倒的な彼我の距離を言葉を用いて破壊し、ゼロにすること。遠く離れ、本来はつながらないはずのものを、つなげること。それが批評の役割だ。 だから本書の読者の何割かはアニメ評論だと思って読み始めたら、抽象的な社会論が始まって面食らうかもしれないし、逆に戦後論に関心を抱いて手に取ったところアニメーションのことが延々と論じられていて愕然とするかもしれない。さらに言えば、恐らくこの本が発売された 2017年現在の国内において、私を知る人間の大多数が私をテレビワイドショーのコメンテーターとして認識しているはずであり、批評文を発表していること自体が奇異に映るかもしれない。 しかし、私があの場所で語っている言葉にもし少しでも引っかかるものがあれば、本書を手にとってもらいたい。もし、私があの場所で紋切り型の思考から自由であるとするのなら(そうでありたいと常に意識しているのだが)、それは私がこうして虚構を通じて現実を考えてきたからに他ならず、こうしてつながらないはずのものをつなげて考えてきたからに他ならない。 いま、この国でものを考えることは多大な苦痛を伴う作業だ。 こうした情況下に必要な言葉は、事実上無内容な 20世紀的イデオロギー回帰へのアジテーションでもなければ、消費/情報社会に適応するためにバランスを取って生きるべきだという程度の常識論を哲学と社会学の言葉で装飾した口当たりのいい文化論でもない。ましてや、アメリカ西海岸への劣等感を丸出しにしたイノベーションと人生戦略(!)の教科書でもないだろう。それが、本書が現在を見つめ未来を提起することからではなく、過去に立ち返ることから始まる理由だ。 この絶望的に空疎な情況は、いかにして生まれたのか。その解除のためにはまず、その成立について考える必要があるのだ。そしてその成立の背景に存在する目に見えないものについて考えるために、戦後アニメーションの巨人たちの想像力を借りる。それは考えてみれば、自明なことなのだ。 世界には虚構だけが捉えることのできる現実が存在する。これはこの逆説を信じることができる人のための一冊であり、そしてまだ信じられないけれど、信じてみてもいいかもしれないと考えている人のための一冊だ。もし、信じられないし信じてみたくもない、という人はこう考えてはどうだろうか。(自分には信じられないことだが、確固として存在する現実として)人間はなぜ、目に見えるものよりも目に見えないものに動かされるのか、と。 では、想像力の必要な仕事を始めよう。 1 二つの「戦後」から あの決定的な敗戦から 70年後にあたる 2015年の夏、この国は二つの言葉、二つの思想、二つの物語に引き裂かれていた。 安全保障関連法──通称「安保法制」──をめぐり国会は紛糾し、反対派のデモが国会議事堂を取り囲んだ。そしてメディアではこの半世紀以上飽きるほど反復されてきた憲法 9条をめぐる議論が性懲りもなくまた、繰り返されることになった。その中で、この二つの言葉、二つの思想、二つの物語は表面的な対立と実質的な共犯によって奇妙にゆがんだ関係を結んでいた。 【A】 アメリカの核の傘に守られ、自らは一滴の血も流さずに平和を謳歌する「永遠の 12歳」の国家・日本。いまこそ私たちはその欺瞞を排し、「普通の国」として成熟するために、憲法 9条を改「正」しなければならない。たとえそれがアメリカの暴力を肯定することにつながっても、その罪と痛みを対等な立場で共有することでしか、倫理的であることはできないのだ。 【B】 憲法 9条が掲げる理想はたしかに偽善的かもしれない。しかし現実主義という名のイデオロギーを振りかざしてなし崩し的に暴力を肯定する勢力が跋扈する現代において、この偽善をあえて選択することが最大の批判力となるのではないだろうか。憲法 9条を死守することで、日本は自覚的に偽善を選択する国家として再出発すべきなのだ。 【A】と【 B】はそれぞれ戦後民主主義批判とその反批判として半世紀以上反復され続けてきた、いまやテンプレートと化した主張である。 もちろん、現代においてこの二つの主張はともに政治的な実効性の観点からは問題外の空虚な精神論の域を出ない。しかし、それゆえにこうした現実と切断された物語が、この国の社会において半世紀以上も支配力を保ち続けてきたという事実から私たちは目を背けるべきではないだろう。重要なのはこれらが愚かであることを指摘することではなく、なぜこの愚かさが必要とされたか、だ。 この国の戦後という長すぎた時代は同時に「もはや戦後ではない/あってはならない」という言葉とともに常に語られてきた時代でもあった。「もはや戦後ではない」というキャッチフレーズが新聞の紙面に躍った復興期の終わりから、「戦後レジームからの脱却」を掲げる現政権の時代まで、戦後とは来るべき成熟した国家に移行するまでの、ダグラス・マッカーサーがかつて述べたように「 12歳の少年」たる戦後日本に許された仮免許の時代であり、遠からず終わるもの/終わらせるべきものであるという意識を誰もが共有したまま半世紀以上の時間を浪費してきた時代だったのだ。 そして、問題はその戦後を終わらせるための通過儀礼として提示されていた像が、奇妙な分裂を見せていたことだ。 まるで同一の人間の精神の中に二つの異なる人格があるように、戦後日本では建前論的に形式化されたアジアの被害者への謝罪と、本音としての歴史修正主義的な「失言」が反復される。それは国家という擬似人格がその同一性を保つためにこそ、建前と本音を分担して使い分けているからに他ならない──。これは加藤典洋が戦後半世紀の節目の年にあたる 1995年に雑誌に発表した『敗戦後論』で行った、この「二つの戦後」に対する分析だ。 55年体制下の自民党と社会党の、偽悪的な本音(アメリカの核の傘に守られた経済発展の結果的な肯定)と、偽善的な建前(その成果を受け取りながらもサンフランシスコ体制を批判する平和主義)との役割分担がそうであったように、そして当時出現した戦後中流家庭の多くが選挙においては批判票を社会党に与えて抑圧としながら、執政では自民党の政権を是認するという建前と本音を使い分けていたように、この戦後という時代を代表する二つの主張は、表面的には対立しながらも実質的には役割分担として共犯関係を結んできたのだ。 そして、加藤はこの建前と本音の分裂、国家という擬似人格の精神分裂は、敗戦の屈辱からの自己回復のために日本社会に必要とされたものなのだと主張し、この分裂を再統合するための国民的な物語(歴史認識の再構築)の必要性を主張する(* 1)。 しかしここでは一度その前に、戦後日本を呪縛するこの二つの思想の表面的な対立と実質的な共犯関係の裏側にあるものについてもう少し踏み込んで考えてみたい。 私がここで注目したいのはむしろ戦後日本がこの実質的な共犯関係によって、ある一つの決定的な成熟観に支配されていたことだ。 【A】と【 B】、戦後民主主義批判とその反批判という二つの物語は、ともにこの戦後という長すぎた偽りの時代を国家としての正しい成熟をもって終わらせるべきだ、という前提を共有している。そして、その前提の共有によって両者は実のところは全く同じ論理をもって成立している。その論理とは「あえて」偽善/偽悪を引き受けること、つまり、無垢なる状態から偽りを「あえて」引き受けることが国家としての成熟に、戦後レジームの解体につながるという論理だ。 そう、戦後民主主義批判【 A】とその反批判【 B】という二つの物語、二つの思想は政治的な立場を異にしながらも、実は同じ人間観に、もっと言えば成熟観に基づいているのだ。 例えば戦後民主主義批判【 A】を代表する思想家であった江藤淳は、この両者の共犯関係を「ごっこ」というキーワードで批判する。曰く、保守の主張する対米従属による経済的繁栄とリベラルの主張する護憲による一国平和主義はともに対米従属の、アメリカの核の傘への依存によって初めて可能になる「ごっこ」にすぎない。したがって両者は表面的な対立関係とは裏腹に実は共犯関係にある、とする(* 2)。 江藤は対米独立と自主防衛の必要性を述べ、その延長線上に改憲を、自主憲法の制定を主張するのだがここで重要なことは、こうした対米自立論が(今日においてはともかく)当時( 1970年)の冷戦下においては全くリアリティを伴わないものであった点にある。ここで江藤はいわば、現実と切断されているがゆえに成立する理想主義を説いているのだ。まるで、彼の敵視するリベラル勢力が戦後民主主義のアメリカの核の傘に依存した一国平和主義を、現実のある部分を隠蔽することで世界平和と喧伝したように。 ここに出現しているのは現実と切断された理想が、虚構の理想だけが真正な理想であるという欺瞞に満ちた逆説だ。そして江藤の自意識とは裏腹に、この逆説は戦後民主主義の精神を体現すらしているだろう。現実主義と理想主義を対置し、現実と切断された理想だけが真正であるという逆説は、徹底して私的であることが逆説的に公的であるという戦後民主主義の精神の変奏なのだ。 江藤の批判は、対米従属を対等な同盟と錯覚すること──強者と同一化することで自らを強者と錯覚すること──に向けられている。しかし、その一方で自身の対米独立論が現実から切断された理想にすぎないことにもおそらくは自覚的であったと思われる。「ごっこ」遊びを終わらせることができないことを、江藤が理解していなかったとは思えない。しかしそれでも江藤はそれが「ごっこ」遊びにすぎないことを指弾する。江藤は現実的な解を示すことができないにもかかわらず、いや、だからこそより徹底された「ごっこ」遊びを提示するのだ。江藤の実質的なメッセージは、それが「ごっこ」遊びでしかないことを自覚せよ、ということにすぎない。その欺瞞を、悪を、より自覚し、「あえて」より徹底した「ごっこ」遊びを志向せよ──それが戦後における成熟につながる、と述べているのだ。 江藤はこの戦後的な成熟の問題をもっとも明確に言語化した文学者でもあった。〈喪失感の空洞のなかに湧いて来るこの「悪」をひきうけること〉──それが、江藤の考える「成熟」の定義だ(* 3)。江藤の述べる「悪」とは何か。それは、それが偽りであることを自覚したうえで「あえて」という態度のことに他ならない。つまり江藤はこの成熟をもたらす喪失に、戦後日本の偽善/偽悪性を自覚的に引き受けることを見出していた。戦後社会の虚構性に自覚的であること、それが江藤が捉えた戦後的「成熟」の回路なのだ。 だとすると、戦後日本においては政治的(公的)には対立するものが、文学的(私的)には同質なものとして機能することになる。江藤の戦後社会論は戦後民主主義批判【 A】の立場から展開されたものだが、同様の論理を【 B】の立場の主張から抽出することも容易である。 戦後日本の憲法には、「戦争の放棄」という項目がある。それは、他国からの強制ではなく、日本人の自発的な選択として保持されてきた。それは、第二次世界大戦を「最終戦争」として闘った日本人の反省、とりわけアジア諸国に対する加害への反省に基づいている。のみならず、この項目には、二つの世界大戦を経た西洋人自身の祈念が書き込まれているとわれわれは信じる。世界史の大きな転換期を迎えた今、われわれは現行憲法の「戦争の放棄」の理念こそが最も普遍的、かつラディカルであると信じる。われわれは、直接的であれ間接的であれ、日本が戦争に加担することを望まない。他国がそれを強いることも望まない。われわれは、「戦争の放棄」の上で日本があらゆる国際的貢献をなすべきであると考える。 われわれは、日本が湾岸戦争および今後ありうべき一切の戦争に加担することに反対する(* 4)。 これは 1991年の湾岸戦争勃発時に発表された柄谷行人、いとうせいこう、高橋源一郎、中上健次など「文学者」有志による「湾岸戦争に反対する文学者声明」の一部だ。 2017年の現在に通読すると、これがアメリカの核の傘の下で実現する一国平和主義に無自覚に依存しながら、自国の派兵拒否と世界平和を安易に同一視する愚劣かつ倫理を欠いたパフォーマンスだと受け取られることは避けがたいだろう。しかし、ここで指摘したいのは当時から既に批判されていた「文学者」たちの愚劣さ(実効性のなさ)と非倫理(紛争地域の見殺し)ではなく、むしろ彼らがその愚劣さから目を背けるために、「あえて」偽善性を引き受けるという主張を採用していたことだ。 この「声明」には原型となった草案があり、その草案には声明の発起人のうち川村湊、中上健次、島田雅彦による以下に引用する文章が添えられていたという。この付記にこそ、私たちは戦後民主主義者とその批判者が共有する成熟観をもっとも色濃く認めることができるだろう。 こうして列挙してみると、いかにも白々しく、偽善的に響くので、思わず苦笑いしてしまった。いずれもすでに世界の到るところで起きてしまっていることを自分は認めないと宣言しているだけのことで、「反対する」の四文字は空虚に空しく響く。だからといって、ニヒリストになってみても始まらない(* 5)。 ここで彼らはその愚劣さ(運動の効果が見込めないこと)と非倫理性(事実上は一国平和主義に居直った紛争解決への努力の放棄でありながら、それが世界平和への発信であると騙ること)にある程度は自覚的だ。そして自覚的だからこそ、その現実から「あえて」目を逸らし愚劣な振る舞いをすることに価値を見出している。ここでは現実的には無価値であることこそが、理念的な価値を生むというアイロニカルな態度が取られている。現実に接続し作用することではなく、切断され作用しないことこそが真正な理念の条件と、成熟の条件とされているのだ。これはかつて江藤が述べた成熟の条件──それが空位であるからこそ、玉座を守る──と何ら選ぶところはない。それは虚構にすぎない。だからこそそれを自覚した上で演じよ、という論理形式において、江藤のそれと柄谷らのそれは完全に同一であり、この戦後的アイロニズムとも呼ぶべき精神性は戦後文学の「第三の新人」たちの諸作品や戦後日本の成熟観を論じた江藤淳から、湾岸戦争への反対署名を経て震災後の反原発/反安保デモを称揚する柄谷行人まで完全に通底しているのだ(* 6)。 そう、ここに表れているのは戦後日本をその政治的な立場を超えて呪縛してきた成熟観だ。それが偽りであることを自覚しながらも「あえて」引き受けること──日本にとっての戦後とはそれ(戦後的なアイロニーの内面化)が社会的存在としての成熟である、と考えられてきた時代だったのだ。 2 「政治と文学」再び「あえて」偽善/偽悪を引き受けること、その虚構性を自覚しながらも演じること、空位の玉座を守ること。こうしたアイロニーを通過することによって獲得されるものが、戦後の「成熟」であり、さらには「世界と個人」「公と私」の関係だった。これが「徹底して私的であることが逆説的に公的なものにつながる」という戦後民主主義そのものの命題だった。 私はかねがねこの問題について言つてゐるやうに、文学を生の原理、無倫理の原理、無責任の原理と規定し、行動を死の原理、責任の原理、道徳の原理として規定してゐる。芸術が生の原理であり、無責任の原理であり、無倫理の原理であるといふ点については、彼らと私との芸術観については相隔たるところはない。しかしながら、行動が死の原理であり、責任の原理であり、道徳の原理であるといふ点について、まさにその点についてこそ彼らとわれわれとの思想的対立があらはにされるのである(* 7)。 これは「政治の季節」が終わりを迎えようとしていた 1969年5月 13日、当時既に「楯の会」を中心とした右翼活動に邁進していた三島由紀夫が、東大全共闘の有志と交わした議論を経て、その総括として自ら書き遺したものの中の一節だ。 ここでいう「彼ら」とは三島と議論したその東大全共闘の有志たちのことで、三島に対した学生たちはこのとき、三島がその小説で用いる天皇というモチーフは作品内でこそ三島の文学を支える回路として存在し得るものの、作品外においては戦前の国家主義と結果的に結びつくものとしてしか機能しないのではないか、と投げかけた。 ここでの「政治」は公的なことを、「文学」は私的なことを指す。「政治と文学」の問題とは個人が世界の中に自分をどう位置づけるのか、という問題、つまり「世界と個人」「公と私」との関係性の問題のことを指し、そして 20世紀半ばの日本は、敗戦によってこの「政治と文学」の関係性が大きく変化した時代でもあったのだ。 かつて「政治と文学」という問題設定が戦後文学において試みられたことがある。このとき、そこではマルクス主義に代表される政治的なイデオロギーから文学表現は自由であるべきか、自由でいられるのか、といった問いが主に検討されていたわけだが、この時点で既に「政治と文学」の問題は文学表現の自由をめぐる問題である以上に、個人が世界とどう関わるべきかという問いに変奏されていたのだ。 このとき東大全共闘の学生たちは、(好意的に解釈すれば)三島の陥った「政治と文学」の断絶を批判している、と言えるだろう。実際は三島の反動的態度への難癖じみた批判という側面が強かったと思われるが、言い換えればそれは「政治」から遊離した「文学」の脆弱さを指摘したものでもあったはずだ。果たして「政治(公的なもの)」と断絶した「文学(私的なもの)」は表現それ自体としての強度を持ちえるのか、という古くて新しい問題をここから抽出することができる。 これに対する三島の事後の回答が引用部にあたる。そして、三島は自分にとっての「政治と文学」の関係は、学生たちの考えるような単純なものではない、と主張する。 したがつて彼らが私の行動の矛盾を衝くことは不可能であつて、私にとつて生の原理と死の原理が一体化し、そして一連のものとして、かつ相表裏するものとして私の中で私の肉体と精神に溶け合つてゐるならば、彼らもそのやうな矛盾を自己の内部に包摂するところに行動原理を見つけ出してゐるのでなければならない。この二つの原理がお互ひに行動の根本動機になるのであるとすれば、われわれは同じ行動様式によつて反対側の戦線で闘つてゐるといはなければならないのである。 ここで三島は「文学」と「政治」は異なる原理をもって存在するもの(生の原理/死の原理)だとしながらも、その原理的に相容れないはずの二つのものが否応なく結びついてしまうという矛盾こそが、自分のあらゆる活動を支えるものなのだと述べている。三島にとって「政治」も「文学」もそれ自体で成立するものではなく〈二つの原理がお互ひに行動の根本動機になる〉ものだった。断絶しているはずの政治と文学が、「にもかかわらず」否応なく結びついてしまう。少なくともそれを結びつけることへの欲望が拭い去れないものとして存在する。戦後民主主義の精神が「徹底して私(文学)的であることが、結果的に公(政治)的である」という逆説によって成り立っていることに起因することを考えれば、三島もその自覚よりも深いレベルで「戦後」の文学者だったと言えるだろう。 戦後とは、「文学」的(私的)であることを通して逆説的に「政治」的(公的)である、という論理的に成立し得ないはずの命題を、さも成立し得るかのように振る舞うこと、仮構すること、演じることが要求された時代であり、その擬制に、虚構性に自覚的であることが成熟(江藤淳)、芸術(三島由紀夫)の成立条件として機能したのだ。 言い換えれば戦後とは「政治と文学」の「政治」が「アメリカの影」によって機能しない時代だ。本当は成立していない「政治」をさも成立しているかのように振る舞うことで維持される社会──それが戦後だ。そして「公」との関係なくして「私」が定義できないように、「政治」が成立しなければ「文学」も成立しない。少なくとも三島はそう考えた。その結果、三島は自らの身体を、生活を、政治活動を、全て虚構化することでこの情況に対抗しようとした。政治(公)のレベルと文学(私)のレベルがどちらも虚構化されていれば、虚構の中に完結した「政治と文学」の、つまり「生活と芸術」の関係が成立する、そう三島は考えていたふしがある。しかし、その「実験」の結果は、広く知られているように三島の確信犯的な自滅に終わった。 近代とはそもそも公的な空間という舞台に立ち市民という役を演じる演劇に他ならない。しかし、近代日本という未完のプロジェクトはそもそもその舞台自体が成立しない。台所や納屋といった生活の現場に妖怪たちを日常的に幻視するこの虚実の皮膜の融解した国においては、舞台と客席を切断する力が機能しない。その意味において、この国における公的なもの、政治的なものは二重に虚構である。そして、戦後というこの長すぎた時間にいたっては、主権者たる国民が(「アメリカの影」の下に)近代的な市民を演じることすら許されない。したがって戦後日本における成熟とは、その不可能性を自覚すること、その舞台それ自体が成立していないことを自覚した上で演じること、という二重の虚構性を通過したアイロニーをその内面に備えることとして存在した。だからこそ三島は「政治と文学」を〈二つの原理がお互ひに行動の根本動機になる〉ものだとしたのだ。政治レベル(公的なもの)の虚構性に自覚的であることでしか、戦後下における文学レベルの構造を理解することはできないからだ。三島が身体改造や自邸の構築、「楯の会」に代表される政治活動などを通じて、一貫してその実人生をつくりもので、イミテーションで塗り固めていたことは有名だが、これまでの議論にひきつければ三島は戦後日本に対して、そこに生きる文学者としての自身の生物的/社会的身体をもってして批評的介入を試みた、とも言えるだろう。 この三島の自決に際して西尾幹二は「文学の宿命──現代日本文学にみる終末意識」と題した長篇評論を発表している。 従って政治的な次元で言えば、「全共闘」の運動も、三島氏の率いる「楯の会」もともに有効性をもたないが、政治を倫理の次元で考える立場から言えば、どんな行動も今の日本の現実の内部では政治的な有効性を発揮することはないという自覚を確認したという点で逆説的な意味があるのである。つまり個人倫理の立場で政治的に何を企てても、それが真剣であればあるほど遊戯性を帯びざるを得ないような生ぬるい、泥沼のようにぶよぶよした現実の内部に私たちが閉じこめられて生きているという事実を、誰の目にもわかるように、実験的行動で明確化したところに意味がある。[中略]政治はもはや個人のモラルにはなり得ない。どんな真剣も遊戯に終るというのではなく、遊戯以外に真剣などはあり得ないようなきわめて文学的な空間の中で、文学の非文学化が無気力にひろがっているというのが今の私たちの生きている現実なのである(* 8)。 西尾が指摘するように、戦後という時代は、政治的(表面的)には対立する二つの運動が、文学的(実質的)には同一の構造によって成立していた時代だ。より詳細に述べれば、文学レベルでの同一性を隠蔽しつつ、さも政治的には対立するかのように振る舞うことで成立していたのが戦後社会だ。それが江藤の述べる「『悪』をひきうけること」であり、成熟のかたちでもあった。そして若き日の西尾はこの現実に自覚的であるがゆえに、無力感を表明している。文学的な背景をもたない政治(個人のモラルにはなり得ない政治)は空疎であり、また政治を射程に収められない文学もまた空疎だ。 加えて、ここで忘れてはならないのは、全共闘/楯の会がともに、表面的には政治的でありながらも実は文学的なパフォーマンスの域を出ないことを喝破していた西尾幹二が、その四半世紀後には「新しい歴史教科書をつくる会」の中心人物として【 A】の立場から歴史修正主義運動を推進していくことになっていったという皮肉な事実だ。西尾もまた、その空疎さを自覚した上で演じることを(それも、最悪のかたちで)選んでしまった戦後日本人なのだ。 3 母性のディストピア では、このような不毛な演技はなぜ反復されるのか。 近代の国民国家は国民の「父」として成人男性の擬似人格で比喩され、これら国民国家を支える成熟した国民(市民)もまた家長としての「父」として比喩されてきた。国民国家下では、世界と個人、公と私の関係は「政治と文学」の関係でもあった。国民国家下において、(少なくともある時期までは確実に)成熟とは国民(市民)としての成熟であり、「父」になることとして比喩されてきた。そこで、徹底して私的であることが(逆説的に)公的であるという戦後民主主義の命題下にあった文学者たちは、この逆説によって発生したアイロニーを、「父」性をめぐる問いとして反復して表現してきた。 そして前述したように戦後的想像力における「成熟」像は二つのかたちが存在する。一つは偽悪的に「父」であることを表面上は主張しながら実質的には断念すること(「普通の国」としての成熟を表明しながらも、アメリカへの追従を重ねること)、もう一つは偽善的に「父」であることを表面上は拒絶しながらも、実質的には主張すること(平和憲法の遵守を標榜しながら、一国平和主義的に血まみれの繁栄を謳歌すること)だ。 ここでは前者は江藤淳、後者は村上春樹をその代表として例示しよう。そしてやはり、この両者の体現する精神性は一見正反対だが、実はほとんど同じ構造に立脚している。『成熟と喪失』において江藤淳は安岡章太郎『海辺の光景』、小島信夫『抱擁家族』などの戦後文学を論じることで、その(戦後における)成熟のかたちを示している。江藤は前近代を「母」のゆりかごに包まれたユートピアとして、そして近代を誰もが「父」になるという呪縛に囚われたディストピアとして描写する。〈母の「圧しつけがましさ」は、流動性のある社会、あるいは誰でもが「騎兵」になる可能性をあたえられている社会に生きる母の心に生じる動揺の表現である(* 9)〉と定義する江藤にとって「母」とは前近代の運命論を、「父」とは近代の自己決定論をそれぞれ象徴している。 前近代において、「母」の使命は獣医の子を獣医として再生産することだった。しかし、近代の到来はこの「母」を取り巻くものを崩壊させた。獣医であった夫の子が騎兵にも学者にもなり得る世界 =近代の出現によって、「母」の役目は獣医である夫を恥じてその子を騎兵に育てあげることとなり、さらには彼女たち自身が騎兵にも大学教授にもなれる自由、つまり「母」であることを拒否する自由をも手にしたのだ。 その結果として「母」は「圧しつけがましさ」をもつようになる。「母」は自己決定論が支配する近代に怯え、運命論に支配された前近代へ回帰しようとする。あるいは、過剰に適応すべく過度に夫を恥じるようになる。前者が『海辺の光景』の主人公の母であり、後者が『抱擁家族』の主人公の妻(時子)だ。そして、母(妻)たちはこの動揺に耐えられず崩壊していくことになる。 江藤はこの「母」たちの崩壊に感傷的な視線を寄せる。そして、「母」の崩壊による喪失を成熟の条件とする。「母」の崩壊による喪失を受け入れること、「母」を崩壊させる欺瞞を、悪を、戦後社会を自覚した上で受け入れることとしてその成熟は定義される。この悪を引き受けた存在を、成熟を経た存在を江藤は「治者」と呼んだ。それは裏返せば同時に江藤の考える「治者」としての成熟には、崩壊すべき「母」が必要とされることを意味した。 江藤淳には『成熟と喪失』と並行して書かれた「日本と私」というエッセイがある。これは江藤がアメリカ留学から帰国後の生活を綴ったものだが、同作は江藤が夫人に対する家庭内暴力を告白していることで知られている。 それにしてもなぜあざができるほど殴ったのだろう? 「楽しくなれ、楽しくなれ」と相手を殴っているのはこっけいな話だ。殴られて陽気になる人間があるわけはない。私は家内を遠ざけ、暗くして行くなにものかと闘っているはずだが、それが家内のなかにあるものか外にあるものかがわからない。それともそれは私のなかにあるなにかなのだろうか(* 10)。 もちろん、それは妻にではなく、江藤自身の中にあるものに他ならない。引用した文章はその痛切な自覚のもとに書かれたことは疑いようがないだろう。ここで江藤が妻を殴ることは、引用文の記述から分かるように自身の中にある満たされないものを吐き出す行為に他ならない。 大塚英志は『江藤淳と少女フェミニズム的戦後』で、この「日本と私」を論じている(* 11)。江藤がアメリカ留学によって、その(アイロニカルな)ナショナリストとしての側面を確認したことは広く知られている。それは文学レベルでは、「父」を演じること =「治者」であることとして提示されるのだが、「日本と私」から確認できるのは、帰国後の江藤は「父」であることの確認のために、妻に対し依存的なアプローチを反復していたということだ。これらの記述から大塚は、江藤の妻は江藤の社会化──「父」 =治者を演じること──の生む世界との軋轢を引き受ける存在であったと指摘している。「日本と私」で江藤が半ば露悪的に告白するのは、まず留学時には誇るべき心のふるさととして確認できたはずの日本が、帰国時には色あせて見えたという現実だ。この色あせた、ハリボテのような戦後日本の現実の姿は、江藤の心を確実に蝕んでいく。少なくともこの社会で「政治と文学」の関係を文学の側から記述することは──アメリカ留学時に初めてそこにあると確認できた日本を根拠に世界と個人、政治と文学を接続することは──帰国後の江藤にはできなくなる。 その結果、江藤は「父」であるために「治者」であるために、妻と営む家を守ることを、家長としての自己実現を性急に求めることになる。ここで江藤の妻は、江藤に正しく守られるべき女性性を演じることを要求される。しかし、それは表面的には江藤による妻の庇護であるがゆえに、実質的には妻による江藤の庇護として機能している。こうして彼女は「もっと楽しくなれ」という極めて理不尽な要求のもと、江藤に殴られることになるのだ。 江藤淳にとって「治者」であることはその妻 =「母」への依存によって支えられていた。江藤は「治者」であること──政治的なもの、公的なものが二重に虚構であることを自覚した上で演じるというアイロニーを抱え込むこと──を戦後的成熟像として示していた。しかし、江藤の抱えていたこうしたアイロニーは、より正確にはアイロニカルな回路を稼働するために必要なコストは、家庭内の被差別階級に転嫁されていたのだ。まるで、この国の戦後の経済的繁栄が、アメリカの核の傘の下の「血まみれの平和主義」に支えられていたように。 そして江藤は依存対象である妻を失うと自らを形骸と断じ、自らその生涯を終えた。「誰でもが『騎兵』になる可能性をあたえられている社会」に「動揺」していたのは「母」ではなく、むしろその庇護下にあった江藤(の代表するその子たち)なのだ。「母」 =妻たちは、その「動揺」を転嫁され、受け止めていたにすぎない。そして「動揺」のコストを引き受けた彼女たちは「崩壊」し、「母」 =妻を失った江藤自身も崩壊した、のだ。 江藤はその虚構性に自覚的であること、自覚していながらもあえて「政治」が成立しているかのように振る舞うこと =治者として振る舞うことによる戦後的成熟を全力で生きた批評家であった。そして江藤のこの治者としての矜持は実のところ極めて個人的な領域に支えられており、それを失った瞬間に瓦解した。戦後というアイロニーによって支えられた回路は、その破綻を反復し摩耗してきたのだ。 あるいは村上春樹について考えてみよう。この作家については前著『リトル・ピープルの時代』で包括的に論じているので(* 12)、ここでの議論に関連する部分を簡単に紹介しよう。 村上春樹が小説内で提示する私的な倫理は「父」であることを急ぎすぎた人々の過ち──先の大戦のもたらした大量死と、マルクス主義の帰結の一つとしての連合赤軍事件──に根ざしている。そのため村上は 20世紀的なイデオロギーからの、近代的な「大きな物語」からの、「父」を演じることからの「デタッチメント」を時代への回答として選択することから、その作家活動を開始した。しかし村上春樹は、やがてこのとき置き去りにされる公的な正義の問題に回答するべく(具体的にはオウム真理教による地下鉄サリン事件を契機に)時代への「コミットメント」像を模索し始めるようになる(* 13)。 大きな物語が衰微し、消費社会が浸透し、価値相対主義が前面化すると、そこから解き放たれた人々は「何が正しいか/価値があるか」わからない宙吊り状態に耐えられず「自分の信じたいものを信じる」ようになり、その決断を相対化の視線から守るために小さな共同体に引きこもることになる。そして、その小さな共同体を守るために暴力性を発揮することになる。その端的な例が「発泡スチロールのシヴァ神」を信じる共同体を守るために、被害妄想的にテロに及んでいったオウム真理教である。 デタッチメントからコミットメントへ──それまでデタッチメントを倫理としてきた村上に対し、地下鉄サリン事件(が象徴する彼の想像力を超えた悪の出現)は、具体的なコミットメントのモデルを提示することを彼に要求した。ただ「やれやれ」と斜めに構えてデタッチメントしているだけではオウム的なもの──エルサレム賞の受賞スピーチで村上の言う(新しい)「壁」 =システムの生む悪──に私たちは敗北してしまうからだ。ここにおいて村上は能動的なコミットメントのモデルを提示しなければならなくなった。連合赤軍にもオウム真理教にもならず、それでいてこうした「悪」に対抗し得る新しいコミットメントのかたちを、村上は要求されることになったのだ。 ここで村上がその新しい「コミットメント」として提示するのが江藤のそれと酷似した女性に依存したモデルだ。『ねじまき鳥クロニクル』第 3部の結末近く、主人公のオカダトオルは「夢の中で」義兄である綿谷ノボルを撲殺する(* 14)。綿谷ノボルとは、作中で現代の高度資本主義下における「悪」の象徴で、システムの生む不気味なものを体現している存在だ。そして、オカダトオルが(夢の中で)綿谷ノボルを殺害したその同刻に、彼の失踪中の妻・クミコは現実の世界で彼になり代わり入院中の綿谷ノボルを(現実で)殺害するのだ。 村上はそれまで、欠落を、傷を抱えた女性が「僕」を無条件に求め、その要求に応えることでの受動的なコミットメントの成就を、積極的に反復してきた。それが「デタッチメント」を堅持したままの「コミットメント」のかたちだった。しかし時代は村上にさらに一歩踏み込んだ能動的なコミットメントを求めた。 傷を抱えた女性 =この「他者性なき他者」を用いた受動的なコミットメントは、「やれやれ」と構えた主人公の男性のナルシシズムを満たしてはくれるが、正義を執行し世界を変えることはない。そこで、『ねじまき鳥クロニクル』では一歩踏み込み、新しい「コミットメント」 =新しい「悪」への対峙法が提示されることになる。 つまり男性主人公のナルシシズムの補完のために導入された「他者性なき他者」としての女性は、ここに来てついに男性主人公に代わって「悪」を誅殺するに至る。その結果、男性主人公 =オカダトオルは「悪」を滅ぼす自己実現を手にし、実際に「手を汚した」妻クミコは闇の世界に失踪したまま帰還しない。ここでは明確にオカダトオルのコミットメントの「コスト」をクミコが代わりに負っているのだ。「父」になることなく、近代的な主体であることは可能か──デタッチメントからコミットメントへ、と村上の語るアイロニズムの記述もまた、江藤のそれと同じように成熟のコストを家庭内の被差別階級としての女性(妻 =「母」)に転嫁することで成立している。 村上のそれは、妻 =「母」に武器を預ける。例えば『ねじまき鳥クロニクル』において、主人公の妻は主人公に代わりコミットメントを代替する。主人公は自らの手を汚すことなく、コミットメントの手応えを享受する。そう、ここにおいて江藤の「治者」と村上の「デタッチメントからコミットメントへ」の構造は完全に一致する。それを演じることのコストを、性的に閉じた関係性を構成する想像力(対幻想)のレベルで処理(転嫁)する。 江藤/村上の根底にあるのは自分たちは「父」にはなれない、武器は持てないという諦念である。そのため、どちらも自分が偽物であることを自覚することで成熟する、という形式を取り、そしてどちらも性差別的な構造に依存している。前者は彼が「父」を演じるために自分の代わりに誰か(象徴的には母、妻、娘といった自分を無条件で肯定してくれる女性)が犠牲になってナルシシズムを下支えし、後者は彼が「父」としての自己実現を実質的に得ながらも表面的には「父」にならない、と主張し得るために同様に女性が代わりに手を汚し「父」としての責務を果たす。 要するにどちらも「偽物であることを自覚すること」(アイロニー)のコストを、被差別者(多くの場合女性的なものに比喩される)に預けるモデルだ。自分たちは「父」になれない、不能である、父権的な権力性を拒否する、と主張することは容易だ。しかし人間は社会に否応なく接続されてしまう存在でもある。私たちは自動的に「父」にされてしまう。そのとき、私たちは多かれ少なかれ権力性を帯び、それを行使する。民主主義を、資本主義を生きるとは、社会的動物としての人間を生きるとは、不可避に「父」として機能することだ。江藤淳的であれ、村上春樹的であれ、私たちは「父」になれないのだと宣言することは「父」であることを深く、柔軟に受け止めることにはつながらず、むしろその責任を被差別階級に転嫁しているだけなのではないか。それが村上春樹論としての側面を強く持つ前著『リトル・ピープルの時代』での問題提起だった。「彼」に無条件の承認を与え、そして「彼」がその共同体の外部に対峙するために市民(治者/戦後民主主義者)を演じるためのコストを、内部において被虐的に代替する、あるいは「彼」に代わって武器を取り、その外部に対峙し社会的自己実現の成果と快楽を持ち帰り、与え、そのコストはやはり被虐的に代替する──そう、彼らにとっての妻とは事実上の「母」的な存在に他ならない。偽悪と偽善、二つの戦後を支えた精神性はともに、妻を対等なパートナーではなく「母」と錯覚することで、さらにその「母」的なものへの依存と責任転嫁によって成立していたのだ。 世界と個人、公と私、政治と文学を結ぶもの。いや、近代日本という未完のプロジェクトにおいては常に結ばれたふりをすることでしかなかったのだが、このいびつな演技のために彼らが必要としたものは「母」的な存在だったのだ。 妻を「母」と錯誤するこの母子相姦的想像力は、配偶者という社会的な契約を、母子関係という非社会的(家族的)に閉じた関係性と同致することで成り立っている。 本書では、この母子相姦的な構造を「母性のディストピア」と表現したい。 これは、戦後日本における「政治と文学」のアイロニカルな関係を性的なモチーフを用いて表現したものだ。ここで戦後民主主義者/治者は、無条件に自分を承認してくれる「母」的な存在に庇護されることで初めて世界と個人、公と私、政治と文学を接続することが、「父」になることができる。しかし、その接続は虚構のものだ。それは「母」の膝の上で甘えながら「父」になる夢を見ているに過ぎない。そして「父」になることを渇望する「 12歳の少年」に甘い夢を見させるために、必要以上に肥大することを要求される「母」は崩壊していくことになる。 ここでは世界と個人、公と私、政治と文学のうち前者が後者に、世界の構造の問題が(男性的な)自意識の問題に回収されながらも、それが隠蔽され擬似的な関係を結んでいる状態にある。「母性のディストピア」の常態化によって戦後日本における成熟とは、この擬似関係に自覚的でありながらそれに気づかないふりをして演じることを意味するようになったのだ。 そしてこの構造の成立の背景には、サンフランシスコ体制のもたらす「アメリカの影」とその結果発生した戦後民主主義的な精神文化が強く作用していた。それは政治的な決定に対して永遠に当事者であり得ないという呪縛と、徹底して私的であることだけが公的であることにつながるという逆説の化学反応の生んだ不幸な精神性であったと言えるだろう。あるいはアメリカという望まれぬ義「父」に怯える「 12歳の少年」が、その影から目を背けるために義「父」から与えられた環境を「母」胎に読み替えていくための想像力だったとも言えるだろう。 世界と個人、公と私、政治と文学が「父となる」こと(成熟)で結ばれるのが近代社会だ。しかし「アメリカの影」の中にある戦後日本において人々はそのいびつな不可能性に直面する。政治的なものに対して国民は究極的には当事者であり得ないにもかかわらず、そのことを公的に表明することを暗黙に禁じられている。こうして、肥大した母と矮小な父の結託 =「母性のディストピア」的な構造のもとに「政治」は虚構化され、「文学」の中に自己完結してきたのだ。 4 (肥大する母性としての)日本的情報社会 そしていま、こうして無反省に、いや形式的な自己反省のパフォーマンスを経て再強化され続けてきた「戦後」的なものが、その成立から 70年を過ぎた現在では決定的に変質しようとしている。 しかしこれは「母性のディストピア」が超克され、「政治と文学」の新しい関係が構築されたことを意味しない。起こっていることはむしろ逆だ。「母性のディストピア」構造は、この変質を経ることでむしろ強化されている。その結果として少なくとも「文学」レベルにおいてはいびつなかたちで成熟像の一つを提示することに成功していたはずのこの国は、相変わらず「政治」レベルにアプローチする術を持たないまま、いま、そのいびつな成熟像すら失おうとしているように思えるのだ。 冒頭に掲げた三島の「遺言」は来るべき消費社会への不吉な予感を記したものとして知られている。三島は自身の芸術を辛うじて根拠付けていた戦後的アイロニーが、消費社会化によって摩耗することを予見していたのだ。しかし前述したようにこの国をめぐる情況は三島の絶望的な予言を超えたレベルで悪化している。 江藤の述べた、そして三島の実践した「政治と文学」のアイロニカルな関係性のもたらす「成熟」は(「失われた 20年」を経てもはや経済大国ですらなくなった) 21世紀のこの国に存在していない。 あの決定的な敗戦から 70年を経てもなおこの国を引き裂いている二つの「政治」の言葉の背後には、戦後期のそれが保持していたような「文学」の回路はもはや機能していない。彼らは何も「喪失」していない。いやそれが既に「喪失」されていることも理解していない。したがって〈喪失感の空洞のなかに湧いて来るこの「悪」をひきうけること〉はあり得ないのだ。 噓だと思うのなら代表的なソーシャルネットワーク上の発言を幾つか検索してみるとよい。いまこの国の、戦後という耐用年数の過ぎて久しい回路の枠組みをめぐる言説は、その立場にかかわらずほぼ思考するためではなく、思考することを拒否するために存在していることが分かるだろう。 具体的には、いまこの国の一方には時代錯誤のナショナリズムに回帰することで矮小な自己の底上げを期待する卑しさが肥大し、他方には現実から遊離した愚劣な空論を理想主義と言い換え、自分探しを革命と言い換える卑しいナルシシズムが渦巻いている。 そう、こうしているいまも性懲りもなく反復された「政治」の言葉たちは、表面的には「戦後」のそれと酷似していながらも、その背景をなす「文学」の言葉はひどく空疎だ。現代におけるこの二つの思想──右翼的な時代錯誤のナショナリズムと左翼的で愚劣なナルシシズム──にはそもそも「あえて」振る舞うことを、アイロニーが成立することを許容する奥行きが存在していない。江藤の言葉に従えば、ここには成熟を可能にする喪失が存在せず、したがって喪失したものをさも存在するかのように、「あえて」振る舞うというアイロニーが存在していない。むしろ偽善/偽悪を引き受けること =アイロニーの欠落として、戦後 70年を経た今日にこの二つの思想は存在している。 いま、起きていることは、少なくとも表面的には間違いなくサンフランシスコ体制下の、 55年体制下の、そして戦後社会下の言論の復古に他ならない。そして表面的には完全に同一でありながらも、いや同一であるからこそ決定的に異なっている。 敵を名指しして、拒否することで思考を放棄し、楽になること。それによって共同性を担保すること。それが情報社会下におけるかつて戦後中流と呼ばれた人々の国民的なライフスタイルとして定着しつつあるとすら言えるだろう。 このような情況を生んだものは何か。それはこの国の情報環境だ。江藤の考える「母」とは子の成熟を拒否し、子が自分のテリトリーの外部に脱出することを拒否し、政治と文学を切断する存在だった。だとすると、いまこの国はインターネットといういくら依存しても傷つかず、そして崩壊もしない新しい「母」の(恐らくは甚だしく間違った運用が)生んだ構造に支配されている。ここではかつての戦後的な「ごっこ」遊びに必要とされたアイロニカルな内面はもはや必要とされない。情報技術の支援によって、今や誰もが(内面を欠いた)江藤/村上的矮小な「父」として振る舞うことができるからだ。もはや、この国の人々は戦後の文学者たちの反復してきたようなアイロニカルな物語を経ることなく、「父」になる夢を見ることができる。日本的な情報社会の発展は、私たち日本人の内面から戦後的アイロニーとその結果発生していたゆがんだ成熟のあり方さえも機能停止させてしまったのだ。 情報技術に支援されることによって、いま戦後的な「母性のディストピア」は解体されるどころか延命し、肥大しているのだ。いや、情報技術の支援によって、それはアイロニーを内包することなく機能するものに進化したとすら言えるだろう。いま、この国を(あるいは世界を)覆っている情報環境は巨大な、目に見えない、母胎のようなものだ。そこで人は目にしたいものだけを目にし、そして信じたいものだけを信じることができる。政治と文学は切断され、「父」として前者(政治)にコミットしたつもりになりながら情報環境という「母」に守られ後者(文学)の中に引きこもる。何の喪失感も、悪の自覚もないままに。かつて戦後日本を包みこんでいた母胎はサンフランシスコ体制の産物であった。しかし、冷戦終結から四半世紀を経た今日、この母胎は情報技術のつくり上げたネットワークに置き換わり、そして強化されている。「愛国」を騙る歴史修正主義者とヘイトスピーカーに「あえて」偽悪を引き受ける内面は存在せず、文化左翼たちは考えるためではなく考えないために憲法 9条を盲目的に、実質的な平和と安全の実現を度外視した次元で擁護している。戦後的な「母性のディストピア」は、情報技術の支援によって進化しているのだ。それも、より醜悪なかたちに。 その結果として、かつて存在した戦後的アイロニーによって駆動されていた近代的成熟に至るいびつな回路はその機能を停止し、使い古されたイデオロギーを消費する内面を欠いた人々がこの国を埋め尽くしつつある。ここには江藤淳の(身勝手な)「母」への感傷さえも、村上春樹の(「安全に痛い」パフォーマンスとしての)「父」になることへのためらい程度のものさえも存在しない。「母」の傷つき得る身体は情報化によって傷つき得ない「環境」に進化し、そして人々は情報環境的に胎児のような全能感を手にし、そして幼児のように気に入らない玩具を床に叩きつけては壊しているのだ。 一見イデオロギッシュな、つまり特定の物語を盲信してしまっているかのように見えるこれらの内面を欠いた人々だが、実のところ彼らはいたって非物語的な存在だ。 彼らがしばしば展開する(自分たちが Googleで 5分検索して見つけてきた) ◯◯という資料の ◯◯という部分が事実ならば、朝日新聞/安倍政権が主張してきた ◯◯の証言はウソだ、といった類の粗探し的な批判は、半ばパズルのようなゲームであり、ほとんど非物語的な情報戦と化していることは明らかだ。彼らは、こうした情報戦をほぼ向精神薬のように、それも常用していると言えるだろう。日本社会は朝日新聞/安倍政権が象徴する「左翼メディア」「反日勢力」/「保守勢力」「国粋主義団体」の陰謀によって悪い方向へ傾いており、その陰謀を情報戦で暴きだして謝罪させればその影響力を低下させ社会は良くなる──そんな「陰謀論」を平気で口にする人々も少なくない。村上春樹はその処方箋の提示には失敗しているが、診断そのものは的確だったと言えるだろう。 いや村上の想定した事態──物語回帰の氾濫による新しい排除の論理の発生とその帰結としての暴力の連鎖──を超えていま、この国を、世界を覆っているのは、非物語的な情報を乱用し、排除と暴力の論理を振りかざしその連鎖を生む、内面を欠いた人々だったのだ。 この排除の論理を支える情報戦の反復と常態化がもたらすのは、個人的な承認欲求を満たすために敵の存在をもってして仲間との絆を確認しあう世界、思想や歴史がこうしたコミュニケーションの建前としてしか機能しない世界の到来に他ならない。 これはもはや物語回帰ですら、ない。物語回帰の果てに訪れた、「物語」の「情報」への解体だ。彼らが盲信する「物語」は実質的には敵か味方か、ゼロかイチかを判断する「情報」にすぎない。情報化されたこの世界においては物語ではなく情報だけが地理をキャンセルし、世界の裏側まで一瞬で届いてしまう。相対的に「物語」を総合的、かつ繊細に読み込んでくれる「場」は、距離の近い小規模なコミュニティでしか成立しない。 現代の情報社会において「物語」は相対的に時間をかけて、そして近くにしか届かない。一方で「情報」はどこまでも遠くに、そして瞬時に届く、いや届いてしまう。 いまこの国で、情報社会についての悲観論が支配的になっているのは、はっきり言ってしまえばインターネットがポピュリズムとフェイクニュースの温床になり下がってしまったからであり、そしてインターネット上の「新しい言論」が完全に、週に一度生贄を集団リンチするテレビワイドショー的な文化に堕したことへの失望が広く共有されているからだ。これは戦後的、テレビワイドショー的な言論空間(「母性のディストピア」の生んだもの)がソーシャルメディアによって相対化されることなく、むしろ補完された結果(情報技術によって進化した結果)だ。 こうした震災後の日本の「劣化」が、前向きな議論をする場を潰している。誰もがいま、なんとなくうまくやっていそうな人間が失敗する姿だけを見たがっている。そんな情況下で発言していくことの難しさに直面したのが、私にとっての「震災後」だった。 この誰もが責任を誰かに転嫁し続ける社会には、「下からの全体主義」ともいうべきものが支配的に機能している。それは戦前から、より強固に戦後社会に受け継がれた「無責任の体系」の技術的な温存、いや、進化というほかないだろう。ジョージ・オーウェルの『 1984年』が描き出したような、トップダウンの父権的なものではなく、どちらかといえば母権的な、日本的なムラ社会の、丸山眞男のいう「無責任の体系」が情報技術によって進化したボトムアップの権力にどう対峙するのか、という古くて新しい問題がここにはある。 これは言い換えれば、本来、戦後的なものを解体するはずのインターネットが、大きな物語による社会統合装置であるマスメディアを相対化するはずのインターネット以降の情報環境が、どうして現代日本では機能しないのか、という問題でもある。 こうした情況下で、本来は「下からの全体主義」に抗う役割を負うべきジャーナリズムでは、左右の 20世紀的イデオロギーへの回帰を選択した/しかし戦後的アイロニーを内包していない内面を欠いた人々の、陰謀論的な情報戦が前面化しているのが現状だ。 共依存的に自分と承認を与え合う存在は(擬似)家族としてその胎内に取り込み、その胎内の和を乱す異分子は排除する──彼ら内面を欠いた人々の共同体は母権的な「排除の論理」に支えられている。戦後的文化空間 =「母性のディストピア」は全く終わっていない。それどころか、インターネット、特に Twitter以降のソーシャルメディア社会を迎えることで、より解除の難しいかたちに進化しているのだ。 そう、いまこの国の言葉は衰微している。情報技術の発展は日本的な「無責任の体系」とその背景としての「母性のディストピア」とも言うべき精神性を拡張するように機能している。これは処女作『ゼロ年代の想像力』から直接的に引き継いだ議論だが、震災後の数年でより強固にそう考えるようになった(* 15)。 人間を自由にするはずの情報技術が逆に人間を不自由にする。解体されるはずの「母性のディストピア」が肥大する。私たちはこの戦後社会と情報技術の不幸な結びつきを断ち、克服しない限りは一歩も前には進めないのだ。そして、これは 2016年──ブレグジットとトランプを人類が経験した 2016年──を経たいま、この国のみならず、世界全体の問題でもある。いま、世界は、課題先進国としての日本(的情報社会)に接近しつつあるのだ。 そう、だからこそ、私たちは今こそこの戦後という長すぎた時代を正しく終わらせなければならない。もちろん、それは敗戦の屈辱を再軍備で補うといった類の表面的なパフォーマンスではなく、より本質的なものとして終わらせなければならないのだ。それは私たちが空位の玉座を守ることで、それが偽りであることを自覚しながらも「あえて」演じることで、成熟を得ていた時代を終わらせることを意味する。 したがってまずは、この国がまだ当たり前のように「上を向いて」いた頃──復興から高度成長へ、そして高度成長から消費社会へ、めまぐるしい展開を迎えていたあの頃から、戦後アニメーションがその性格を決定づけたあの頃から始めたい。 1 日本車と戦後アニメーション 1963年、国産初の連続テレビアニメ『鉄腕アトム』がブラウン管に登場した。アトムがブラウン管で活躍した 4年間は、同時に戦後の高度成長がその極相を迎えた 4年間でもあった。首都東京はオリンピックをその翌年に迎え、国民は敗戦と共に失った自信をいびつなかたちではあるが取り戻しつつあった。 1956年の経済白書が記した「もはや戦後ではない」という言葉それ自体がこのとき既に過去のものとなりつつあり、「三種の神器」と呼ばれた家電製品(白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫)は都市部の中流家庭を中心に定着しつつあった。 時代は来るべき消費社会への予感を早くも漂わせつつあり、アトムが活躍した 60年代半ば、人々の憧れは「 3 C」と呼ばれる新・三種の神器に移行しつつあった。カラーテレビ( color TV)、クーラー( cooler)、そして自動車( car)。そう、アトムが──その末期にはモノクロであるという点において早くも「古い」アニメヒーローになりつつあったこのアトムが──テレビで活躍した時代は、同時に人々がマイカーの夢を追いかけ、手にしていった時代でもあった。トヨタが初の小型大衆車のパブリカを発売したのが 1961年、その後日本初の「国民車」となる初代カローラを発売したのが 1966年──日本車と戦後アニメーション、後に戦後日本を代表する輸出産業と輸出文化を担う二つのものは、同時にその産声を上げ、まるで双子のように成長していったのだ。 ともに 60年代に生まれ、 70年代に大きく成長し、そして 80年代には世界に進出し、アメリカとヨーロッパというそれぞれ別の意味で自信を失っていた二つの地域で、彼らの世界を脅かすものと受け止められてジャパン・バッシングの対象となる。それが戦後社会の嫡子としての日本車と、鬼子としてのアニメーションという「双子」の歴史だ。 自動車と映像(映画とテレビ)はともに 20世紀アメリカの文化を、いや 20世紀そのものの性格を決定した装置だ。 20世紀とは「自動車の世紀」であり、そして「映像の世紀」だったのだ。 19世紀末に開発されたガソリン自動車は 1908年の T型フォードの発売によって決定的に大衆化し、そして道路網はアメリカ合衆国の広大な国土に欠かせないネットワークに変貌していった。そう、自動車はアメリカという当時既に世界最大の工業国であった大国が二つの大戦を経て世界の覇者にのし上がっていくまさにエンジンそのものであり、そして地理的にも歴史的にも統合されていないばらばらの存在を一つに結びつけるものとして機能したのだ。 そして同じく 19世紀末にリュミエール兄弟によって発明された映画もまた、アメリカという大地を得ることで 20世紀の人類社会を決定づける装置として発展していった。 リュミエール兄弟のシネマトグラフは、写真が動くという事実そのもので人の心を動かす「魔法」だった。しかし、映像が「魔法」であった時代は短かった。映像それ自体が魔法として機能した 19世紀末から、 20年も経たないうちに映画は報道という社会的使命を帯び、そして物語の器としての劇映画という表現が成立した。物語の器たることとは、同時に社会そのものの器たることと同義だ。映画は産声を上げ、生みの親の手を離れ自ら歩き始めたその瞬間から 20世紀という時代を担わされたのだ。 二つの世界大戦とその前後に、映画は国民国家の動員手法として定着していった。アドルフ・ヒトラーは 1936年のベルリン・オリンピックを民族の祭典と位置づけ、その命を受けたレニ・リーフェンシュタールによる記録映画『オリンピア』が生まれた。ナチスのプロパガンダ的な意図を超え、記録映画の不朽の名作として今日も参照され続けている同作は同時に、映像という制度の宿命を体現していた。 そもそも人間の目は厳密にはピントの合ったものですらない。少なくとも写真や映像のように平面的に整理された視界を持っているわけではない。実際には限られた視界を記憶と類推によって脳が補完することで、私たちはこの三次元の空間を認識している。これは同時に三次元の空間認識 ≒体験は個人の記憶に強く依存し、他の個体と共有することが難しいものであることを意味する。 しかし写真は、そして映像はこの三次元の体験をパースペクティブを用いて二次元に整理し、人々に共有可能なものにした。特に写真からその連続としての映像への進化は、二次元に(共有可能に)整理された時間性を伴った「体験」を提供することに成功したのだ。 気がつけば映像は巨大化した近代国家を(あるいは国家間を)統合する最大の装置として君臨していった。 20世紀前半の全体主義がマスメディアの発明、具体的にはラジオの発明と普及によって初めて可能になったことは放送史の研究において度々指摘されていることだ。マスメディアという武器によってこれだけの規模の国民を統合し、その関心事を一点に集め、同じ物語を共有させることで国民国家が総力戦を可能にしたのが 20世紀前半という時代だ。そして、映像は 20世紀を通じ、特にテレビの発展と普及によってマスメディアの中心に君臨し、 20世紀後半の人類社会を支配した。 私たちは、 20世紀に起こった出来事の大半を、前半は報道映画の、後半はテレビのニュース映像を通して記憶に刻んでいるはずだ。マスメディア、特に映像を用いたそれなくして、ここまで規模が拡大し構造が複雑化した社会を統合することはもはや不可能だ。 20世紀を通じて、映像は社会を構成するものそのものに進化したのだ。 その中でも大戦期を経て 20世紀の人類社会の共通言語として決定的に機能した映像は、アメリカの西海岸に「漂着」した映画人たちが作り上げたハリウッドの劇映画たちだった。映画が発明されてからまだ 20年も経たない 1910年代初頭、それはまさに短期間で権威化し、硬直化した東海岸の映画界からの亡命劇でもあり、フロンティアを求めて西へ、西へと旅立っていった開拓者たちの軌跡の再現でもあった。 こうして誕生したハリウッドの劇映画たちもまた、自動車と同じようにアメリカというばらばらの国家をつなぐためのものとして機能した。そしてそれだけではなく 20世紀には人類史上初の、いや、幾つかの世界宗教を除外すれば初のグローバル・コンテンツとして、アメリカ生まれの映画たちは国境を越えていったのだ。 言い換えれば自動車とは「個」の捏造だった。 1トン前後の鉄の塊を内燃機関で動かすという、おそらくは 21世紀の人間観から考えれば個人が行使するには度がすぎた権力を免許制で与えることで成熟した市民の証明とする──それが自動車という文化であった。だからこそ 20世紀を通して自動車は成熟した男性性の象徴であり続け、そして女性が自動車を所有することは女性解放の象徴であり続けたのだ。 逆に映像とは「公」の捏造だった。そもそも映像とは共有不可能な現実(リアル)を共有可能なもの(リアリティ)に加工する装置として 20世紀の人類社会を決定づけたものだ。 私たちが現実に体験する世界には物事を整理して記述してくれる神の視点は存在しない。一人一人の体験はばらばらで、乖離している。これに対して劇映画の描く世界は作者によって統合された視点をもち、整理されている。 20世紀とは要するに、三次元の実体験(リアル)はローカルな文脈を理解していないと共有できないが、二次元に整理された映像(リアリティ)ならば普遍的に共有できることを用いてメディアが発達し、かつてない大規模な社会が運営可能になった時代だった。 その意味においては、作者の意図しないものは画面のどこにも存在できないアニメーションは、もっとも整理され、統合されたリアリティをもつもののはずだ。グローバル化と並行してハリウッドの興行収入ランキングがアニメと特撮に席巻されるようになっているのも偶然ではない。もっとも広く、遠くまで届くのは究極の二次元であるアニメの映像なのだ。 こうして考えてみても自動車と映像(とくに劇映画)は双子の関係にある。どちらも、 20世紀アメリカの象徴であり、ばらばらのものをつなげる装置であり、そしてともにその発展 =人工知能(による自動運転)と情報ネットワークの進化によって 21世紀には特権的な位置を失いつつある。 そして戦後日本は復興から高度成長に至る歴史の中で自動車と映画という二つの文化を輸入し、自分たちのものにしていった。 20世紀アメリカの象徴たる自動車と映画、この二つの装置のアイロニカルな受容の成果が日本車と戦後アニメーションだった。「アメリカの影」の下、アメリカのそれのデッドコピーとして出発したこの二つの文化はやがて日本独自の運用法と技術を洗練させ、オリジナルのそれとは似て非なるものとして発展し、やがてその奇形的な進化によって生まれた差異がグローバルな商品価値として機能するようになったのだ。 そう、戦後アニメーションとはいわば「もう一つの日本車」である。そして物語という制度を内包したアニメーションには自動車よりも直接的に戦後日本の精神性が深く刻印されることになる。ローカライズされたデッドコピーとその奇形的進化──その端緒にいた作家が手塚治虫だった。 2 「アトムの命題」と戦後民主主義 手塚治虫はアメリカニズムの受容として、具体的にはハリウッドからモンタージュをはじめとする「映画的手法」を輸入することで戦後マンガを築き上げ、さらにディズニーのフル・アニメーションをリミテッド・アニメーションに改変することでそのデッドコピーとしての戦後の国産テレビアニメーションを立ち上げた(* 1)。 戦後マンガとアニメーションは、ともにハリウッドの劇映画のデッドコピーとして生まれた双子なのだ。ここで留意すべきはやはり、自動車文化がそうであったように手塚によって担われたアメリカの映画文化の輸入による戦後マンガ/アニメの成立もまた、単なるコピーではなくその過程で日本独自の奇形的な進化を経てほとんど別物といえるものになっていったことにある。 例えば大塚英志は、戦後マンガの獲得した独自のリアリズムを「アトムの命題」という造語で表現している。 手塚による戦後マンガの成立において最も重要な役割を果たしたと大塚が位置づけるのはその戦時下の習作『勝利の日まで』だ。同作は、戦時下に軍需工場に動員されていた手塚が描いた習作で、その題名も同名の戦意高揚映画から取られている。そこでは、手塚が少年期から愛読した日米のマンガのキャラクターたちが先の戦争を舞台に攻防を繰り広げる、といった内容なのだがその物語は断片的かつ起伏に乏しく、コミカルなキャラクターたちがマンガ的なギャグを交わしながら淡々と殺し合いを続けるという、笑えるのか笑えないのか、読者を困惑させる内容になっている。 これは手塚が個人的に描いていた習作であり、誰かに見せるためのものではない。しかし、それだけに軍国少年時代の手塚の描いた戦争へのアイロニカルな感情が見て取れるものでもある。 大塚はこの『勝利の日まで』には三つのリアリティの水準が混在すると指摘する(* 2)。 第一のリアリティとは「戦前のまんが史の水準」で決定されるものだ。これは記号的リアリズムの表現──要するに戦前から、手塚に先行する作家たちによってディズニーから輸入された記号的なキャラクター表現──だ。この水準ではキャラクターは記号的な身体として描かれる。怒れば眉間にシワ、悲しめば大粒の涙という「記号」が機械的に書き加えられる。あるコマで怪我をしても、次のコマではその傷は全快して何事もなかったかのように登場する。もしくは怪我をした腕を包帯でぐるぐる巻きにして、オーバーアクションで痛がり、そしてやはり次の数コマ後ではけろっと何事もなかったかのように振る舞うことになる。 そして第二のリアリティが戦時下の「少国民」へ向けた科学的「学習まんが」の類で多用された「戦時下のまんが史の水準」で決定されるものだ。これはハリウッドの劇映画から取り入れられた映画的アングルや写実主義などが用いられる表現──自然主義的リアリズムの水準が用いられた表現──である。ここではパースペクティブを用いて写実的に空間が描写され、現実のそれと同じように破壊された建物が次のコマで修復されることもなければ、怪我をした人間が血を流さないこともあり得ない。 最後の第三のリアリティは両者の混合した、ハイブリッドなリアリティであると大塚は指摘する。そして、この手塚がたどり着いた第三のリアリティ──記号的リアリズム(戦前のまんが表現)と自然主義的リアリズム(戦時下のまんが表現)の混在するリアリティ──こそが、戦後のマンガ/アニメーションの性格を決定したと述べる。つまり戦後マンガ/アニメーションとは、記号的(ディズニー/戦前のまんが的)な「死なない身体」を用いて、自然主義的な(ハリウッド/戦時下のまんが的な)身体がもつ成長や死を描くという矛盾を、その起源から命題として孕んだものなのだ。 手塚は「勝利の日まで」において、記号的なキャラクターたちからなる世界(いわば、それは昭和二十年の時点でのまんがの表現空間それ自体である)にリアルな爆撃機とそれがもたらすリアルな死をもちこんでしまったのである。[中略]その結果、まんが表現におけるキャラクターの記号性と、爆撃機や焼夷弾という現実との乖離が顕わとなり、だからこそ手塚は、少年をミッキーマウスやフクちゃんのように死なない身体ではなく、血を流し死ぬ身体として描かなくてはならなかったのである。 手塚少年がこのとき、はじめて「映画的表現」を採用するのも、彼が彼の習作に持ち込んだものが、それまでのまんが表現が描きえたものとは異質の技術を彼の表現に求めたからである。 手塚治虫はその出発点において、すでに彼が獲得してしまった記号的な表現では描きえないものを彼の表現に抱え込んでいる。 にもかかわらず、彼は戦後史を通じて記号的な表現を放棄しなかった(* 3)。『鉄腕アトム』は、ある科学者の亡き息子の姿に似せてつくられたロボットだった。しかし、その科学者はいつまでたっても成長しないアトムに失望して、彼を捨ててしまう。そして物語は、機械の、偽りの、成長しない身体をもつはずのアトムの人間的な内面や、自己犠牲的な死を描くことになった。そう、ここではまさに成長しない/死なない(記号的)身体を用いて、成長/死という自然主義的な身体の機能を描くことが執拗に繰りかえされていたのだ。 この事実を引いて、大塚はこの戦後マンガ/アニメがその成立過程から内包する命題を「アトムの命題」と呼んだ。 そして同時に、この『鉄腕アトム』の成長しない身体、死なない身体は、戦後日本そのものの似姿でもある。 ダグラス・マッカーサーは戦後日本を「 12歳の少年」と比喩し、そして現代美術家の村上隆はその代表作に、かつて広島に投下された原子爆弾と同じ『リトルボーイ』という名前を与えた。 市民革命を経ず、欧米の近代国家のデッドコピーを展開した日本という国家は 12歳の少年に過ぎず、戦後は核の傘をもつアメリカの影の下、自らその責任を引き受けることなく他国の戦争の成果としての偽りの平和と血まみれの経済的繁栄を無邪気に謳歌し続ける──。国家として成熟することなく経済的繁栄だけを手にした日本は、その内面は 12歳の少年のまま性器のみを発展させたネオテニー(幼形成熟)国家として消費社会を謳歌することになった。このネオテニー・ジャパンの象徴こそが戦後マンガ、戦後アニメーションの過剰に性的な要素の強調されるキャラクター群である、というのが村上隆の理解であり、その作品のコンセプトの根幹をなしている。 アメリカという絶対的な父親に去勢され永遠の「 12歳の少年/リトルボーイ」として成熟を失った戦後日本が、その極めて直接的な反映として生み出した文化が成熟忌避的なモチーフに支えられた戦後マンガ/アニメだったのだ。 そう、「アトムの命題」──成長しない身体 =(マンガ/アニメの)キャラクターを用いて成熟(老い、死)を描くこと──とは、戦後のマンガ/アニメがその発生時から抱え込んでしまった命題であると同時に「 12歳の(身体のまま大人になれない永遠の)少年がいかに成熟すべきか」 =「国家として事実上独立していない日本がいかに市民社会を形成するか」という戦後日本という国家の直面した命題の変奏でもあったのだ。 3 「変身」する戦後ヒーロー 大塚英志が「アトムの命題」と名付けた戦後的な身体をめぐる想像力について検討する上で決定的な補助線となるのは戦後アニメーション、とりわけテレビアニメと併走してきた文化である特撮番組と、そこに登場する変身ヒーローの存在だ。 ウルトラマン、仮面ライダーという今日も継続するシリーズが代表するこれらの番組は隣接するアニメーションの身体感に決定的な影響を残している。その正体を隠すために覆面をかぶるアメリカン・コミックのヒーローたちと違い、国産の戦後ヒーローたちはこのとき全く異なる存在へ「変身」することで初めてその超越した能力を発揮できるようになるのがその最大の特徴だが、例えば初期「ウルトラ」シリーズに参加した脚本家の佐々木守は、 60年代に登場したウルトラマンによって「変身」という概念が定着したことのもたらした身体観の変貌を強調する(* 4)。『月光仮面』( 1958 ~ 59)の時代、国産ヒーローは生身の身体のまま悪を討っていた。しかし、それは戦後の文化空間においては許されない行為だった。なぜならばそれはアイロニーを経由しない行為であり、喪失の空洞を自覚しない行為であり、そして視聴者である男子児童のナルシシズム(文学)と正義の暴力を行使すること(政治)との間にある歪みを黙殺する行為だったからだ。その結果、国産テレビヒーローたちはウルトラマンや仮面ライダーなどの大衆化の過程で、他の何かに「変身」することで初めてその力を行使することが許されるようになっていった。 言い換えれば「変身」とは超越した存在に接近するためではなく、正義の暴力の行使(政治)のために一度生身の身体をキャンセルする儀式であり、これは自分そのものではないという確認のために機能していたことを意味する。 そして 70年代後半、第二次怪獣ブーム(変身ブーム)を終わらせて男子児童の心を奪ったのは、『マジンガー Z』( 1972 ~ 74)を筆頭とするアニメロボットたちだった。石ノ森章太郎が原作/企画者として大きな役割を果たした特撮ヒーローから、その弟子筋の永井豪がパイオニアとなったロボットアニメへ。特撮という否応なく現実の世界と接続される想像力(拡張現実的な虚構)から、アニメという作家の意図したもの以外存在し得ない非現実(仮想現実的な虚構)へ。「変身」──全く別の存在に切り替わるという特撮番組の身体観(ナルシシズムの記述法)──から「ロボットに乗る」──自分の身体は変化させないまま、機械の肉体を得て社会的に自己実現を果たす──という回路へ。この変化を背景にロボットアニメは特撮ヒーローがリーチできなかったティーンエイジャーへ訴求していくことになる。 4 ロボットアニメの精神史 1950年、アメリカの SF小説家アイザック・アシモフはその短篇集『われはロボット』の中で、彼の創作した未来社会におけるロボット運用の倫理規則を登場させた(* 5)。 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。「ロボット工学の三原則」と呼ばれるこの三つの掟は、アシモフの小説においてその思考実験的な側面を大きく担った。作中のロボットたちはこの三原則に忠実であるがゆえに、様々な事件を起こし、また巻き込まれる。そして登場人物たちはこの三原則を厳守する人工知能の思考をシミュレートすることで謎を解いてゆく。それはアシモフが設定した物語の駆動エンジンである以上に、人工知能の夢が実現した未来社会のシミュレーションでもあった。その結果、「ロボット工学の三原則」はアシモフの下を離れ、他の SF作家たちはもちろん、後の人工知能研究にも大きな影響を与えることになった。 ここで重要なのはアシモフの偉大な達成ではなく、ロボットという空想物は人工知能の夢の象徴だったということだ。自ら思考し、行動を選択し、そして苦悩する人工物としての「ロボット」。神ならぬ人類が真の創造主となる夢をその一身に背負った機械の身体。国内においても、その鋼鉄の四肢に託された夢は創作物の中で大きく花開くことになった。 例えば手塚治虫はアトムという「科学の子」 =ロボットに十万馬力の力を与え、その活躍と苦悩を描くことで国産初のテレビアニメーションを生み出した。それは人工知能の夢の直接的な表現であると同時に、ロボットたちのもつ機械の身体に近代の精神がもたらす人間疎外を重ね合わせる行為でもあった。ユートピアとディストピアの同居する「科学のつくる未来」、その象徴としてのロボットという存在を描いた作品が『鉄腕アトム』だった。 だが国内におけるロボット、特に国内のテレビアニメーションにおけるそれは、こうした人工知能が象徴する近代の両義性といった主題を程なく喪失し、独自の発展の道を歩むことになる。その萌芽は、既にアトムの活躍中に芽生えていたのだ。『鉄腕アトム』のオルタナティブとして横山光輝が生み出したもう一つの機械の身体──『鉄人 28号』( 1963 ~ 65)がそれだ。 大戦末期、旧日本軍の決戦兵器として開発されたという設定を持つこの「鉄人」は、遠い未来への夢ではなく近過去に漂う亡霊を背負って登場した。そして当然、鉄人は「心」を持っていなかった。ほとんど玩具のようなリモート・コントロールによって制御される鉄人は、その操縦者によって正義の味方にもなれば悪の使者にもなった。正義感溢れる少年がその手にリモコンを握ればそれは首都東京の守護者として君臨し、犯罪者たちの手に渡れば空襲の記憶さながらに街を破壊する魔人と化す。それが鉄人──人工知能の「夢」を忘れたロボットだった。 では、人工知能の夢を忘れた私たちは、この機械の身体に何を求めたのか。それは成熟へのアイロニカルな欲望だ。鉄人 28号を操る金田正太郎少年は、何ゆえその鋼鉄の巨体を手に入れたのか。その正統性は横山の原作マンガがテレビアニメ化される際に設定のレベルで強化されることになる。それは鉄人の開発者が正太郎の父親である金田博士であるという設定だ。正太郎は父親から与えられた巨大な身体を用いることで、少年でありながら大人たちに混じって「正義」を執行する =社会参加するのだ。 アメリカに去勢された永遠の「 12歳の少年」として歩み始めた戦後日本──正太郎は敗戦という汚辱の記憶を、旧日本軍の遺産を正義の使者に読み替えることで払拭し、サンフランシスコ体制下のネオテニー・ジャパンにおける成熟を仮構することに成功したのだ。 鉄腕アトムは、孤児だった。その生みの親である天馬博士は亡き息子の似姿としてアトムを生み出したが、天馬はその身体が「成長しない」ことに業を煮やしアトムを捨てた。しかしアトムは捨てられることで初めてお茶の水博士という新しい父を得て、成長しない身体を抱えたまま正義の味方として活躍することになった。それは、敗戦という決定的な記憶を経由して初めて、「科学のもたらす明るい未来」を再び信じられるようになった戦後日本の似姿でもあったに違いない。 だが、その商業的なオルタナティブとして生み出された鉄人が描いていたのはアメリカにはなれない日本、人工知能の夢をストレートには信じられない日本の姿だった。機械の身体は、人間が神になるためではなく、まず去勢された人間(日本)がその人間性を取り戻すために、人間(父)になるためにこそ用いられなければならなかったのだ。戦時中の決戦兵器として開発されたはずの鉄人 28号の「顔」が、高い鼻を持つ白人男性のそれに似せたものであることは、このアイロニーを端的に表しているのだ。 かくして、国内におけるロボットは人工知能の夢を忘れ、父親から息子に与えられた巨大な身体 =依代として発展する道を歩むことになった。 依代としての「ロボット」──この想像力を決定付けたのは永井豪原作『マジンガー Z』だ。両親を早くに亡くし、幼い弟を守って生活してきた兜甲児少年は、天才科学者である祖父の遺産として巨大ロボット(マジンガー Z)を託される。マジンガー Zはアトムのように人工知能をもたない。そして鉄人のようにリモコンも存在しない。それは甲児少年が「乗り込む」ことで「操縦」する「乗り物」であり、文字通りの「巨大な身体」だった。 同作以降、日本のアニメーションにおいて「ロボット」とは、むしろ自動車やオートバイの延長線上にあり、乗り込んで操縦するものというイメージのほうが一般化していくことになる。しかしそれはこの『マジンガー Z』とそのヒット、すなわち 70年代のスーパーロボットアニメブームのもたらしたイメージが定着したものだ。 たとえばアメリカ映画に登場する「ロボット」は『ブレードランナー』( 1982)から『トランスフォーマー』( 2007)まで、あくまで(人工)知能を持つ機械の身体であるという定義がほぼ維持されていると言っていい(「操縦するロボット」が活躍する『パシフィック・リム』[ 2013]は日本のロボットアニメの影響下でつくられたものだ)。その一方で日本における「ロボット」は父親(または祖父)から与えられた機械の身体 =成熟の仮構装置として、戦後日本 =「 12歳の少年」が迎えた消費社会下の男子児童に強く支持されていくことになる。 5 戦後アニメーション、もう一つの命題 変身ヒーローからロボットアニメへ、特撮からアニメーションへ。高度成長から消費社会化への流れの中で、戦後日本的な身体観はそのアイロニーを内包することで(特に男性のナルシシズムの問題と深く結びついて発展し)奇形的な進化を遂げていった。そしてこの進化は同時に、これらの奇形的な身体を受容する世界を要求することになった。 そう、戦後的アイロニーは虚構の身体だけでなく、その身体が活躍する世界の側にも強く作用し奇形的な発展をもたらすことになったのだ。 大塚英志が「アトムの命題」と呼んだものは、戦後アニメーションが内包した身体観をめぐる命題だった。それは言い換えれば世界と個人、公と私、政治と文学の戦後日本的な(アイロニカルな)接続の問題を後者(個人/私/文学)の側から捉えたものだ。では、同じ問題──戦後日本的アイロニーのマンガ/アニメへの作用──を前者(世界/公/政治)の側から捉えたとき、そこにはいかなる命題が設定できるのだろうか。 ここで本書は「アトムの命題」と対をなす、もう一つの命題について考えたい。 戦後日本的アイロニーは戦後アニメーションにおいて身体(文学レベル)と戦争(政治レベル)という二つのかたちで表現されてきたのだ。その前者が「アトムの命題」であり、後者がこれから提唱するもう一つの命題だ。 この国のアニメーションが戦後的アイロニーを「政治」のレベルでも引き受けること。 この命題によってアニメーションが要求されたものとは具体的には戦争というモチーフの──あの決定的な敗戦の記憶と平和憲法の呪縛から日本人が直視することができなくなったものの──昇華だった。そして、ここでもまた、戦後アニメーションの「前史」として「特撮」の存在が決定的な補助線を引くことになる。 そもそも、ミニチュア特撮とは戦後日本で奇形的に発達した技術であり、これらの技術を背景に戦後日本では怪獣映画、変身ヒーロー番組が量産されることになるのだが、その基礎をほぼ独力で築いたと言われるのが「特撮の父」円谷英二だ。そして彼がその技術を完成させたのは、戦争中の戦意高揚映画の制作であったという。 円谷英二が戦中に撮影したプロパガンダ映画(『ハワイ・マレー沖海戦』 1942年)──戦後にそのフィルムを接収したアメリカ軍の将校たちは、その映像を目にしたとき旧日本軍が自分たちの想定をはるかに超えたカメラと撮影技術を備えていたことに驚愕したという。もちろん、これはアメリカ軍の勘違いだ。彼らが目にしたのは現実の真珠湾攻撃の記録映像ではない。プロパガンダ的な要請によって、ゼロから造られたミニチュア特撮に過ぎなかったのだ。 円谷英二によって密かに洗練されていった──戦後もしばらくのあいだその技術は当の映画制作の場でも理解されることはなく、円谷は手抜き撮影のために姑息な工夫を凝らすカメラマンであると誹謗するスタッフすらいたという──特撮技術は、アメリカ軍の将校たちにそれを超高性能カメラによって撮影されたリアルタイムの記録映像であると誤解させたのだ。 そして戦後に円谷の技術は──ミニチュアという虚構を撮影することでときに肉眼以上に現実をえぐり出す力を持った円谷の特殊撮影技術は──本多猪四郎という固有名詞が象徴する戦後劇映画の自意識と出会うことで、現実そのものに向けられたカメラよりもときに克明に、また深く鋭く対象にアプローチしていった。 具体的にそれは冷戦下を支配する核の力を「怪獣」という虚構の存在を通じて表現した。こうして誕生したのが怪獣映画の始祖としての初代『ゴジラ』( 1954)だった。本多猪四郎が第五福竜丸事件に着想を得た初代ゴジラには、米軍の核実験が原因で異常進化を遂げた古代生物という設定が与えられ、当時の怪獣たちは戦後社会の虚構性を告発するかのように東京を焼け野原にしていった。 そして、円谷の弟子筋たちが来るべきテレビの時代に対応することで誕生した『ウルトラマン』の物語は、結果的にサンフランシスコ体制の比喩としての構造を孕むことになった。怪獣や宇宙人がソビエト連邦や中国など共産圏の侵略軍ならば、それを迎え撃つ科学特捜隊やウルトラ警備隊は自衛隊だ。当然日本は独力では自らを護ることはかなわずに、決定的な外部戦力 =米軍 =ウルトラマンの助力を要求することになる。 50年代、 60年代の怪獣映画/番組は、技術的にも思想的にも敗戦の落とし子だったのだ。 同時にこれは、特撮映画/番組が、あの敗戦とその後の偽りの平和の影を暗に引き受けるものとして発展したことを意味する。切通理作は昭和期の『ウルトラマン』を論じる中で、当時の怪獣映画/番組に登場するモンスターたちの両義性を指摘する(* 6)。 怪獣とはそのルーツからして戦後社会のひずみを引き受ける存在であり、その結果当時の怪獣映画/番組は戦後民主主義教育下の児童文化において、巨大な力や大量破壊が人間に与える畏れや憧れ、日常性の断絶の快楽といった部分も含めて、本当の意味で戦争の代表する多面性を描くことが許される数少ない表現の一つとして機能した。たとえそこに「救いのない結末」が描かれていたとしても、〈かえって「ふさいでいるときに明るい音楽を聴いてまぎらわす」という作用とは正反対の、重いカタルシスとでもいうべき解放感を与えてくれた〉と切通は回顧する。 それは言い換えれば戦後社会を覆う「あえて」演じられる虚構に対し、現実を対置する想像力だった。それは虚構を通してのみ現実を描くことができるという逆説によって生まれた想像力だったのだ。そしてこれは怪獣映画/番組だけではなく、マンガ、アニメといった児童文化にルーツをもつ戦後サブカルチャー全体が共有していた想像力でもあった。 マンガ、アニメで描かれる身体(特にロボットの身体)こそがもっとも戦後社会下のアイロニカルな成熟観、つまり「アトムの命題」を引き受けたように、これらの表現の中で描かれる虚構の戦争こそが「ゴジラの命題」ともいうべきもの──虚構を通じてしか捉えることのできない現実(具体的には、戦争)を描くこと──を引き受けていたのだ。 加藤典洋は 2011年の東日本大震災とその後の福島第一原子力発電所事故に際して、この「アトム」と「ゴジラ」の一対性に注目した批評を展開している(* 7)。 ほぼ同時( 1950年代)に登場し、同じく国民的キャラクターとして受容された「アトム」と「ゴジラ」は、共に原子力技術の生んだ存在という共通項をもっていたこと、しかしその意味付けは正反対であったことに加藤は注目する。 アトムは科学技術への憧憬の象徴としての原子力を、ゴジラは科学技術への恐怖の象徴としての核兵器をそれぞれ体現している。ある技術の平和利用の象徴がアトム(原子力)であり、戦争利用の象徴がゴジラなのだ。 加藤はこの「アトム」と「ゴジラ」の一対性に、かつて『敗戦後論』で展開した同一人格の分裂を重ね合わせる。戦後民主主義的な「建前」と戦後民主主義批判的な「本音」がジキルとハイドのように表面的な対立を装いながらも、実質的には役割分担による共犯関係が結ばれていたように、「アトム」的な原子力の平和利用への期待と「ゴジラ」的な核戦争への拒絶もまた表裏一体の関係にある。「アトム」的な原子力の平和利用とは要するにアメリカの核の傘の下の平和の肯定に他ならず、そして「ゴジラ」的な核戦争への拒絶はその「後ろめたさ」の表現による解消であると加藤は指摘する。 つまり「アトム」と「ゴジラ」の一対性とは戦後日本的アイロニーに対する二つの態度の一対性の表現に他ならない。「アトムの命題」が(近代的)成熟という現実の戦後日本には存在し得ないものを虚構の中で実現するものとしての機能を戦後サブカルチャー、とくにアニメーションに与えたとするのなら、「ゴジラの命題」は逆説的に虚構にしか描くことのできない現実を捉える機能を与えたのだ。「虚構(ファンタジー)を通してしか捉えられない現実を描くこと」、それが今日に至るまで戦後サブカルチャーを呪縛し続ける「ゴジラの命題」だ。 6 「ゴジラの命題」と架空年代記 70年代半ばに児童文化の中心は特撮からアニメーションに移行し、さらに 70年代後半から 80年代前半にかけて、戦後アニメーションは幾つかの社会現象化したヒット作に牽引されるかたちで児童文化の枠に留まらない、ティーンのサブカルチャーとして定着しその市場を拡大させていった。そして当時のアニメブーム以降は、アニメの社会現象化と並走するようにその傾向が前面化していくことになる。政治の季節からサブカルチャーの季節へユースカルチャーのモードが切り替わることによって、「ゴジラの命題」を引き継いだアニメは特権的に「政治的なもの」がいびつな形で機能する場となった、とすら言える。 例えば 70年代のアニメブームを牽引した『宇宙戦艦ヤマト』( 1974)は、かつての戦艦大和を改装した宇宙戦艦に乗り込んだ日本人たちが、「世界人類を代表して」ナチス・ドイツをモデルにした宇宙人の侵略に立ち向かう、という物語を展開して社会現象化したものだ。ここでは、初期「ウルトラ」シリーズに存在した、自分たち(日本人 =科学特捜隊)はアメリカ(ウルトラマン)の力なくしては何もできないのではないか、という諦念が意図的に忘却され、極めて直接的に日本を連合国軍側に置いて第二次世界大戦をやり直すことでの日本人の自己回復が試されていた、と言える。 否応なく現実の風景と接続される特撮から作家の意図したもの以外存在できない純粋な虚構としてのアニメへ、半現実(拡張現実的な虚構)としての特撮から非現実(仮想現実的な虚構)としてのアニメへ移行することで、この国の児童文化は敗戦の屈辱からの自己回復をなし得たのだ。そしてそのために別の形で戦後という時代の呪縛を受けている、と分析するのが佐藤健志だ。佐藤は同作とその続篇である映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』( 1978)に言及し、〈ナショナリスティックな心情を表現しようとする一方で、本質的にナショナリズムと両立しえない戦後民主主義のイデオロギーも主張しようとしていた〉と述べ(* 8)、戦後民主主義的な形式化した博愛主義と、特攻賛美的な精神性という本来相容れない二つのイデオロギーの共犯関係が成立していることを指摘している。その表面的な対立とは裏腹に、戦後民主主義的な博愛主義と特攻賛美的な精神主義は実のところともに実効性を度外視したロマン主義であるという一点において結びつく。この共犯関係が成立する場所としてアニメというファンタジーの器が必要とされたのだ。 そして『宇宙戦艦ヤマト』の成功を上書きすることでアニメブームを決定的なものにした『機動戦士ガンダム』( 1979 ~ 80)は「宇宙世紀」という架空年代記を構築し、消費社会のポストモダン状況下で個人の生を意味づける機能を止めた歴史の代替物を消費社会下のティーンたちに提示した。 人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、既に半世紀が過ぎていた。地球の周りの巨大な人工都市は人類の第二の故郷となり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。宇宙世紀 0079、地球から最も遠い宇宙都市サイド 3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んできた。この 1ヶ月あまりの戦いでジオン公国と連邦軍は総人口の半分を死に至らしめた。人々はみずからの行為に恐怖した。戦争は膠着状態に入り、 8ヶ月あまりが過ぎた(* 9)。「宇宙世紀」という架空年代記の解説ナレーションで幕を開けた『機動戦士ガンダム』シリーズは、視聴者の「考察」と二次創作的な「補完」を取り入れることで、その架空歴史の年表を詳細に埋めていった。 U. C. 0001 人類総人口が 90億人を突破する。地球連邦政府が宇宙移民政策を開始し、宇宙移民開始をもって宇宙世紀に移行。 U. C. 0010 木星エネルギー開発船団が再編される。 U. C. 0016 地球連邦政府が、フロンティア開発移民移送局を設立させる。 U. C. 0027 月面恒久都市「フォン・ブラウン市」が完成する。 U. C. 0030 フロンティア開発移民移送局が民営化される。 U. C. 0040 宇宙移民人口が 50億人(全人類の 40%)を突破する(* 10)。 これらの設定は、例えば原作者である富野由悠季(当時・喜幸)が綿密に設定したものではない。これは『ガンダム』第一作放映時にその台詞ないし描写から断片的に示唆された歴史的事件や、兵器の開発史から視聴者が想像を膨らませたもの、つまり二次創作が基本になっている。 この集合知 =宇宙世紀は 1985年から翌 86年にかけて放映された続篇『機動戦士 Ζガンダム』の制作時に公式設定として整備され、以降四半世紀以上に亘り無数の続篇群により更新され続け、現在も拡張を続けている。約 150年分に亘る架空歴史の隙間を埋めるように、無数のエピソードが原作者・富野の手を離れるどころか、有志のファンなどの手による二次創作としても制作されてゆき、公式/非公式を問わず常にこの架空年表を更新し続けているのだ。 そして『ガンダム』シリーズの愛好家たちは、「ポストモダンの」「消費社会下の」個人の生を意味づけてくれない現実の歴史の代替物として、この宇宙世紀の歴史に情熱を燃やしていった。司馬遼太郎が、輝かしい明治大正と暗黒の昭和とを切断する物語を編むことで、戦後日本人の敗戦の傷を回復し得る国民文学としての「歴史」を構築したように、富野由悠季とそのフォロワーたちは事実の集合としての、データベースとしての歴史から、現実の歴史ではなく架空世界の歴史を用いることで団塊ジュニア世代の「国民文学」を仮構したのだ。「ゴジラの命題」を引き継いだ戦後アニメーションの発展史とは、政治の季節の退潮後、個人の生を意味づける装置 =物語としての機能を低下させていった現実の歴史の代替物としての架空歴史が、サブカルチャーによって整備されていく過程でもあった。人間にとっての歴史が動的な物語から静的なデータベースに変貌したとき、人々はその駆動エンジンを虚構の中に求めた、とも言えるだろう。 7 「反現実」から考える 見田宗介はこうした消費社会下で歴史の虚構化への欲望が前面化する時代を〈虚構〉の時代と呼ぶ。見田によれば社会の性質を規定するものは(私の言葉に置き換えるのなら「世界」と「個人」、「公」と「私」、「政治」と「文学」をつなぐものは)「現実」と対になる「反現実」に他ならない。「理想と現実」という対立が機能する時代は「理想」こそが「反現実」であり、「虚構と現実」という対立が機能する時代は「虚構」こそが「反現実」として機能する。そして見田はこの「反現実」の移り変わりによって戦後史は整理できると主張する。 具体的には敗戦から日米安全保障条約が結ばれ戦後民主主義の理想が大きく裏切られるまで、つまり 1945年から 1960年までが、復興という「理想」、あるいはソビエト・コミュニズム/アメリカン・デモクラシーといった新しい政治体制に対する「理想」が社会を規定する「反現実」として機能した「理想の時代」であり、続く世界的な学生叛乱の季節は、ラディカルな社会変革の「夢」が「反現実」として機能した「夢の時代」( 1961年から 1975年)、そして 70年代後半以降の消費社会は商品として流通し始めた「かわいい」「おしゃれ」「きれい」といった意味をまとう記号たちに代表される「虚構」──ここでは差異化のためにあえて提示される(演技される)もの──が「反現実」として機能する「虚構の時代」だとする(* 11)。 見田の弟子に当たる大澤真幸はこの見田による戦後史区分を発展させる。大澤は戦後期の「理想」(アメリカン・デモクラシーとソビエト・コミュニズム)(と現実)の時代から消費社会下の「虚構」(と現実)の時代への移行として戦後史を整理した(* 12)。 この整理に従えば 70年代後半から 80年代のオカルトブーム、アニメブーム、特に『ガンダム』的な、架空年代記的なファンタジーを「虚構の時代」の症例として位置づけることができる。要するに「政治の季節」から「サブカルチャーの季節」へ、「理想の時代」から(短い「夢の時代」を経て)「虚構の時代」への移行は、「公と私」「政治と文学」「世界(システム)と個人(内面)」を結ぶ装置 =物語の、現実の歴史(理想)からサブカルチャー上の架空年代記(虚構)への移行でもあったのだ。 その虚構性を引き受けた上で「あえて」演じること、空位の玉座を守ること、それが戦後的「成熟」のかたちであり、「公」と「私」を結ぶための精神的回路であったとするのならば、「虚構の時代」のマンガ/アニメは純度の高い虚構(作家の意図したものしか存在できない世界)を通して初めて「あえて」演じるアイロニーを経由することなく「私」が「公」に、戦争や暴力や歴史といったものにアプローチできる回路を市場のメカニズムによって内包したとすら言える。 しかしこの「虚構の時代」は 1995年に終わりを告げた、と大澤は主張する。その象徴として挙げられるのが同年に発生したオウム真理教による地下鉄サリン事件と、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』( 1995 ~ 96)の社会現象化である。 8 オウム真理教と「虚構」の敗北 オウム真理教の母体となった「オウム神仙の会」が教祖麻原彰晃によって設立された 1984年は、アニメブームの極相と呼ばれる 1年でもあった。宮崎駿による『風の谷のナウシカ』、押井守の出世作『うる星やつら 2 ビューティフル・ドリーマー』、河森正治ら若手クリエイターが集結した『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』など、後にエポックメイキングとされる劇場用長篇アニメ映画の傑作が相次いで公開されたのがこの年だ。 そして当時は同時に、オカルトブームの拡大期でもあった。 2017年の現在、 40歳以下の人間がこれを想像するのは非常に難しいように思えるが、 90年代半ばまで、具体的にはオウム真理教による地下鉄サリン事件まで、超能力や心霊現象、 UFOにまつわる陰謀論などは「オカルト」というカジュアルなサブカルチャーの一つのジャンルとして、若者たちの間に定着していた。 具体的には 1973年の『ノストラダムスの大予言』の出版とそのベストセラー化、それに前後するテレビバラエティにおける超能力者、 UFOなどの特集番組のヒットが連続した結果、 70年代末から 80年代初頭にかけて月刊『ムー』( 1979年創刊)をはじめとするオカルト雑誌が幾つも創刊され、ティーンの間で支持を集めていった。特にオウム真理教が誕生した 1984年頃からは、同誌などの投稿欄には、前世の記憶をもつと自称するティーン(大半は女性)たちが、当時の仲間たちとの再会を目的に読者に呼びかける、という不器用なペンパル募集の手紙が相次ぎ、数年後には投稿の大半を占めるようになっていったという。 前述したように、オウム真理教がその勢力を拡大していった 80年代前後はこの国の物語的想像力において、個人の生を意味づける歴史の代替物としての架空年代記が支持を集めていった時代でもあった。『機動戦士ガンダム』シリーズなどのロボットアニメ、田中芳樹の『銀河英雄伝説』、栗本薫の『グイン・サーガ』などのファンタジー小説群など、ジャンル越境的に架空年代記が受容され、大きな支持を集めていった(この時期に登場した村上春樹も、架空作家デレク・ハートフィールドの生涯やピンボール・マシンの歴史を小説の背景に設置し、架空年代記的に扱った)。 ここには、「政治の季節」の終わりとともに現実世界では獲得することが難しくなった「大きな物語」への欲望が虚構の消費として表れているのだが、宮台真司はそこに加えて、「虚構の時代」、とりわけ 80年代に「反現実」として機能した虚構として「二つの終末観」を挙げる。それは『宇宙戦艦ヤマト』が代表する男性的な最終戦争願望と、高橋留美子『うる星やつら』が代表する女性的な「終わりなき日常」への埋没だ。 個人の生を意味づける歴史がその機能を止めたとき、架空年代記という虚構でその欠落を埋め、崇高さを回復しようとするのが前者であり、現実を受け入れ、学園のモラトリアムを舞台に繰り広げられる終わりなき日常のラブコメディの中で全てを忘却して楽しむことを選ぶのが後者だ。そして宮台は前者の虚構への態度をポストモダン情況に対する不適応として否定し、後者のそれを適応として肯定した(* 13)。しかしこの二者はこれまで論じてきたようにコインの裏表にすぎない。架空年代記が虚構への没入なら、終わりなき日常は現実の忘却だ。これらは共に「公と私」「政治と文学」が断絶したこの国の戦後社会への過剰な適応なのだ。そしてこうした戦後アニメの二つの潮流は、戦後社会を二分してきた二つの思想と合致する。『宇宙戦艦ヤマト』的な崇高な非日常への接続と、『うる星やつら』的日常への埋没、前者は個人の生を歴史が意味づけるかつての「政治と文学」の関係が維持されている世界(輝かしい非日常)を仮構するために、後者は「政治と文学」の「政治」の領域を隠蔽した世界(終わりなき日常)を維持するために、ファンタジー的な想像力を必要としている。しかし両者は一見対立しながらもむしろ共犯関係にあったと言ってよい。『宇宙戦艦ヤマト』が成熟を演じ国家の誇りを回復したいという「建前」ならば、『うる星やつら』はアメリカの核の傘の下で豊かな消費社会を満喫して全てを忘却した「ふり」をしたいという「本音」である。これは、 55年体制下における与野党の対立を見せかけた共犯関係とほぼ重なる。 前者はあえて偽悪を引き受け、日本を連合国側に置いて第二次世界大戦をやり直すことで自己回復を仮構しようとする立場【 A】に、そして後者はあえて偽善に居直ることで現実から目をそらすことこそが倫理的である、という破綻した論理が正当化される密室を築き上げる立場【 B】にそれぞれ対応し、そしてその『宇宙戦艦ヤマト』的な父性と、『うる星やつら』的な母性は共犯関係にあるのだ。 そのうち前者がオウム真理教につながる想像力だ。ファンタジーの中で描かれる最終戦争は、まさに「虚構の時代」の架空年代記の究極形として出現したものだった。なぜならばそれは、歴史が動的な物語から静的なデータベース =終わりなき日常に変貌したことに耐えられない人々の受け皿として機能したものだったからだ(対して後者、つまり「終わりなき日常」への埋没は、それを成功させている歴史的なものや政治的経済的な条件の存在そのものを忘却する大衆の原像そのものであり、平成のポピュリズムの温床になっていく)。 宮台が例示する 80年代のアニメはいずれも、前述した当時のブームの中で出現したものだが、『ヤマト』『ガンダム』的架空年代記への耽溺だけではもはや終わりなき日常をやり過ごせなくなった若者たちが求めたのが、『ナウシカ』や大友克洋の『 AKIRA』の最終戦争という彼らを取り巻いていた「終わりなき日常」を直接的に終わらせてくれる物語だった、と言える。 この 80年代アニメの精神史は、オウム真理教のたどった歴史と合致する。 オウム真理教を生んだオカルトブームがアニメブームと並走していたことは前述の通りだったが、オウム真理教はその世界観においても極めてアニメ的であったことで知られている。 教団の広報アニメーションと『風の谷のナウシカ』との類似、教団幹部の「オウムとはニュータイプ(『ガンダム』に登場する超能力者)のようなもの」という発言、そして彼らがサティアンと名付けた自分たちの施設で用いていた空気清浄機を『宇宙戦艦ヤマト』に登場する放射能除去装置と同じ「コスモクリーナー」と名付けていた、という情けない笑い話のような事実……。当時のオカルトブームがアニメブームと同根の歴史の代替物としての虚構であったこと、また、同時期にティーンにカジュアルに消費されていたサブカルチャーであったことを考えれば、ブームの中で台頭したオウム真理教の世界観が戦後アニメーションの想像力に規定されていることは何ら不思議ではない(さらに付記するのなら、当時のジャーナリズムは新興宗教ブームの中でオウム真理教のそれを本格的なヨガの修行を導入した比較的まっとうな宗教として、他の都市型新興宗教と比較し持ち上げる傾向があった)。 しかし、ここで重要なのはそんなオウム真理教が自分たちの世界観、オカルト/アニメ的な(歴史の代替物としての)サブカルチャーの世界に充足できずに、現実世界での承認を求めて地下鉄に毒ガスを撒くというテロ行為に及んでしまったことだ。そう、オウム真理教は虚構の時代に充足できなかった。オウム真理教の信者たちにとって「虚構」は反現実として機能しなくなったのだ。 9 『エヴァンゲリオン』と戦後アニメの変質 オウム真理教がオカルトブームと並走しその勢力を拡大させていった過程は、『ヤマト』『ガンダム』的架空年代記が支持を集めていった過程として、そしてその果てに訪れた 1990年の教祖麻原彰晃の国政選挙出馬とその後のテロ行為は、『ナウシカ』『 AKIRA』的な最終戦争のパロディとして位置づけることができる。 オウム真理教による地下鉄サリン事件と同年の秋にテレビ放映が開始されたアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』は、やはり現実から独立した虚構がもはや力を持たないことを証明する作品として社会現象化していった。同作については、過去の著作(『ゼロ年代の想像力』『リトル・ピープルの時代』)で大きく取り上げたので、簡単な言及に留めておこう。 同作を監督した庵野秀明は、 70年代末から 80年代のアニメブームの渦中に、ファンコミュニティによる同人創作のシーンからデビューしたという経歴を持つ。さらに言えば、制作会社のガイナックス自体が庵野らを中心とした関西の同人サークルを母体とした集団であり、こうした出自は必然的にその作品に戦後アニメーションのパロディ的な側面と、総括的な側面を与えた。 70年代、 80年代のアニメーションが『宇宙戦艦ヤマト』的な架空年代記上での非日常的な崇高と、『うる星やつら』的な日常的なヒーリングを必要としたことは前述した通りだ。そしてこれら戦後アニメーションのパロディ的側面の強い『エヴァンゲリオン』は、『うる星やつら』的な日常(学園ラブコメ)を守るための『宇宙戦艦ヤマト』的な非日常(最終戦争)が、やはり反復的に描かれることになった。もちろんこの二つの世界観は対立的なものではなく、相互補完的なものに他ならない。『宇宙戦艦ヤマト』的な非日常は『うる星やつら』的な日常を動機として必要とする。家族や友人からの承認に飢え、社会的責任というものをなかなか想像できない 14歳の少年が命がけで戦うことができるのは学園ラブコメ的なユートピアを守るためだ。そして『うる星やつら』的、ユートピア的日常は『宇宙戦艦ヤマト』的非日常での崇高さを前提に成立している。主人公の少年が学園で周囲の生徒たちの注目を集め、任務を通じて美少女の同級生と同居するのは、彼がロボットのパイロットだからだ。ここでは「私」の領域(学園ラブコメ)と「公」の領域(戦争)が、ファンタジーの中で整合性を持って接続されている。 物語の冒頭、主人公の少年(碇シンジ)は父親である秘密組織の司令官から巨大ロボット(エヴァンゲリオン)を与えられ、戦うことを要求される。これは男子児童の成長願望に根ざした表現である戦後ロボットアニメにおいては極めてオーソドックスな展開だ。しかし、主人公の少年はさまざまな理由をつけて搭乗をためらう。戦うことへの怯え、戦うことで誰かを傷つけることへの罪悪感、父親 =社会への不信などを背景に、シリーズを通して主人公の少年は機械の、偽りの身体を通じて戦うこと、少女を守り「父」になることへの憧れとためらいの間で揺れ動くことになった。 その結果、同作は最終 2話の放送回で、これまでの物語を突然放棄し、自己啓発セミナーのパロディ的に主人公が内面を吐露、周囲の人物からの承認を確認し救済される、という結末を迎えた。 当時、この最終回は制作的破綻という側面も含めて「事件」的に受け止められた。また、内容面においても宗教的、 SF的なモチーフを用いて描かれた黙示録的な展開が、失われゆく家父長的な男性性への憧れと怯えをめぐる自意識の問題に矮小化されたことへの共感と失望の間で論争じみた展開がファンコミュニティで頻発していたことも広く知られている。たとえば前述の宮台真司は、この結末を、人類の存在を問う SF的な「世界の謎」が主人公のマザコン少年の承認欲をめぐる「自分の謎」に矮小化されたと批判した。 しかしここで私が問題にしたいのは、同作が虚構の内部に、ファンタジーの内部に完結することができず、自己啓発セミナーのプロセスを導入し事故的にメタフィクショナルな展開を迎え、そしてその破綻によって社会現象化に拍車をかけたという事件性の方だ。同作は「真の完結」を謳い、その後制作された劇場版でも、同様に過熱するファンコミュニティの現状を社会批評的に作中に取り込み、今度は事故的にではなく計画的にメタフィクション的な側面を備えるようになった。 これが意味することは何か。それはオカルトブームの鬼子であるところのオウム真理教が、世界を変えられないのなら自分の内面を変える、自己の内面に何かを注入して世界の見え方を変える、という虚構の時代の思想を信じきれなくなり、一斉に首都へのテロを実行し現実に侵入してしまったのと同じように、同じ 1995年に戦後アニメーションもまた架空年代記と架空学園青春記を往復する生に自足できずに、現実に侵入していったのだ。 言い換えればそれは、「政治の季節」の終わりから長く続いていた「世界を変える」のではなく「自分(の内面)を変える」という思想の、戦後日本における敗北だった。 世界的な学生反乱とその退潮、その後の社会主義そのものの敗北によって、世界的にユースカルチャーのモードが「世界を変える」のではなく「自分(の内面)を変える」ことに傾いた。それが例えばアメリカ西海岸においては 60年代後半からのヒッピーのムーブメントであり、そこに成立したドラッグ・カルチャー、東洋思想ブーム、自然回帰運動などはいずれもカルト性を帯び、多くの新興宗教を生んでいるが、これらの文化の共通点として挙げられるのは、徹底して自分の中に「何か」を注入することでその自意識を変え、世界の見方を変えることで革命の代替物とする、という思考方法だ。 西海岸におけるこの時期のヒッピーたちの文化はやがてグローバリゼーションと情報技術に結びつくことでカリフォルニアン・イデオロギーの源流となり、数十年後には意外な形で世界を変えてしまうのだが、日本における「政治の季節」の終わりがもたらしたユースカルチャーのモードの変化は、「虚構の時代」におけるサブカルチャー、特にファンタジー的な想像力の発展をもたらした。その成果物がオカルトとアニメという当時のサブカルチャーの二大ジャンルであり、オカルトブームの鬼子であったオウム真理教が破綻したのとおなじように、戦後アニメもまた一つの破綻を迎えたのだ。 しかし、地下鉄サリン事件以降決定的に退潮したサブカルチャーとしてのオカルトとは異なり、戦後アニメーションの 95年における破綻はむしろその大衆化に寄与することになった。『エヴァンゲリオン』によってその事件性も含めて再燃したアニメブームは、一過性のものに留まることなく同時期に発生したメディアの地殻変動を背景に定着していく。 マイクロソフト社の OS「 Windows 95」の発売された同年はいわゆる「インターネット元年」であり、それは戦後アニメのみならず、 20世紀という「映像の世紀」の終わりの始まりだった。より正確にはアニメを含む映像が、誰もが送受信可能なインターネット上の諸情報の一つとして位置づけられ、その特権的な位置を失い始めることを意味したのだ。しかしそれは同時にあらゆる映像がインターネットに開放されることを意味した。その結果として戦後アニメーションは思想的には暗礁に乗り上げその批判力を失いながらも、いや、批判力を失ったからこそ、カウンターカルチャーからメジャーでカジュアルなジャンルに成長することで「ネットワークの世紀」に適応していく。具体的にはインターネットによって環境が整備されたファンによる二次創作の対象として、アニメーションはユースカルチャーの中心に躍り出ることになっていくのだ。 10 「虚構 =仮想現実の時代」から「拡張現実の時代」へ 地下鉄サリン事件、『エヴァンゲリオン』、そしてインターネットの大衆化、これらは全て「虚構の時代」の終わりを、正確には社会における虚構の機能の決定的な変化をもたらした。これらはいずれも、もはや虚構が現実から切断され、独立して存在できるものではなくなったことを示していた。このとき虚構は現実と地続きのものに、社会的にも情報環境的にも変化したのだ。 虚構 =架空年代記を信じ切れずに地下鉄にサリンを撒いたオウム真理教と、ロボット/学園アニメの共犯関係という戦後アニメーションの構造を否定せざるを得なくなった『エヴァンゲリオン』、そして虚構 =メディアの双方向化による現実との接続を前提としたインターネット──現実から独立した虚構の機能が停止したこの時代を、前述の大澤真幸は〈不可能性の時代〉と呼び、東浩紀は〈動物の時代〉と呼ぶ。大澤がそれを〈不可能性〉と呼び、東が〈動物〉と呼ぶのは「政治と文学」を接続していた従来の回路──思想とか理念とか物語とか──がもはや機能しないからだ。大澤は両者の断絶を〈不可能性〉と表現し、東は両者の断絶が不可避となった時代を生きる私たちを近代的な「人間」未満の存在 =〈動物〉と表現したと言える(* 14)。両者ともに、物語 =虚構の機能低下に注目した結果これらの呼称を選んだわけだが、私は見田による「反現実」の概念に立ち返り、前著『リトル・ピープルの時代』で、現代を〈拡張現実の時代〉と定義した。 見田/大澤の考える「虚構の時代」とは、徹底して現実から切断されたタイプの虚構(仮想現実的な虚構)が反現実(世界と個人、公と私、政治と文学を結ぶもの)として機能した時代だ。「世界を変える」ことを断念し「自分(の意識)を変える」ことで世界の見え方を変えることを選択した彼らは、革命(現実の歴史)の代替物として仮想現実的な虚構、つまりアニメ/オカルトの架空年代記を必要としたのだ。しかしグローバル/情報化が進行した今日において機能している反現実は、現実の一部を虚構化することで拡張するいわば〈拡張現実〉的な虚構だ。「仮想現実( VR = Virtual Reality)から拡張現実( A R = Augmented Reality)へ」とは世紀の変わり目に発生した情報技術の応用トレンドの変化を表現したキャッチフレーズだ。ネットワーク技術の進化を背景に、情報技術の応用トレンドは「もう一つの現実をつくり込むこと(仮想現実)」から「現実それ自体に情報を付加すること(拡張現実)」に切り替わった。そしてこのキャッチフレーズは技術そのものに対してだけではなく、比喩として私たちが求めているものの変化に当てはまる。今日において、情報技術が社会に与える夢は仮想現実的に「もう一つの現実をつくり込む」こと、インターネットにもう一つの社会をつくることよりも、現実それ自体を多重化し、拡張し、充実させることに他ならない。もはや情報化はモニターの内側だけではなく外側に及び、メディアではなくライフスタイルの、サイバースペースという仮想空間ではなく実空間の問題に他ならない。今や私たちは情報技術を「ここではない、どこか」へ逃避するためではなく「ここ」を変えるために用いている。時代は再び「自分(の意識)を変える」のではなく「世界を変える」ことに傾き始めたのだ。 ここで重要なのは、「仮想現実から拡張現実へ」という技術的なトレンドの変化ではなく、この言葉が比喩的に体現する人間と情報技術の関係性の変化、ひいては人間と虚構との関係性の変化が虚構と現実との関係性を問いなおす契機になり得るということだ。 1995年、インターネットの普及により現実と切断された虚構が姿を消し始めたときからしばらく、インターネットは決定的な二つの誤解に晒されていた。一つはインターネットがその現実と切断された仮想現実を強固に構築するものであるという誤解であり、もう一つは新聞/テレビといったマスメディアの進化形として、複雑に乖離した現実(三次元)を整理し、統合し、共有可能な虚構(二次元)に加工するものだという誤解である。 しかし、本来のインターネットとは定義上、その言葉(インターなネット)が示すように、モノとモノ、人と人、モノと人を媒介なく直接つなぐものでしかない。それはむしろ現実(三次元)を虚構(二次元)に整理することなく直接接続するものなのだ。だが普及期の( 20世紀の)インターネットは技術的な制約からその真の姿を現すことはなかった。 かくして 20世紀のインターネットはもう一つの新聞、もう一つのテレビとして普及していった。その結果、この時期のインターネットは「映像の 20世紀」のもたらした最大の夢、仮想現実を実現するものとして期待される結果となった。 だが前述したようにそれは決定的な誤解の産物だった。 そして 21世紀に入った頃、情況は一変する。ムーアの法則に導かれるように、圧倒的な速度で市場に普及した安価なコンピューターと同様の速度で整備されたネットワークのインフラは、インターネットの本来の姿──モノとモノ、人と人、モノと人を媒介なく直接つなぐという性質をもったもの──を明らかにさせつつある。 例えば米 Google社について考えてみよう。独特のアルゴリズムを備えた同社の検索エンジンは、無秩序に拡散、拡大していたインターネット上のウェブサイトに、擬似的な秩序を与えた。これによって、私たちは一時的に、ボトムアップで生成される新しいマスメディアのようなものとして、インターネットを用いることが可能となったように見えた。私たちは Googleの検索結果の上下をもって重要なページと、そうではないページとを区別し、そこには擬似的な中心と周縁が発生していた。しかし、 10年もたつことなく、この秩序は意味を失った。 Googleの検索結果を上位にコントロールするためのノウハウ( SEO)が広告ビジネスによって普及したこと、さらに、インターネット上の情報そのものが爆発的に増大したことにより、人々は Googleの検索結果を Wikipediaとグルメサイトのインデックスとしてしか使用しなくなった。今や「ネットサーフィン」は死語であり、インターネット検索そのものが、基礎知識と(準)公式情報の確認のニーズしか持ちえていない。「仮想現実から拡張現実へ」という言葉が示す通り、インターネットは虚構(の充実)ではなく現実(の拡張)を意味することになった。 Googleは今やインターネット上のウェブサイトの文字列ではなく、実空間そのものを(地図から生活サービスまで)検索する装置に変化し、そして人間同士をつなぐ I o H( Internet of Humans =ヒトのインターネット)から事物同士をつなぐ IoT( Internet of Things =モノのインターネット)への移行が、急速に進行している。 こうして、インターネットはその本来の姿を徐々に取り戻し、虚構ではなく現実と結託していった。インターネットという双方向的なメディアの普及が意味するものは、むしろ虚構の敗北だった。正確には現実を情報化することで、あるいは部分的に虚構化することで、拡張現実的に現実と虚構との関係を書き換えていったのだ。 逆に考えれば、 20世紀の特に後半は人々が生産量の増大と引き換えに手に入れた膨大な余暇を、虚構と戯れることでしか消費できなかった時代だった。電話を携帯することができず、ネットワークに接続されたコンピューターを個人が所有できなかった時代、人々は基本的に帰宅後はリビングで家族と語らうしかなかった。そしてその家族の息苦しさから解放されるためには部屋で孤独に過ごすしかなかった。そんなリビングの団欒を盛り上げてくれるのも、一人の部屋の時間を濃密にしてくれるのも、出版物やテレビといったオールドメディアの役目だった。だからこそ、当時の若者たちは基本的に虚構に接することでその内面を形成し、大人になっていった。 20世紀はマスメディアが社会の大規模化を支えた時代であったことは先に述べたが、その爛熟期である後半の特に四半世紀はメディアとそれがもたらす諸虚構がこれまでのどの時代よりも強烈に人々の精神生活を支えていたのだ。 しかし、そんな時代はいま終わりつつある。 先進国のみならず、ネットワーク環境の整った世界中の人々の余暇は、友人や恋人など誰かと会話することに費やされつつある。 20世紀最後の四半世紀の人間がだらだらと雑誌をめくり、テレビを観ていた時間の大半が、ソーシャルメディアやチャットソフト、そして接続無料が原則化しつつある電話によって消費されていることは明白だ。 これは私たちの生活世界における虚構と現実のパワーバランスの変化でもあるだろう。 11 「拡張現実の時代」の想像力 気がつけば私も、ここ数年めっきり虚構に心を動かされることが、減った。理由は単純だ。情報技術の発達により私たちは面白い現実にアクセスするコストが激減したからだ。 YouTubeを数秒検索すれば私たちは瞬時に、かつ無料で世界中の驚くべき現実を捉えた映像を無数に鑑賞することができる。また、 Google Mapsを検索すれば、その現実に出会うための経路と費用が瞬時に示される。もはや現実を捉える装置としての虚構(特に映像)は旧世紀の表現としてその役割を縮退させているのではないか、とすら思える。 このような情況下において映像、特に劇映画には現実には存在しない世界を描くための役割しかなく、気がつけばハリウッドのヒット作が軒並みアニメと特撮になっているのも偶然ではないだろう。そのアニメーションすらも、現実の侵食を受け始めている。 虚構の時代の終わりとは、世界的には「映像の世紀」の終わりであり、そして国内映像産業史的には、「映画」という 20世紀アメリカ文化の輸入とローカライズの結果発生した鬼子、奇形児としての戦後アニメーションが社会に占めていた特権的な位置それ自体の終わりであった。それは戦後アニメーションがサブカルチャーの中心からゆっくりと退場しつつあることを意味する。そして、この変化はアニメーションと隣接する諸ジャンルの変化と連動している。 80年代半ばから戦後アニメーションと並走してきた国内のコンピューターゲーム市場、特にその初期を支えた『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』が代表する JR PG(日本製ロール・プレイング・ゲーム)は(少なくとも商業的には) 90年代後半に極相を迎えた。これらの作品では私たちが生きているこの世界ではない異世界がファンタジーの舞台として設定され、作品は設定的にも、ビジュアル的にも、物語的にもその仮想現実を綿密に構築することが求められていた。 しかし、ゼロ年代以降コンシューマーゲーム機の主戦場が据え置き型から携帯型に移行し、国内のネットワーク環境が整備されるにつれ、現実の人間関係(ソーシャルグラフ)をゲームの一部に取り込むもの、あるいは不特定多数のプレイヤーがうごめく社会そのものを乱数供給源として活用するゲームが市場を席巻していった。『モンスターハンター』の社会現象化、 MMORPG(マッシブリ ー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム =大規模多人数同時参加型オンライン RPG)というジャンルの確立、『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』のネットワーク化など、詳細に論じていけばきりがないがここでは概略を述べるに留める。 こうしたゲームをめぐるささやかな歴史から導き出されるのは、もはやあらゆる虚構は現実から独立することはできないという原理であり、またあらゆる虚構は現実との関係性によってのみ、人々に作用し得るという身も蓋もない結論だ。 そして現代ではあまりに多くのものがソーシャルネットワークに、現実に塗りつぶされている。物語への没入装置としても、ゲームの乱数供給源としても、「現実」こそがもっとも高いパフォーマンスを発揮するシステムなのだ。ある側面を切りとればソーシャルネットワークとは、こうした現実の社会そのものをエンターテインメントにするためのシステムだとも言えるだろう(* 15)。 あるいはボーカロイドが代表するインタラクティブな情報サービスのサブカルチャー領域における拡大について考えてみよう。 クリプトン・フューチャー・メディア社が 2007年に発売した『初音ミク』はボーカロイド文化の爆発的な浸透を促し、膨大なインディーズ・ミュージシャンたちの自由な創作の場として機能した。その結果、 kz、 40 mPなどのジャンル越境的に活躍するクリエイターが出現したことは記憶に新しい。ゲームジャンルでは自身のゲームプレイを「実況中継」するインディーズ動画放送が、ここ数年で一大ジャンルを形成しつつある。 これらの文化の共通点は、送り手(プロ)と受け手(アマチュア)の境界線が曖昧なインディーズのコミュニティを厚く形成したことと、特に後者においては相互批評的なマッシュアップの文化が形成されたことによるクリエイションの洗練が発生したことだ。『初音ミク』は誰かに「調教」されなければ歌うことができない。これらは要するにインターネットの双方向性が、ファンコミュニティから高いクリエイションを発生させる装置として機能したケースだと言えるし、同時に自己完結した虚構が崩壊し、現実(マッシュアップ)を経ることで進化していくものとして、このジャンルが成立していることを意味する。 そして今日において、アニメからアイドルへ国内サブカルチャーの中心地は移動している。 ゼロ年代半ばから、ソーシャルメディアの浸透と並行してライブアイドルと呼ばれる形態のアイドルが支持を集めていった。従来のテレビアイドルとは異なり、ライブ活動とソーシャルメディアでの展開によって成立するこれらのアイドルは、 2010年代初頭の AKB 48グループの社会現象化に牽引されるかたちで、現代サブカルチャーの中心地に躍り出た。 ボーカロイドは、二次元のキャラクターに擬似的な双方向性を与える思考実験であるが、情報環境の変化がもたらした虚構と現実のパワーバランスの変化はいま、現実そのものをエンターテインメントにするものにポピュラリティを与えており、現代のライブアイドル・ブームはその代表例だと言えるだろう。初音ミクは死なないが、生身のアイドルたちはやがて卒業し、様々な人生を歩み、そしていつかは死ぬ。二次元のキャラクターを二次創作的に扱うようにアイドルに接すればまずコミュニケーションは失敗する。そしてそもそもアイドルとは商品化された母性(あるいは父性)だが、その商品が生身の人間であるために、特に今日のファンと直接触れ合うライブアイドルにおいてはしばしば彼女(彼)らは、消費者たちの「母(父)」として機能することを拒絶する。二次元のキャラクターと異なりいずれ卒業し、そして死ぬ三次元のアイドルたちは、究極的には消費者たちの母(父)にはなってくれないのだ。そしてそのことが逆に情報の、虚構の供給過剰が常態化した現代において強い批判力を生身のアイドルたちに与えている。メジャーシーンに耐えうる規模のマネタイズはテレビアイドル化する他にないという限界を抱えながらも、アイドルはまさに現実と切断されることなく結託した虚構として、その存在感を示している。こうしている今も、莫大な数のアイドルたちが活動し、その人生そのものをネットワーク上に発信し、観客たちは時にその人生の擬似的なパトロンとして参加することに夢中になっている。家族でもなければ、友人でもない他人を勝手に応援することが、現代においてはコピーできない自分だけの、固有の体験として強く支持されている。 2011年の東日本大震災のあと、 AKB 48は被災地東北の慰問としてボランタリーな公演を続けているが、震災直後の公演の映像は私にとって衝撃的なものだった。自衛隊に見守られながらトラックの荷台の上で歌うアイドルたちに、避難者、特に子供たちが殺到する。巨大な破壊に抗うための軍隊とアイドル──この組み合わせはかつて冷戦期の「虚構の時代」に、退屈な消費社会に息の詰まっていた若者たちがアニメ(『超時空要塞マクロス』など)に求めていたまさに終末の姿そのものだからだ。かくして、戦後アニメーションの描いた「世界の終わり」はあらゆる意味において現実に上書きされてしまった。その意味においては、戦後アニメーションはその使命を終えつつあると言える。 前提として確認しておきたいのだが、社会の情報化は相対的に情報それ自体の価値を暴落させている。ネットワーク上には良質なものからそうでないものまで、文字、音声、映像などの情報が氾濫し、その多くはゼロ円か非常に安価である。遠からず人類社会からソフトパッケージ販売という形態は消滅し、 1978年生まれの私は学生時代を古書店巡りに費やした恐らく最後の世代になるだろう。 もはや文字、音声、映像など「情報」の価値は暴落した。では代わりに値上がりしたものはなにか。それは「体験」であり特に人間同士の「コミュニケーション」そのものだ。音楽ソフトは売れないが、フェスの市場や握手券付きのパッケージの市場は拡大しているのはそのためだ。音声データは無限にコピーできるが、この日この時にこの人と行ったライブの体験はコピーできない、固有のものだ。あるいはアイドルを応援し、その人生にコミットしていた時間もまた固有のものだ。情報から体験へ、二次元から三次元へ、アニメからアイドルへ。虚構に対する現実の優位がここにも確認できる。「虚構 =仮想現実の時代」の極相に、コンピューターゲームが国内サブカルチャーの中心にあったことは前述した通りだが、そのとき若者たちがゲームに見た夢は世界の全体性の記述だった。映像があり、音楽があり、インタラクティブな物語を描くことができて、さらにはその世界を支配する法則をプログラミングできるコンピューターゲームは、複雑に肥大する世界を小説や映画といったかつての物語メディアよりも深いレベルで抽象化して記述できる──そんな期待が当時のコンピューターゲームを支えていたのは間違いない。それは言い換えれば「大きな物語」ではなく「大きなゲーム」で世界を記述し得るという確信でもあった。 そして、虚構と現実の関係が決定的に変化しつつある現在、私たちの世界の全体性を記述することへの欲望もまた、変化しつつあるように思える。 20世紀までの私たちは、肥大し複雑化するこの世界に対して虚構を通過することで一度抽象化し、整理して理解することしかできなかった。だからこそ前世紀は「映像の世紀」として記憶されるし、ある世代の人々はマスメディア上の情報を通じて社会観と内面を形成することになった。しかし、 21世紀における社会の情報化は世界の全体性を、個人が把握することこそできないままではあるが、とりあえずはデータベースとして記述することには成功した。問題はむしろその圧倒的な情報量の前ではいまのところ個人はただ呆然とするしかない、ということだけであり、いま世界の全体性は世界中のたいていの場所からアクセス可能なデータベースとして私たちの目の前に鎮座している。ただし、この全体性は物語を経由して、虚構化を経ることで統合され、整理され、共有可能な状態に加工(二次元化)されたものではなく、未整理の(三次元の)まま、非物語的なデータベースとしてそこに存在している。 20世紀の、特に「虚構の時代」を生きた世代(私もそうだ)は、個人的な体験の断片から世界の全体性を想像できるようになることが社会化であり、成熟と考えていた。このとき個人の体験という断片から本来記述不可能な世界の全体性への蝶番になってくれる抽象化装置として虚構が機能していた。 しかし、社会の情報化はこの前提を破壊した。現代において世界の全体性というのは非物語的なデータベースとして存在していて、そこにいかにアクセスするかという個人の能動性だけが問われるようになった。そのことに世界中の人々が戸惑いながら試行錯誤し、新しい蝶番を生み出そうとしているのが現代という時代だ。 既に世界地図は描かれている。もはや世界地図を描くことに時間と労力を割く必要はない。しかしその地図はかつてのように二次元に整理されたものではない。私たちにいま求められているのは、新しい目と新しい足を見つけてこの新しい地図を歩くことだ。この世界に対しての関わり方、人間がどう歩くかということだけがいま問題になっている。 だからこそ私からの問題提起は、戦後アニメーションがこの国の戦後という長すぎた時間に果たした役割を再検討することで、私たちにとっての虚構の機能について考えなおすことだ。「映像の世紀」に「政治と文学」「公と私」をつないでいたものはニュースであり、映画であり、映像上の虚構群だった。そして、あらゆるものが作家の意図なくして成立しないアニメーションは究極の映像であり、戦後アニメーションは「映像の 20世紀」の生んだ鬼子である。この鬼子について考えることで、これからの虚構のゆくえを、私たちの「政治と文学」「公と私」のゆくえをも考えることができるはずだ。 言い換えればそれは、いま虚構の価値はどこにあるのか、というq問いだ。少なくともそれはいままでと同じではない。世界の変化で優位に立った現実に対抗できる虚構はあるのか。もちろん、現実から独立した虚構が成立しないいま、この問いは不正確だ。あらゆる虚構が現実から独立し得なくなったいま、批判力のある虚構はどうあるべきか、が正確な問いだ。 そのために本書はここで、戦後アニメーションの巨匠たちの仕事を振り返ろうと思う。 宮崎駿、富野由悠季、押井守──彼らは戦後アニメーションのパイオニアであり、そして一代にしてその臨界点に直面することになった作家たちだ。その意味において、彼ら天才たちにとって恐るべきことにこの戦後という時間は逆に短すぎたのだ。
1 ニヒリズムに負けていたのは誰か 1997年、宮崎駿が『もののけ姫』を発表したとき、当時 18歳だった私は軽い反発を覚えた。より具体的には駅や街頭に貼りめぐらされた同作の公開を告げるポスターと、そこに大きく印字された糸井重里によるコピーを目にしたとき、「ウザいな」と思ったのだ。〈生きろ。〉──国民的アニメ作家だか、時代と寝たコピーライターだか知らないが、はっきり言って余計なお世話だ、としか感じなかった。実際に、その夏私はこの映画を観るために劇場に足を運ぶことはしなかった。具体的な理由は思い出せないが、端的に今の自分にはあまり必要ないと考えたのだと思う。 その数年前から、 10代の私は次第に宮崎駿という作家への関心を失っていた。 1994年にマンガ版『風の谷のナウシカ』のラストシーンでナウシカが「生きねば」と告げたとき、「いや、特に言われなくても」としか思わなかったし、そして翌年の『耳をすませば』も同世代の登場人物がまるで教師を喜ばせるために用意したような文明批判を口にすることの不自然さだけが印象に残った。 だがそれからしばらく経って、妹が借りてきたビデオソフトで『もののけ姫』を初めて観たとき、宮崎の近作に覚えていた違和感の正体が何であるのか、摑めたような気がした。それははっきり言えば、宮崎駿が自分の無力感を若い世代に投影していることが透けて見えてしまったことへの失望だったように思う。 言うまでもないが、無力感とニヒリズムに囚われていたのは若者たちではなく宮崎駿の方だ。熟年たちに説教などされなくても若者たち(当時の私たち)は当然のように生きていくつもりだったし、宮崎の憎む「コンクリートロード」が特に素晴らしいとも考えていなかったが、その反面、宮崎たちの世代が東京のクーラーの効いた部屋で農村のあぜ道を賛美する馬鹿馬鹿しさに気づかないほど鈍感でもなかった。 たしかに当時の街頭にはそれこそ流行のアニメのキャッチコピーを流用して、物憂げに〈だからみんな、死んでしまえばいいのに…〉といったことをわざわざ誰かに聞こえるようにつぶやく若者があふれていたが、それはサブカルチャーを用いてインスタントに自意識の問題を軟着陸させようとする小賢しくも愛すべき「終わりなき日常を生きる」知恵の域を出るものではなかったし、それは宮崎駿の世代でもそう、変わらなかったはずだ。要するに、当時の宮崎が仮想敵にしていたニヒリズムは 90年代の若者(私たちの世代だ)のどこにも存在しておらず、不安なのは若者でもなければ子供たちでもなく、大人たちなのは明白だった。もちろん、宮崎にも自覚はあっただろう。例えば『耳をすませば』の制作時には、こうした自分たちの世代へのヒーリングを「若者向け」のアニメーションとして描くことへの長い「言い訳」のような小文を発表している(* 1)。〈この作品は、自分の青春に痛恨の悔いを残すおじさん達の、若い人々への一種の挑発である。自分を、自分の舞台の主人公にすることを諦めがちな観客──それは、かつての自分達でもある──に、心の渇きをかきたて、憧れることの大切さを伝えようというのである〉。こうした「言い訳」を一読し、当時の私は「余計なお世話だ」としか思わなかった。 しかし『もののけ姫』をきっかけに、私の宮崎駿への興味はかたちを変えて再燃した。あの宮崎駿が、怯え始めている。それも、これまで自身の築き上げてきた世界を一変させるほどに。この偉大な作家は何に焦り、なぜ莫大な資金と労力をかけた独り相撲を始めたのだろうか。この大作家は、天才は、この時期一体何に怯えていたのだろうか。 2 『もののけ姫』とアシタカの倫理『もののけ姫』において宮崎駿のニヒリズムを体現しているのは、誰よりも主人公のアシタカだ。公開当時から度々指摘されているが、本作におけるアシタカは情況に対して能動的にコミットすることがほぼなく、あくまで周囲のプレイヤーのアクションの結果発生した事件に事後的に対応するだけの主人公だ。物語の結末で、サンとエボシ、森とタタラ場、自然と人工、二つの立場をただ見守り、調整することを高らかに宣言するアシタカの姿に驚愕した観客も多かったはずだ。彼の目的は「曇りなき眼で世界を見ること」であると作中で明言され、これは恐らく本作のコンセプトそのものである。 誤解しないで欲しいが、私はだから『もののけ姫』が駄作であると主張したいわけでもなければ、宮崎という作家がこの時期から劣化し始めたのだと主張したいわけでもない。むしろ逆だ。『もののけ姫』は宮崎駿が恐らくはその根底に抱えていたであろうニヒリズムが初めて前面化し、そして前面化することで初めて本当の意味で自然(サン)と歴史(エボシ)と対峙することができた作品だ。 宮崎駿は自身のアニメーションを「漫画映画」と呼んでいた。そこには、アニメーションは現実と徹底して切断された虚構を、ファンタジーを描くべきだという思想が垣間見えていた。しかしこの『もののけ姫』は明らかに違った。それまで「漫画映画」であること──現実と切断された綺麗な噓であることをむしろ社会的な機能とし、コンセプトとしてきた宮崎が、その「漫画映画」としての表現を堅持しつつ網野善彦の歴史学を援用し現実との接続を試みることによって、従来のそれとは全く異質なものに変貌を遂げた作品──それが『もののけ姫』なのだ。『もののけ姫』の中核にあるのは自然と人工の対立という宮崎が反復してきた問題設定だが、この問いに対して宮崎は最初から「答え」を求めていない。なぜならば『もののけ姫』とは、まさに宮崎駿が「曇りなき眼で世界を見ること」を実践した作品だからだ。 そこには何ら実現したい理想もなければ子供たちに伝えたいメッセージもない。ただ、受動的かつ事後的に情況にコミットし、誤れば線を引き直す、といった倫理的で、強靭で、そして政治的に「妥当な」(そしてそれゆえにこれまで宮崎駿が描いて来た男性的なロマンティシズムにはなかなかつながらない)態度表明が行われる。 特に結論もなければ事態の打開に有効な仮説も、人々を強く動機づける夢も語り得ない(!)が、その無力さを受け止めてただただ粘り強く情況に対し続けるのだという姿勢は、事実上何も主張していないがゆえにナルシシズムの記述法としては難攻不落だと言っていいだろう。 たしかに、冬場は風邪が流行るので帰宅後には速やかに手洗いとうがいを徹底すべきだ。そこに何らかの反論を加えることは難しく、その必要もない。しかし、このメッセージを受け取ることで私たちと世界との関係は(「最適化」はされるかもしれないが)何も、変わらない。いったいなぜ、この期に及んでただ妥当なだけの凡庸なメッセージがアニメーションの、それもあの宮崎駿のアニメーションの中核に置かれなければならないのか。もちろんこの凡庸さを受け止め得る強靭さこそが、これまでとは異なる力でこの『もののけ姫』という作品を支えていることは疑いようがない。 その意味において、確実に同作は宮崎駿という作家を大きく進化させた作品だ。しかしそれと同時に、この作品を経ることで──正確にはマンガ版『風の谷のナウシカ』の完結から『耳をすませば』を経て、この『もののけ姫』にたどり着く数年間によって──宮崎駿から決定的に失われてしまったものがあるのではないだろうか。 そう、この『もののけ姫』という作品を特徴づけるのは、世界に対する肯定性の不在だ。 例えば本作には宮崎がその初期作品から拘泥してきた「飛ぶ」というイメージがほぼ登場しない。宮崎駿にとって世界の肯定性は(『もののけ姫』では放棄された)「飛ぶ」というイメージと深く結びついていた。さらに言えば、男性的ナルシシズムと深く結びついていた。熟年の飛行機乗りを主役に据えた『紅の豚』( 1992)や、飛行機の開発者の生涯を描いた『風立ちぬ』( 2013)……宮崎駿が主人公への自己投影を隠さないとき、そこには必ず飛行機の存在が伴われていた。 しかし、本作の登場人物たちは「飛ばない」。人間も、もののけたちもただ地を這うだけだ。そして血みどろの戦いを繰り広げ、多くのものを失っていく。人間ももののけたちも深く大きく傷ついて、そして主人公のアシタカはこの現実に対し、基本的にはただ「見守る」ことしかできない。できることがあるとするのなら、人間の側の行き過ぎた介入を緩和すること =シシ神の首を返してその怒りを早期に鎮めること、くらいだ。アシタカにできるのは、ゲームバランスが崩壊しないように微調整を続けることしかない。ゲームシステムを改善することもなければ、ゲームそのものを放棄できる環境をつくることもしないし、できない。世界を肯定的なものに変えることが、ここでは前提として断念されているのだ。では、宮崎駿はいつから「夢」を、「飛ぶこと」を失っていったのだろうか。 3 ボーイ・ミーツ・ガール? 宮崎駿はそのパブリックイメージにおいては、ボーイ・ミーツ・ガールの物語を強く志向する作家だとされている。 例えば『崖の上のポニョ』公開時( 2008年)にインターネット上の映画情報サイトに記載された編集スタッフの対談では、宮崎駿 =ボーイ・ミーツ・ガールという前提が共有されている。 原点回帰だなあって言ってましたね、この作品を見た後。だって宗介とポニョのボーイ・ミーツ・ガールで、主人公が自発的で、すごく動きがあって。バリバリ動くっていうと、宮崎監督が初めて演出を務めた「未来少年コナン」がまさに原点。コナンは動きでおもしろさをつくったところがあるので、この作品みたいに動かして表現するっていうのは原点回帰じゃないかな(* 2)。 しかし、宮崎駿がボーイ・ミーツ・ガールの冒険譚──つまり少年が少女に出会い、その愛を得ることで大人の階段を一歩登る──という回路を何の留保もなく採用できたのは事実上の初監督作品である『未来少年コナン』( 1978)のみだ。 子供向けのサブカルチャーの中でなら戦争の、暴力の、「父」になることの、マチズモの快楽を安心して描くことができると開き直っていた戦後アニメーションの世界を、「 12歳の少年」のまま男性的な自己実現(暴力とセックス)を手に入れようとする戦後アニメーションを、そしてそんな戦後アニメーションが象徴するネオテニー・ジャパンの消費社会を、他国の戦争で潤った血みどろの経済的繁栄を無自覚に謳歌する当時の日本社会を、宮崎駿は軽蔑していた。そしておそらくは自身もその重力にとらわれた存在であることを自覚していた。 その結果、宮崎駿が作り上げた『未来少年コナン』では、徹底して理想化されたボーイ・ミーツ・ガールの物語が描かれることになった。 偽りの身体に「変身」することもなければ、機械で仮構された身体を「操縦」することもなく、つまり大人の身体を演じることなくコナンはあくまで生身の少年として大地を駆けずり回り、飛び跳ねた。このとき宮崎駿は、現実においては成立し難い、近代的な男性の理想化された父性を擬似的に獲得できる場所としての戦後アニメーション、という呪縛を正面から引き受けている。そして引き受けた上で、その身体観のゆがみ(「アトムの命題」)をアニメーションの力で突破しようとしているのだ。その結果、異質な存在に「変身」することもなければ、巨大な鋼鉄の身体を「操縦」することもなく、コナンは超人的な身体能力を何の説明もなく発揮し、つまりただ絵が動くというアニメーションの快楽を視聴者に提示することで強引に納得させていった。それは当時の宮崎にとってのアニメーションとは何であったか、という問いへの回答でもあるだろう。 宮崎駿がアニメーションの力それ自体に依存したのは、マーチャンダイジングと結びついた「変身」ヒーローや日本的「ロボット」の奇形的身体が象徴する戦後消費社会のモードに背を向けたためでもあることは疑いようがない。 宮崎駿は飛行機やロボットを近代的なマチズモへの憧れを込めて極めて直接的に美しく描いているが、一貫してある一線を超えることはなかった。こうした飛行機や戦車はあくまで少年の、男たちのマチズモを支援する補助装置であり続け、少年がマチズモを仮構するためのもう一つの身体になることを、宮崎は許さなかったのだ。内向的で文弱な少年が、機械の身体を得ることで身の丈以上の自己実現を果たすことは許さず、あくまで少年自身が元気に駆け回ることを要求し続けたのだ。 アニメの、漫画映画の中の世界でなら、もっと言ってしまえば子供のための、子供を主人公にした物語の中でなら、強い少年が「生身のまま」少女を守って自己実現を果たすことでその男の証を手に入れることができる。強く、優しく、好ましい少年像を提示することができる。冒険の末に、世界を変えることもできる。少なくともその「はずだった」。にもかかわらず当時のマーチャンダイジングに支えられた商業アニメーションたちが少年の自己実現の条件として、異質な存在に「変身」すること、偽りの身体を「操縦」することを求めたのは、そこに「アトムの命題」によって戦後日本の根底に存在するゆがみが侵入してきた結果だ。 もちろん、宮崎駿のアニメーションもその例外ではない。しかし宮崎はアニメーションという虚構に否応なく侵入してくる現実をあくまでアニメーションの力そのものであるレベルで切断しようとしたのだ。宮崎駿はアニメの中だからこそ、少年は生身のまま自己実現を果たすべきだと考えたのだ。その結果、宮崎駿は常にアニメーションの性能それ自体を駆使したリアリズムの操作、という演出に依存せざるを得なくなった。 しかし、宮崎のこうした態度は、後にある批判を生むことになる。 ここで僕は貴方のあの『コナン』の太陽塔脱出のシーンを想い起こします。 太陽塔によじ登り閉じ込められたラナを救出したものの包囲され行場を失ったコナン。戻ることもならず眼下には千尋の谷の如き絶壁がなだれ落ち──まさに絶体絶命の危機です。 この状況で貴方は二人を救出する為に何をしたか? ラナを抱えつつ軽やかにとび降りるコナン(!) このおよそ信じ難い方法を、それにひきつづくカットの巧みなつくりによって強引に納得させてしまった時、僕はまず呆然となり次に笑い転げ、最後に猛烈に悩みました。この解決方法で貴方は二人をまんまと救出し、しかもそのことの奇異さをむしろ親しみとしてコナンというキャラクターの上に定着させることに成功しています。まさに一石二鳥。 「地平線から三歩でダーッと目の前まで走ってくる漫画映画でしかできない」この方法は確かにアニメーションの属性であり「一種の表現である」ところまでインパクトをもち得ていると思います。しかし、そのアニメーションの秀れた属性(特殊な表現)が、〈アニメーション =映画〉にあっては限界ともなるのではないでしょうか。 この太陽塔のシーンに即して考えてみましょう。 仮に同じ演出をあらゆる特撮技術を駆使してぎりぎりまでリアルなショットの連続として実写映画で行ったとしても、それは爆笑を呼ぶかシラけてしまうかは別として、観客の目には「マンガ」としてしか映らぬことでしょう。そしてそれに続くシーンでどれ程つきつめられたドラマの展開があったとしても、それは映画としての基本的な訴求力を喪ってしまうことになるに違いありません(* 3)。 これは、『未来少年コナン』から数年後にあの押井守が展開した宮崎批判の一部だ。ここで問題にされているのは、アニメーションそのものの虚構性を用いた演出の有効性だ。つまり、宮崎はこのシーンでコナンを「変身」させることも、ロボットを「操縦」させることも、超能力に目覚めさせることもなく、何の説明もなく超人的な身体性能を発揮させて危機を脱出させている。視聴者はこのあり得ない展開に驚愕すると同時に、アニメーションならではの強烈な虚構性に強く惹かれることになる。 コナンが塔から飛び降りる寸前まで、視聴者は自然主義的なリアリズムを基準にこの場面を受け取っている。高い塔の内部で、敵によって壁際にヒーローとヒロインが追いつめられる絶体絶命の危機。この「危機」が「危機」として緊張感を持つのは、視聴者は自然主義的リアリズムに基づいて塔から飛び降りればコナンは死ぬ、と思っているからだ。 しかし、次の瞬間、この自然主義的リアリズムは放棄されコナンは塔から飛び降り、無事に着地する。そして作品世界は記号的なリアリズムによって一気に書き換えられる。この、自然主義的リアリズムと記号的リアリズムを説明なしに往復できるアニメーションの特性を十二分に活かしたのが、太陽塔脱出のシーンであり、それを可能にしているのは宮崎駿の優れた演出、具体的には絵が動くアニメーションそれ自体の快楽だ。ここで考えなければならないのは、宮崎駿の先駆者としての高畑勲の存在である。 高畑勲は宮崎駿と共にスタジオジブリを設立し、作家として、プロデューサーとして、この半世紀の商業アニメを牽引してきた存在として知られる。しかしその影響はむしろ、スタジオジブリ設立以前の、特に 1970年代までのテレビアニメによる演出思想の確立にある。本書では概略を述べるに留めるが、その演出とは一言で言えば作家の意図なくしてはあらゆるものが存在し得ないアニメーションこそが実写映像の劇映画よりも高いリアリティを実現し得るという思想に基づいたものだ。 劇映画とは、三次元の体験を二次元の情報に加工し整理したものであり、決して体験そのものがシェアされるわけではない。従って劇映画はリアル(現実)ではなくリアリティ(もっともらしさ)を演出するものでしかあり得ない。だとするのならば目と耳が受け取る情報の全てをコントロールし得るアニメこそが、もっともリアリティのある(自然主義的なリアリティをもつ)劇映画を演出し得ると高畑は考えたのだ。 だが、これは高畑が、アニメを自然主義的な表現にのみ用いようとしていたことを意味しない。むしろ逆である。高畑の演出方法は、 1970年代の『母をたずねて三千里』( 1976)や『アルプスの少女ハイジ』( 1974)、『赤毛のアン』( 1979)などのいわゆる「世界名作劇場」の作品を中心に、その日常生活の描写によって確立されたと言われている。 しかし、高畑自身は著書等で、アニメーションの真価はむしろこうした日常生活の描写が代表する自然主義的なリアリズムとファンタジー的な記号的リアリズムを接続し得る点にあると述べている(* 4)。 高畑自身も後年、『火垂るの墓』( 1988)や『おもひでぽろぽろ』( 1991)など、自然主義的リアリズムに傾倒した作品を発表する一方で、『セロ弾きのゴーシュ』( 1982)や『平成狸合戦ぽんぽこ』( 1994)など自然主義的リアリズムと記号的リアリズムとの往復を試みた作品を発表している。 しかし、後者の試みを成功させたのは、高畑自身ではなく、その盟友にして後輩の宮崎駿であったと言えるだろう。 両者の差はどこにあったのか。もちろん、宮崎駿のアニメーションは自身の絵の力に支えられた、まさしくアニメーションという「魔法」の産物だ。それ以上にそれは高畑があくまで現実(自然主義)に軸足を置き、そこに虚構(記号)を侵入させようとしたのに対し、宮崎は逆に虚構(記号)にリアリティを与えるために現実(自然主義)を用いていたことにあったように思える。 そして、押井守はこの宮崎駿の「魔法」を実現する豪腕は問題をより深いレベルで露呈させたと考える。 どの様にさし迫った状況を設定しても、それが主人公の超人的なパワーによってのり越えられてしまうのであれば、アニメートする技術のもつ説得力を発動してこれを突破してしまうならば〈劇〉は〈劇〉としてのよりどころを喪い、〈アニメーション =映画〉は〈漫画映画〉という中立国、緩衝地帯へ後退するしかありません。アニメーションがただ技術のみが可能とする世界であるからこそ、この種の強引な方法はより魅力的であり、作り手としてはそれを行使したい誘惑に駆られますが、それは〈アニメーション =映画〉が要請する方法とは相反することが多く、築きつつある世界を崩しかねない危険な諸刃の刃となるのだと思います。[中略] 〈漫画映画〉とは実はその方法的限界の故に〈映画〉に成熟できぬ過渡的な形態をさすのだと思います。そしてそれは個人の思い入れのみによって貫かれた世界であるが故に、共感やその場の感動を呼ぶことはあり得ても、最終的に何ごとかを語り得る(語りかける)ことへは到らぬものなのだと言わざるを得ません(* 5)。 ここでの押井の批判は、宮崎によるアニメーションの表現の利点と制約を逆手に取った演出のメカニズムを鋭く解明している。さらにここで展開されているのは、アニメーションそれ自体の虚構性を武器にする手法が、果たして人間を本当に感動させることができるのか、という問いだ。 宮崎はアニメーションという人の手で描かれたもの以外が存在できない表現手法を駆使して、場面ごとに塔から「飛び降りると死ぬ」身体と「飛び降りても死なない」身体を器用に入れ替える。しかし、こうした物語が発揮する、人の心を動かす力には限界があるのではないか──押井はそう指摘しているのだ(この指摘は当然、前述した大塚英志による「アトムの命題」を抱えた戦後マンガ/アニメの限界に対する指摘でもある)。宮崎駿の「漫画映画」的なアプローチ(アニメーションの虚構性それ自体を武器にした、自然主義的リアリズムと記号的リアリズムの往復運動)は、最終的には物語の訴求力を殺す。それが押井の批判の骨子だ。 押井によるこの批判は後年( 1984年)のものであるが、こうしたアニメーションの万能に近い表現力が逆説的に喪失させてしまう物語の力、という問題に宮崎は『未来少年コナン』の直後から間接的ではあるが対峙していったように思える。 一転して、続く 1979年に公開された『ルパン三世 カリオストロの城』で宮崎がもう飛べない中年男性 =ルパンを描くことになった理由の一端は恐らくここにある。 同作では主人公のルパン三世が美少女クラリスを悪漢から救うべく大冒険を繰り広げる。しかし劇中で「おじさま」と呼ばれるルパンはもはや「ボーイ」ではない。このとき原作の設定年齢は 20代とされるこのルパン三世を、宮崎駿はあえて「中年」として解釈したのだ。「中年」であるルパンは物語が大団円を迎えたあと、自分について行きたいと述べるクラリスのもとから去る。もはや「ボーイ =少年」ではないルパンは、クラリスと共に歩めないのだ。 しかしルパンはなぜ中年として描かれる必要があったのだろうか。 それは宮崎駿が、アニメーションの動きそれ自体の快楽だけではなく、物語的にも男たちが飛べる根拠を求めようとしたためではないか。コナンが超人的な身体能力を発揮したその理由を「アニメだから」「漫画映画だから」で片付け、思考停止することを選ばなかったからではないか。 アニメという、漫画映画という、現実から切断された虚構を構築することではじめて確保されるべきものの正体とは何か。宮崎駿はこのとき自身がアニメという、漫画映画という表現を用いて獲得したいものの本質を物語を通じて提示し、それを観客に共有させることを選んだように思える。 それは結果として、後に押井守が指摘する記号的リアリズム(死なない身体)と自然主義的リアリズム(死にゆく身体)の往復という、アニメの性能を用いた演出が喪失させてしまう物語的な批判力を補うことにも結びついていたはずだ。 「あーあ、何ということだ。その女の子は、悪い魔法使いの力を信じるのに、ドロボーの力を信じようとはしなかった。その子が信じてくれたなら、ドロボーは空を飛ぶことだって、湖の水を飲み干すことだって出来るのに……」 「ハーイ、元気ですよー。女の子が信じてくれたから、空だって飛べるさぁ。ドロボーさんがきっと盗み出してあげるから、待ってるんだよ(* 6)」 これは作中のルパンのクラリスに対する台詞だが、ここに表れているのは宮崎駿が「飛ぶ」こと、つまり近代的、男性的なロマンティシズムの追求としての自己実現の成立条件として、少女からの承認を必要としているということだ。少女からの愛が向けられたときにだけ、中年ルパンは少年に戻ることができる。言い換えれば宮崎駿にとってアニメとはもはや大人の世界では成立しないもの──ここでは男性的ロマンティシズム──を子供の世界に巻き戻すことで擬似回復できる場所を構築するものだった、と言えるだろう。『未来少年コナン』では当たり前のこととして処理されていたことが、ここではその理由が台詞で、丁寧に、なおかつ反復して語られている。大人の男はもう飛べない、しかし少女に愛されることで一時的に少年に戻って「飛ぶ」ことができる。クラリスというイノセントな美少女を設定し、彼女の母性的な愛 =無条件の承認が成立している間だけはルパンは飛べると考えたのだ。ここから逆算して考えると、コナンはラナを抱えることで初めて、塔から飛び降りることができたのだと、考えることができる。 ここには宮崎駿の考えるある種の男性性への断念と、それでも捨てきれない憧れとが共存している。宮崎駿にとって、少女を救うことによって完成される少年の男性的ナルシシズムは、憧れの結晶であり、そして既に失われたものなのだ。 4 ラピュタという墓所 こうした宮崎駿の男性的なものへの複雑な態度が最も端的に表れているのが、『天空の城ラピュタ』だろう。 1986年に公開された同作は、宮崎駿がスタジオジブリを設立してから初めて手がけた長篇作品であり、その職業人としてのターニング・ポイントと言える。しかしそれ以上に、本作は宮崎駿という作家にとってのターニング・ポイントなのだ。繰り返しテレビなどで放映された国民的作品だが、論を進めるために内容を簡単に紹介しよう。 主人公の少年・パズーはさびれた鉱山町で働く孤児だ。死別した父親は飛行機のパイロットで、あるフライト中に空中に浮遊する人工島を発見したという。その人工島 =ラピュタは超古代に存在した優れた科学文明の産物だが、何らかの理由で滅び、今は打ち捨てられたまま、空中に放棄されている。その存在をパズーの父は帰還後に訴えるが、世間は彼を相手にしない。その結果、パズーの父は「うそつきよばわりされて死んで」しまう(自殺?)。残されたパズーの夢は、いつか自分も飛行機のパイロットになり、自分の力でラピュタを再発見して父の汚名をそそぐことだ。 これが物語冒頭に示される主人公の生い立ちだが、この時点で既にこの物語が男性的なものの決定的な敗北から始まっていることが分かる。本作においてラピュタとは男性的なロマンティシズムと自己実現の象徴だ。そしてパズーの空を飛ぶこと =ラピュタへの憧れは、失われた父性と密接に結びついている。パズーはその後少女を救うべく空へ飛び立つのだが、その冒険は輝かしい父性への接続ではなく失われたそれの回復として位置づけられている。パズーの暮らす鉱山町にはたくましく気持ちのいい男たちが働いているが、その町がそう遠くない将来にさびれていくことが示唆されている。そう、この「男性的なもの」は既に失われ、天空の城から地上の鉱山町に堕ち、さらにその地上の町での理想化されたコミュニティ(パズーの親方が代表する鉱山の男たち)もまた、斜陽を迎えているのだ。 そして、そんなパズーの前にもう一度空を飛ぶ =冒険の契機として、ある日少女がはるか上空から舞い降りてくる。飛行船から落下したというその少女 =シータは「飛行石」という特殊な能力を秘めたアイテムを持つ。シータを助けたことから、パズーは彼女を狙う軍隊と空中海賊に追われることになる。ここでパズーは町の人々の助力を得て大立ち回りを演じる。まさに少女を救うべく巨大な敵を相手に大活躍──ボーイ・ミーツ・ガールの冒険譚としては理想的な展開だ。 しかし、パズーはこの時点ではまだ「飛べない」。空を飛ぶのではなく、坑道に深く潜ることで逃避を試みたパズーとシータは、結局軍隊に出口に先回りされ、囚われてしまう。軍隊に同道する政府のエージェントのムスカはパズーの命を交渉条件にシータの協力を取り付ける。パズーはムスカに数枚の金貨を握らされ、解放される。決定的な敗北が、一度パズーに訪れるのだ。 映画は、そして宮崎駿がかつて信じていた世界は、いったんここで終わって、敗北している。少年は少女を救えなかった。それどころか一度も空を飛ぶこともなく捕えられ、逆に少女に命を救われ、彼女を金貨数枚で売り渡してとぼとぼ帰宅したのだ。 だが、映画はここから息を吹き返す。落胆したパズーが帰宅すると、そこはシータを狙っていた空中海賊「ドーラ一家」が占拠している。彼らは熟年女性のドーラとその息子たちからなる家族経営の「海賊」だ。偉大な母性と、矮小な子供たち──ドーラ一家はその後宮崎駿作品に頻出する、「母」的なものの支配するコミュニティの原型だ。 ドーラはパズーを「情けない」と罵倒する。「えらそうな口をきくんじゃないよ。娘っ子ひとり守れない小僧っ子が」「いじけてノコノコ帰ってきたわけかい。それでもお前男かい」と、偉大な母が少年の敗北(父性の獲得の失敗)を宣言するのだ。そしてパズーはシータ奪還をもくろむドーラに「ぼくを仲間に入れてくれないか」と言う。シータを助けたいと主張するパズーに、ドーラはパズーの敗北を確認するようにさらに告げる。「あまったれんじゃないよ。そういうことは自分の力でやるもんだ」と。こうした敗北の確認を儀式のように経て、ドーラはパズーを受け入れる。男性性の軟着陸したこの鉱山町に別れを告げ、肥大した母性の傘下に入ることをドーラはパズーに要求し、パズーはそれを受け入れるのだ。 こうして映画は再出発する。決定的な父性の断念と母性の庇護下への参入を経て、パズーの「冒険」は自分の家から再出発するのだ。そして、パズーはこのとき初めて「空を飛ぶ」。空賊の使用する小型の飛行機械にドーラ =母と同乗することでパズーは初めて「空を飛び」、シータの救出に向かうのだ。パズーとドーラ一家はシータの奪還に成功し、以降、物語は軍とドーラ一家のラピュタ発見競争、ラピュタ到着後の対決へと移行していく。 この物語後半において、パズーにはその後何回か飛行機械を操り飛行するシーンが描かれるが、そこにはいずれもシータが同乗している。ドーラはシータを評して言う。「あたしの若いころにそっくりだよ」と。実際、ドーラの私室には彼女の若いころの「写真」が貼ってあるがその姿はシータにそっくりだ。 映画の後半に再登場したシータは、守られるべき少女としての表面性を維持しつつも、「守られる」ことで少年の生に意味を与え、実のところ彼を守っている庇護者 =「母」としての本性を隠そうとしない。そんなシータが同乗することで、パズーは空を飛ぶことができる。もはや「母」なる存在の庇護なくしては、少年は空を飛べないのだ。 ラピュタ到着後は、飛行石を手にしたムスカと主人公たちの対決がクライマックスとして描かれる。このとき悪役であるムスカは映画前半で、いや映画開始以前の段階で敗北を迎えた男性的なロマンティシズムの体現者として振る舞う。曰く、「人類の夢」であるラピュタは滅びず、何度でも蘇るのだ、と。対してシータはこう主張する。 今はラピュタがなぜ亡びたのか私よくわかる[中略] 土に根をおろし風とともに生きよう 種とともに冬をこえ鳥とともに春を歌おう どんなに恐ろしい武器を持っても 沢山のかわいそうなロボットを操っても 土から離れては生きられないのよ(* 7) ここで注目すべきは、映画前半でパズーを駆動していた男性的な自己実現 =空を飛ぶことを肯定し、実践しているのは悪役のムスカであり、ヒロインのシータはその不可能性を説いている点だ。ムスカはいわば宮崎駿が諦めたものの体現者だ。そして宮崎駿の諦念を映画前半での敗北で体現したパズーは、父親の夢でもあったはずのラピュタを否定する立場に与する。パズーはシータに加担してムスカと対決し、シータの家に代々伝わる「滅びの呪文」でラピュタを崩壊させる。かつて父親が夢見た存在を、男性的な自己実現の象徴を、それも既に一度は滅んだものを、二度と蘇らないように止めを刺すのだ。死んだ父親の夢を否定し、目の前にいる少女 =母の論理に加担して、パズーはラピュタを滅ぼしたのだ。 以上のように、一見ボーイ・ミーツ・ガールの冒険譚である『天空の城ラピュタ』は、実質的にはむしろその不可能性こそを描いていたと言えるだろう。ラピュタとは、男性性が完全に葬り去られた「墓所」なのだ。 5 飛べない豚たちの物語 実際、『天空の城ラピュタ』以降の宮崎駿は少年が少女を救う冒険譚も描けなければ、少年が空を飛ぶことも描けなくなってしまった。例えば前述したように『もののけ姫』のアシタカはサンとエボシ、野生と文明を象徴する二人のヒロインの間を往復しながら「見守る」だけで、主体的なコミットはできない。 そもそも以降の宮崎駿作品においては男性主人公がほとんど成立していない。『もののけ姫』以外に男性主人公が立てられたのは『紅の豚』『ハウルの動く城』( 2004)『風立ちぬ』の 3作のみであり、これらはしかも「少年」ではなく大人の主人公が設定されている。『紅の豚』の主人公であるポルコ・ロッソはまさに「飛行機乗り」として登場する。彼は戦没した仲間のパイロットたちを思いながら飛び続けている。そう、ポルコはまさに失われた男性性を思いながら飛んでいるのだ。その今も飛び続けている自身は、自らかけた呪いによって「豚」の姿になっている。同作もまた、男性的な自己実現と空を飛ぶことが強く結びついている。それゆえに今も飛び続けているポルコは、そして失われたはずのものを擬似的に回復しているポルコは自らの身体に呪いをかけざるを得ないのだ。これはその前作である『魔女の宅急便』( 1989)のヒロイン・キキが少女じみた悩みの重力に負けそうになりながらも、そのままの姿で終始空を飛び続けていたのとは対照的だ。 続く男性主人公作品である『ハウルの動く城』では全能感の強い美青年ハウルが、物語冒頭でこそ少女と老婆(母)の間を往復する女性 =ソフィーをその傍らに配置されることで、優雅に空を飛ぶ。しかし、迫りくる戦争を前に、ハウルもまたソフィーを守るために自ら異形の姿に変化して空を飛び、戦地に赴く。 そして彼らは、パズーがそうであったように「母」的なものの庇護下になければ、もはや空を飛べない。パズーは「母」に守られていれば飛べた。ポルコは自らに呪いをかけ異形の者になれば飛べた。異形の者になるとは、現実とは切断された虚構を生きるということだ。そんな虚構の世界に生きる男たちのままごとのような飛行機遊びとそこにこめられたロマンティックな──政治的には無力であるが、閉鎖的な共同体の内部の文脈を共有することで文学的には成立する──自己実現をあたたかく見守ることで肯定してくれる存在、子供の「ごっこ遊び」を優しく見守る「母」的な存在が『紅の豚』のヒロインのジーナである。 豚に姿を変えたポルコにとっての「飛行」は死のイメージと強く結びついていた。ポルコの異形の姿とは事実上、男性的なものの不可能性の体現であり、同時にその死後の世界における実現であったと言える。「母」の庇護下に置かれたポルコの異形化が意味するのは、かつてパズーが手にしたような「母」の庇護下における「飛行」は、実は宮崎駿にとってむしろ死の世界と接続するものだということだ。そしてハウルもまた「母」の愛と異形のものへの変化が両方あって初めて戦争中(過酷な世界)を飛べるのだ。 私がそう考えるのは、『崖の上のポニョ』の存在があるからだ。 同作の主人公・宗介の一家もまた父親が海に出て陸に帰らない家庭として描かれる。『崖の上のポニョ』における「海」は物語世界を支配する母性の象徴だ。宗介はヒロインのポニョと出会い、彼女と一緒に小さな冒険をクリアすることでその夫としての資格を得る。 だがその冒険は全てポニョの母である海の精 =グランマンマーレの監督下で行われる安全なゲームにすぎない。ゲームをクリアした宗介とポニョの運命も、それぞれの母親同士の「話し合い」で決定される。『崖の上のポニョ』において、男とは母なる海を漂流する寄る辺なき個にすぎない。宗介の父親が決して陸に帰還することがないのと同じように、ポニョの父親もまた矮小な存在として描かれる。彼はその「妻」であるグランマンマーレ(海の精)の各所に存在する複数の夫たちの一人にすぎず、ほとんど彼女に会うことすらかなわないのだ。 そして、そんな『崖の上のポニョ』の世界には「死の香り」が満ち溢れている。 物語の中盤、ポニョが宗介に会うために人間に変身して上陸する。このとき、大津波が宗介たちの住む町を襲い、映画の舞台はまるまる海に飲みこまれる。その後、宗介とポニョはグランマンマーレの監督下で安全な冒険を繰り広げるのだが、この「胎内」のような世界はほとんど死後の世界のように描かれる。劇中には宗介の母親が勤める女性専用の介護施設が登場するのだが、そこに暮らす老婆たちはこの津波に飲みこまれることによって四肢の不自由から回復し、自由に動き回るようになる。まるで、天に召されたかのように。 あるいは宗介とポニョは「冒険」の最中に、奇妙な若夫婦とその幼子と出会う。津波から避難中だというその若夫婦のどこが奇妙なのか。それは彼らの服装が大正時代のそれであることだ。 物語の進行に何も寄与することなく挿入されるこの若夫婦の登場は何を示すのか。同作の公開当初、これらの要素は「死」の比喩であると取り上げられることが多かった。例えば『読売新聞』 2008年7月 23日掲載の、同作のプロデューサー、鈴木敏夫のインタビューは、同作の描く世界が「死後の世界」であることを半ば前提として行われている。 あっちの世界に行って帰ってくる話というのは、これまでも描かれてきた題材だし、宮さんも取り組んできました。「ポニョ」でそれを突き詰めたと言えるかもしれない。生命が誕生する間際には、死がすぐそばにあるんですよ。生きていくのも同じじゃないですか。 つまり、物語中盤の「津波」によって崖の上の町は完全に飲みこまれ、以降は登場人物たちが幽霊となって行動している、という解釈だ。だとすれば、介護施設の老婆たちの「回復」も、大正時代のいでたちをした若夫婦の存在も説明がつくだろう。『崖の上のポニョ』において一見、甘いボーイ・ミーツ・ガールの物語を完遂し、成長を遂げたかに見える宗介だが、その「冒険」はそんな男の子のファンタジー(彼に救われるべき女の子が一方的に押しかけてきてロマンを与えてくれる、というファンタジー)をお膳立てしてくれる、偉大なる母性の「胎内」で完結した「ごっこ」遊びに等しいものとして提示されているのだ。そして重要なのはこの「死」のイメージが同作において母胎のイメージと強く結びついていることだ。『崖の上のポニョ』におけるポニョの母 =グランマンマーレの庇護下にある(胎内にある)世界は事実上「死後の世界」として描かれている。宗介とポニョの「冒険」は、産道のような暗いトンネルを抜けることで終わりを告げる。その後、まるで彼らを産み落とすか否かを決定するかのように、彼らの運命はその母親同士の話し合いで決定される。ここで表現されている強烈な母胎回帰を中心に据えた死と再生において、父性の(宗介の、あるいは彼らの父親の)介在する余地はない。ここにおいて父性とは単に母性から、それも「ごっこ遊び」として与えられるだけの存在にすぎないのだ。 しかし、これまで見てきたように宮崎駿が死後の世界を描き始めたのは、そのずっと前のことだ。『天空の城ラピュタ』における決定的な展開(断念)を経たときから、宮崎駿は少なくとも男性主体の目を通しては生者の世界を描けていないのだ。そして男性主人公が設定されたとき、世界は再生することなく単に死の世界に変貌するのだ。 6 『コクリコ坂から』考える 母なる海とその中(胎内)を漂う男たち──こうした「肥大した母性」と「矮小な父」の結託はなぜ必要とされたのだろうか。 東日本大震災の衝撃でこの国がまだ揺れ続けていた 2011年の夏、スタジオジブリの『コクリコ坂から』が公開された。原作は高橋千鶴(作画)と佐山哲郎(原作)による同名の少女マンガだ。 1980年に講談社の少女マンガ雑誌『なかよし』に連載されている。監督は宮崎駿の長男である宮崎吾朗が担当した。 宮崎吾朗は 2006年にアニメ映画『ゲド戦記』でデビューした。当時 65歳と高齢の宮崎駿の「引退」を視野に入れたスタジオジブリの後継者育成という「事情」が透けて見える点、原作にル・グィンの世界的に有名なファンタジー小説を用いた点が話題を呼び、同作は興行的には成功した。しかし作品としての評価は概ね低く、吾朗にとっては本作がある種の復讐戦として位置づけられるものだったことは疑いようがないだろう。 宮崎駿は丹羽圭子と共に脚本に参加し、出版された脚本の付記によると宮崎駿のアイデアを丹羽がまとめる形式が取られたことが窺える(* 8)。宮崎駿は 2011年3月 11日の東日本大震災と付随する福島の原子力発電所事故については繰り返し積極的な発言を行っている。そのため、宮崎駿の社会的なメッセージとしても、本作の物語は注目を浴びることになった。 そして公開された映画『コクリコ坂から』にはいかなる表現が展開されていたのか──。論を始める前に簡単にその物語を追いながら紹介しよう。 舞台は 1963年の横浜、ヒロインである松崎海は、祖母が実家で経営する下宿「コクリコ荘」を手伝いながら、私立の進学校に通っている。船乗りだった海の父親は朝鮮戦争に巻き込まれるかたちで死亡しており、海は仕事で留守がちな母親に代わって祖母を支え、弟と妹の面倒を見ている。海は毎朝、亡き父を偲んで沖に向かって信号旗を掲げている。その信号旗をきっかけに海を意識するようになっていくのが、彼女の「相手役」となる風間俊だ。 船乗りである義父の仕事を毎朝手伝って船に乗っている俊は海の掲げる信号旗に気づいており、物語開始時に既に 1学年下の海の存在を意識している。この二人は彼らが通う高校の旧校舎保存運動を通じて接近していく。 カルチェラタンと呼ばれるこの旧校舎は、俊が所属する新聞部など文化系の部室長屋として一部の生徒たちに愛されているが、老朽化を理由に学校側は取り壊し計画を進めている。海と俊、そしてその仲間たちは学園の経営者に直訴することで、建物の保存の言質を取る。だが、その運動の中で海と俊が実は異母きょうだいではないかという疑惑が発生する。もちろん、この疑惑は誤解であり、疑惑が解消されることで物語はハッピーエンドを迎える。海と俊はこの過程でそれぞれの父たちが同じように朝鮮戦争の犠牲になっていたことを改めて確認することになる。 以上が映画の概要だが、この物語は原作のそれと比べたときに幾つかの大きな変更点が存在する。そしてここに脚本を担当した宮崎駿の歴史観のようなものを読み取るところから、議論を始めようと思う。『コクリコ坂から』の原作マンガを映画化するにあたっての最大の変更点はその舞台設定にある。原作マンガの舞台が恐らくは雑誌連載時と同じ 1980年(あるいはその少し前の 70年代)であると考えられるのに対し、映画版のそれは前述の通り 1963年の横浜である。これは極めて大きな変更と言えるだろう。なぜならば原作マンガは、恐らくはいわゆる「全共闘崩れ」であろう(もしくは近いメンタリティをもっていたであろう)佐山哲郎によって、 70年代の学園闘争の空気、あるいは 70年代のアングラ・カルチャーの「臭い」が随所に漂う作品に仕上がっていたからだ。 原作における風間俊は政治的にではなく文化的に「逸脱」する、優等生であり不良でもある器用でクレバーな少年として描かれる。 彼は親友にして生徒会長の水沼とつるみ、芸者との賭けマージャンに手を出し散財した挙句、生徒会の予算に手を付けることになる。そのお金を埋め合わせるために学校新聞の売り上げを伸ばそうと考えた俊と水沼は、校内に制服自由化運動を起こすことを思いつく。俊が反対派、水沼が体制派を代表して「対決」ムードをあおり、運動を盛り上げることで新聞の売り上げを伸ばそうというマッチ・ポンプ運動を彼らは展開する。 このようにどこかシニカルに構えた風間俊の言動は刹那的で、世代的「シラケ」の表現として他愛もないものに耽溺してみせるのだという態度すらうかがえる。 対して映画版の風間俊は、賭け事で作った借金返済のために反体制を演じる「シラけた」生徒ではない。宮崎駿が描きなおした映画版の俊は学校の伝統の象徴であるカルチェラタンの存続を願う、純粋な少年として描かれるのだ。 原作の俊の描写が 70年代的な「空気」に依存していたことを考えたとき、宮崎駿による舞台設定の変更と俊のキャラクター変更からは、明確な意図を受け取ることができるだろう。宮崎駿は徹底的に原作に漂う「 70年代的なもの」を排除したのだ。そして宮崎駿は舞台を 60年代前半に移し、高度成長のただ中に設定した。まるであの頃は誰もが「上を向いて歩こう」と思えていたといわんばかりに坂本九のヒットナンバーをイメージソングに指定し、シニカルな高校生たちの反体制運動「ごっこ」をまっすぐな高校生たちの気持ちのいい青春群像に改変した。彼らは健康に団結し、闘い、そして恋をする。生まれ変わった主人公たちに、ポスト全共闘的なシニカルさは微塵もない。 この「 70年代から 60年代へ」の舞台設定の変更にこそ、本作における宮崎駿のメッセージ性がもっとも表れているように思える。そしてそんな宮崎駿のメッセージを体現するものが、映画に登場する建築物カルチェラタンだ。前述の通り、学校側はこのカルチェラタンを取り壊して新しい部室棟を建てようとしているが、俊と水沼を中心とした一部の生徒たちはこの古い建物とともにある学園の伝統を守ろうと取り壊しに反対している。 運動を通して俊と親しくなった海は、このカルチェラタンを「お掃除」して、ペンキを塗り直し、リニューアルしようと提案する。そうすることで、カルチェラタンという建物自体の魅力を生徒たちにアピールし、反対運動への支持を拡大しようというのだ。 既に「用済み」と思われていた「古いもの」をリニューアルすることで「見直す」こと。それもヒロインの発揮する「母性」としての「お掃除」を経由して再生すること。それはまさしくこの映画における宮崎駿の創作態度そのものだと言っていい。 60年代の誰もが「上を向いて歩けていた」時代を、アニメという虚構性の高い表現で作り直し、再提示する──宮崎駿もまた、この映画で 60年代 =カルチェラタンを「再提示」したのだ。そして「運動する男たち」を支えるべく女たちが掃除をし、食事を作るのだ。まるで「母」親のように。 あたたかい「ご近所コミュニティ」が機能し、「戦争の傷跡」が残るがゆえに、生き延びた人々が半ば義務のように「上を向いて」大切に生きていた時代──この宮崎駿の 60年代観が「正確」かどうかはわからないが、映画に込められたメッセージは極めて明確だ。 この映画を考える上でのいい補助線になるのは、宮崎駿の震災後数ヶ月の「政治的」発言の数々だろう。 インターネットで当時の民主党菅直人政権支持を表明し、スタジオジブリの社屋の屋上に反原発のスローガンを綴った横断幕を掲げる──。慎重に「連帯」を避け、あくまで個人としてのメッセージに留まりながらも「 3・ 11」以降の宮崎駿は明確に脱原発のメッセージを繰り返し発信している。 宮崎駿の「脱原発」の姿勢は一貫しているが、それだけに事態は複雑だ。なぜならばここで宮崎駿は片方では「戦後的なもの」を残せと訴え、片方では「戦後的なもの」を捨てろと主張しているのだ。そして奇しくも──あるいは皮肉にも──日本における原子力発電所という存在もまた、宮崎駿の考える二つの「戦後」──60年代以前と 70年代以降によって大きくその社会的な文脈が変化した存在だと言える。 日本における原子力発電所は、戦後の、冷戦期の核戦略を含めた外交戦略の産物だったことは広く知られている。ある時期──田中角栄による「列島改造計画」が登場した 70年代以降は、いわゆる「経世会」的な地方への利益誘導政治を支える装置の一つとしての側面が強くなったものだ。 宮崎駿が言う誰もが「上を向いて歩けた」時代を支えていた冷戦下のパワーバランスの産物の一つが原発であったのだ。そして、宮崎駿が「残したいもの」として提示する人情下町的「駅前商店街」は、角栄的な利益誘導政治によって保護されたものだと言える。そんな 70年代以降の「地方」の保護の裏側には常に「原発」的なものがセットで存在していたはずだ。 もちろん、宮崎駿にとってはカルチェラタンや駅前商店街(が象徴するもの)は「いい戦後」で、原発は「悪い戦後」ということになるのかもしれない。しかし、意地の悪い比喩をあえて用いれば彼の考えるカルチェラタン/駅前商店街(が象徴するもの)を残すためにこそ、原発(的な利権)は地方に必要とされたのだ。それが「角栄的なもの」が作り上げた 70年代以降の日本だったはずだ。 こうした「角栄的なもの」への無自覚な依存は、結果として言葉の最悪な意味での文化左翼性と結びついている。実際、宮崎駿のパブリックイメージに、前述したような、リベラルな自意識をもち、言葉の上では移民を受け入れるべきだと口にしながらその実自分たちは文化的に移民が排除された瀟洒な高級住宅街から一歩も出ない、ヨーロッパの中流階級のような淡白な偽善性という側面があることも間違いない。ただ、ここで私が問題にしたいのはそのありふれた文化左翼的な偽善性ではなく、その欺瞞を埋め合わせるために宮崎が何を導入しているか、ということだ。 劇中で海と俊、そして水沼の 3人は学園の経営者にカルチェラタンの存続を「直訴」する。彼らの熱意に感銘を受けた経営者である会社社長は、カルチェラタンの存続を約束した上に、新しいクラブハウスの建設を申し出る。むろん映画版のオリジナル・キャラクターであるこの「寛容な」経営者は「徳丸理事長」と名付けられている。そのモデルは明白に亡き徳間康快だろう。徳間は 80年代にスタジオジブリの設立母体となった徳間書店の経営者であり、豪腕とその厚い人望で知られた人物だった。「戦後的なもの」を残すために「家長」的な存在の寛容を期待する──。それはある意味宮崎駿がその個人史において依存してきた回路なのかもしれない。 宮崎駿は一方では角栄的なもの、 70年代以降に変質した日本社会(その象徴が「原発」の 70年代以降のあり方)を徹底して否定している。 しかし他方では明白に角栄的なものの必要性を訴えている。既に用済みになったもの、カルチェラタン =「戦後」的なものを、その意味を変えることで(お掃除することで)保持することを、宮崎駿は訴えているのだから。つまり、カルチェラタン/駅前商店街的なものの保守を、「家長」的なものへの依存とそれを「お掃除」で下支えする女性たちで実現しようと──まさに角栄的なもの、 70年代的なものを用いて自らが実践しようと──しているように思えるのだ。 宮崎駿はこの映画の中で、自らが否定した 70年代/角栄的なものを恐らくはある程度無自覚に反復している。 誤解しないで欲しいが、私は宮崎駿の戦後史理解の浅さを糾弾しているわけではない。宮崎駿は基本的にはその偏狭な思い込みに基づいた妄想的な社会観・歴史観がむしろファンタジー作家としては有効に働き、豊かなイメージの提出に成功している作家だとすら言えるだろう。この無自覚さ、ある種の思い込みの指摘を経由することで、これまでとは異なる角度からこの国民的作家を分析することが本書での目的だ。 そして、ここで注目したいのがこうした「思い込み」「無自覚さ」の中に表れている宮崎の性的なものへの感性だろう。宮崎駿が本作の脚色に際して、「相手役」の少年像を徹底的に変更したことは前述した通りである。同様に宮崎駿によって付け加えられたカルチェラタン保存運動 = 60年代以前の「正しい戦後」の保持は、恐らくは自分史から参照された寛容な「家長」のイメージの導入によって実現されている。さらに、この映画版『コクリコ坂から』はヒロインとその相手役である少年少女たちが亡き父親を肯定することによって成り立っている。 恐らくここに、宮崎駿が考えているアニメという虚構性の高いメディアで今描くべきもの、描くべきファンタジーの姿が存在している。現実の世界では、戦後史では、宮崎駿が提出した「よい戦後」( 60年代以前)と正しい男性性──イノセントな少年性と寛容な家長性との結託は実現しなかった。いや、より正確にはその結託は実現したのだが、結果的に生じたのは宮崎が憎む「悪い戦後」( 70年代以降)だったのだ。この「裏切り」としての現実(の戦後史)を覆すファンタジー =偽史として、この『コクリコ坂から』は機能しているのだ。その偽史を駆動するものは、イノセントな少年性と寛容な家長性との結託の中に宮崎が見出しつつあるファンタジックな男性性のイメージに他ならないのだ。 7 母性の海へ ではここで、宮崎駿が映画『コクリコ坂から』で展開した性的な想像力について、原作からのキャラクターアレンジの検証からアプローチしてみよう。原作マンガにおけるヒロインの海は 70年代の少女マンガのヒロインの一つの類型を踏襲していると言えるだろう。純粋だけどややまじめすぎ、ナイーブだけれど周囲の人間の心の機微にも敏感──そんな原作版の海を宮崎駿はどうアレンジしたのか。 宮崎はここで海に流れる女系社会の「血」に注目する。タイトルにある「コクリコ坂」とは、海の母方の祖母・花の経営する下宿(コクリコ荘)のある坂道のことだ。 原作のコクリコ荘はごく普通の下宿に過ぎないが、映画版のそれは明白に「女の園」として打ち出されている。研修医や画家といった下宿人たちは全て女性に変更され、中でも原作では物語開始時の海が思いを寄せている青年として登場する北斗(北見北斗)が、映画版では女性(北斗美樹)として描かれ海たちのよき相談役(姉貴分)となっている。 そして映画版における海の描写はこの「女の園」を切り盛りする「若頭」としての側面が冒頭から強調されている。出入りのお手伝いさんに先んじて早起きして厨房に入り、全員の朝食を作る。家計を細かく管理し、女主人である祖母の花に報告する──。映画版におけるコクリコ荘は花を女主人とする女性だけの共同体であり、海はそのナンバー2であり、次期後継者として若頭を務めているのだ。 この海というヒロインはその意味において確かに「強く」、その「強さ」は「母」的なものを想起させる。例えば 3人きょうだいの長女としての海の面倒見の良い姿は「母」そのものだ。しかしこの「母性」は、これまでの宮崎駿作品に頻出してきた「母」のイメージとは似て非なるもののように思える。 例えば『未来少年コナン』のラナ、あるいは『天空の城ラピュタ』のシータといったヒロインたちもまたたしかに「母性」の体現者だった。しかしその「母性」は常にイノセントな少年主人公たちに向けられていた。少年たちに冒険に出る理由を与える「守られる性」であり、そのロマンティシズムを無条件で価値のあるものと保証してくれる「許す性」としての「母性」──彼女たちは少年のロマンティシズム(マチズモ)を保証するために時に弱く、時に強く機能する「(男性にとっての)理想の母親」だった。 もちろん、海もその系譜にある。だがそれだけではない。本作において海は同時に、「女の園」の守護者を継承すべく訓練を積んでいる──つまり「女性にとっての母親」になろうとしているのだ。海の「強さ」は男の子を見守り、時に助けられることで冒険の意味(彼女を救う)を与える、男の子にとっての母(であり妻)のものとは異なっているのだ。海に与えられた「強さ」とは女たちだけの世界を、対等の関係で結ばれた同志たちを、中心になって導いていくための「強さ」なのだ。 この側面から考えたとき、映画版『コクリコ坂から』は少女じみた感性を残すヒロインの成長譚として解釈できる。前述の通り、海は毎朝目覚めるたびに、信号旗を沖へ向けて掲げる。これは海が父の死を心の底では受け入れていないことを意味する。そしてこの信号旗の掲揚が海に俊との出会いをもたらす。海は俊との関係を築くその過程で、それぞれの父親の死の意味を確認する。ここでは二人が異母きょうだいではないかという「赤い疑惑」が持ち上がり、後に解消するのだが、その過程で海は父親の死とその背景(戦後的発展および平和と引き換えにもたらされたコスト =朝鮮戦争の犠牲)を知り、意味づけることになる。 こうして海は俊という男性を手に入れる過程で、父の死を受け入れるという手続きを踏む。自分で選んだ男を迎え、コクリコ荘の家長としてその強さを完成させるためには、父の死を昇華する必要があったのだ。 映画の中盤ではコクリコ荘を「卒業」する北斗の送別会に、俊と水沼が招待される。このシーンでコクリコ荘の女たちは俊と水沼、とくに前者を「値踏み」するかのように観察する。これは恐らく、未来の女主人(海)のパートナーを審査する「婿選び」の視線だ。 劇中では海の父親が早世したことに加え、彼もまたこの家の「婿養子」だったことが語られる(ちなみに海の母は職業柄家を空けることが多い、という設定が明かされる)。また原作において、海の母方の祖父(花の夫)は海の両親の結婚に反対した結果、花に家を追われて別居している。映画版はこの設定を整理し、彼は既に他界していることになっている。 つまりこの「コクリコ荘」は常に女性がその跡を継ぎ、男は常に外部から召喚され、そして生殖を終えて去っていく存在に過ぎないのだ。その意味において、『崖の上のポニョ』の宗介の家庭はひどくコクリコ荘に似ているし、『崖の上のポニョ』の物語世界と『コクリコ坂から』の世界は「海」というキーワードによって結ばれている。 恐らく、海は間違いなくコクリコ荘の次期当主 =グランマンマーレになるだろう。そして、恐らく俊は父と同じように船乗りになるだろう。また、恐らくは海の父親と同じように、彼が陸に帰還することはないだろう。 8 「母」的なるもの/「少女」的なるもの こうして考えたとき、宮崎駿の作品歴は男性性への態度と、連動して変化する女性性への態度によって明確な整理を試みることができる。 そもそも宮崎駿の基本的なモチーフは近代的かつ男性的な自己実現の不可能性だと言える。『未来少年コナン』では男性未満の少年コナンが、やはり守られるべき少女(ラナ)を所有することで冒険を繰り広げ、結果的には社会的な自己実現を果たす。『ルパン三世 カリオストロの城』では守るべき少女(クラリス)を所有することで自らを「おじさん」と自嘲するルパンが男性性を回復する。『天空の城ラピュタ』では、こうした自ら男性に「所有」されるべくその存在を与えてくれる「母」的な女性性への依存(女性性の所有)なくしてはもはや男性的な自己実現は成立しない世界が批評的に強調される。 男性が男性であるだけで男性的な自己実現の回路に接続できた(「飛ぶ」ことができた)世界はもはや(まさに劇中の「ラピュタ」がそうであるように)既に失われたものでしかなく、(女性性を所有して)擬似的な回復を試みたとしてもやがて、滅びゆくものでしかない。前述した『天空の城ラピュタ』の二重構造は、この宮崎駿のアイロニカルな世界観を端的に表現していると言える。 ラナ、クラリス、そしてシータというヒロインたちは、いずれも男性主人公の近代的かつ男性的な自己実現を保証するために存在するキャラクターであり、かつ、彼らを無条件で必要とする(肯定する)「母」的な存在でもある。より正確には(前述のドーラとシータの関係が示すように)宮崎駿は彼女たちを「母」的な存在に結びつけている。 しかしその一方で宮崎駿の描くヒロインにはもう一つの「系譜」が存在する。それは『風の谷のナウシカ』のナウシカや、『魔女の宅急便』のキキといった女性主人公たちだ。 宮崎駿は母性的なものへの依存で男性性を擬似的に回復する男性主人公を描くその一方で、 80年代から 90年代にかけて自らが断念したもの =空を飛ぶことを美少女キャラクターに預けてきたと言えるだろう。『風の谷のナウシカ』の宮崎自身によるマンガ連載は 1982年から 1994年まで継続し、既知のように 84年にアニメ映画化されている。『魔女の宅急便』は 1989年公開であり、まさに『天空の城ラピュタ』で男性的な自己実現を断念するその裏側で、宮崎は空を飛ぶ少女を描き続けてきたのだ。 宮崎駿は『天空の城ラピュタ』以降、主体的なコミットのできない男性(少年)を反復して描き続けてきた。そしてその結果、現在では彼らは事実上死者の世界に引きずりこまれている、あるいは母胎の中に取り込まれている(『崖の上のポニョ』)。そんな男たちの代わりに、これらの「空を飛ぶ」ヒロインたちは主体的なコミットを引き受けてきたのだ。 つまりここでは、男性的なものとしては既に断念されている歴史への主体的なコミット、近代的な自己実現が女性的なものとしてはまだ可能とされている。これは既存の性差別構造に依存することで、男性はもう飛べないが女性ならまだ飛べるのだ──女性にはまだ大きな物語が作用しているのだ──というファンタジーを成立させていると言えるだろう。 この整理を続けるなら、 1992年公開の『紅の豚』はラナ─シータの系譜(「母」的ヒロイン)に連なる(正確にはその中年版である)ジーナと、ナウシカ─キキの系譜(「少女」的ヒロイン)に連なるフィオとが共存しており、主人公のポルコはジーナの側(死の世界)に引き寄せられている。『紅の豚』における二人のヒロインのパワーバランスが示す通り、宮崎駿の作品世界からは徐々にナウシカ─キキの系譜が退場し、ラナ─シータの系譜の存在感が増していくことになる。例えば『魔女の宅急便』は「少女」的なヒロインであるキキが、少年(トンボ)と出会い、彼の自己実現(飛行クラブで「飛ぶ」こと)を支援するようになるまでの物語として読むことができる。 同作は初潮のメタファーに強く規定された作品でもある。物語の後半、キキが魔女としての力を一時的に失い、空も飛べず、猫の言葉も理解できなくなるのは彼女が男性 =トンボを意識したことによる。 キキは「少女」(自立して男性の代わりに空を飛ぶ存在)から、「母」(男性の飛行を支援する存在)へと「成長」してしまうのだ。同様に、マンガ版『風の谷のナウシカ』は空を飛ぶ「少女」的ヒロインからオーマやチククの保護者として機能する「母」的ヒロインに「着地」していく物語として読むことも可能だろう。 こうして、宮崎駿の世界からは徐々に「少女」的なものが消滅し「母」的なものが支配的になる。前述した肥大した母性と、その母性の中でのみ自己実現し得る(飛行し得る)矮小な男性性との結託はより強化されていくことになるのだ。『もののけ姫』は「空を飛ばないナウシカ」(マンガ版後半のナウシカ)の再来として登場した。同作でアシタカが何もできないのは、飛べないのは、サンもエボシも「母」として機能しない存在であり、そのためアシタカを「飛ばす」ことができないからだ。対して『千と千尋の神隠し』( 2001)の千尋は、ハクの「飛行」 =自己実現を保証する守られるべき女性性としての側面を持つ(これは前述の通り事実上の「母」として機能する)。 この関係性は『ハウルの動く城』のソフィーとハウルの関係性として反復される(ソフィーが魔法によってときに老女の姿となるのは、宮崎作品における「守られるべき女性」と「母」的な要素とを端的に示している)。 そしてこの肥大した母性とその胎内でのみ擬似的に回復される男性性との結託は『崖の上のポニョ』で「完成」されるのだ。 宮崎駿はなぜ空を飛ぶ「少女」的なヒロインを捨てたのか。彼女たちはたしかに当初は、宮崎駿が抱える男性的な自己実現への欲望を代行する存在として機能していた。美少女の皮をかぶることで、差別構造に暗に依存することで、自分では信じられないものを信じられる存在として描くことができた。 しかし、宮崎駿はこの回路を捨てた。それは恐らく『魔女の宅急便』が宮崎駿作品としては例外的に消費社会肯定のモチーフをもつことと関わっている。同作の冒頭、一人立ちの夜を迎え、街に向かって飛び立ったキキは先輩の魔女に遭遇する。魔女としてはお洒落にも気を使い、垢抜けた装いのその先輩魔女は「占い」の能力を用いて都市での生活を楽しんでいることが示唆される。この映画においては終始、少女が魔女の能力を駆使すること =空を飛ぶことと、消費社会の快楽は密接に結びついているのだ。そして、この先輩魔女の都会的な姿を見送るキキの表情には、漠然とした憧れとその裏腹の不安とともに若干の違和感を確認できる。 ここに、宮崎駿の当時の消費社会に対する距離感が表れている。同作は宮崎駿が大手マスコミのバックアップで商業的に大成功を収め、国民的作家の階段を上り始めたきっかけの作品だ。その背景にはバブル景気に後押しされたテレビを中心としたマスメディアの肥大があった。宮崎駿はその力を駆使して飛躍しようとしている作家だった。しかし、宮崎の思想はこの力をただ肯定することは当然できなかったのではないかと思う。これは細かい描写の例に過ぎない。しかし同作で宮崎は全体としてはキキの消費社会におけるささやかな自己実現を肯定しつつも、少女が「母」になることなく少女のまま空を飛び続けることを、消費社会のイメージと重ねあわせてどこか嫌悪しているようにすら思えるのだ。 その後、宮崎駿は『もののけ姫』以降「母なる自然」的なモチーフを前面化していく。そしてその裏側には消費社会的なものと結びついた「空を飛ぶ少女」というモチーフの衰微が存在するのだ。 9 少女すらも飛べなくなった世界で 男たちが、母親の胎内で安全に飛行するその傍らで、肯定できない汚辱にまみれた世界を救うべく飛び回っていたのがナウシカだった。『もののけ姫』とその原型である『風の谷のナウシカ』には多くの共通点がある。アシタカと同じようにナウシカは人間同士の争いに、あるいは人間と自然との対立に介入し、中立的な立場を崩さないまま調停していく。 しかし両者には決定的な違いがある。地を這うことしかできない男性主人公 =アシタカ(そして、ヒロインと呼ぶには主人公アシタカの陰に隠れがちなサン)とは違い、「戦闘美少女」ナウシカは空を自由にメーヴェで飛び回っているのだ。 そして過剰なほどの自己犠牲を繰り返し、最後は奇跡を起こす。そう、ナウシカはアシタカやサンとは異なり、飛ぶことができる。 なぜならば彼女は腐海の謎を解き明かしつつあり、世界を肯定的なものに変える手がかりをつかんでいるからだ。世界を肯定的なものに変えることを信じられているから、彼女は飛べるのだ。 男性は飛べない。コナンはラナの、ルパンはクラリスの胎内でしか飛べない。しかし女性は、ナウシカは世界を肯定的に変える可能性を握っているから飛べるのだ。 80年代の宮崎駿は、こうした男性中心主義の裏返しとしての少女幻想を持ち込むことで、世界に対する肯定性を回復しようと試みていたように思える。『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』( 1988)『魔女の宅急便』といった、スタジオジブリ設立後の初期作品は、特に『となりのトトロ』と『魔女の宅急便』の 2作は、その傾向が強い。『となりのトトロ』のサツキとメイがトトロと一緒に飛ぶことができたのは、まず少女だからであり、そしてあの昭和 30年代の美化された農村の共同体と、そのとなりに茂る豊かなトトロの森との関係に、日常と地続きの場所に異界が発生する日本的なファンタジーに希望を、世界に対する肯定性をも宮崎が見ることができたからだろう。 同じく『魔女の宅急便』のキキが飛べたのはバブル景気の気分を背景に、都市のフリーアルバイターでも手に入るささやかで小市民的な消費生活の幸福に、やはり肯定性を見いだすことができたからだろう(中盤、キキが飛べなくなるのは都市の生活に希望が見いだせなくなるからでもある。ここでは初潮のメタファーと社会化が合わされている。少女から母へと近づくことでキキは魔力を失う。魔力を保つためには都市の力が必要なのだが、そこに失望するといよいよ彼女は飛べなくなるのだ)。だからどちらも、母親から切りはなされているにもかかわらず、子供たち(ただし女の子たち)は飛ぶことができたのだ。 しかし、どちらもアニメ版『風の谷のナウシカ』の宮崎的なエコロジー思想がそうであるように思想的には脆弱な短期のトレンドにすぎないものだったのは間違いなく、これらの肯定性はその後の作品で反復されることはなかった。つまり、 80年代の宮崎駿はその試行錯誤の中で不朽の名作を次々と発表しながらも、作家として世界の肯定性につながる回路を発見することができずに、追いつめられていったのではないかと思うのだ。 この宮崎駿の思想的な行き詰まりを体現しているのが、マンガ版『風の谷のナウシカ』だろう。宮崎駿のライフワークと呼ばれ、完結に 10年以上の年月を費やした本作のたどり着いた結論が、『もののけ姫』のニヒリズムに直結している。 宮崎駿がこのときどんなニヒリズムに陥っていたか、その答えは明白だ。それはもはや世界は変えられないというニヒリズムだ。「赤から緑へ」の世界的な反体制モチーフのトレンドの変化(マルクス主義からエコロジー思想へ)は思想的には極めて脆弱なものであり、宮崎駿がこのトレンドの影響下にあった時期も短い。 冒険の果てに腐海の謎を解き明かしたナウシカがたどり着いた結論は、世界の在り方を受け入れ、強く生きていくことだった。世界の謎を解いて人類を救うのでもなければ新しい共生のかたちを発見するわけでもなく、たとえそれがゆるやかな滅びに向かうものだとしても腐海と並走して生きることを選択する。ここでナウシカが敵視しているのは、優生思想やファシズムに接続しかねない技術信仰的な思想だ。ナウシカは人類のテクノロジーが人類自身を進化させるというビジョンを、徹底的に拒絶する。 ここで考えてみたいのは、宮崎駿はなぜテクノロジーが人類を進化させる、世界を変えるというビジョンをナウシカに拒絶させたのか、ということだ。考えてみればパズーとシータはラピュタをムスカごと葬り去るのではなく、平和利用しようとしても良かったはずだ。しかし、ナウシカもパズーもシータもそうはしなかった。そしてアシタカも、サンとエボシの間を、森とタタラ場の間を往復し、「曇りなき眼で世界を見ること」しかできない。 もちろん、結論を急がずに、ニヒリズムに陥らずに、答えのない問題にいつまでもコミットし続けること、誤ればただちにその線を消して引き直すことが高潔さであり、ニヒリズムに陥らない地を這う生き方なのだ、ということは「正しい」。御説ごもっとも。特に反論はない。しかし、それはあまりに常識論過ぎてはいないだろうか。それは宮崎駿ほどの作家がその高い表現力をもって伝えなければいけないようなメッセージなのだろうか。 要するにここでは「謙虚に、粘り強く、そして柔軟な知性を持つこと」つまり「意識を高く」もつことが訴えられているのだが、こうした公立小中学校の朝礼で校長先生が述べる訓辞のような常識論を全力で訴えられても、少なくとも 10代の私には正直言って「ウザい」としか思えなかった、というわけだ。 これは宮崎駿に限らず、当時の現実主義化した左翼思想そのものが陥った罠でもある。マイノリティのアイデンティティに代表される個人的なことに潜む政治的なものを暴露することで、「政治と文学」「公と私」の回路を再整備するという妥当な戦略と無謬の正義を展開した結果、ミクロかつ常識論的な情況改善の積み重ねに終始し、マクロなシステム更新については事実上目を瞑る、という態度が常態化していくことになる。 マクロな問題については、言葉の最悪な意味での「左翼的」な、非現実主義的なロマンティシズムを「あえて」語り理想主義者としての矜持をアピールすることで、現実変革の可能性と責任を問われない安全圏に自らを置く、という態度が採用された。こうして、左翼はマクロなシステムへの批判力を事実上放棄することと引き換えに、ナルシシズムの防御力だけをどこまでも高めていったのだ。 もっと正確に言えば、マンガ版『風の谷のナウシカ』も『もののけ姫』も、その豊かで洗練されたビジュアルの表現に反して、物語は停滞し、常識論的なメッセージの確認をその着地点に選んでしまっている。そしてその息苦しさによって、逆に物語的な緊張感が発生している、という奇妙な作品だ。 もちろん一方では『もののけ姫』で宮崎駿は、日本的ファンタジーの想像力を大きく切り開いたとは言えるはずだ。本作が網野善彦の研究をその世界に十二分に組み込み、『となりのトトロ』でかいま見せたような、まさに日常空間の「となり」の森に、地続きの場所に異界が発生する日本的ファンタジーの想像力をぐっと拡大し、豊かに表現しきったのは間違いない。しかし、ここまで豊かなファンタジーの想像力を介して、こうした、まあ、はっきり言ってしまえば常識論レベルの倫理的な態度表明しか語れないのは、「飛べない」のはなぜか。その答えはもはや明白だろう。 宮崎駿は噓でもデタラメでもいい、世界を肯定する回路を発見すべきだったのではないか。それが都会のお坊ちゃんが夢見た妄想上の「昭和 30年代の農村」でもいいし、そんなおじさんがバブル景気に浮かれてうっかり肯定してしまった都市のフリーター市場でもいい。アニメは、ファンタジーは噓をついて人を元気にするのもその役目の一つのはずだ。そして宮崎駿に世界が期待していたのも、そんなアニメではなかったか。少なくとも宮崎はそこから始めるべきではなかったか。 たしかに、『となりのトトロ』で宮崎駿が描いた昭和 30年代の農村はご都合主義的に美化されたものにすぎない。同作でサツキとメイがトトロに会うために走り抜ける森のなかの「緑のトンネル」は、実際には人間が森とともに住むのをやめた結果、放置され、末期症状を迎えた森の「死にかけた」状態で発生するものだという(* 9)。そう、あの映画で描かれた「トトロの森」は昭和 30年代にあった「豊かな森」でもなんでもない。むしろ高度成長以降の杜撰な森林管理の結果荒れ果てた「森」なのだ。 もちろん、宮崎はそんな噓やデタラメに支えられた「漫画映画」に留まることに疲れてしまったのかもしれない。なら、噓やデタラメに基づかない(そしてそんな噓とデタラメを誤魔化してくれる母性に依存することなく)「飛ぶ」方法を考えればいい。 例えば、こんな話がある。 もし、あのトンネルを維持しようと思うのなら、絶対に人間は森に手を加えることをやめてはいけないのだという。 地球環境自体に人類が決定的な影響を与えるようになってから何千何万年と経った現代において、『もののけ姫』で描かれたような深く、多様性を備えた「森」が人間の介入による維持なくして成立しないものだというのは現代生態学的には前提だ。つまり「森」と「人間」という対立軸の設定自体が「間違っている」ことになる。森とタタラ場が対立するのではなく、タタラ場がないと森は成立しないのだ。だからアシタカは迷いを引き受けながら森とタタラ場を往復する必要など、本来はない。タタラ場をきちんと機能させることで、森が初めて維持されるのだから。そして私は宮崎駿に足りなかったものは──『となりのトトロ』の頃の豊かな想像力を、トトロの森を維持するために必要な力を、「飛ぶ」力を維持するために足りなかったものは──この発想だったのではないかと思うのだ。 10 鳥は重力に抗って飛ぶのではない 最後に、 2013年の夏に公開された長篇アニメ映画『風立ちぬ』について考えてみよう。以下は、同年夏に雑誌『ダ・ヴィンチ』に掲載した連載エッセイに、時勢など若干の加筆訂正を加えたものになる(「鳥は重力に抗って飛ぶのではない(* 10)」)。 東日本大震災以降、宮崎駿は「いまファンタジーを描くべきではない」とする旨の発言を繰り返しているが、その発言通り『風立ちぬ』は宮崎作品の中でもっともファンタジー要素の薄い作品となった。 ゼロ戦の設計者として知られる軍事技術者・堀越二郎の半生を、堀辰雄の同名小説に着想を得て脚色したという本作の舞台は戦前から戦中にかけての時代である。 主人公の二郎は比較的裕福な家庭に生まれ、優しい母親に慈しまれて育ち、弱いものいじめを見過ごさない高潔な精神をもった少年として登場する。二郎はこの少年期から飛行機の魅力にとりつかれている。しかし近眼の二郎は自分がパイロットにはなれないことを知り、その夢は飛行機をつくる技術者になることに傾いてゆく。とくに二郎はイタリアの技術者カプローニへの憧憬を募らせるようになり、いつかカプローニのような「美しい飛行機をつくる」ことが目標になってゆく。 そんな二郎が学生の折、関東大震災を経験する。このとき二郎と偶然出会うのがヒロインの菜穂子だ。その後、二郎は希望通り飛行機の設計者になり、戦闘機の開発に従事するようになる。そしてドイツ留学から帰国後に避暑地にて菜穂子と運命的な再会を果たし、恋に落ちる。菜穂子は重い結核にかかっていることを告白するが、二郎はそれを受け入れて二人は婚約する。その後、二郎は主力戦闘機(のちのゼロ戦)の設計者に抜擢され、仕事に没頭する。一方の菜穂子の病状は悪化し、先が長くないことを悟った彼女は無理を押して病院を抜け出して二郎のもとにかけつけ、二人は結婚する。 ちょうどゼロ戦の開発が佳境にさしかかったころ、二人の短い結婚生活が営まれることになる。そしてゼロ戦の開発は成功し、菜穂子は間もなく亡くなったことが示唆される。「美しい飛行機をつくる」という夢を叶えた二郎だが、それが戦争の道具として使用され、巨大な殺戮と破壊の象徴になってしまった現実に直面するが、菜穂子の存在を支えに「生きねば」と決意する。 本作については、その完成度を評価する声が集まる一方で、「美しい飛行機をつくる」ことを追求する二郎と、菜穂子との恋愛の二つの物語が乖離して、嚙み合っていないという批判も多く寄せられている。しかし、私の考えは少し違う。私の考えでは、むしろこの二つの物語は根底で深くつながっているのだ。 この『風立ちぬ』という映画を一言で表現するのなら、それは宮崎駿が自らその創作のルーツを探り、本質を極めて高い精度でえぐり出した作品だ。そう、この映画を観ると従来の宮崎駿の作品を彩っていた「赤から緑へ」(マルクス主義からエコロジー思想へ)の反体制的モチーフも、日本的な村落共同体への(美化された)視線も、民俗学的モチーフも、全てが表現の手がかりと理論武装の手段に過ぎず、宮崎という作家の本質には一切無関係であることがよく分かる。 では宮崎駿という作家の中核にあるものは何か。それは軍事技術へのフェティッシュと、いびつなマチズモへの拘泥である。本作の主人公の二郎は、「美しい飛行機をつくる」ことだけを夢見て生きている。しかし二郎の「美しい飛行機をつくる」夢は、常に戦争の影に脅かされている。少年の日の二郎は夢の中で飛行機を操縦し自由に空を飛ぶが、その夢はすぐに飛行機が戦争の道具であるという現実に侵食されて醒めてしまう。そして大人になった二郎は軍事技術者以外の何者でもなく、その「美しい飛行機」 =ゼロ戦は日本の軍国主義の象徴になっていく。 しかし二郎の戦争への否定的な感情は劇中にほんのわずかしか描かれない。留学中に一度、帰国後にもう一度彼は軍国主義の影を目にするが、そこで二郎の目を通して観客が共有するのは、漠然とした負の感触でしかない。そのことが二郎の行動に影響を与えることもなく、彼は物語の結末で、ゼロ戦が軍国主義の象徴になった事実に直面しても菜穂子の亡霊に励まされ「生きねば」と決意するだけで、反省もしなければ新しい行動を始めるわけでもない。 この宮崎駿の戦争への、兵器への距離感をどう考えるべきか。結論から述べれば宮崎駿 =二郎は、本質的に戦争を嫌悪してもいなければ否定してもいない。むしろ彼の考える「美しい飛行機」は戦争のもつ破壊と殺戮の快楽と不可分だったはずだ。だから大型輸送機を開発し大家族的なコミュニティをまるごと旅行させることを夢見ていた(劇中の)カプローニとは対照的に、二郎のつくる飛行機はただひたすら軽く、速く、運動性の高いもの(ゼロ戦)でなければならなかったのだ。 カプローニの夢は宮崎駿がこれまで描いて来た大家族主義のイメージそのものであり、この作家の偉大なる建前だ。賑やかで豊かな大家族が、おいしい食事と楽しい時間を過ごす──カプローニの体現するイメージは従来の宮崎駿作品のイメージそのものだ。しかし二郎の体現するイメージは違う。二郎は作中で何度か食事を摂るが、彼の関心は美しい曲線を描くサバの骨にしかなく、もっとバラエティに富んだメニューを楽しみ、食事自体を楽しむようにアドバイスする仲間の声には耳を傾けない。 そう、宮崎駿の本音は、ずっとサバの骨 =ゼロ戦にあったのであり、大家族のパーティを丸ごと空輸するカプローニの大輸送機にはなかったのだ。宮崎駿が考える「美しい飛行機」とは大仰で猥雑なカプローニの大輸送機ではなく、スリムでストイックなゼロ戦であり、平和な時代の旅客機ではなく暗黒の時代の殺戮兵器だったのだ。 しかし、宮崎駿は自身 =二郎のフェティッシュを完全に肯定することができない。二郎の人物造形にも表れているその生真面目さは、自身の中に存在する破壊への欲望を直接認めることができない。もし仮に日本が戦勝国であったなら、宮崎の中のフェティッシュは政治的な正当性と(少なくともここまで正面からは)衝突することはなかっただろう。その場合彼のフェティッシュにはファシストとの戦いとして、植民地解放戦争として、「正義の戦い」として肯定され得る回路が(もちろん、それもまた欺瞞ではあるが一応は)存在するのだから。 しかし敗戦国の場合はそうはいかない。日本の、ドイツの、イタリアの、武力行使の、殺戮の戦争を肯定する回路は基本的には存在しない。だから、この国の戦後に少年期を過ごした男性の多くが、そのナルシシズムに「ねじれ」を埋め込まれることになったのだ。 そう、これは宮崎駿個人の問題ではない。暴力を行使し、敵を倒す男性的な自己実現の快楽を、政治的に正当化する回路が予め失われているとき、こうした快楽を手放せない男性のナルシシズムの記述には「ねじれ」が生じることになる。暴力の行使への憧れはあくまで私的なもの、物語の中での、虚構の中での個人的なものであり、公的には、政治的にはそれを否定するほかない、というアイロニカルな立場を選ばなくてはいけなくなるのだ(だからこそ、本作に登場する国家は全て枢軸国なのだ)。その結果、本作では本音に対する建前、表面的なエクスキューズとしての反戦的なメッセージが表現されている、と考えるべきだろう。 もちろん、この「ねじれ」は宮崎駿個人のものではなく、戦後の文化空間全体が共有していたものだ。敗戦の傷跡 =ねじれによって、戦後日本のある種の男性性はそのナルシシズムを記述するにあたって分裂を抱えてしまうことになる。それは公と私、政治と文学、世界像と個人の実存、と言い換えることもできる。私的には殺戮と破壊の快楽を、暴力の行使の快楽を求めながらも、敗戦の傷跡が正当化を阻み、公的にはそれを否定せざるを得なくなる(また、この「ねじれ」は仮に戦前の軍国主義日本を肯定する立場に立ったとしても回避することは不可能だ。かつての日本は正義の暴力を行使していたにもかかわらず、「アメリカの影」に支配された戦後日本ではその正当性を主張することができない、というかたちで「ねじれ」が生まれる)。 そして、この「ねじれ」を刻み込まれてしまった戦後日本の男性的ナルシシズムの記述法を支えているのが、女性性への差別的なアプローチだ。本作における二郎の妻・菜穂子のエピソードがこれにあたる。菜穂子は結核に冒されながらも、いや、冒されているからこそ、若く美しい自分の心身をもって献身的に二郎を支え、そして若死にする。菜穂子は自分の病状が悪化する前、「一番きれいなときに」だけ二郎のそばにいて、病状が進行すると彼のもとを去り、やがて亡くなったことが示唆される。そして物語の結末で二郎のもとに亡霊(?)となって現れ、この「ねじれ」の前に佇む二郎に「生きて」とエールを送る。つまり本音と建前の乖離した、私的なものと公的なものが乖離した二郎の生を無根拠に肯定する存在として菜穂子は機能しているのだ。 もし二郎が技術へのフェティッシュだけに駆動される「職人性」だけをその本質にもつ人間なら、菜穂子の存在を必要としなかっただろう。彼はその個人的なフェティッシュを公的に正当化することを欲望しており、それができないために代替物として菜穂子の献身と犠牲が必要とされたのだ。 これは「治者」を称揚しながらも、私的には妻を殴り、その殴った妻に依存していた江藤淳から、「デタッチメントからコミットメントへ」を標榜し、マルクス主義なき後の新しいシステムへの抵抗を企図しながらも、常にその作中では主人公の男性を無条件で承認する妻 =母的な女性がそのコミットメント(暴力の行使)と責任を代替する村上春樹の小説まで、この国の文学的想像力が反復して描いてきた(囚われてきた)「母」的な異性(自分を無条件に肯定してくれる女性)への依存でしかナルシシズムを記述できない戦後日本の典型的な男性性のあり方に他ならない。 公と私、政治と文学の乖離を女性性の収奪と依存で埋め合わせる、戦後日本の文化的空間における基本的な男性ナルシシズムの記述法──宮崎駿は、本作でそのルーツを関東大震災にまでさかのぼり、十五年戦争を通してえぐり出し、そして純度 100パーセントの精度で表現しきってしまった。このナルシシズムの記述法が宮崎駿の本質だとするのなら、それは戦後社会(における男性文化)の本質とイコールだ(なにせ江藤淳から村上春樹までを包摂するのだから)。そして恐らく、戦後的メンタリティの跋扈する日本社会における宮崎駿のポピュラリティの源泉がここにある。 堀越二郎は近眼で、パイロットにはなれない。直接戦闘機を操縦して、その力を行使することはできない。そして(特に日本の)戦争は「悪」であり、その破壊を肯定することはできない。宮崎 =二郎は公的にはそのマチズモを表現できない。しかし私的にはその憧れを捨てることはできない。だから彼はアニメを、飛行機を作り続ける。しかしその成果は決して公的には正当化されない。宮崎駿が繰り返すカビの生えた左翼的政治発言が全て、実効性や客観性を最初から求められていない安全圏からのパフォーマンスに過ぎないように。 この欠落を埋めてくれるのが、本作における菜穂子のような女性性の存在だ。政治的には無力だったけれども、可哀想な女の子に生き甲斐を与えることはできた──。二郎のマチズモの軟着陸先として、菜穂子は機能しているのだ。 そう、『風立ちぬ』における飛行機開発の物語と、菜穂子との恋愛物語は乖離してはいない。むしろ逆だ。前者の物語の破綻と欠落を埋め合わせるために、後者が存在しているのだ。そしてこの構造こそが、本作が宮崎駿の自己批評的な総括であることを示している。 宮崎駿がこれまで常に描いてきたのは、男性的自己実現の不可能性と、その女性性への依存/女性差別的回路の導入による軟着陸に他ならない。 前述の通り、宮崎駿の作品で、空を飛ぶことができているのはいつも少女だった。『風の谷のナウシカ』のナウシカがそうであるように、『魔女の宅急便』のキキがそうであるように。宮崎駿の描く自画像としての男性主人公は、飛ぶことが許されていない。許されるのは、そのパフォーマンスを見守る「母」的な女性の胎内で過剰な自虐を経由した(豚のコスプレをする =『紅の豚』)場合か、ナルシシズムに開き直る(キムタクのコスプレをする =『ハウルの動く城』)場合のみだ。『天空の城ラピュタ』のパズー少年もそうだ。劇中でパズーが「空を飛ぶ」ことができたのは常に「母」的な女性と一緒にいるときだけだ。女空賊ドーラの、あるいはヒロイン・シータの庇護下にあるときのみ、パズーは飛ぶことが許されたのだ。 宮崎駿の描く世界の中で、男性は「母」的な女性の胎内のみを「飛ぶ」ことが許されている。だからルパン三世はクラリスという少女と一緒にいるときだけ青年の輝きを取り戻すことができるのだし、ポルコ・ロッソもハウルもそれぞれの「母」的なヒロインに見守られることで初めて飛行することができる。しかしそれは「飛ぶ」夢を母のスカートの中で見ているだけだ。 宮崎駿は、いったいいつから飛べなくなっていたのだろうか。いや、宮崎駿が飛べたことは果たしてあったのだろうか。いや、私の知る限り宮崎駿は一度たりとも自分の力で飛んだことはないのだ。そこには常に男性主人公を無条件で肯定してくれる女性(母 =妻 =娘)がいた。彼女たちは救われるべき存在として男たちの前に姿を現し、(政治的には無力な)彼らに安全な冒険を与えた。可哀想な女の子を守る、というロマンを与えてくれた。彼女たちの胎内に取り込まれることで初めて、彼女たちの胎内にいる間だけ、彼らは「飛ぶ」ことができたのだ。『崖の上のポニョ』の宗介とポニョの冒険は、実はポニョの母の庇護下で行われた、まるでままごとのような「安全な冒険」だった。そして、宮崎駿は同作の世界を半ば黄泉の国として描いた。女性依存(差別)的なモチーフを中核にしたこの世界が、甘美な死の香りと不可分であることを、宮崎は自覚していたに違いない。そこには何の未来もないことを、ただの自己憐憫だけがあることを、宮崎は十二分に自覚している。 その一方、『風立ちぬ』の結末で、菜穂子の亡霊は二郎に「二郎さん、生きて」と告げ、二郎は「生きねば」と決意する。私は、このとき宮崎駿は一つだけ観客に噓をついたな、と感じた。宮崎駿の描いてきた世界に、生の可能性はない。幼児的ナルシシズム(矮小な父性)と、それを肯定する女性依存/差別的な想像力(肥大した母性/可哀想な女の子)との結託は、宮崎本人が露悪的に描いたように甘美な死の世界に直結することはあっても、決してニヒリズムに抗って「生きねば」と前を向く思想には結びつかないことを彼は知っているはずなのだから。『風立ちぬ』は宮崎駿が、自らの本質を自己批評的にえぐり出した作品である。その本質は戦後日本の文化空間において支配的だったある男性的ナルシシズムの記述法の本質とイコールであり、宮崎駿が(未だ戦後的なものが幅を利かせる)現代日本社会にもつ高いポピュラリティの源泉でもある。したがって多くの男性がこのナルシシズムに共振するだろうし、多くの女性がこのナルシシズムに「萌え」るだろう。 もちろん、冒頭の二郎の夢のシーンや、関東大震災のシーンなど技術的に優れた箇所は挙げればキリがない。しかし、今私が問題にしているのはそんなことではない。ここで描かれたロマンティシズムを人生にもたらすために、可哀想な女の子に出会いたい、という淡白な男根主義への居直りのアナクロニズムと醜悪さを問題にしているわけでもない。自然や機械に向けて発揮される宮崎の豊かな想像力が、セクシャルなものについては紋切り型に固着してしまうことも残念に思うが、本当の問題はそこにはない。 こうした肥大した母性と矮小な父性の結託によるロマンティシズムの延命が問題の本質を隠蔽するだけで何も生まないことを知っていながら、「生きろ」だの「生きて」だのと観客に噓をついてしまうようになった宮崎駿は、やはり自分の信念を裏切ってニヒリズムの海に沈んでしまったのではないかと思うのだ。 宮崎駿は本作の舞台を戦前から戦中にかけての時代に設定したその理由について、「今があの時代にそっくりだから」と語った。現在の排他的ナショナリズムの活発化など、表面的な流れを見ればそう考えるのもよく分かる。実際に、本作の冒頭では関東大震災が示唆的に描かれる。しかし、それは言い換えれば宮崎駿は「昭和」の枠組みで現在を、「戦後」の想像力(正確にはそのルーツとしての戦前・戦中の想像力)で「災後」を語ることが可能だと思っているということに他ならない。しかし戦争と震災は異なるし、大戦期と現代は違うし、原爆(社会の外側から落とされたもの)と原発(自分たちの世界の内側にあるものが暴走したもの)は全くその意味合いが違う。しかし、未だに保守派が「あの頃」の日本よもう一度、日本を取り戻す、リライジング・ジャパンと、ことあるごとに叫ぶこの国においてはリベラル派もまた、宮崎のように別の意味で「あの頃」の日本へ、と主張してしまう。戦後的な想像力にとらわれて現代を見誤っているという点において、両者は同根だ。 以前こんなたとえ話を聞いたことがある。鳥は重力に抗って飛ぶのではない、重力を利用して飛ぶのだ、と(* 11)。だとすると私には宮崎駿は(また戦後日本は)「風」というモチーフを多用しているにもかかわらず、時代を支配する重力(例えば資本主義とか、情報社会とか)に抗って飛ぼうと考えて、挫折し、そして「ねじれ」を抱え、矮小な父性と肥大した母性の結託の中に沈んでしまっているように思える。 宮崎が描いた世界の先には、黄泉の国しか存在しない。もう 70歳を過ぎた宮崎はそれで構わないのかもしれない。しかし過去よりも未来に多くのものをもつ私たちには、別の方法が、別の「飛ぶ」方法が、あるいは「飛ぶ」ことなくロマンティシズムを確保し個人と世界をつなぐ方法が必要なのだ。そしてそのための想像力は既にこの時代に溢れている。あとは、それを粛々と実行し、今は自己憐憫に涙するだけの人々を魅了して、私たちの方法に賭けてもらう作業をやっていくしかない。鳥は重力に抗って飛ぶのではなく、重力を利用して飛ぶのだから。 宮崎駿は戦後アニメーションの担い手としてきれいな噓をつき続けた作家だった。 宮崎は間違いなく、自身が描き続けた世界が自由な空ではなく死の海であることに気づいていた。それが江藤淳から村上春樹まで戦後日本の想像力をつつみこむ、肥大した母胎であることに気づいていた。世界にとって無価値なものに、性的に閉じた関係性の中で承認を与えることでアイロニカルに救済すること。男性性として表現されるロマンティシズムを対幻想的な領域に押し込めること。公と私、政治と文学の関係を切断し、後者のレベルでの充足を前者のレベルでの実現に代替すること。現実主義と理想主義を不当に切断し、実現不可能な理想を追求することだけを真の理想として生きること。戦後民主主義が結果的に育んだこのいびつな重力に支配された文化空間を、宮崎駿は自由な空として描き続けた。それが矮小な父性をその胎内で飼いならす肥大した母胎に閉じた死の海であることを自覚しながらも、彼はそこが自由な空であるという噓をつき続けたのだ。それが、宮崎駿にとってのアニメーションという虚構の使命だったに違いない。 宮崎が自ら「遺作」とする(現在は撤回)『風立ちぬ』の結末で、結核に冒された主人公の妻はその残り僅かな生命を夫への献身に捧げ、そして病状の進行と同時に姿を消す。死期を悟った彼女はきれいな身体のまま、姿を消したかったのだという。宮崎もまた、彼がアニメーションを届け続けた子供たちにきれいな噓をついたまま死ぬつもりなのかもしれない。 それは、本当はサバの骨のように、不要なものが削ぎ落とされた戦闘機──堀越二郎のゼロ戦──の死の美学に惹かれながらも、大家族が休日にピクニックにもっていくランチバスケットのような旅客機──カプローニの大型輸送機──の生の意思にあふれたアニメーションを描き続けた宮崎の思想そのものだと言えるだろう。しかし、それは宮崎駿とその想像力が、この戦後日本を呪縛する重力から最後の最後まで自由ではなかったことも意味する。 それは『風立ちぬ』の文脈に沿えば、カプローニの飛行機のような「理想(平和利用のための大型輸送機)」であり、宮崎駿が本当につくりたかったのは「ゼロ戦(主人公にとっては正義よりも美が優先される存在)」だったのかもしれない。宮崎駿は、本当は大人から子供までが楽しく観ることができるアニメなんか、つくりたくなかったのかもしれない。しかし、その結果飛ぶことを、夢を、世界への肯定性を失ってしまっては意味がないのではないか。そう、私は思うのだ。宮崎駿の言葉を借りるのなら「飛べない豚はただの豚」なのだから。 では宮崎駿はどうすれば飛べたのだろうか。肥大した母胎の中を漂うことをさも飛行しているかのように錯覚するのではなく、本当に飛ぶことができるのだろうか。 さて、論を進める前にここで一つ告白しておこう。前述した『風立ちぬ』の堀越二郎とカプローニの対比についての解釈は私の考えたものではない。それは、同作が公開されていた 2013年の夏に、ある仕事で同席した作家に教示されたものだ。 その日、私は宮崎駿的なものへの反発を口にしたのを覚えている。完璧な噓をついて死ぬことは、このあと半世紀近く生きていく人間には選べない選択だ、と。 しかし、この人物はカプローニと堀越二郎、公と私、政治と文学のあいだを往復し続けた同年生まれの作家に理解を示していた。技術者とは、ものをつくることを選んだ人間とはそういうものなのだと。しかし、彼は決して自分もそうありたいとも、自分も同じだとも口にしなかった。そう、私の知る限りその作家こそがもっとも戦後アニメーションの世界で本当のことと向き合ってきた作家だった。あらゆる虚構は現実とどこかでつながっていることを直視してきた作家だった。そしてアニメーションという虚構を通してしか描くことのできない現実があるという確信を根底に、表現を続けてきた作家だった。 富野由悠季──『機動戦士ガンダム』を生み出した、戦後アニメーションのもう一人の巨人である。
新世紀宣言と「ニュータイプ」の時代「私たちは、アニメによって拓かれる私たちの時代とアニメ新世紀の幕開けをここに宣言する(* 1)」 1981年2月 22日に行われた「アニメ新世紀宣言」は、当時社会現象化していた『機動戦士ガンダム』シリーズの生みの親・富野由悠季を中心とした、アニメファンたちを前にした一世一代のアジテーションだった。場所は新宿駅東口のスタジオアルタ前だった。後に『笑っていいとも!』の生放送を 30年以上続け、国内テレビバラエティ文化の聖地となるこの場所は、実は戦後アニメーションにとって記念碑的な場所でもあるのだ。 70年代後半から始まったアニメブームは、このとき一つの極相を迎えつつあった。それまで基本的には子供番組の枠内に閉じ込められていた戦後の商業アニメーションはこの時期にユースカルチャーの一つとして脱皮しつつあったのだ。『宇宙戦艦ヤマト』のヒットを起爆剤に全国で勃興しつつあった 10代、 20代を中心とした若いファンコミュニティが拡大し、彼らを対象としたアニメーション専門誌が創刊されていった。そして、この流れを決定的にしたのが 1979年に放映が開始された『機動戦士ガンダム』だった。 本放送のテレビシリーズこそ玩具の売り上げ不振によって打ち切りになった同作だが、再放送の中で若いファンたちの間で盛り上がりを見せ始め、アニメブームの主役に躍り出ていった。そしてファンコミュニティの盛り上がりに応えるかたちで、『機動戦士ガンダム』劇場版 3部作の公開が決定された。「アニメ新世紀宣言」はこの劇場版 3部作の宣伝イベントで行われたものだった。 ここで注目したいのは当時の若者たち──消費社会下に生まれた新しいメディアとサブカルチャーを目一杯楽しむことができる新しい感性をもった新世代たち──と、『ガンダム』の作中に登場する「ニュータイプ」という概念が重ね合わされていることだ。 ニュータイプとは同作の中で、主人公の少年兵アムロが一般市民からたった数ヶ月でエースパイロットに成長していく根拠として用意された設定だ。それは宇宙に進出した人類がその環境に適応する中で発現した一つの「進化」で、一種の超能力として描かれる。 当時「超能力」と言えば 70年代のオカルトブーム時に雑誌やテレビによって流布されたテレキネシスやテレポーテーションといった、物理的な力として発揮されるものが主流だった。しかし、『ガンダム』で富野が描いた「ニュータイプ」の超能力のイメージは、こうしたものとはだいぶ異なっていた。 富野が「ニュータイプ」たちに与えた超能力は極めて概念的なもので、その描写も抽象的なものだ。「ニュータイプ」に覚醒した人々は、距離や時間を超えて他の人間の存在やその意思を、それも言語を超えて無意識のレベルまで「感じる」ことができる。これは富野による、極めて個性的な超能力観だと言えるだろう。宇宙の環境に人類が適応し始めたとき、人類の認識力がこのようなかたちで拡大していく、と考えた作家は稀有なはずだ。 そしてこの「ニュータイプ」という概念は、結果として作品外のムーブメントと重ね合わされることになった。後にメディアを賑わせる「新人類」の語源の一つがこの「ニュータイプ」であるという説もあるが、恐らくは「新世紀宣言」が代表する当時のアニメブームが、前述のように世代論と深く結びついていたことがその説の背景にあると思われる。 当時の富野の発言にはたびたび、戦後アニメーションを子供向けの低俗な娯楽としてではなく独立した一つの文化ジャンルとして受け入れる若者たちの感性を、新世代の感性として肯定する内容が見られる(* 2)。当時物語の中で描かれた「ニュータイプ」とは人類の革新であり、社会的にそれは「アニメ新世紀宣言」が掲げたように、新しいメディアに対応した新世代の感性の比喩だったのだ。 当然のことだが、この時期の一連の富野の発言はアイロニカルなものを含んでいた。当時のテレビアニメーションの大半がマーチャンダイジングで制作費を回収する実質的な玩具のコマーシャル・フィルムであったことは広く知られている。富野の戦略は、その中でももっとも商業性の前面化した「俗悪な」ジャンル(ロボットアニメ)の制約を逆手に取ったゲリラ戦を通じて戦後アニメーションとそれらを取り巻く社会的な環境の進化を目論む、というものだった。 それは富野自身が半ば道化としてアジテーションを行っていたことを意味すると同時に、彼が自身の作り上げるアニメーションとそこで描かれた思想そのものには他の誰よりも本気であったことを意味した。この時期富野がアイロニカルに道化を演じ、アジテーションを反復できたのは、彼がニュータイプという自らの思想と、新しいメディアに対応した新世代の感性を信じていたからだ。 しかし、ある時期からの富野は自ら掲げたニュータイプという理想を放棄した。それどころか現代という時代について、ほとんど絶望しているようにすら思える。特に 80年代後半から 90年代にかけては、「新世紀宣言」の頃とは打って変わり、悲観的、絶望的な現状認識と未来予測を繰り返し語るようになっていった。 簡単に言っちゃうと、一般庶民とか愚民とか国民とかいわれている人間っていうのは、結局、順々に死んでいくしかないんだろうなっていうところに落ち着いてしまいそうだね。人類全体がまだ幼いまんまなんだから、もうしばらくひどい世の中が続くんじゃないかな(* 3)。 環境問題の解決方法は、自分の身に降りかかる問題だから、解答することを引き伸ばしているという性格をもつので、厄介ではある。[中略]物を減らせばいい、エネルギーは使わない。と、原因を遮断すればいいだけの事なのだ。それに、人減らしである。にもかかわらず、シートベルトをしろという法律をつくるのが我々なのであるから、どうしようもない(* 4)。 そして、こうした富野の数々の発言の背景にある思想はそのアニメーションに登場する悪役たち──「国民的」悪役「赤い彗星」シャア・アズナブルをはじめとする登場人物たち──の思想と限りなくイコールで結ばれていた。 結局…遅かれ早かれこんな悲しみだけが広がって──地球を押し潰すのだ。ならば人類は自分の手で自分を裁いて──自然に対し地球に対して贖罪しなければならん。(『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア(* 5)』) カロッゾはカロッゾなりに人に絶望して、死んだ。 生き残った者たちは、膨大な数の人類そのものの存在が地球圏にとって、過大な存在であるということを知りながらも、その解決策をもたないままに、また生きつづけるのである。(富野由悠季『機動戦士ガンダム F 91(下(* 6))』) そう、富野にとってアニメーションという虚構は現実と切断されたものではなく、現実の一部であり個人と世界をつなぐ蝶番のようなものだった。だからこそ、アニメーションの中で語られるシャアをはじめとする悪役たちの思想は、富野の現実の世界に対する思想そのものだった。それゆえに、虚構にしか、アニメーションにしか描けない現実があるという確信が富野の作品を支えていた。それは同時に富野が主戦場とせざるを得なかったロボットアニメという商業的なジャンルが結果的に孕んでいった命題であり、また、戦後アニメーションの、サブカルチャーそのものの命題でもあった。そして、その命題を積極的に引き受けたことによって、富野はニュータイプという理想を失っていった。 では富野は、いかに絶望し、そしてその絶望に抗おうとしたのか、それがここでの問いだ。富野はかつてアニメの思春期に「ニュータイプ」という概念を提唱し、時代の寵児になった。しかしその後はむしろ「ニュータイプ」を生まざるを得なくなった時代と市場の困難な情況に直面し、決して恵まれた環境で創作活動を行うことはできなかった。だが、それは同時に、この国の同時代の作家たちの多くが目を背け、自分でも信じていない噓を観客に提示することで誤魔化してきたものを富野がもっとも直視し、正面から引き受けてきたことを意味する。 富野の創作活動は、ロボットアニメという戦後アニメーションの命題をもっとも直接的に引き受けたジャンルのシステムへの介入と自己破壊という極めてラディカルな運動だった。戦後アニメーションの中核に富野という存在があったことが、その後のアニメーションの、ひいては国内サブカルチャーの性格そのものを決定づけたと言っても過言ではない。これはすなわち、富野の(あるいはシャアの)絶望こそが、戦後的想像力がその臨界点であり、乗り上げてしまった巨大な暗礁であることも意味するだろう。 この第 4部では、富野の創作活動を時代とともに追うことになる。ある時期からの富野の創作活動は、自らが生み出してしまった重力の井戸の底からの脱出を試みる問いだった。その答えを、この老作家はまだ手にしていない。だがその営みを追うことで、私たちは自分たちを取り巻く高い壁と強い重力が何によってもたらされたかを知ることができるはずだ。 2 アトムの「汚し屋」と『海のトリトン』 富野由悠季のアニメーション作家としての仕事は、史上初の国産テレビアニメーションであるあの『鉄腕アトム』までさかのぼる。富野は大学卒業後に手塚治虫の虫プロダクションに就職し、『アトム』放映中に演出家としてデビューしている。そして、結果的に『鉄腕アトム』の演出をもっとも多く手がけた人間になった。もっとも、富野が多く演出を手がけたシリーズ後半の『アトム』は逼迫するスケジュールの中、とりあえずアトムが悪のロボットを退治する、というパターン化された物語性の薄い展開でお茶を濁すという放送回が増えていった。当時の虫プロにおいて、後期『アトム』は一線級のスタッフが新番組に回されていった結果、残された二線級のスタッフだけで制作しなければならない状態だった、と富野は回顧する。そして、こうした後期『アトム』の演出を数多く手がけた自分はアトムの「汚し屋」だったと述懐するのだ。 こんな僕が以後も「アトム」の演出を手がけてゆき、結果的に一番長く「アトム」の演出者として在籍する。当然の結果として、僕の演出したフィルムが一番多くなり、手塚治虫リリシズムもなくなり、豊田[有恒・引用者註]氏の SFマインドもない、もっとも「アトム」らしくない「アトム」が二年近くとびまわり、「アトム・シリーズ」を汚すこととなったわけである。 手塚先生が狂うわけなのだ(* 7)。 もっとも本人の述懐とは裏腹に、富野の担当した『青騎士』などの回を、「二軍」の手で劣化させた『アトム』の中では良質な作品であると評価する声もなくはない(* 8)。半世紀以上に及ぶ富野のキャリアは商業アニメーションが市場から要求されるロボットアクションに応えることで、いやその要求を逆手に取りアニメーションの表現を拡張していくことで形成されていったと言えるが、その格闘は既にデビュー時に始まっていたと言えるだろう。 その後、富野は虫プロを退社、一度アニメを離れコマーシャル制作などを手がけるが、フリーランスの演出家として復帰し 60年代、 70年代を通して数々のアニメーションに参加している。このフリー演出家時代に富野が初の監督として手がけたのが、奇しくも手塚原作のテレビアニメ『海のトリトン』( 1972)だった。『海のトリトン』は、後に『宇宙戦艦ヤマト』の大ヒットでアニメブームの端緒を開いたプロデューサー・西﨑義展が、手塚治虫から映像化権を取得した結果制作されたテレビアニメだ。この映像化は手塚の虫プロダクションの経営悪化を背景に半ば強引に行われたものであり、こうした制作事情によって、結果的にアニメ版『海のトリトン』の内容は富野の裁量下に置かれることになった。そして富野による『海のトリトン』は当時のテレビアニメのメインターゲットだった児童層に留まらずティーンの、特に女性層に支持を広げていく。半年間の放映後に全国的にファンクラブが、それも自然発生的に立ち上がるという前代未聞の現象を引き起こした。ササキバラ・ゴウが「アニメの思春期」と呼ぶこのムーブメントは後のアニメブームのさきがけでもあった(* 9)。『海のトリトン』は、従来のアニメと何が異なっていたのだろうか。 それは、富野が戦後アニメーションの二つの命題──記号的な身体を用いて成長と死を描くこと(「アトムの命題」)と、ファンタジーを用いてしか表現できない現実を描くこと(「ゴジラの命題」)──を、この時期のテレビアニメとしては珍しく極めて意識的に徹底していたことにある。 例えば海洋人トリトン族の末裔である主人公(トリトン)は幼少期に日本の漁師に拾われて人間として育てられるが、その現地の人々とは異なる髪の色のため村人から迫害されている、というところから物語は始まる。ここで富野は当時のアニメ──子供だましの「お約束」の跋扈する児童番組の世界──に甘えることなく、滅び去った古代海洋人の末裔が現代日本社会で育てられたらどうなるのか、というシミュレーションから物語を立ち上げているのだ。 これはアニメというファンタジーの器にあえてリアリズムを導入することで発生する違和感を用いた演出だ。異なる論理に支配された二つの世界を同じ画面に共存させることで富野はマンガ的 =記号的リアリズムの身体と、映画的 =自然主義的リアリズムの身体とを共存させる。いや、正確には、表面的には記号的身体として描かれたものを、実質的には自然主義的身体として演出する。これは一方では手塚治虫が否応なく抱え込んだ「アトムの命題」の、富野なりの追求であったと言えるだろうし、他方では高畑勲が理想とし、宮崎駿が実現した自然主義リアリズムと記号的リアリズムとの接続という演出法に対する、富野なりの回答と言えるだろう。宮崎が接続したふたつのリアリズムを富野はあえて衝突させたのだ。 その結果、視聴者は児童番組の「お約束」でつくられたアニメーションを安心して観ているところに、不釣り合いなリアリズムの介入を受けて面食らう。このとき、視聴者は虚構性の高いファンタジーの世界(アニメ)と現実が衝突する瞬間を目撃するのだ。そして虚構と現実が衝突することでこの世界の、それもたいていの場合は人間の不条理や悪、醜さといった目を背けがちな現実の側の世界の本質が露呈することになる。こうして富野のアニメーションはファンタジーを経由するからこそ描くことができる現実に視聴者を直面させる。これがこの時期の富野の演出コンセプトであり、アニメーションという表現に対する思想でもあった。 その後トリトンは一族の仇敵ポセイドン族の存在を知り、ポセイドン族に対抗し海の平和を守る使命に目覚め仲間たちと冒険の旅に出るのだが、富野はこうしたトリトンの冒険の果てに、手塚原作にはない決定的な価値転倒を用意した。 最終回でトリトンは仲間たちとポセイドン族の本拠地に総攻撃を加え、陥落させる。物語はこうして大団円を迎えるかのように思われるが、そこで意外な事実が明らかになる。ポセイドン族とはそもそもトリトン族によって迫害されていた民族であり、トリトン族から逃れるために海底深くに都市を築き、隠れて暮らしていたこと。これまでの戦いはトリトン族から自分たちを守るためのポセイドン族の自衛戦争だったこと。さらにトリトンの攻撃で海底都市は崩壊し、一般市民を含めたポセイドン族が全滅してしまったことが次々と明かされる。そして、トリトンの目の前には自分が意図せず全滅させてしまった海底都市に住むポセイドン族の市民たちの死体が無数にむごたらしく横たわる。トリトンは自分が結果的に大量虐殺に手を染めたことを知り、その現実に愕然とする。 この価値転倒が意味するものは何か。ここでトリトンが直面しているのは物語化できない現実だ。これまで物語を支えていたトリトン族とポセイドン族をめぐる善悪の構図は、最終回の後半 10分程度で逆転してしまう。それはこの『海のトリトン』という物語そのものの前提条件の破壊であり、同時に子供向け番組という制約のもとに勧善懲悪のお伽話を前提としていた当時の戦後アニメーションという文化の破壊でもあった。 物語はトリトンの勝利というかたちで幕を下ろすが、自分が無辜の市民を大量に虐殺してしまったことをトリトンがどう受け止めたのか、詳細には描かれない。それはもはや記号的身体を用いたお伽話の世界、アニメーションという虚構の世界では描けない、物語化できない現実の領域に属するからだ。 ここで重要なのは富野が物語化しきれない現実との遭遇を、少年主人公の成長の契機として明確に位置づけていることだろう。トリトンは仲間たちを引き連れ、ただ無言で海に去っていく。このとき、物語の冒頭では無垢な少年として登場したトリトンは、その無垢さを決定的に喪失している。トリトンは、児童番組の制約下にあるお伽話としての虚構 =アニメーションから、物語化できない情報量と複雑性をもつ現実に投げ出されることで成熟しているのだ。 虚構(記号的身体/マンガ的リアリズム)に、現実(自然主義的身体/実写映画的リアリズム)を衝突させることで前者を破壊し、後者の本質を露呈させるのがこのときの富野の方法論であり、富野はこうして虚構 =アニメーションを経由することで現実を知ることを成熟の条件として描いたのだ。そしてこの富野の方法論は、 70年代に大きく発展し、戦後アニメーションの性格を決定づけたジャンル、すなわちロボットアニメと出会うことによって深化を遂げていくことになる。 3 アニメロボットと戦後的「身体」『海のトリトン』が放映された 1972年の末、戦後アニメーション史と児童文化史に一大旋風を巻き起こすテレビアニメの放映が開始された。永井豪の原作による『マジンガー Z』は放映開始と同時に全国の男子児童から爆発的な支持を得、「超合金」と銘打たれた完成度の高い玩具とともに大ヒットを記録していた。『鉄人 28号』から「操縦する」ロボットという設定を引き継いだマジンガー Zは、リモートコントロールではなく自動車やオートバイのような「乗り物」となることでより直接的に少年の成長願望に訴求する、巨大な、そして理想化された身体を仮構してくれるものになった。 こうして戦後社会を生きる男子児童たちの中で地位を固めていった機械の身体は、ロボットアニメというジャンルとして定着していった。『ゲッターロボ』『グレートマジンガー』(ともに 1974 ~ 75)『 UFOロボ グレンダイザー』( 1975 ~ 77)──アニメにとって 70年代は男子児童向けのロボットアニメの時代でもあった。そしてこのロボットアニメという新興のジャンルは、かつて手塚治虫が嫌悪し、そしてその担い手となった富野が自虐的に述懐する「俗悪」なものとしてその形式を確立しつつあった。主人公の操る正義のロボットが、悪のロボットを破壊し子供たちはその全能感とカタルシスに酔うというワン・パターン──実際に放映されたこれらの作品にはもっと多様で複雑なエピソードも存在するが、少なくとも玩具メーカーをスポンサーとするこの時期のロボットアニメというジャンルが、大枠において事実上の毎週 30分のコマーシャル・フィルムであるという現実は揺るがしようがなく、実際に当時の日本社会においては概ね子供番組として地位の低かったアニメーションの中でもロボットアニメは低俗番組の代名詞だった。 当時フリーランスの演出家として、「さすらいのコンテマン」「絵コンテ 1000本切り」と半ば自虐的に自称していた富野もまた、このロボットアニメブームに関与していくことになる。例えば『勇者ライディーン』( 1975 ~ 76)では富野は監督を務めている。同作を手がけた創映社は旧虫プロ( 1973年倒産)のスタッフが立ち上げたアニメスタジオであり、当時は大手プロダクションの下請けとして活動していた。その同社が担当した『勇者ライディーン』に同じく虫プロ出身の富野が監督として呼ばれたのだ。 しかし先行する『マジンガー Z』などのロボットアニメとの差異化のためオカルト色を前面に押し出した(主人公は古代ムー帝国の王家の子孫で、超能力を駆使して古代ロボット兵器ライディーンを操縦する)同作は折からのオカルトブームに批判的な放送局の意向との対立を生み、富野は放映約半年で降板を余儀なくされている。 このとき富野の後任となったのが、『巨人の星』( 1968 ~ 71)などを手がけた演出家の長浜忠夫だった。長浜はその後手がける『超電磁ロボ コン・バトラー V』( 1976 ~ 77)『超電磁マシーン ボルテス Ⅴ』( 1977 ~ 78)などの作品で、ロボットアニメの玩具宣伝的な要素の前面化したフォーマットの枠内で密度の高い物語を展開する脚本術と古典悲劇的な美形キャラクターの描写が、本来のターゲットとは異なるティーンの視聴者の人気を獲得し、後のアニメブームの基礎を築いた一人となっていった。『勇者ライディーン』の監督交代後、富野はいち演出家として同作に参加し事実上の降格人事を受け入れて長浜の指揮下に入り、その他の長浜作品にも数多く参加している。そして富野は著書などでこの降格に対する屈辱と、長浜のマンガ的なオーバーアクションを多用する演出に対する反発を口にする一方で、先輩演出家としての長浜から受けた影響の大きさを認めている(* 10)。 これらの長浜による新機軸のロボットアニメを、下請けの制作会社として連続して手がけていた創映社は 1976年に東北新社傘下から独立し日本サンライズ(現・サンライズ)を設立、翌 1977年には同社初のオリジナル番組の制作を開始する。その作品──『無敵超人ザンボット 3』──の監督に選ばれたのが、かつて『勇者ライディーン』を降板した富野だった。 4 ザンボット/ダイターン 3『無敵超人ザンボット 3』──それは富野が『海のトリトン』で確立した方法論を戦後ロボットアニメというあらゆる意味で奇形的進化を遂げたジャンルに応用することで成立した異色作だった。 舞台となるのは当時( 70年代)の日本だ。ある日謎の宇宙人ガイゾックが地球に襲来し、人類の虐殺を開始する。これに対抗するのがかつてガイゾックに故郷の星を滅ぼされ、地球に避難してきたビアル星人の末裔たちだ。主人公の少年・神勝平とその家族(神ファミリー)は、先祖から引き継いだ巨大ロボット・ザンボット 3でガイゾックと戦っていく──。 こうして概要を紹介すると、同作が当時の玩具市場からの商業的な要請に忠実なコマーシャル・フィルムとしての機能を備えた作品であるかのような印象を与えてしまうだろう。しかし、実態はその逆だ。ここで富野は当時「 30分の玩具コマーシャル・フィルム」と揶揄されていたロボットアニメに対し執拗な自然主義的リアリズムの導入を試みる。長浜がロボットアニメの形式性を利用して前時代的とも思える古典悲劇を展開したのに対し、富野は同作で、『海のトリトン』で用いた手法をロボットアニメに応用し、その形式性とファンタジー性を、現実と全力で衝突させたのだ。 例えば同作では、主人公たちの扱うロボットは地元の警官に道路交通法違反で取り締まられそうになる。このシーンは、単なる自然主義的なリアリズムを用いたロボットアニメのお約束へのあげつらい以上の意味を持つことになる。なぜならば、神ファミリーはかつてのトリトンのように、いや、それ以上に地元住民から迫害されているからだ。 神ファミリーはガイゾックから地球を守るために戦っているにもかかわらず、彼らがいるせいでガイゾックが地球を攻撃するのだという風説が広まり、地球人たちは神ファミリーを迫害する。同作の前半はこうした地球人からの迫害に耐えながらガイゾックと戦う神ファミリーの苦悩が反復して描かれる。 そのため「巨大ロボットが道路交通法違反で取り締まられる」というシーンに代表されるロボットアニメの中にあえて自然主義的リアリズムを部分的に導入するという富野の手法は、人間の悪や卑しさを描く上で絶大な効果を発揮することになるのだ。 そして、『ザンボット 3』の結末もまた、これまで物語を形成していた勧善懲悪の構図が逆転する。 家族のほとんどが戦死し、その犠牲と引き換えについにガイゾックを追い詰めた神勝平は、驚愕の事実を知る。ガイゾックとは、宇宙に悪質な精神を持つ知的生命体が発生した場合にその存在を感知して滅ぼすために作られたプログラムとそれにしたがって動くロボット群のことであり、かつてのビアル星も、そして地球もプログラムによって悪質な生命体が存在すると判断され自動的に襲撃されたに過ぎない、というのだ。 ガイゾックをコントロールするコンピューターに神勝平は「地球に住む人たちはいい人たちだ」と反論するが、視聴者たちにその反論の声は虚しく響く。なぜならば、同作を最終回まで観続けてきた視聴者たちは、地球人たちが神ファミリーに何をしてきたか、いやというほど思い知っているからだ。身勝手で、凶暴で、異質な存在を徹底して迫害する地球人たちの姿を観てきているからだ。さらに、コンピューターは勝平に問いかける。このような悪質な存在を守るためになぜ家族を犠牲にしてまで戦ったのか、と。そして勝平はコンピューターの「なぜ戦う」というその問いに明確には答えられない。 物語は戦地に赴いた家族の中でただ一人生き延びた勝平が、故郷の駿河湾に帰還するシーンで幕を閉じる。トリトンがそうであったように、現実に直面した勝平がそれをどう受け入れたのか、具体的に自分を(都合よく)あたたかく出迎える地球人たちにどう接したかは描かれない。それは虚構 =アニメーションではなく「現実」の領域に他ならないからだ。こうして勝平もまた、トリトンと同じように現実の海に投げ出されることで少年の日に訣別を告げることになったのだ。 富野にとって『ザンボット 3』は、かつてアトムの「汚し屋」としてロボットアニメの俗悪化を狙い、そしてロボットアニメブームの中で無数にこうした玩具コマーシャル的な作品に参加してきた自身の仕事に対する復讐戦でもあったはずだ。 少年の成長願望に訴求する、機械でできた偽りの巨大な身体──それが日本的アニメロボットであり、 70年代後半のロボットアニメブームはそれがマーチャンダイジングの論理と結びついて社会現象化した時代だった。そこに介入した富野は、ロボットアニメという回路を逆手に取って、少年の成長物語を描くことに固執した。偽りの身体による自己実現の破綻をつきつけることによって、少年に成熟を促す──それが、ロボットアニメであることを逆手に取った富野のアプローチだったのだ。『ザンボット 3』は玩具の売り上げを含む商業的な成果も堅調で、富野は続けてサンライズが同じ放送枠を引き継いだロボットアニメ『無敵鋼人ダイターン 3』( 1978 ~ 79)にも登板することになる。そして同作『ダイターン 3』は前作『ザンボット 3』とは一転して、コメディタッチのアクション活劇となった。 舞台は未来、メガノイドと呼ばれる生体サイボーグの秘密結社による犯罪の数々を、主人公とその仲間たちが華麗に解決する──それは前作『ザンボット 3』の壮絶な物語からは打って変わって痛快さを打ち出したものだった。 同作の破嵐万丈という冗談めかした名前を持つこの主人公は、第 1話の時点で既に完成された大人の男として登場した。大金持ちで、明晰な頭脳と身体をもち、必要に応じて三枚目のコメディリリーフをもこなしてみせる完璧超人──それが破嵐万丈だ。したがって万丈は、往年のロボットアニメの少年主人公たちのように機械仕掛けの偽りの身体を得て成熟を仮構する必要はない。では、万丈は何のためにロボットを操り、そしてなんのために戦うのだろうか。 一見、明るく快活な万丈だが、実は亡父に対する復讐心が彼を駆動していることが物語の中で少しずつ描かれていく。万丈が戦う生体サイボーグたちは、実はマッドサイエンティストだった万丈の父親によって生み出されていたこと、その父は生体サイボーグの開発実験のために万丈の母と兄を殺害していること、そして明示されこそしないが万丈自身も父親によってサイボーグに改造されていることなどが劇中で徐々に描かれていく。人類に反乱を企てるサイボーグたちを滅ぼし、彼らの野望を阻止することで父親への復讐とする──それが破嵐万丈という主人公に設定された動機だ。そして物語の結末で、サイボーグたちを滅ぼした万丈は「僕は、嫌だ」という謎めいた言葉を口にして姿を消す。 この結末の解釈については放映当時から様々な議論がなされている。だが、重要なのは物語上の整合性のある解釈を探すことでは恐らくない。 ここで本当に考えなければならないのは、一見、その成熟のために機械仕掛けの偽りの身体を必要としない「大人の男」として登場した万丈が、恐らくは自身が蔑むサイボーグまたはそれに類する何かであった可能性が高い、ということのもつ意味だ。 つまり、この『ダイターン 3』は往年のロボットアニメのように、偽りの身体を得ることで成熟を仮構していく少年の物語ではなく、否応なく与えられた機械の身体を用いて成熟したふりを続けなければならなかった大人の物語だったのだ。 問題の最終回において、サイボーグの首領と対決する万丈はその最中に亡き父親の声を聞く。苦戦する万丈はその幻聴によって力を取り戻すのだが、しかしこの展開によって万丈は父と精神的な和解を「果たさない」。それどころか、「僕への謝罪のつもりか」と父親の声を拒絶する。そして「これは僕の力だ」と自らに言い聞かせ、独力で情況を逆転し勝利を手にする。 これは男子児童の成長願望の器としての日本的ロボットアニメに対する自己否定だ。 そもそも万丈という存在が、祖父や父親──大抵の場合は科学者や軍の幹部として描かれる──に与えられた機械の(偽りの)身体によって少年が自己実現を果たす、という日本的ロボットアニメのセオリーに対するアンチテーゼだったことは明白だ。また、父親と父親に与えられた身体(?)への嫌悪が彼の戦う動機を生んでいることが示唆される。 前述の「僕は、嫌だ」という万丈の最後の言葉が何を意味するのかは明示されないが、その否定的な感情が(恐らくは自分自身をも蝕んでいる)サイボーグやロボットといった機械の(偽りの)身体に向けられていることは間違いないだろう。 前作『ザンボット 3』が日本的ロボットアニメの制約を逆手に取り、アニメーションだからこそ可能な逆説的なリアリズムの表現がそのコンセプトであったとするのなら、『ダイターン 3』はロボットアニメのフォーマットの中で「大人の男」を描くことへの挑戦だったと言えるだろう。富野は偽物の身体を通してしか大人であることができないことを自覚する主人公を設定し、その自覚のもたらすアイロニカルな態度を、ユニークな「大人の男」の「カッコ良さ」として提示したのだ。 ザンボット/ダイターンでの試行錯誤は言い換えれば、当時の児童向けロボットアニメの商業的制約を逆手に取ってアニメーションだからこそ可能なものの表現を試みる、というゲリラ戦だった。 このゲリラ戦は商業的評価(玩具の売り上げ)と、文化的評価(アニメブーム下におけるティーンや大人のファンの支持)の両立を実現した。これらの実績の上で、富野を中心とした制作陣によってさらに 1979年4月、満を持して放映されたのが戦後アニメーション最大のエポックメイキング──『機動戦士ガンダム』だった。 5 『機動戦士ガンダム』とアニメの思春期 破嵐万丈が「僕は、嫌だ」と言い残して消息を絶ったその翌週、後番組『機動戦士ガンダム』の放映が開始された。 その本放送からの映画化に至る社会現象は、前述したとおり 70年代後半から過熱していったアニメブームの一つの極相であり、「アニメの思春期」のはじまりだった。 人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになってから半世紀あまり──地球からもっとも遠いスペースコロニー群「サイド 3」は「ジオン公国」を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑む。「サイド 7」に暮らす少年アムロ・レイは空襲で焼け出されたことをきっかけに連邦軍に徴用され、その新兵器「ガンダム」を操縦することになる──。『ガンダム』は従来のロボットアニメから対象年齢を一気に引き上げ、宇宙移民時代の植民地独立戦争を背景に、少年兵アムロの成長譚を中心とした青春群像として登場した。 自閉的でナイーブな少年として登場した主人公のアムロは、ティーンエイジャーに想定された当時の視聴者の分身そのものだ。自意識と社会との距離感に悩み、周囲の人間とのちょっとしたすれ違いに傷つく。アムロは従来のロボットアニメの主人公のような「正義の味方」でもなければ、かつての軍国少年/活動家のようにイデオロギッシュな動機も抱いていなかった。「いつの間にか戦争させられて」いるという意識をもったままガンダムのコクピットに座り続け、上官に叱責されれば「二度とガンダムになんか乗ってやるものか!」と拗ねる。そのくせ、才能を認められれば「僕が一番ガンダムをうまく使えるんだ」と自惚れる──。 あるいはアムロの宿敵であり、いまや戦後アニメーションを代表する国民的悪役であるシャア・アズナブルはどうか。「赤い彗星」の二つ名をもつジオン軍のエースパイロットにして天才用兵家、そしてその正体は亡父の復讐を目論む公国の建国者の遺児──あまりにもできすぎた設定をもつシャアだが、その内面はこうした過剰な設定に反してニヒリズムに蝕まれている。ガンダムとの戦闘から政治的謀略まで華麗にこなしてみせるシャアだが、彼は何も信じていない。シャアは戦争の大義はもちろん、自身の復讐の価値すらも最後の最後には信じられていない。シャアを本質的に駆動しているのは、戦場のもたらす生の実感への刹那的な欲望とそこで生まれたニュータイプという未知数の可能性への興味だけだ。そしてアムロの内向と同じように、シャアのニヒリズムもまた当時のアニメブームの当事者であった若者たちの──「政治の季節」の終わった時代を生きる若者たちの──気分と同調していた。 少年のビルドゥングスロマンとして描かれた『海のトリトン』や『ザンボット 3』がお伽話から現実の歴史への移行を描くことで戦後アニメの表現を拡大し、ジャンルの幼年期の終わりを体現したとするのなら、思春期の少年兵の物語である『ガンダム』は歴史の虚構化を担うことで、つまり現実の革命なき時代を生きる少年の等身大の内面を描くことで、戦後アニメの思春期を担ったのだ。ではその「アニメの思春期」はいかにして可能になったのだろうか。 当時のアニメブームの文脈において『ガンダム』第一作は、まず物語的にも演出的にもアニメーションの描写水準を引き上げた作品として認識されていた。そしてその映像は、ファンたちによって「リアル」だと評価されていた。当時のアニメ専門誌の記述やその関係者の証言では、人物描写の詳細な演出、仮想の歴史(宇宙世紀)と仮想の科学設定による未来社会のシミュレーションの徹底、そしてロボットを戦車や戦闘機のような近代的な軍用兵器として扱ったこと(モビルスーツ)などが『ガンダム』の「リアル」な要素として挙げられている。 しかし、ここで重要なのはこれらの要素によって与えられる感覚を彼らがなぜ「リアル」だと感じられていたかということだ。 本来はアニメーションという虚構性の高い表現手法と「リアリティのある」ことは結びつきづらい。しかし、『ガンダム』はアニメーションだからこそこの時代に強く作用するリアリズムを獲得できたのだ。 ここでは、『ガンダム』の革新性を便宜的に以下の 3点に集約したい。第一にアニメーションの特性を活かした(逆手に取ることで成立した)精密な演出に基づいた独特のリアリズム、第二に宇宙世紀という架空の歴史設定を背景にした仮想現実の構築、そして第三にブームの中で国内の模型市場に革命を起こすことになる「モビルスーツ」という新しいロボット像の発明──この三つの要素が複雑に関係しあうことで『ガンダム』は戦後アニメーションの描写水準とその社会的機能を大きく更新したと言える。 では、三つの要素について順に考えてみよう。 6 フィルムとしての『ガンダム』 恐らく『ガンダム』第一作をいま再見したとき、多くの観客はその演出の、とくに登場人物の関係性の描写の緻密さに驚くことになるだろう(私自身も小学生のころにこの『ガンダム』第一作をビデオソフトで観たときの最初の感想は、主人公たちの言動の一つひとつが実写の映画やテレビドラマ以上に生々しい、というものだった)。 例えば氷川竜介は『フィルムとしてのガンダム』で富野による人物描写とその演出を詳細に分析している。ここで氷川が取り上げるのは、例えば軍艦のエレベーターの中で交わされる登場人物同士の、ほんの数十秒の会話だ。氷川はこの一瞬の会話のやり取りと、ほぼ登場人物が直立して会話しているアニメーションの芝居だけで、富野がクルー同士の複雑な人間関係を過剰なほど緻密に描写していることを指摘している(* 11)。 そしてこうした演出の高い精度はアニメーション「だからこそ」可能になったものに他ならない。富野はここでアニメーションというもっともコントローラブルな映像表現を用いることで、実写映画以上の自然主義的リアリズムの精度を獲得している、と言える。一般論を述べれば物語とは人間間に共有されやすいように現実の複雑性と情報量を作家の意図によって整理、統合したものであり、物語におけるリアリティとは物語的な整理と統合を維持したまま現実に匹敵する複雑性と情報量を獲得することと同義だ。実写映画の場合、この複雑性と情報量はある程度はロケーション、セット、小道具などの環境設定、俳優の演技、そして監督の演出によって複合的に決定されるが、アニメーションにおいては監督の演出がこれらの全ての要素をかなりの割合で決定し得る。アニメーションとは、もっとも効率よく映画的リアリズムを獲得し得る表現手法なのだ。富野はアニメーションのコントローラブルな性質を用いて、実写のそれよりも解像度の高い演出を施していると言える。 こうしたアニメーションならではの演出家の高い支配力を用い、より高い精度で映画的リアリズムを獲得する、という 70年代に高畑勲が確立した手法を、富野はロボットアニメというもっとも自然主義的リアリズムから遠いと目されていたジャンルに応用し、まるで、もう一つの歴史の中を登場人物たちが生きているような仮想現実の構築に成功したのだ。 しかし同時に、富野の演出は確実にそこから一歩踏み込んでいた。 例えば富野は心情を、登場人物にそのまま新劇的な台詞として口にさせるという演出を多用する。「認めたくないものだな、自分自身の、若さ故の過ちというものを」「ごめんよ、まだ僕には帰れる所があるんだ。こんなに嬉しいことはない。わかってくれるよね?」といった台詞がその代表例だが、これらは内面の声としてではなく、登場人物の独り言として、物語のポイントとなるエモーショナルなシーンで頻出する。ここでは、観客に登場人物の内面を台詞として語りかける演劇的なリアリズムが、映画的、自然主義的なリアリズムの中に介入しているのだ。 この演劇的なリアリズムの介入によって、高すぎる解像度をもつがゆえに乖離しがちな富野のアニメーションは、メタレベルで統合されることになる。『ガンダム』では(現実同様に)作中で説明されない造語や固有名詞が登場人物の口から頻出するが、それでも観客が物語を追うことが可能なのはこうした介入によって登場人物の心情が直接的に語られるからだ。 富野はその後「アニメの表現ってものすごく高性能なんです」とインタビューで口にしている(* 12)。そして富野はその「性能」を駆使して、異なるリアリズムを一つのカットの中に混在させることに成功している。このような「アニメの性能」を駆使した演出が、実写映画以上の「高い解像度」をもった描写を支えているのだ。宮崎駿が自然主義的リアリズムと記号的リアリズムとを往復することで、アニメーションの快楽を強調したのとは対照的に、この時期の富野はアニメーションの性能を用いて実写映画以上に解像度の高いリアリズムと、物語をメタレベルから語る演劇的なリアリズムとの融合を実現したのだ。 7 もう一つの歴史としての「宇宙世紀」 そしてこうしたアニメーションの性能を駆使したリアリズムを世界観のレベルで裏付けたのが、「宇宙世紀」という架空年代記の設定だ。『機動戦士ガンダム』シリーズの最大の特色は、架空年代記をその物語背景に設定し、もう一つの歴史、もう一つの社会を綿密に構築したことだ。 富野は同作で、ロボットの実在する世界をシミュレートするという『ザンボット 3』の方法論をより徹底する。この、より徹底されたシミュレーションを可能にする場として設定されたのが人類の宇宙進出時代における架空の歴史 =宇宙世紀という架空年代記だった。 この仮想歴史の中で、登場人物たちはまさに「子を産み、育て、そして死んでいった」とされ、劇中で描かれるのはその歴史の一場面に過ぎない──それが物語としての『ガンダム』の語り口であり、現実以上に高い解像度をもった描写は、もう一つの現実、もう一つの歴史を仮定し、そこに生きる人々の行動を仮想現実内で徹底的にシミュレートすることによって成立していた。富野は主人公アムロ・レイや、その宿敵シャア・アズナブルといった人物たちが実在すると仮定し、膨大かつ綿密な設定を施し、彼らならばこう行動するだろう、というシミュレーションから物語を組み立てていったのだ。そしてこの仮想現実内にもう一つの歴史を想定し、そこに生きる人々の生をも想定すること──登場人物たちを歴史上の人物と同等に扱うこと──は『ガンダム』に架空年代記のもつある機能を強く主張させる結果に結びついた。 それは、現実の歴史から失われつつあった個人の生を意味づける「大きな物語」としての機能だ。「政治の季節」の退潮と消費社会の進行──70年代は先進国の社会で「大きな物語」の機能が低下していった時代であったが、その終わりに出現した『ガンダム』の架空年代記は現実の歴史が非物語化する情況下において、物語的な歴史 =大きな物語への欲望を虚構に求めつつあった時代の要請に結果的に応えるものだった。団塊世代の男性たちが自分も幕末に生まれていれば坂本龍馬のように生きたかったと冗談を口にするように、団塊ジュニアの男性たちは自分も宇宙世紀に生まれていればシャアのように生きたかった、と冗談を口にする。宇宙世紀という偽史の構築は、アニメーションという虚構性の高い表現で、ファンタジーで、現実の日本の消費社会下ではなかなか成立しない「大きな物語」のつくる熱い社会を仮構することを可能にしたのだ。こうして『ガンダム』は「ファンタジーだけが本当のことを描くことができる」という戦後アニメーションの命題(「ゴジラの命題」)を正面から引き受けた作品として結実した。 この「宇宙世紀」の導入によって、『ガンダム』は以前の富野の作品群とは虚構の機能の面で大きく変化したと言える。特に、戦後ロボットアニメが負わされてきた少年のビルドゥングスロマンとしての機能は、決定的に変化している。 トリトンや神勝平は、正しく物語の中を生きる主人公だった。彼らの生きる物語が現実に衝突し、内側から壊れていく過程に直面し、物語化できない現実を受け入れることで大人になっていった。 しかしアムロは違う。アムロは最初から、現実と同程度に混乱し、複雑化し、そして少なくとも勧善懲悪のお伽話のような物語化はできない歴史をもつ社会 =宇宙世紀の中に投げ出されていた。 その意味において、アムロは最初から現実を生きていた。正確には綿密に構築されたもう一つの仮想現実 =宇宙世紀を生きていた。だからアムロには、トリトンや神勝平のように物語 =アニメの外側に出ることで成長する、という回路は存在しなかった。その代わりアムロは宇宙世紀というもう一つの歴史と社会の内部で、とりあえずは成長することができた。空襲に巻き込まれ、成り行きからモビルスーツのパイロットになったアムロが、やがてエースパイロットに成長していく。そう、アムロは架空年代記の中で名も無き少年兵から歴史の当事者となることで成長していくのだ。勧善懲悪の物語がその不可能性 =現実に直面することで破綻する通過儀礼的な回路から、この時代に失われつつあった個人の生に意味を与える歴史の代替物へ、富野はロボットアニメの機能を進化させたのだ。 日本的ロボットアニメのフォーマットを利用したゲリラ戦の、戦後アニメーションの呪縛を逆手に取って、アニメだからこそ可能なアプローチで現実を描くという方法論として、富野は完全に現実と切り離された架空年代記の中で戦後の消費社会下においてはなかなか成立できなくなった近代的なビルドゥングスロマンを成立させることに成功した。しかし、その試みは富野自身によって裏切られていくのだ。具体的にそれは『ガンダム』の物語終盤に導入された「ニュータイプ」という概念によって。 8 奇形児としてのモビルスーツ「宇宙世紀」と並び『ガンダム』の世界を決定づけた装置として、重要な役割を果たしたのが、同シリーズにおけるロボット兵器 =モビルスーツという概念だ。『ガンダム』においてロボットは、徹底して戦車や戦闘機と同じような軍事兵器として描かれる。これはアメリカの SF小説家ロバート・ A・ハインラインの『宇宙の戦士』( 1959)に登場する宇宙服型ロボット兵器(パワードスーツ)に着想を得たもので、直接的には同作の日本語訳版( 1977年にハヤカワ文庫より発売)のスタジオぬえの挿画が原型となっている。現在においては極めてオーソドックスな描写であるが、これが当時は革新的だった。富野はこのとき日本的な「乗り物」としてのロボットを「モビルスーツ」と呼び換えることで、軍事兵器 =工業製品として定義しなおしたのだ。 日本的「ロボット」が男子児童の成長願望に訴えた巨大な身体を仮構する回路であることは第 2部で指摘した通りだ。『機動戦士ガンダム』が放映された 1979年は 70年代のロボットアニメブームの延長線上にあり、このブーム下で富野は『勇者ライディーン』の監督(前半)をはじめ数作品の演出に参加しており、『ガンダム』放映の直前には『無敵超人ザンボット 3』『無敵鋼人ダイターン 3』の監督を務めスマッシュヒットを飛ばしていたことは既に述べた。富野のみならず、制作陣の多くが 70年代のロボットアニメブームの担い手であり、その意味においては『ガンダム』は『マジンガー Z』から始まるロボットアニメブームの血を直接的に受け継いでいた。そして問題はこのロボットアニメブームの流れの中に生まれた作品が同時にこのジャンルの奇形児でもあったことだ。『ガンダム』の主人公アムロは、従来のロボットアニメの主人公たち──『鉄人 28号』の金田正太郎や『マジンガー Z』の兜甲児──と同じように「父」的な存在からその身体を拡張してくれる機械の依代を預かることになる。「父」とはときに少年の壁として存在し、少年はその抑圧に抵抗することで大人に成熟(父殺し)する。また「父」はあるいは家庭外の論理をもたらし、少年に社会化を促す。機械 =虚構をもってして成熟を仮構すべく父親が開発したロボット兵器、それがアムロにとってのガンダムだった。しかし、正太郎の父や甲児の祖父が「科学のつくる明るい未来」を体現していたのとは対照的に、アムロの父はむしろそんな歴史観に支えられた父性の不可能性こそを体現する存在として登場する。 物語冒頭、敵軍の空襲を受け避難するアムロはその過程で軍事技術者である父親に遭遇する。そこでアムロは父が避難民より新兵器ガンダムを優先して敵軍から守るように指示する現場を目撃してしまう。アムロは父に食ってかかる。「父さんは人間よりモビルスーツの方が大切なんですか」と。この後、空襲が続きアムロと父親は離れ離れになる。このときの父への感情──軍人であるにもかかわらず、避難民を守ろうとしないことへの反発──がこの後アムロがガンダムを操縦する動機の一つになる。そしてアムロの父はガンダムの戦闘に巻き込まれて行方不明になり、物語後半まで登場しない。 アムロはその後、少年兵でありながらもエースパイロットとして成長する。一方、アムロの父親は第 1話の事故で一種の宇宙病を患い、後半に再登場した際には精神に疾患を抱えており、最後は息子に看取られることもなく錯乱の果てに階段から転げ落ちて死亡する(また、そもそもアムロの家庭は崩壊しており、物語中盤に別居している母親が登場する)。 金田正太郎や兜甲児が「偉大な(祖)父」に与えられた世界でたった 1機の「スーパーロボット」を操ってその成長願望を満たしたのに対し、アムロは「矮小な父」が家庭を顧みずに没頭した「工業製品」を操り、しかもその過程で父を捨てることで思春期のナルシシズムを実現するキャラクターとなっていったのだ。 拡張された身体であるにもかかわらず、それは工業製品にすぎない──ガンダムは第一に機械の身体で成熟を仮構する日本的「ロボット」の直系でありながら、第二にそれが「矮小な父」に与えられた工業製品にすぎないという自虐を孕む存在だ。これはいわば、戦後日本人男性のゆがんだマチズモの軟着陸先として──「 12歳の少年」の慰みものとして──発展した日本的アニメロボットに対する自己批評的な再定義だとすら言えるだろう。 このロボットという回路へのメタ的なアプローチについては、自身も 70年代ロボットアニメブームの当事者である富野は、インタビューなどで繰り返し当時のロボットアニメが玩具の販売を目的にした事実上のコマーシャル・フィルムであったことを強調し、『ガンダム』がその制約の中で作品それ自体の独立を模索したものであることを述べている。『ガンダム』のこうしたメタ的なアプローチは、当時のテレビアニメーションが置かれた商業的制約に対する富野の批判意識がもたらしたものだ。 日本的「ロボット」とは近代的な男性性を仮構する回路であり、そしてモビルスーツとは同時に消費社会下におけるそんな男性性のゆらぎを体現する存在だ。よって、こうした背景に自覚的であるならばそれは男性のアイデンティティを保証するものであると同時に、揺るがすものでなければならない。モビルスーツは、「父」から「子」に与えられるたった一つの身体ではなく、大量生産される工業製品( =玩具?)でなければならないのだ。だからこそ、モビルスーツという人型の兵器を操縦するのは基本的に男性パイロットでなければならず、女性パイロットは人型「ではない」兵器群が与えられたのだし、その後の続篇たちではこの「法則」が露悪的に破壊されることになったのだ(* 13)。 例えば、主人公アムロの操る「ガンダム」は試作機が 1機しかないという、同作の水準を考えればリアリティを欠いた設定を用い、例外的に工業品でありながらアイデンティティを記述し得る特別な(世界でたった一つの)身体を確保している。言い換えれば、矮小な父に与えられた工業製品を用いながらもそのアイデンティティを記述し得る存在として主人公のアムロは設定されているのだ。 そしてこの設定を可能にしているのが、『ガンダム』の世界観を決定づけ、その後の膨大な続篇群を、ひいては富野自身をも呪縛した「ニュータイプ」という概念だった。 9 革命なき世界と「ニュータイプ」の思想「ニュータイプ」とはそもそも少年兵アムロが短い期間でエースパイロットに急成長する展開に説得力を与えるための設定だ。その表面的な描写は『スター・ウォーズ』( 1978年日本公開)に登場する「フォース」の影響が強く、その物語上の解釈には国内的には当時のオカルトブームの、国外的には『スター・ウォーズ』同様に 60年代、 70年代のアメリカのヒッピーカルチャー、ニューエイジの影響が見られる。具体的には非言語的、精神感応コミュニケーションによって、誤解なく他者と直感的に分かり合えるという海外で受容された「禅」のイメージ、また、宇宙進出によって人類の潜在能力が開花するという擬似科学的なモチーフがこれに当たる。革命という物語が敗北した後に訪れた、「世の中ではなく自己の内面を変える」という世界的なユースカルチャーの潮流の変化の中で、ニュータイプという概念は成立したのだ。 ここで重要なのは、富野がその超能力を認識力の拡大と定義し、描いたことだ。『ガンダム』に登場するニュータイプとは空間を超越し、非言語的なコミュニケーションによって他者の存在を、それも無意識のレベルまで正確に認識することができる存在だ。これは宇宙の環境に人類が適応し始めたときに進化論的に発生する、人類の認識力の拡大と定義された。「ニュータイプ」の描写はその後制作される膨大な『ガンダム』の続篇群の中で大きく変貌するが、その基本的な性質──空間を超えた非言語コミュニケーション──は変わっていない。広大な宇宙空間の、圧倒的な距離を超えて人間が他の人間の存在を察知し、その意思と意思が直接的に触れ合う──まるで情報ネットワークに覆われた現代社会を予見するかのようなイメージだと感じるのは、私だけではあるまい。 そして実際に「ニュータイプ」とは当時の新しい情報環境と消費社会の進行に適応した新しい感性をもつ世代の比喩としても受け取られ、富野もブームの中でその事実を自覚し、アニメブームの旗手としてその現象に積極的にコミットしていった。 そう、ニュータイプとは消費社会下において、ロボット =虚構 =メディアを用いて成熟することなく社会にコミットする新世代 =ネオテニー的存在を意味する概念でもあった。その結果、主人公のアムロはニュータイプに「覚醒」し、大人になることなく少年のまま敵軍のベテランパイロットたち =大人の男を撃破していくことになる。 戦後下の日本文化が育んだ日本的アニメロボットの孕むアイロニーを自己批評的に継承した『ガンダム』は、同時に工業製品( ≒ニューメディア)を通じて(「成熟」することなく「覚醒」することで)進化する世代 =ニュータイプという新しい、そしてアイロニカルな回路を提示したのだ。『ザンボット 3』はロボットアニメというファンタジーを用いて逆説的に自然主義的リアリズムを表現するという、『ダイターン 3』は日本的ロボットという身体観を自己否定することで成熟像を提示するというアイロニーの表現だった。これらは言い換えれば「 ~ではない」という形式での表現であったのだが、『ガンダム』における「ニュータイプ」という概念の提示は初めて「 ~である」というかたちで富野が示した「回答」でもあった。 トリトンや神勝平が記号的リアリズムで描かれる勧善懲悪のお伽話(ロボットアニメ)の世界に暴力的に自然主義的リアリズムを持ち込まれその世界が崩壊することで外部(現実)に脱出 =成長したのに対し、宇宙世紀というリアルな架空年代記の中を生きるアムロは同じような回路を用いてその外部に出ることはできない。その代わりに導入されたのがニュータイプという超越的な存在への「覚醒」だった。 繰り返すがニュータイプとは、少年兵アムロがエースとして急成長する理由づけのために導入された設定にすぎない。しかし、だからこそニュータイプという概念は成長物語としての『ガンダム』の性質を決定づけるものになった。その結果、同作はアムロの社会化を描く前半と、ニュータイプとしての覚醒が描かれる後半とでは物語のトーンが大きく変貌している(この落差は、テレビ版の再編集をベースとした劇場版 3部作の前半 2部と最後の 1部との違いに、より顕著に表れている)。 このニュータイプという概念は当時のアニメブーム下で、「新世紀宣言」的に時代の精神と重ね合わされる一方で、そのあり方に疑問を挟む声も少なくなかった。例えばオーソドックスな成長物語が展開する劇場版第二作(『哀・戦士編』 1981年)を、観念的な展開が前面に出た劇場版第三作(『めぐりあい宇宙編』 1982年)よりも評価するファンも少なくなかったという。また、同作の作画のチーフを務めた安彦良和はニュータイプの概念とその描写について、マルクス主義のかたちを変えた反復であるとして苦言を呈している。全共闘運動への参加経験のある安彦はマルクス主義の代替物としてのニューエイジの匂いをニュータイプに嗅ぎとっていたのかもしれない(* 14)。『ガンダム』の前半で自ら証明してみせたように、綿密に構成された架空年代記の中で現実の社会と同じレベルのリアリズムで少年の成長物語を描くことも富野には可能であったはずだ。しかし富野はそうしなかった。アムロは近代的な大人の男に成長するのではなく、「ニュータイプ」という超越的な存在に覚醒した。「ニュータイプ」という超越的な概念を設定することで、富野はアニメを現実の歴史の代替物ではなく、現実には存在していないものごとを描く装置に引き戻しているのだ。言い換えれば「ニュータイプ」とは、偽史を、架空年代記を、ファンタジーを、現実の歴史と社会の代替物として機能させることで少年の成長物語を描くという『ガンダム』初期のコンセプトを、内部から破壊する設定だった。 宇宙世紀とモビルスーツ、二つの発明によって可能になった安全な箱庭の囲いを決壊させ現実世界と接続させてしまう危険な因子、それが「ニュータイプ」だった。そして富野自身もまた、自ら生み出したこの「ニュータイプ」という概念のもつ力に呪縛されていくことになるのだ。 この呪縛を、ここではひとまず「ララァ・スンの呪縛」と呼んでおきたい。ララァ・スンとは『ガンダム』第一作の終盤に登場するニュータイプの少女だ。ララァはシャアにその才能を見出され、最強の敵としてアムロの前に現れる。戦場でアムロとララァの間にはニュータイプ同士の共振が発生し、ニュータイプとしては不完全なシャアはその共振を憎悪する。アムロとの共振とシャアへの愛との間に置かれたララァは、シャアを庇い戦死する──。このララァについてのエピソードと描写は作中でのニュータイプという概念の発展を方向づけたものだ。空間を超越して人間の意思と意思が直接、非言語的に接触する誤解なき完全なコミュニケーション──アムロにとってララァの存在はニュータイプの可能性そのものだった。そしてアムロはララァとの共振で見出したニュータイプの可能性を擬似家族的な共同体に着地させることになる。『ガンダム』第一作の最終回──アムロはニュータイプの力で戦場の仲間たちの意識に直接語りかけ、彼らを一人一人救出していく。そしてアムロ自身もまた、仲間たちのもとに帰っていく。「ごめんよ、まだ僕には帰れる所があるんだ。こんなに嬉しいことはない」──このアムロの最後の台詞は『ガンダム』という物語の着地点を示している。 家族の、とくに「父」の喪失から始まった──「父」から与えられた身体が実は工業製品に過ぎないというアイロニーから始まった──この物語の着地点は、家族的なものを超越する擬似家族的な共同体への希望として示されたのだ。ニュータイプとは空間を超越した非言語的なコミュニケーションを可能にする存在だ。そして富野はニュータイプの新しいコミュニケーションのイメージを、家族的なものからの超越に象徴させた。血の呪縛を超え、自ら選びとることのできる擬似家族的な共同体を「帰れる所」とできること──それがニュータイプの、一つのあるべき姿として提示されたのだ。ここで家族/擬似家族という対比が用いられたのは、戦後ロボットアニメが本質的に父性をめぐるイメージでつくられていたことを考えれば必然的なことだ。「父」に与えられた唯一無二の身体 =スーパーロボットから、「父」の喪失の結果としての工業製品 =モビルスーツへ(世界の構造の変化)。近代的な「人間」への成熟から、ニュータイプへの覚醒へ(変化への適応)。そして、家族から擬似家族──人間の世界を制約するさまざまな呪縛から解放された、遠くどこまでも届く共振の可能性(適応後に実現すべき理想)──へ。それが、富野がニュータイプという概念を用いて示した新時代の思想だった。 しかし、富野という作家の本質は自身が提示したこの理想を、他の誰よりも自分自身が信じられなかったことにある。それは具体的にはもう一人の主人公 =シャア・アズナブルの絶望として(そして、その後つくられていく膨大な続篇群において)表現されていく。 そう、不完全なニュータイプであるシャアにとって、ララァの存在とその喪失はアムロとは全く別の意味をもっていた。亡父の復讐にも宇宙移民者の独立にも、究極的には意味を見出せず、ニヒリズムに蝕まれたシャアにとって、ニュータイプという人類の可能性は唯一の突破口だった。しかし、シャア自身はニュータイプとしては不完全な存在であり、その不完全さを補完するのが完全なニュータイプであるララァの存在(への性愛的な所有による依存)だった。シャアにとってララァの存在とニュータイプの可能性とはむしろ一対一の閉じた性愛関係を構築することでの救済であった。それはニュータイプを、アムロの手にした可能性とは逆に、家族的なものの回復に引き寄せるものだった。ララァとアムロの共振、つまりニュータイプの家族的なものからの離陸、そして彼女の死は、シャアの救済の可能性を決定的に喪失させた。そして宇宙世紀の世界と富野由悠季という作家は、アムロの手にした希望ではなくシャアの陥った絶望 =ララァ・スンの呪縛によって支配されていくことになるのだ。 10 「ニュータイプ」から「イデ」へ『ガンダム』の社会現象化は富野を時代の寵児に祭り上げた。当時のアニメブームの中核に富野と『ガンダム』は存在し、専門誌には毎号のようにその発言が掲載され、「アトムの汚し屋」「絵コンテ 1000本切り」と自嘲していた男は一種のカリスマ的な存在と化しつつあった。 そして『ガンダム』の社会現象化に並行して富野が手がけていたもう一つの作品がある。それが『伝説巨神イデオン』( 1980 ~ 81)だ。『ガンダム』テレビ放映打ち切りの直後から他局で放送が開始された同作もまた、視聴率と玩具販売の不振から打ち切りとなる。しかし、『ガンダム』の評価に引きずられるかたちでファンコミュニティでの評価が高まり、テレビ版の総集篇(『接触篇』)と、新作の完結篇(『発動篇』)の 2部構成からなる劇場版が 1982年に公開され、アニメブームを代表する作品の一つとなった。そしてこの『イデオン』は富野作品として、いや戦後アニメーションとしてもあまりに特異な、ほとんど空前絶後の存在でもあった。 物語は人類が外宇宙に植民を開始した遥かな未来、植民星の一つ(ソロ星)から始まる。そこで人類は太古に存在したと思われる宇宙人(第六文明人)の遺跡を発見する。宇宙船(ソロシップ)と巨大ロボット(イデオン)からなるその遺跡は未知の、そして無限のエネルギー「イデ」で駆動し、そして宇宙全体を滅ぼし得るほどの絶大な威力を発揮する最終兵器だ。 地球人たちはその遺跡の全貌を摑めない状態で、遺跡の調査に現れた宇宙人バッフ・クランと接触し戦争状態に突入してしまう。主人公の少年ユウキ・コスモたちソロ星の遺跡調査チームはなりゆきでソロシップとイデオンを起動し、そのシステムを解明しながらバッフ・クランの宇宙艦隊からの逃亡を繰り返す。そしてその逃亡劇の中で「イデ」が自ら意思と生存本能をもち、進化を志向する存在であること、さらには「イデ」を生み出した第六文明人がその制御に失敗して滅亡したことが明らかになっていく。「イデ」とは人間の集合無意識をエネルギーに変換するシステムであり、その自己進化のためにより高次の精神をもった知的生命体を要求し続ける性質がある。恐らくは第六文明人は自らが生み出した「イデ」が要求する高次に進化できなかったために「イデ」によって滅ぼされていることが推測され、コスモたちは自分たちが第六文明人と同じ滅亡への道を歩みつつあることを自覚しながらも、運命に導かれるように逃亡と闘争を続けていくことになる。そして流れ着いた宇宙の果てでのバッフ・クランとの最終戦争の最中に「イデ」は発動し、地球人とバッフ・クラン、双方の人類は滅亡してしまう。 富野は「ニュータイプ」という人類の認識力的な進化を希望的に描いた『ガンダム』から一転して、この『イデオン』ではむしろニュータイプになれない人類が神の試練を克服することができずに滅亡する、という物語を描いたのだ。「イデ」が人類に要求する高次の精神とは、恐らくはニュータイプ的なものだ。それは『イデオン』の劇中で、人類を破滅へと導く最終戦争が、人間の業──破壊と殺戮の快楽から、恋愛や生殖といった家族的なものと結びついた感情まで──を遠因としていることからも明らかだ。地球人とバッフ・クラン、二つの人類の最終戦争の発端になるのはカララという奔放な少女の恋愛感情であり、そして戦争の拡大の背景には異星人の子供を宿すことになったカララを赦すことのできない父と姉の感情が存在する。『ガンダム』において「ニュータイプ」が家族的なものから離脱して、擬似家族的な共同体と結びつけられていたように、『イデオン』では血縁や生殖といった家族的な想像力に人間の業を代表させ、「イデ」は人類にそれを超克することを要求したのだ。「ニュータイプ」とは認識力の拡大によって、言語を超えた次元でのコミュニケーションと相互理解を可能とする存在、と定義されていた。それは繰り返し指摘するように、『ガンダム』の物語展開上の要請から導入された概念だった。これはすなわち、人類の進化というテーマはむしろ企画時から「イデ」という概念が設定された本作でこそ問われたことを意味する。劇中の描写を考えても、それは明らかだ。同作では「イデ」の意思は二つの人類──地球人とバッフ・クランを、直径何千、何万光年という広大な宇宙の規模を無視して「偶然」を装って繰り返し遭遇させている。「ニュータイプ」たちが非言語的なコミュニケーションによって空間を超越して他者の存在を認識するように、「イデ」もまた空間を超越して二つの人類を──それも因果の糸を絡ませ、戦火がより拡大するように「偶然」出会わせる。もちろん、これは二つの人類を接触させることで物語を展開するための方便にすぎない。しかし富野は「ニュータイプ」がそうであったように「イデ」のこうした物語の要請に応じた設定に意味を与えた。それは、言ってみれば「イデ」を人類の「ニュータイプ」への進化を促す「試す」神──システムとして描いた、ということだ。「イデ」とはニュータイプへの進化を人類に要求すべく破滅的な力とそれを行使する最終戦争をもたらすシステムであり、そして『イデオン』という作品はその神に与えられた試練の中でもがく人類を描いた作品に他ならない。 ここで注目すべき点が二つある。まず一つは同作が戦後ロボットアニメの文法から決定的に逸脱していることだ。「ニュータイプ」から「イデ」への変化は、富野が進化論的な問題設定の力点を人間の内面から世界のシステムへと移行したことを意味した。そしてその結果『イデオン』においては、ロボットは人間の身体の拡張としての意味を失った。戦後ロボットアニメが、人工知能を失い少年に操縦される存在となることで、そのマチズモを仮構する偽りの身体として機能してきたことは再三指摘した通りだ。しかし、玩具会社によるデザインが先行していたという、全高 100メートル超のこのイデオンという巨大ロボットには、「イデ」と呼ばれる意思が宿っている。より正確には、それはかつて滅んだ人類の集合無意識の生むエネルギーによって駆動するロボットであり、そして物語はイデオンの力を制御できない人類たちが、最終戦争を経て滅亡していく過程を描いていくことになる。このとき富野はそれを集合無意識(の暴走) =イデオンとして表現したのだ。集合無意識を集積する非人格的なシステム──それは当時においては肥大する消費社会、資本主義そのものであったはずだし、今日においては情報ネットワークを強く想起させる。 富野由悠季は恐らく史上初めて集合無意識による自律的なシステムとしてロボットを描いた存在だ。人類が自ら生み出しながらも制御することができず、自ら肥大していく巨大なシステム──こうした人造神としての巨大ロボットであるイデオンは登場したのだ。そして今日に至るまで、このイデオンというロボットの正統な後継者は存在しない。イデオンは戦後ロボットアニメの最盛期に登場しながらも、これまでのどのロボットとも隔絶された特異点であり、現在に至ってもそうあり続けている存在なのだ。 そしてもう一つは『イデオン』の結末で富野が母胎回帰的なモチーフを前面化したことだ。「イデ」は人間の意思ではなく無意識に、とくに子供の防衛本能に強く反応するものとして描かれていた。以降、富野は子供の純粋な無意識を人間の自意識とその愚かさの対極に配置して神聖視する傾向が強くなるが、同作の完結篇である『発動篇』では、バッフ・クラン人カララと地球人ベスの間に生まれた子供(メシア =救世主と名付けられる!)が、滅亡後の人類の魂を導き、新生した宇宙に転生するという輪廻転生的なイメージで締めくくられる。主人公のコスモ少年をはじめとする登場人物たちは死亡して幽体となることで、これまでのエゴイスティックで愚かな人物造形を忘れ去ったかのように解放され、和解を実現する。 ここで家族的なものからの離陸を志向していたはずの富野は、その超越性を「母」的なものに接続させてしまった。イデオンという戦後のゆがんだ男性性の呪縛から離脱したロボットを、人類は(ニュータイプに覚醒することで)制御することができず、母胎回帰することでしか救済されなかった、と考えることもできるだろう。このとき、富野は『ガンダム』第一作で提示した「ニュータイプ」的なものをアムロの着地した希望(擬似家族)ではなくシャアの陥った絶望(母胎回帰)に結びつけたのだ。そして、以降の富野作品では母性が、とくに妊娠や新生児といったものがかなり直接的に超越性と結びつけられていく。男たちは「母」の愛に飢え続け、女たちは「母」になることを望み、「母」になれない女たちは憎悪にとらわれることになる。妊娠中の女性は無条件で絶対的な存在として描かれ、最終的にはその存在自体の与えるプレッシャーで敵の強力なニュータイプをも無効化してしまうようになる。「ニュータイプ」から「イデ」へ──それは富野が戦後ロボットアニメを拡張する作業の中で要請された超越性──近代的な(男性)主体への「成長」とは異なった成熟のビジョン──を追求する中で必然的に発生した変化だった。しかしその過程で富野は「母」性的なものとその超越性を結びつけることになった。そして自ら生み出しながらも制御不可能なシステムの自己進化と、そのシステムに対峙するための母胎回帰という構造は、その後の富野由悠季と戦後ロボットアニメを、決定的に呪縛することになるのだ。 11 リアルロボットアニメの時代 その後、富野は『ガンダム』と同じ放送枠の監督に復帰し、 1982年から 86年まで 5年連続でロボットアニメの監督を務めることになる。その全てが、『ガンダム』の続篇、及び、その影響のもとロボットを戦車や戦闘機といった人間が操縦する兵器として描写する(今日でいうところの)リアルロボットアニメだった。富野以外が手がけた作品では、『超時空要塞マクロス』( 1982 ~ 83)、『装甲騎兵ボトムズ』( 1983 ~ 84)など、前述したように、この時期は『ガンダム』の社会現象化の影響によって、この種のリアルロボットアニメが急増した時代でもあった。 そのうちの幾つかは、『マクロス』しかり『ボトムズ』しかり、ロボットから身体拡張的な意味性を剝奪し、より「リアルに」道具として描く方向に舵を切った。これらのアニメではロボットは徹底して量産される工業製品として描写され、『ガンダム』では中途半端に残っていた少年の理想化された身体としてのロボット、依代としてのロボットという側面を大きく後退させていった。例えば『マクロス』では少年の社会化と成長の物語は相対的に脇に追いやられ、主人公が現役アイドルと美人上司のどちらと付き合うかで悩む、といったラブコメディの要素が前面化し、『ボトムズ』では既に完成された大人の男を主人公にしたハードボイルド的な物語が展開した。つまり、 80年代前半のリアルロボットアニメはロボットに付与された意味を減退させることでその物語表現の幅を拡大していった、と言えるだろう。 しかし当の富野自身は、その方向には舵を切らなかった。富野はあくまでロボットの「意味」を更新することで、リアルロボットアニメの表現領域の拡大を目論んだ。 具体的には『戦闘メカ ザブングル』( 1982 ~ 83)、『聖戦士ダンバイン』( 1983 ~ 84)、『重戦機エルガイム』( 1984 ~ 85)がそれに当たる。これらはいずれも商業的不振によるスポンサーの介入、富野自身を含むスタッフワークの不調などから脚本的にも演出的にも錯綜してしまっている。しかし同時にこれらの作品は、リアルロボットアニメの手法で表現できるものを拡大しようとした意欲作でもあった。 例えば『ザブングル』は富野が一度捨てたはずの記号的/マンガ的リアリズムと前述の富野的なリアリズムの接合が、『エルガイム』は永野護のデザインワークスを中心に「宇宙世紀」的な架空年代記の設定遊びの拡大が、コンセプトの一つとして試みられたといえる。そしてこの時期の富野の仕事の中でもっとも重要なものが、『聖戦士ダンバイン』だ。 12 「オーラバトラー」と肥大する自己幻想『聖戦士ダンバイン』は何よりも、当時日本ではまだ馴染みの薄かった「剣と魔法の世界」、中世ヨーロッパ風のヒロイック・ファンタジーの世界を、ロボットアニメに導入したことで知られている(というより、恐らく正確には『ダンバイン』こそが、国内におけるヒロイック・ファンタジー普及の端緒となった作品の一つだ)。『ダンバイン』の内容を簡単に紹介しよう。舞台は「バイストン・ウェル」と呼ばれる中世ヨーロッパ風の世界だ。そこは「海と大地の間にある」「人間の無意識と想像力が作り上げた世界」という観念的な設定が与えられているのだが、この異世界はあるときから現実社会(「地上」と呼ばれる)とつながりをもつようになり、物語開始時ではこの「地上」から召喚された人間たちによって現代工学と異世界の技術を融合してつくられた、人間の精神力(オーラ)で駆動するロボット兵器 =「オーラバトラー」が発明されている。 そしてバイストン・ウェルの人々はオーラの強い地上人をオーラバトラーのパイロット(聖戦士)として多数召喚し、戦争を繰り広げており、物語はこうして召喚された「聖戦士」の一人である日本人青年(ショウ・ザマ)を主人公に展開する。 当時の日本でヒロイック・ファンタジーが受け入れられなかったこともあり、『ダンバイン』は商業的に苦戦することになった。その結果として発生したのが、スポンサーの玩具メーカーによる富野たち制作サイドに対する内容変更の要求だった。具体的にその要請とはヒロイック・ファンタジー要素の後退と、メカニカルな現代戦要素の強化であり、そのため同作は物語後半で全てのオーラバトラーが地上世界にワープして東西冷戦下の国際情勢を巻き込みながら 80年代の世界で異世界の勢力が戦争を継続する、という突拍子もない展開を迎えることになる。 この時点で同作は作品としてほぼ破綻しているのだが、富野の身体/ロボット観はその破綻の結果、意外な形で表現されていく。 異世界バイストン・ウェルとは前述のとおり人間の集合無意識で形成された世界だ。そして人間の精神力で駆動するオーラバトラーの力はバイストン・ウェルの中では強く抑制されている。しかし、地上世界(この現実)においては何の抑制も受けない。そのためオーラバトラーは地上世界では圧倒的な戦闘力をもつ超兵器として機能する。パイロットの精神力に応じて発生するバリアは核爆発をも防ぎ、挙句の果てには巨大化(ハイパー化)して暴走することになる。『ザンボット 3』は戦後ロボットアニメの世界観が現実と衝突することで崩壊する物語だった。それは子供たちがアニメを通して現実に向き合う装置だった。対して『ガンダム』は空想の世界の上に現実と同等の、いや現実以上に生の実感を伴わせる綿密で物語性に富んだ架空年代記を構成し、視聴者をアニメの中に閉じ込めたまま擬似的に成長/覚醒させる装置だった。しかし『ガンダム』の変奏として企画されたはずの『ダンバイン』は、結果的にそのどちらでもないものに変質してしまった。本来、『ガンダム』の宇宙世紀のように空想の世界(バイストン・ウェル)の中で完結すべきはずのものが、現実に侵入してきてしまったのだ。 人間が手にした想像力、ファンタジーの世界の具現化──バイストン・ウェルとは当時急速に進化を遂げていたアニメ表現のようなものだ。そして人間の精神力のみで駆動するオーラバトラーは、誰もが「ニュータイプ」的な力を発揮することができる究極のロボットだ。同時に「イデ」が人類をニュータイプへの覚醒に導くシステムだとするのなら、オーラバトラーは現時点のオールドタイプたる人類に擬似的にニュータイプ的な力を付与する拡張身体のようなものだと言える。そして富野は「イデ」に試された人類と同じように(現時点の)人類がオーラバトラーによってその過大な力を得ることもまた、破滅への道を歩むと考えた。ただ、このときその破滅のイメージは「イデ」という巨大な/不可視のシステムに取り込まれるのではなく、個人の力がテクノロジーで増大することでもたらされるものへと変化していた。 後半の路線変更に先駆けて『ダンバイン』では中盤に一度、主人公が乗機のオーラバトラーごと、地上世界(故郷の東京)に一時的に帰還する、というエピソードがある。そこで主人公ショウ・ザマは、地上世界におけるオーラバトラーの強すぎる力に戸惑う。そして人類社会から迫害されたショウはもとの生活に戻ることを断念し、バイストン・ウェルに帰還する。 この時点での富野はアニメ的なもの、ロボット的なものはあくまで現実と切断されるべきものとして描いていた。バイストン・ウェルという異世界を宇宙世紀と同様の「もう一つの現実」 =仮想現実として描いていた。『ダンバイン』は現実と、そこから隔絶されたもう一つの世界とを主人公が往復することで効果的に浮き彫りになる人間の業と性質を描くはずの作品だったのだ。しかし商業的要請は二つの世界を強引に接続させた。 その結果『ダンバイン』の後半は、「もし、現実世界にオーラバトラーのようなアニメロボットが実現したら」という、本来は前述の「東京編」として物語中盤にわずかにアクセントとして挿入されるに留まるはずだったシミュレーション的な要素が前面化することになった。 少なくともこれまでの富野にとって「ニュータイプ」的なものは、現実と切断された虚構の世界 =仮想現実の中で示される思考実験的な進化のイメージだった。しかし「ニュータイプ」的なものがいまこの現実に、それも現代(放映当時)に侵入してきたことは、かつての『海のトリトン』『ザンボット 3』で発揮した虚構と現実との衝突による軋轢を用いるという手法が再浮上せざるを得ないことを意味した。そして物語後半にこの現実世界を舞台にロボットアニメを描かなければならなくなった富野は、オーラバトラーとその操縦者の暴走による破滅を反復して描くことになった。地上世界に出現したオーラバトラーと、それを操る聖戦士たちはその拡張された身体に引きずられるように、ある者は全能感に酔いしれ、ある者は復讐心を抑えきれずに、ある者は過剰に使命感を自覚することで、その精神を暴走させていく。そして物語は全てのオーラバトラーと異世界の住人たちが破滅(バイストン・ウェルへの「帰還」と表現される)し終幕を迎える。『ダンバイン』は富野によって再定義された戦後アニメロボットの、一つの完成形ではあっただろう。まず同作に登場するロボット =オーラバトラーからは男性性がほぼ脱臭されている。初代『ガンダム』のモビルスーツまでは辛うじて維持されていた男性性の表現としての人型の機械、という比喩はオーラバトラーではほぼ機能していない。前作『戦闘メカ ザブングル』から、富野作品においては人型のロボットに女性パイロットが当たり前のように乗り始めるが、『ダンバイン』ではこの傾向がより徹底された。一方で、人間の精神力でのみ駆動する同作におけるロボット =オーラバトラーは自我の拡張としてのロボット、依代としてのロボットという側面が肥大することになった。オーラバトラーとは、あらゆる側面で人間を自由にし、解放させる装置なのだ。 しかし現時点の、オールドタイプたる人類がその精神を自由に表現できる装置を手に入れたとき、そこに生まれるのは肥大した自我の暴走と、その自我たちの衝突である、というのが富野の結論だった。このように記述すると、今日においてまるでそれはソーシャルメディアにおける自我の肥大を予見したもののようにすら見えてくるが、ここで重要なのは富野がこの時期に得ていった身体観、拡張された自我と身体への畏れが、かつて自身が提唱した「ニュータイプ」という概念に大きな影を落としていったということだ。『ダンバイン』の時点では虚構の、仮想現実の、メディア的な身体の、「ニュータイプ」的なものの現実への侵入は商業的な要請によって、あくまでアニメーションの内部の設定として展開されたものだった。しかしその結果としてたどり着いた拡張身体による肥大した自己幻想の暴走という現実認識は、富野由悠季という作家を大きく方向づけることになった。時代は──80年代における消費社会と情報技術の急速な発展は──実際に「ニュータイプ」的なものの現実への侵入を実現しつつあった。そして、富野はこの現実を前に、「ニュータイプ」という概念を変質させていく。富野はこの後 1985年から断続的に『ガンダム』の続篇を制作し、宇宙世紀の架空年代記を更新し続けることになる。それは富野にとって、自身が更新したロボット =拡張身体と、自身が提唱した「ニュータイプ」という概念との苦闘の歴史の始まりだった。 13 カミーユ・ビダンはなぜ発狂しなければならなかったのか 「ニューガンダム? ニュータイプ? ニューシリーズ」 言いわけはやめる。 今回の企画が、かつてのガンダムファンから顰蹙をかっていることも承知している。[中略] しかし、青年は大人になる。 いやでも大人になり、いやでも組織のなかで硬直化した思考を強要される。 ならば、ウソでもいい、冗談でもかまわない。ニュータイプをやってやろうじゃないか、といったどぎつい台詞を出そうじゃないか。 そのためには、くり返しでもかまうものか。またガンダムなのだ、と自分にもいいきかせるのが、このニューガンダムなのだ。ゼータガンダムなのだ、ということだ。 ゼータガンダムの世界は、前作の七年後、八年に近い七年後の時代に設定をした。 当然、かつてのレギュラーメンバーたちは、それだけ年をとっている。[中略] おもしろいかどうかではない。 時代はこうなのだ、といった物語を手に入れたい。 そして、この苛酷な時代であるからこそ、それに対応できる己を見つけだしたいと願うのである(* 15)。 これは 1985年の『機動戦士 Ζガンダム』の放映開始時に、富野が雑誌に寄稿したものだ。 80年代前半のアニメブームの中心となったリアルロボットアニメの氾濫の中にあって、その生みの親である富野もまた、商業的にも作品評価的にも『ガンダム』に匹敵する成功を得ることはできなかった。こうして主に制作側に発生したのが、『ガンダム』の続篇を待望する声だった。 そして 1985年に満を持して登場した『 Ζガンダム』を、富野は時代に対する要請に応えるものとして位置づけていた。『ガンダム』第一作は宇宙世紀という仮想現実を現実の歴史の代替物として提示するというコンセプトが、時代への応答として機能した作品だった。しかしその 6年後の富野はそうは考えていなかった。この「檄文」からも明らかなように富野が宇宙世紀をもはや、仮想現実とは考えておらず、現実のこの社会の比喩として考えていたことは明らかだ。そしてニュータイプというものを、現代の消費社会への応答として機能する思想と位置づけていた。『ガンダム』第一作において仮想現実の中で戦後日本的ないびつな少年性の受け皿として機能していた宇宙世紀は、『 Ζガンダム』ではこうしたサブカルチャーの存在が肥大する時代に対する時評の道具となり、進化論として提示されたはずのニュータイプもまた、こうした時代の困難を超克するための思想という側面が拡大することになったのだ。 この変化は何によってもたらされたのか。 恐らくそれは「ニュータイプ」という概念が、本来現実から切断された虚構 =仮想現実として生まれた『ガンダム』の世界を現実と接続してしまったことに起因する。「ニュータイプ」という概念が富野の自覚以上に、その後に発展する社会の情報化のビジョンを先取的に描いていたことは繰り返し述べた通りだ。空間を超越して、人間の肥大した意識同士が衝突を繰り返す時代に、私たちはいままさに生きている。そしてこのニュータイプ化した世界で起こるのは『ガンダム』第一作で提示された誤解なき相互理解と調和の支配ではなく、『ダンバイン』で描かれた肥大したエゴの衝突がもたらす破壊の連鎖だった。『イデオン』から『ダンバイン』へと至る富野由悠季の想像力は、この現実の変化を他の誰よりも正確に察知していた。 そう、富野由悠季は、その想像力で消費/情報社会の展開と人間の変化をラディカルに予見していたのだ。しかしその予見の正確さゆえに、富野によるアニメーションは半ば現実に追いつかれ、仮想現実として、ファンタジーとして現実から独立する機能を失いつつあったと言える。そして現実から切断された虚構としての機能を失うことは、強い批判力を物語に与える一方で戦後(ロボット)アニメーションの文法の自己破壊をも意味した。虚構 =アニメーションだけが現実を描くことができるという戦後アニメーションのもう一つの命題(「ゴジラの命題」)は、このときに情報環境の変化によって機能しなくなり始めていたのだ。 その結果として、人類の革新を描き、アニメの新世紀の幕開けを告げた希望の物語──『ガンダム』第一作──から一転して、『 Ζガンダム』は宇宙世紀に生きる人々の体験する悲劇の歴史と、ニュータイプたちの絶望的な運命が描かれることになった。 『Zガンダム』の物語の舞台は『ガンダム』第一作の 7年後に設定された。アムロやシャアといった前作の登場人物たちもその分だけ年をとって登場する。『ガンダム』の社会現象化の当事者だった若者たちも大人になった 1985年に、劇中でニュータイプに覚醒し人類の革新の可能性を提示した若者たちも同じように青年期を終えつつある大人として描かれたのだ。 そして前作の社会現象化の中で国民的キャラクターとなったアムロやシャアといった英雄たちに、富野は苦渋に満ちた青年期を与えた。 例えば前作の主人公アムロは『 Ζガンダム』の時代には先の大戦の英雄として祭り上げられる一方で、そのニュータイプとしての能力を政府に警戒され、閑職に回されている。そのため 24歳になったアムロは人間的にほぼ壊死しており、劇中ではアムロが反政府運動への参加を通じて精神的なリハビリテーションを試みる姿が描かれることになる。 また一方、その宿敵であるシャアは 28歳になっている。前作では圧倒的な力でアムロの前に立ちはだかり、戦争を生きのびたシャアはこのとき反政府運動の中核として活動している。しかし表面的には理想を追求しながらも、実のところはララァを失ったことで前作以上にニヒリズムに蝕まれている彼は組織の期待に応えることなく、指導者として前面に立つことをためらい続けている。それでもシャアは偽善的な建前論が前面化しがちな所属組織の体質と支援を受ける軍事産業からの法外な要求に苛立ちながら戦い続けるが、最終的には自分の能力を超える若いニュータイプたちに敗れて失踪する。 そして輝きを失ったアムロとシャアに代わり、新世代のニュータイプとして登場したのが『 Ζガンダム』の主人公カミーユ・ビダンだ。物語の冒頭ではあくまで等身大の少年として登場したアムロとは異なり、物語開始時点でニュータイプの素養を見せるカミーユは、精神的にも不安定なエキセントリックな少年として描かれた。 空襲で焼け出され、避難の過程で半ばやむを得ずモビルスーツのパイロットになっていったアムロとは異なり、カミーユは思春期の不安定さから衝動的にシャアたちの展開する反政府運動に加わることになる。そして戦争の中でカミーユの精神は次第に摩耗し、最終回ではついに発狂してしまう(当然だが、主人公が発狂するという結末は当時のテレビアニメでも極めて異例のことであり、放映時に小学生だった私も強い衝撃を受けた記憶がある)。 このカミーユの発狂へと至る過程で、前作では希望として提示されたニュータイプたちの感応による誤解なき相互理解のビジョンも、『 Ζガンダム』では完全に否定される。 例えば『ガンダム』第一作の終盤でアムロはララァ・スンとニュータイプ同士の感応を経験する。ここでアムロは、一瞬だけだが空間を超越した非言語的なコミュニケーションによる誤解なき相互理解を経験し、この体験が物語の中で、人類が進化すべき姿として希望的に提示される。そしてかつてのアムロと同じように、カミーユもまた敵のニュータイプ(ハマーン・カーン)との感応を経験することになる。だが前作とは異なり、彼らは感応を通じてむしろ互いにその存在を否定し合うようになる。ハマーンはカミーユとの感応を「他人の心に土足で踏み込む行為」として拒絶し、カミーユもまた彼女への憎悪を確認する。 ニュータイプ間の感応がもたらすもの、時空間を超越して人間の意識同士が非言語的に直接触れ合うことで発生するものは、誤解のない完全な相互理解ではなくむしろその逆──相容れない他者が存在するという認識と、その結果始まる負の連鎖──なのではないか。それが、『 Ζガンダム』の現実認識に他ならない。人間は媒介なく直接つながりすぎると、負の連鎖しか生まない──これは貨幣と情報のネットワークが世界をつなげすぎてしまった時代に生きる私たちにとっては、圧倒的にリアリティのある世界観のはずだ。しかし富野はここで予見的な想像力を発揮するその一方で、自ら提唱したニュータイプという概念を自己破壊しているのだ。 『Ζガンダム』の後半では、ニュータイプの超能力が初代『ガンダム』で提示された「認識力の拡大」から大きく逸脱し、それ以前のオカルトブームの影響下にある念動力や降霊術に近いものに後退している。具体的には精神力のバリアでビーム兵器を弾き返す、死者の意思を召喚して敵を金縛りにする、といった、初代『ガンダム』から『 Ζガンダム』前半にかけて維持されていたリアリズムからは大きく逸脱した描写が見られる。そして『 Ζガンダム』の最終回でカミーユはこうした「後退した」ニュータイプの能力を発揮して、敵のニュータイプ(パプテマス・シロッコ)と対決するのだが、このときのカミーユと彼が交信する死者の霊魂との会話を現在の視点から見ると愕然とさせられる。 ここでカミーユと死者たちは、「現実の世界での生き死ににこだわるから、一つのことにこだわるんだ」「あの中にいる人だって、すぐこうして解け合える」と目の前の敵の命を奪うことを、ある種の救済として肯定するのだ。 この思想は、ほとんどオウム真理教のポアの思想に近い。後にオウム真理教の広報が「オウムとはニュータイプのようなもの」と語ったことは先にも述べたが、富野は地下鉄サリン事件の 10年前にそれを正当化する思想を自作の中で展開していたことになる。そしてポアを実行したカミーユはその代償に精神を崩壊させ廃人となり、物語は悲劇的に幕を閉じる。 このニュータイプという概念の、後のオウム真理教に通じるありふれたオカルト、ニューエイジ的な超能力観への「後退」は、富野が人間の認識力の拡大を肯定的に描くことができなくなった結果発生したものだ。オーラバトラーが現実世界に出現したとき、そこに肥大したエゴたちの衝突が連鎖するディストピアが出現したように、富野はニュータイプたちの生きる宇宙世紀をディストピアとして描くしかなかったのだ。認識力の拡大はむしろ人間間の決定的な断絶を生む。それが、『 Ζガンダム』の時点における富野の現実認識だったのだ。 14 変質する「ニュータイプ」 少年に機械の、偽りの身体を与え擬似的にその成長願望を満たす戦後ロボットアニメという表現の構造を逆手に取って、アニメだからこそのアプローチで効果的に人間とその世界の悪や不条理を描くこと、それがかつての──『ガンダム』以前の富野由悠季の戦略だった。 そして初代『ガンダム』では宇宙世紀という架空であるがゆえにコントローラブルなもう一つの現実を構築する方向に富野は舵を切った。それは具体的には現実の歴史が失いつつある機能──個人の生を意味づけること──を「アニメの性能」を用いて代替すること、いや、現実の歴史以上のリアリティをもち個人の内面に強く作用する架空年代記を構築することだった。 言い換えればそれは、富野の表現のコンセプトがアニメという虚構を通して逆説的に現実に接続するということから、虚構の中に現実以上の現実を構築することに変化したということだった。 単純に考えるのならば富野はこの綿密に構成された架空年代記の中で(ときに現実の歴史と社会よりも強く機能するリアリティを用いて)成熟や老い、といったこれまでアニメーションが不得手としてきたもの(「アトムの命題」)を描くことになるはずだった。 しかし富野は、『ガンダム』でニュータイプという超越的な概念を導入し、(大人に)成熟するのではなく(ニュータイプに)覚醒する主人公を描いた。ニュータイプがもともと少年兵の急成長の理由としてでっち上げられた設定であったことを考えれば明らかなように、ニュータイプへの覚醒と大人への成熟は対立的な概念だ。富野はニュータイプという概念の導入によって、偽物の身体(モビルスーツ)と偽物の歴史(宇宙世紀)の中で人間が成熟する、という物語を回避したのだ。 これは、その後の富野以外の手による『ガンダム』シリーズや 80年代のブーム時に量産された『ガンダム』の亜流作品の多くがより戦記色を強めながら、架空年代記上でのオーソドックスな成長物語を反復していることを考えれば、どれほど異質なことか分かるだろう。 本来戦後ロボットアニメとは男子児童の成長願望に訴求した表現だった。そこに架空年代記を持ち込むことで虚構の中に留まったまま少年が機械仕掛けの偽りの身体を得て、ポストモダン化する現実での体験よりもリアリティのある成長物語を享受することを可能にしたのが『ガンダム』だった。 しかし富野はその可能性に自ら背を向けた。当時の発言を振り返ると、富野は『ガンダム』を現実の時代の中で失われたものを代替するための表現にするのではなく、むしろ時代に対応した表現を志向しようとしていたことが強く窺える。 では、当時の富野が現実以上のリアリティをもつ「宇宙世紀」と、「ニュータイプ」という概念で描こうとしたものは何か。ニュータイプは作中に登場する人類の進化形であると同時に、新しい情報環境と消費社会に適応した感性をもつ当時の若者世代の比喩でもあった。しかし『ダンバイン』の後半で現実世界に出現したファンタジーの世界の住人たちが暴走し、自滅していったことに象徴されるように、この時期の富野は人間の認識力の拡大を初代『ガンダム』が提示したような希望に満ちたものとしては描けなくなっていた。むしろテクノロジーによって拡張された人間の意識がより深い断絶を生むというのがこの時期の富野が反復して描いていた世界観であり、それが「アニメーションの性能」を駆使して現実以上のリアリティを構築する富野の想像力がたどり着いた時代認識だった。例えば『 Ζガンダム』以降の『ガンダム』シリーズでは「強化人間」という人工ニュータイプが度々登場する。これは薬物投与や催眠、生体改造によって人工的にニュータイプ能力を付与された存在たちだ。この時点で「ニュータイプ」という存在は、現実に引きずられるように変質した。それは人類の進化形ではなく、半ばテクノロジーへの対応を意味するようになった。そして富野は『 Ζガンダム』以降反復して、彼/彼女らがその能力を暴走させ破滅していく物語を描き続けていった。「オーラバトラー =強化人間」的なもの、すなわちテクノロジーへの対応による「ニュータイプ」像の変質──富野はテクノロジーによって人間の認識力(能力)が拡張し、その精神性の進化を経ずにニュータイプ的な能力を得ていくことに対し、悲観的な態度を崩さなかった。 この時期に富野は作中のみならず、作品外でもアニメブームの中で徐々に自身が「新世紀宣言」で主張した時代の感性に否定的な発言を繰り返していく。そして、富野はその後の膨大な『ガンダム』の続篇群の中で、大人になれないニュータイプたちの悲劇を執拗に反復して描くことになった。 アムロとシャアの苦渋に満ちた青年期、新主人公カミーユや、次々と登場する人工ニュータイプ(強化人間)たちの悲劇的な結末──宇宙世紀という箱庭を生きる人々は、虚構を通して逆説的に現実に遭遇することで大人になることはできない。かといって架空年代記の箱庭の中で大人になることもできない(この絶望は比較的コメディ色の強かった第三作『機動戦士ガンダム Ζ Ζ』( 1986 ~ 87)でも維持されている)。 宇宙世紀という架空年代記は、富野にとってアニメーションの性能を最大限発揮するために導入されたものだったが、宇宙世紀上に『ガンダム』の続篇をつくることは、ニュータイプという時代の精神を体現するがゆえに人間として成熟することも超越者として解脱することもできない存在の悲劇を反復することを意味したのだ。それは手塚治虫の抱え込んだ「アトムの命題」を現代的なものに更新することで、富野がより深く抱え込んでしまったことを意味していた。以降の富野は自身が築きあげた戦後ロボットアニメという回路を、自ら解体していくことになる。 15 『逆襲のシャア』と「母性のディストピア」 1988年に公開された『ガンダム』シリーズ初の劇場版オリジナル作品『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』は単純に一本の映画として考えても特異な存在だ。初見の人間の多くが、その内容に愕然とすることになるだろう。約 2時間の上映時間の大半を登場人物たちがモビルスーツで闘いながら議論を続け、最終的にはその登場人物のほとんどが死亡した上にどう考えても理不尽な奇跡が起きることで物語は半分観客を置き去りにして、終わる。そして恐らく富野は確信犯としてそれをやっている。なぜならば、この富野の姿勢は同作におけるシャアのそれとほぼ同じだからだ。 『Ζガンダム』では表舞台に立つことをためらい続けていたシャアは、同作ではついに自ら指導者となって宇宙移民者の権利を主張する反政府勢力を自らのもとに結集し、地球政府に対して大規模な反乱を起こす。そして人類の革新を促すという大義を掲げて地球に隕石を落とし核の冬をもたらす未曽有のテロを決行する。一方のアムロは政府軍のパイロットとしてシャアと対決する。そして偽悪的に自らが人類の業を背負い急進的な革命を進めるシャアに対し、アムロは穏当な内部改革を主張する偽善的な理想主義者として描かれることになる。(その決起の動機として)「地球は人間のエゴ全部を呑み込めやしない(* 16)」と主張するシャアに対しアムロは「人間の知恵はそんなもんだって乗り越えられる」と反論する。そして「貴様ほど急ぎすぎもしなければ人類に絶望もしちゃいない」と主張するアムロに対しシャアは「愚民どもにその才能を利用されている者が言うことか」と反論する。 アムロのそれは実効性が弱く、シャアのそれは急進的にすぎる。恐らく観客のほとんどがどちらの思想にも共感しきれないまま二人の議論を見守ることになるのだが、ここで重要なのはこの議論の中でシャアが「私は世直しなど考えていない」と断言していることだ。シャアはここまでの大規模な反乱と未曽有のテロを実行しておきながら、それで人類が救済されるとは考えていないのだ。 劇中でシャアは宇宙移民者たちから熱狂的な支持を得ているが、政治はあくまでシャアにとって手段であって目的ではない。「結局、遅かれ早かれこんな悲しみだけが広がって、地球を押し潰すのだ」と認識しているシャアの行動は終始極めて自己完結的で、実のところ、その行為が決して何かを変えることはないことも理解している。シャアの目的は彼の世界観を突きつけること、抱いている絶望を全人類に突きつけることに他ならない。テロリズムを通じ、人間の業と愚かさが戦争の歴史を反復し、やがては地球すら潰すのだという現実を表現すること──それがシャアの目的だ。世界を愕然とさせるその行為そのものが、シャアの目的だったのだ。 そして、恐らくこのシャアの動機は富野の創作動機と限りなくイコールであったと思われる。かつて宮崎駿の「漫画映画」的リアリズムを批判した押井守は『逆襲のシャア』を評してこう述べている。 もしぼくが、同じことをやるとしたら、あそこまで(自分自身の)生な思想をドカンといれたりはしません。へたをすると、それまでていねいに作ってきた虚構とか、キャラクターの存在感がふっとびかねないから。 そういうタブーのない方なんだなって思います。とくに「逆襲のシャア」では富野さん自身と作品の距離ということでいえば、それは果てしなくゼロに近づいているのではないでしょうか。[中略]「ガンダム」っていうロボットもののアニメという認識が、なにをいってもすべて飲み込んでしまうから。だからなんでもいえる。 でもそういう状況だけでしかいえないっていうのは、むしろ悲壮です。そういうところでいってもだれにも届かないだろうということを知ってて、富野さんは「逆襲のシャア」をやっている。それも一回見ただけで圧倒されてしまうほどの内容で(* 17)。 ここで押井はまず同作と富野自身の距離の「近さ」を指摘する。そしてメッセージが届かないことを自覚した上で、富野はただ自らの思想と世界観を表現するためだけに『逆襲のシャア』を世に送り出したのではないか、と指摘しているのだ。シャアがその絶望を表現するためだけに反乱を起こしたように、富野もその絶望を表現するために本作を送り出したのではないか、と。 70年代の富野はロボットアニメブームの担い手として、戦後ロボットアニメといういびつに進化した表現の特徴を活かして、アニメーションならではのリアリズムとビルドゥングスロマンの構造を獲得することに成功した。 それは巨大ロボット玩具市場と結びつくことによって、逆説的に(通常の番組よりも)内容の自由が保証される環境を利用したゲリラ戦だった。しかし、『ガンダム』の社会現象化とその亜流作品の氾濫、さらには富野自身が直面した『ガンダム』続篇展開の商業的な要請といったロボットアニメを取り巻く環境の変化によって、そこはかつてのような意味では自由な場としては機能しなくなりつつあった。 そして同時に物語的にも宇宙世紀、モビルスーツ、ニュータイプといった自身が生み出した装置が富野の創作を束縛する結果をもたらしつつあったことは明らかだ。宇宙世紀という架空年代記は人々の現実の歴史への欲望を代替することでむしろアニメーションと現実とを決定的に切断し、モビルスーツという意匠は巨大ロボットという絵空事に軍事兵器としてのリアリティを加えることで、むしろその性的な意味性を消失していった。富野はニュータイプという概念を変質させ、時代に対する批評性を前面化させることでこれに抗おうとした。それは宇宙世紀という仮想現実を現実と接続することで内破する試みでもあった。しかし接続の結果、ニュータイプという人間の認識力の拡大をめぐる概念は、富野自身がその可能性を追求する中で人間の進化からエゴの肥大へと、肯定的なものから否定的なものへと変化してしまった。 こうして生まれた『ガンダム』の続篇『 Ζガンダム』は過酷な現実認識に基づいた物語となり、そして『逆襲のシャア』は絶望的な自己否定の物語となった。この時点で富野にとってロボットアニメとは商業的制約を逆手に取った自由なゲリラ戦の場ではなく、自身が開拓した世界を保守することを要求されながら、それが革命的な発明であったがゆえに自身でも制御できなくなるほどに肥大した概念と格闘する、不自由な世界でしかなかったことは明らかだ。 70年代後半/ 80年代前半の(第一次/二次)アニメブームは過去のものとなり、『ガンダム』の支持層はプラモデル市場に存在する男子児童(私はこの世代だ)と、かつてのアニメブームの「残党」的な青年層に縮退し、「新世紀宣言」当時の社会現象的なインパクトは完全に失われていた。ロボットアニメも『ガンダム』も、このとき既に、模型好きの小学生と 10年前からの固定ファンの外側に訴求する力を失っていたのだ。 その結果としてシャア =富野はそのメッセージが機能しないことを、何かを変えることはないことを自覚した上で、あくまで世界を愕然とさせるその行為を目的に決起することになったのではないか。 では、ここで描かれたシャアの、そして富野の絶望とは何か。それは「ニュータイプ」という概念が象徴する、自身がこれまで構築してきた理想そのものへの絶望だ。シャアの理想は、言ってみれば富野由悠季が 80年代に描き続けた「ニュータイプ」という「思想」そのものであり、前述した通り人間の認識力を巡る極めて哲学的なものだ。「ニュータイプ」という言葉が、アニメブームの中でニューメディアに適応した若い感性の比喩としての側面をもつようになったことは既に触れた。富野がこの時期描いていた物理空間を超越して人間の意識同士が直接ぶつかり合うという、ニュータイプ能力者同士の交信のイメージは現代のネットワーク下のコミュニケーションを強く想起させる。富野由悠季の思想と想像力はテクノロジーが人類の認識力を拡大する、という問題設定において極めて深く、本質的なイメージを提出していた。 しかしこの時点でのシャア =富野は、人類の変革を信じていなかった。いや、むしろそれを嫌悪すらしていたように思える。 20世紀後半の世界は富野がニュータイプという言葉で理想化した(精神性の)進化を伴うことなく、情報環境の進化によって人類に空間を超越したコミュニケーションを可能にしつつあった。それは富野にとって人類がニュータイプではなく、強化人間への道を歩みつつあることを意味した。富野は『イデオン』『ダンバイン』で反復したようにシステムによる人間の精神の肥大に対し絶望していたのだ。 その結果『逆襲のシャア』は思春期の少年少女たちの物語──青春群像とビルドゥングスロマンとしてのロボットアニメを全否定した物語になった。押井守は先に引用したエッセイでこうも述べている。〈それまでの「ガンダム」にあった、思春期の少年たちのドラマ、その甘い部分とかほろ苦い部分とか、全部とっぱらっちゃって、ものすごい「中年」になっちゃった。思春期のドラマを取り払ったときに「ガンダム」という作品の本質に残っているのは何か? それが、全部わかってしまった作品だと思いました〉。『逆襲のシャア』にはこれまでのロボットアニメと、そして『ガンダム』と同じように、思春期の少年少女たちが登場し物語の中で大きな役割を果たす。新世代のニュータイプとして登場する少年ハサウェイと少女クェスがそれに当たる。高いニュータイプの資質をもつクェスはシャアに利用され、戦場に駆り出される。ハサウェイはクェスを救い出すためにモビルスーツを盗み戦場に赴く。シャアの部下の青年パイロット・ギュネイはクェスに好意を抱き、不器用なアプローチを続けながら保護者的に振る舞う。 80年代のロボットアニメの文法に従えば同作の事実上の主人公はハサウェイになり、ヒロインのクェス、ライバルのギュネイとの三角関係が物語の中心に位置するはずだ。 しかし、富野は恐らくは意図的にこのような戦後ロボットアニメ的な思春期のドラマを配置しながらも、それを無残なかたちで破壊する。まずファザー・コンプレックスの強いクェスはハサウェイにもギュネイにも全く興味を示さず、アムロとシャアという二人の大人の男のことしか考えていない。しかしそのクェスに、アムロもシャアも興味を示さない。アムロはシャアを阻止することしか考えていないし、シャアはクェスとギュネイを舌先三寸で焚きつけて戦力にすることしか考えていない。 そして劇中でシャアのためにクェスは奮闘するが、「子供に付き合っていられるか(* 18)」と吐き捨てるように述べるアムロの新型ガンダムを前に手も足も出ずにあしらわれてしまう。クェスを守ろうとしていたギュネイはあっさりとアムロに撃墜され、そのクェスも戦場に迷い込んだハサウェイを庇って戦死する。そして錯乱したハサウェイは味方であるはずのアムロの恋人チェーンを殺してしまう。露悪的であることを通り越して、ほとんど嫌がらせのような物語展開だが、これも確信犯だろう。このとき、戦後ロボットアニメはその最大の貢献者の手によって事実上破壊されたのだ。いや、少年のビルドゥングスロマンとしてのロボットアニメは既にカミーユ・ビダンが発狂した時点で崩壊していたのだが、『逆襲のシャア』ではより徹底して、思春期の少年少女たちの甘酸っぱい青春群像が配置され、それが最大限に無残なかたちで破壊されるのだ。 児童のナルシシズムを記述する器(『鉄人 28号』/『マジンガー Z』)として発展し、そして幼年期の終わり(『ザンボット 3』)と思春期のゆらぎ(『ガンダム』)を描くことでその表現を拡大してきたのがロボットアニメである以上、少年少女の物語であることを否定することは、自らを裁く行為に等しい。少年が機械の、偽りの身体を得ることで社会化し、少女を得、父を殺すために戦場に赴き、多くのものを失うことで成熟する──こうした(自身がその確立に大きく寄与した)戦後ロボットアニメの物語回路を、富野由悠季はこのとき自ら破壊したのだ。 では、残された大人の、中年たちの物語にはいかなる結末が与えられたのか。物語の終局で、シャアはアムロのガンダムに敗れてとらわれる。アムロはシャアをとらえたまま、シャアの反乱軍によって地球に降下を始めた隕石を阻止すべくその最後の賭けに出る。そして、二人の死と引き換えに作中でほとんど説明されない「奇跡」が発生し地球は救われるのだが、このアムロとシャアが死を迎えようとする場面でのダイアローグには愕然とさせられるほかない。 シャア「フッ…そう言う男にしてはクェスに冷たかったな、ええっ!」 アムロ「俺はマシーンじゃない! クェスの父親代わりなどできない! だからか? 貴様はクェスをマシーンとして扱って…」 シャア「そうか! クェスは父親を求めていたのか。それで…それを私は迷惑に感じてクェスをマシーンにしたんだな」 アムロ「貴様ほどの男がなんて器量の小さい!」 シャア「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ。そのララァを殺したお前に言えたことか!」『ガンダム』第一作でニュータイプは主に人間の認識力の拡大として描かれ、それはアムロの家族的なものから訣別し擬似家族的な共同体を獲得していく、という「父」にならない新しい成熟モデルと結びついていた。『ガンダム』第一作は、アムロがニュータイプの力を発揮して、仲間たちの戦場からの脱出を支援するシーンで終わる。「まだ僕には帰れる所があるんだ。こんなに嬉しいことはない」。アムロはララァの亡霊にこう語りかけて物語は幕を閉じる。父から息子へ与えられた、成熟を仮構する偽りの身体 =戦後アニメロボットはこのとき自分の力で獲得される社会的身体 =モビルスーツに進化したのだ。 しかし、その一方でララァとシャアとの関係が体現するニュータイプには異なる意味が与えられていた。ララァは劇中で不完全なニュータイプとして位置づけられるシャアを補完し、守護する存在として描かれた。「母」的な存在として登場するララァと、挫折した革命家としての(「父」になりそこねた存在としての)シャアとの依存関係はニュータイプをむしろ「家族」的なものに引き寄せている。 それ以降、富野が手掛ける『ガンダム』の膨大な続篇群では、「ララァの子供たち」ともいうべき少女兵が繰り返し登場し主人公の少年に「父」となる可能性を提示する。国家に人間性を剝奪された不幸な少女兵が主人公の少年たちの前に救われるべき存在として繰り返し現れるのだ。偽史の中で、虚構の中で少年が擬似的な「父」となる可能性を「ララァの子供たち」は体現しているのだ。しかし、繰り返し指摘する通り富野が志向していたのは偽史の中で人間が成熟を仮構することではなく、こうした近代的な成熟を必要としない存在に進化することだった。シャアではなくアムロに、当時の富野はニュータイプのあるべき姿を、希望を見出していた。だからララァは死ななければいけなかったし、「ララァの子供たち」である強化人間の少女たちも同じように、悲劇的な死を迎えていったのだ。富野にとって理想化されたニュータイプであるアムロは希望を、そして不完全なニュータイプであるシャアは現実を体現する存在だったはずだ。しかし富野はこのとき既に希望を失い、現実に対し深く絶望するようになっていた。 こうして『ガンダム』は、「宇宙世紀」は、富野は、やがてアムロの希望ではなくシャアの絶望に引きずられていくことになった。ララァの呪縛を解くことができずに重力の井戸の底に引きずり込まれていった。富野の描くニュータイプは、『ガンダム』第一作における人間の認識力の拡大という性質と、それと結びついていた擬似家族的な共同体のイメージから『 Ζガンダム』の時点で大きく後退し、その性質は超能力と降霊術に矮小化され「ララァの子供たち」たる少女兵との依存関係が象徴的に結びつけられるようになった。その原因は端的に述べれば、富野が「ニュータイプ」という思想を追求する中で、その未来像を肯定的に考えることができなくなったから、「ニュータイプ」から「イデ」に至る過程で、フューチャリストとしての立場を捨ててしまったからだ。富野の「ニュータイプ」という言葉に込めた理想は既に時代に追いつかれ、人間と人間の(自)意識が空間を超えて直接触れ合う世界の出現(メディアの進化)が、むしろ争いの連鎖するディストピアをもたらすことを富野は予見していた。そしてたどり着いた希望なき世界観の下で、富野はカミーユ・ビダンを発狂させ、「ララァの子供たち」たる強化人間の少女兵たちを反復して無残に殺害し、少年主人公の「父」になることへの欲望の軟着陸を拒むことでかろうじて最後の倫理を提示していたように思える。 そして『逆襲のシャア』では、 10年以上の歳月を経て今もなお繰り返しララァの亡霊に悩まされつづけるアムロとシャアが描かれることになった。彼らの周囲には、ララァの反復としての少女兵クェスが存在し、彼女は二人に象徴的な「父」であることを求める。だが二人とも、そんなクェスを拒否する。アムロとシャア、『ガンダム』シリーズを、戦後アニメの思春期を支えた二人の主人公はこうして中年になり、そして「父」になることを拒否して死んでいったのだ。 シャアはララァという「母」を失ったために自分は「父」になることができなかった、という。これが意味するところは何か。富野はビルドゥングスロマンとしての戦後(ロボット)アニメーションの世界を、仮想現実の中で少年が偽物の身体を得て(アムロのいう「マシーンになる」ことで)「父」になる世界を、むしろ「母」権的なものに支配された世界として提示したのだ。アムロとシャア、二人のニュータイプはララァという「母」を失ったために、宇宙世紀という仮想現実でモビルスーツという偽りの身体を得て成熟を仮構すること(「父」になること)ができなかったのだ。 これはニュータイプという概念が結果的に戦後(ロボット)アニメーション的な成熟像に対するオルタナティブとして機能していったことを考えれば、当然の帰結だ。宇宙世紀という偽史において少年少女たちは、大人への成熟を仮構する =マシーンとなる代わりに「ニュータイプ」として覚醒する可能性が希望として提示されていた。しかし『 Ζガンダム』以降、現実の社会と情報環境に追いつかれ始めた「ニュータイプ」は必ずしも希望の概念ではなくなった。人間の認識力の拡大はむしろ負に作用するというのが富野のシミュレーションだった。 その結果、宇宙世紀は苦渋に満ちた時代として私たちの前に提示されることになった。そこにはまず母胎の中で無条件の承認を得る子供のように偽史の中でマチズモを充足する少年たちのための箱庭がある。これが富野にとっての宇宙世紀であり、そして戦後(ロボット)アニメーションだ。そして、この母胎を、偽史を、箱庭を超克する可能性として位置づけられていたのが「ニュータイプ」という概念だった。しかし富野の想像力は、ニュータイプのもたらすものにむしろ負の可能性を見出すようになっていった。富野が戦後(ロボット)アニメーションの実現した仮想現実の中での成熟の仮構──戦後的なマチズモの軟着陸──を憎悪していたことは明らかだ。しかし、その仮想現実を突破し現実へ接続する回路として導入されたニュータイプという概念の理想もまた、富野は時代の変化の中で信じることができなくなっていた。それは「母」を得ることなく──「マシーンとなって」肥大した母性の下で矮小な父性を獲得することなく──そしてニュータイプという理想も信じることができずに死を迎えたシャアの絶望でもある。 こうして『逆襲のシャア』ではニュータイプの可能性が、観客の説得を放棄した強引な奇跡による地球の救済と、アムロとシャア、二人の主人公が「母」への拘泥を口にしながら死んでいくというかたちで両義的に提示されて幕を下ろすのだ。 富野の「母」的なものへのアプローチは、宮崎駿と対照的だ。第 3部で扱ったとおり宮崎駿は「飛ぶこと」を、男性的なロマンティシズムの追求による自己実現を保証してくれる存在として「母」的なものを必要としていた。たとえ世界にとっては無価値であってもその価値を無条件で承認してくれる「母」的な存在を仮定しないかぎり、宮崎駿の男性主人公たちは「飛ぶ」ことができなくなった。そして飛べない男たちの代わりに世界の新しい可能性を発見して、空を飛んでいたのが 80年代の宮崎駿のヒロインたちだった。「赤から緑へ」の反体制モチーフの変化の中で信じられていた可能性を根拠にナウシカは飛び、都市の資本主義の中の肯定性を見出すことでキキは飛んでいた。しかし、宮崎駿は次第に世界に可能性を見出すことができなくなり、少女たちはその胎内でニヒリズムに陥って何もできなくなった男たちを擬似的に飛ばすための存在 =母として描かれるようになった。 そして、宮崎駿がアニメーションの描くべき「きれいな噓」として、ユートピアとして提示したこの母権的なものに支配された世界を、富野は少年たちを呪縛し、殺していくディストピアとして描いたのだ。 矮小な父性と肥大した母性の結託するこの世界を、宮崎駿の描く男たちは〈カッコイイとは、こういうことさ。〉とうそぶきながら自由に飛び回る。しかし、実のところそこは自由な大空ではなく重力の井戸としての海の底に他ならない。対して、富野由悠季の描くニュータイプたちは、そこが母性の重力の井戸の底であることから目を背けることはなく、そしてその深さに絶望する。この絶望をもっとも深く引き受けたのがシャアだったのだ。 宮崎駿に代表される戦後サブカルチャーの想像力は、虚構の中で少女を所有することで「 12歳の少年」のまま「父」になる回路として発展してきたものだった。しかし富野の描く世界では所有されるはずの少女 =「母」が逆に男たちを取り込むことで、「父」として成熟させることなく殺してしまう。このとき富野は肥大した母性のおぞましさとその魅力に作品世界を支配させていったのだ。 富野由悠季は偽りの歴史と偽りの身体による成熟の仮構を可能にする世界、戦後ロボットアニメの文法(が体現する戦後アニメーションの精神)に支配されたこの世界を、「母性のディストピア」として提示したのだ。 戦後ロボットアニメとは、戦後アニメーションの本質がもっとも強固に構造化されたものであり、戦後アニメーションとは(第 2部で論じたように)戦後社会そのものの似姿だ。そして、『ガンダム』シリーズが新人類世代から団塊ジュニア世代まで、今日の現役世代の国民文学的地位を確立していることが象徴するように、偽りの歴史と偽りの身体を用いて成熟を仮構する世界 =宇宙世紀とは──「母性のディストピア」とは──まさに戦後という長すぎた時間そのものに他ならないのだ。 16 『ガンダム F 91』と「母」との和解 少年たちを偽史の中に閉じ込めて、やがて呪い殺す「母性のディストピア」──それが富野にとって、自らがその構築に加担した「宇宙世紀」であり、ロボットアニメであり、戦後アニメーションであった。ニュータイプという希望を信じられなくなった富野はもはやこの母性の重力に抗うことはできない。その結果、富野は本来対立概念であったはずの「ニュータイプ」と家族的なものとの和解を試みる。 ええ。だから、ニュータイプというのを設定した後から、じつは、その概念づけが始まった。だけど、十年もやってると、どうしたらニュータイプになれるかを教えてくれという手紙が来るんです。ハウ・トウ・ニュータイプですね。そんなことは分からないという意思表示はしてきました。そうは言いながらも、しかし、ずっと気にはなっていたんです。そして、ニュータイプというのはよき家庭、つまりよき父とよき母がいる家を持っていることだ、というところに行き着いたわけです(* 19)。 これはアムロとシャア、二人のニュータイプの物語が完結してから 3年を経た後のシリーズ再始動として 1991年に公開された映画『機動戦士ガンダム F 91』についての、インタビューでの富野の発言だ。この発言にある通りこの時期の富野はニュータイプ像を修正し、家族的な想像力との接続を志向していた。そして、『ガンダム F 91』では「家庭の問題」が前面化することになる。 例えば編集者の中島紳介は同作に登場するシーブックとセシリー、二人のニュータイプの「家庭」の対比に注目する(* 20)。中島の批評は小文で(恐らくは紙幅の関係で)限定的な言及に留まっているがこの指摘は重要だ。それは、同作をターニング・ポイントに富野は宇宙世紀に留まらず、拡張身体的な戦後アニメロボットそれ自体を「父」的なものから「母」的なものに変化させていっているからだ。『鉄人 28号』『マジンガー Z』そして『ガンダム』まで──戦後アニメーションにおける「巨大ロボット」とは、いわば拡張された身体の比喩だった。基本的に少年にロボットを与えるのは多くの場合科学者/技術者として描かれる少年の父(的な存在)であり、主人公の少年は父から与えられた拡張された身体を得て大人の世界に仲間入りを果たし、社会的自己実現を果たす(敵を倒す)。 しかし『ガンダム F 91』において主人公の少年兵シーブックが搭乗するロボットは民間人の父親ではなく、軍事技術者の母親の手によって開発されたことが強調される。そう、アムロとシャアがララァの呪いに引きずられて死んだ後、宇宙世紀で行われる擬似的な自己実現 =マチズモの充足は「父」ではなく「母」がもたらすことが明示されるのだ。モビルスーツという偽物の身体、矮小な父性を覆い隠す鋼鉄の巨体を用いた自己実現が成立するためには、彼らの世界が現実から切断され宇宙世紀という偽史に覆われている必要があった。そしてその偽史空間とは、胎内にある限り子に無条件の承認を与える「母」的な愛に支配された空間に他ならない。 この変化を裏付けるかの如く、シーブックの父は物語前半で死亡し、それと入れ替わるようにガンダムの開発者である母が登場する。 このシーブックの母(モニカ)の描写は重要だ。彼女は仕事を優先して家庭を捨てた人物、つまり「母」であることを拒否した人物として描かれるその一方で、同時に自分の子供を守るためにはともすれば他人を犠牲にしても構わない、と受け取られかねない発言を無自覚にしてしまう人物として、つまりある側面では過剰に「母」であろうとする人物として描かれる。要するにここで富野は一方では「母」の存在を希求しながらも、一方ではそれを嫌悪している。私的、文学的にはそれを希求しながらも同時に公的、政治的にはそれを嫌悪しているという表現も可能だろう。そして『ガンダム F 91』は主人公シーブックと「母」との和解の物語として展開する。この「和解」は物語の結末で実現される。シーブックは母の力を借りて戦闘中に宇宙空間に放り出されたヒロイン(セシリー)を助けることに成功する。このときシーブックは母の導きでそのニュータイプとしての能力を──ここでのニュータイプの能力は初期の設定の通り、空間を超えて他者を認識する能力に回帰している──発揮する。よき母性と接続することによるニュータイプの回復、それが本作における富野の試みだった。 仕事に集中し、家庭を顧みない母親の反省による子との和解を希望の根拠に置く──ここには宮崎駿のそれと同じように保守的な富野の家族観が露呈していると言えるが、ここで重要なのは富野がシーブックの物語を、ほとんど自身の創作態度の変化に重ね合わせていること、そのために一見、本来の姿に回帰したかに見えるニュータイプという概念が決定的に変質していることだ。ここにおいて、ニュータイプは母の胎内でしか本来の力を発揮できなくなったのだ。『ガンダム F 91』は、企画的に『逆襲のシャア』で一応の完結を見たにもかかわらず、肥大するガンダム産業が要請した原作者・富野自身による続篇であり、作品的には「母性のディストピア」への抵抗を半ば放棄し、融和を求めたものである。『 Ζガンダム』以降、富野は少年主人公たちと敵側のニュータイプ少女との悲恋と死別を反復して描いてきた。しかし、シーブックが「母のガンダム」に乗って活躍し、肥大しきったエゴイズムを見せる母を赦すことでヒロインを無事に救い出すのは、もはやこの時点のニュータイプが認識力の拡大を経て人類の進化を促す存在ではなく、「母」権的なものの庇護下で安全にその機械の身体で上げ底された小さな父性を充足させられる存在に矮小化されたからだ。シーブックは「父」になり「家族」を回復させるためにしかニュータイプの力を使えなくなっていることがそのことを証明している。 前述したように富野はこの時期「ニュータイプとは、よき父と母をもつこと」であるという旨の発言を繰り返しているが、それは同時にニュータイプという思想がその家族論的展開によって、戦後(ロボット)アニメーションに対する自己批評的な要素を失ってしまったことを意味する。これは作家としての富野自身が無限に再強化を繰り返し肥大し続ける「宇宙世紀」という「母性のディストピア」との融和を同作で試みているからに他ならない。しかし、恐らく富野はこの「和解」のビジョンを自分で信じられていなかった。なぜならば「母」の庇護のもとに偽りの身体(ロボット)を得て「父」になったつもりになるという戦後的なマチズモに対するアンチテーゼとして富野という作家は出発しているからだ。 その証拠に、かつてアムロとシャアを殺した絶望は、別の形で『ガンダム F 91』という映画を蝕んでいる。同作には敵役として「鉄仮面」と呼ばれる反乱軍の司令官が登場する。鉄仮面は主人公シーブックの恋人セシリーの生き別れの父親であり、同作のプロットは「シーブックが母と和解し、鉄仮面からその娘であるセシリーを救い出す」物語だとまとめることができる。そして、恐らくこの鉄仮面こそ、アムロとシャアの成れの果てだ。 同作には富野自身の手によって書かれた原作的な位置づけを持つ小説版が存在するのだが、そこでは映画には描かれることのない鉄仮面とその周囲の人々の物語が語られている。鉄仮面は本名をカロッゾといい、有望な青年科学者だった。カロッゾは私設軍隊を組織する財閥系の名家(ロナ家)の長女に見初められ、「入り婿」になる。だが彼を見初めたはずのその妻は程なくカロッゾに愛想を尽かし、娘のセシリーを連れて出奔してしまう。そのことに負い目を感じたカロッゾは自らを強化人間(鉄仮面)と化し、ロナ家の跡継ぎとして私設軍隊の司令官となり、反乱を指揮することになる。彼は「私は妻を寝取られた情けない男だ」と自嘲しながら出奔した妻を捜し当て間男を殺し、娘を取り戻す。しかし最後はその娘に離反され、彼女の恋人であるシーブックに殺される。つまり鉄仮面(カロッゾ)は(肥大した)「母」的な存在を得ることに失敗したために(矮小な)「父」にすらなることができなかった存在だ。 シーブックの乗るガンダムと、カロッゾの鉄仮面のデザインが不気味なほど似ているのは偶然ではないだろう(エンドロールでシーブックとカロッゾが表裏一体の存在であることが象徴的なイメージとして提示される)。「寝取られた妻」 =「奪われた恋人」を取り戻そうとしている点において、シーブックとカロッゾはともに「父」になろうとする存在だ。しかし、「母」と和解しその承認のもとで小さな父権を獲得しようとするシーブックに対し、「入り婿」として(「母」的なものから切断されて)「父」を回復しようとし、それに失敗したのがカロッゾなのだ。そして「母」との和解なしに「父」になろうとしたカロッゾ =鉄仮面は、アムロやシャアですらも生き残れなかった「母性のディストピア」(宇宙世紀)において死ぬしかなかったのだ。 カロッゾは「母」的に機能してくれる家族としての女性──ここでは妻と娘──を失ったことで仮面を被り、自らをサイボーグと化した。カロッゾもまた、シャアにおけるララァ(「母」的なもののもたらす承認)を失ってしまったために、絶望するしかなかった存在なのだ。もし、彼が「母」的なものの承認を得ていたら、鉄仮面を被って大量虐殺に手を染めることなく、〈カッコイイとは、こういうことさ。〉とうそぶきながら、その照れを豚のコスプレでごまかしながら、母(妻/娘)が用意してくれた箱庭の中で元気よく飛び回っていたのかもしれない。 しかし、富野由悠季はこうしたきれいな噓を描くことに興味を示さない作家だった。その結果、カロッゾは仮面を被り真実と対峙した。 こうしてシーブックは母との和解に成功して生き延び、カロッゾは失敗して、死んだ。『ガンダム F 91』は『 Ζガンダム』『逆襲のシャア』とは異なり、ニュータイプの希望が提示された物語だ。しかし、ニュータイプの意味は人の革新から家族論に縮退し、「母」との和解を果たしたシーブックの物語と、「母」を得ることなく破滅していった鉄仮面の物語が併置されたのだ。『ガンダム F 91』は作画と構成上の失敗から評価の低い映画であるが、同時に物語論的に敗北を運命づけられていたと言ってもいいだろう。「母との和解」とは富野が『イデオン』から反復してきた絶望を回避するために導入されたものであると同時に、その出発点である(ロボットアニメが体現してきた)戦後的なマチズモに対するアンチテーゼを自ら手放す行為でもあったからだ。そしておそらくは、富野もそのことに自覚的だった。だからこそシーブックの物語という「建前」と、鉄仮面の物語という「本音」に同作は引き裂かれた。そして富野は、宇宙世紀を呪縛する「母」の力に抗うものとして危うい少女性を導入していくことになる。 17 『 Vガンダム』と少女性のゆくえ 肥大した母性と矮小な父性の結託──富野由悠季の開拓した「宇宙世紀」という偽史、架空年代記は『ガンダム』シリーズの拡大に伴ってやがて富野自身の手を離れ、多くの作家たちによって整備され、現在もファンコミュニティを巻き込んで、二次創作を含め拡大を続けている。こうして用意された架空歴史とそこで繰り広げられる架空戦記たちは戦後の国民文学、司馬遼太郎の諸作品にも似た機能を果たし、戦後日本の消費社会を生きる多くの男性たちの矮小なマチズモを軟着陸させていった。「大きな物語」を仮構する偽史年表の上でまるでサプリメントを補給するように、消費者たちは矮小なマチズモを充足させていったのだ。 80年代後半の富野は自身の生み出した偽史を、ララァ・スンという「母」の亡霊によって呪縛された世界としてほとんど露悪的に描き続けた。しかし、肥大する『ガンダム』シリーズの前に富野自身の物語レベルの抵抗はやがて変化せざるを得なくなり、 1991年の『ガンダム F 91』において、それは「母」と手を携えて宇宙世紀の表舞台でマチズモを充足させる主人公の物語と、その敵役として置き場のない男性性を暴走させて死んでゆく中年男性の物語に乖離することを余儀なくされていた。 そして続く『機動戦士 Vガンダム』( 1993 ~ 94)は現時点で富野が手がけた最後の「宇宙世紀」を舞台にした作品であり、一部の例外を除いて架空年表のもっとも未来に位置する作品でもある。同作は作画、脚本、演出の全てがほぼ破綻しており、ファンコミュニティにおける評価も一部の熱心なファン以外には概ね低く、玩具など関連商品の発売も極端に少ないシリーズ一、二を争う不人気作品だ。しかし本作こそが富野という作家を考える上で恐らくもっとも重要な作品である。 同作では国家による母系社会の建設を標榜するカルト的な勢力と、その抵抗組織(レジスタンス)の抗争が描かれることになる。なぜ母系社会なのか、という説明はもはや必要はないだろう。少年たちを偽りの身体で「大人」になったつもりにさせる「宇宙世紀」という「箱庭」は「母」の膝の上のようなものなのだ。そして同作の最大の特徴はそのほとんど奇形的、と呼んでいいキャラクター配置である。まず同作の主人公の周囲には、数えるほどしか「大人の男」が登場しないのだ。 物語は空襲で焼け出された主人公のウッソ少年が、レジスタンスに合流してその秘密兵器であるガンダムのパイロットになる、というパターン化された展開を見せるのだが、このレジスタンスには、ほとんど成人男性が所属していない。その結果、本篇では老人と女性、そして子供ばかりが武器を取って戦う姿が繰り返し描かれる。例外は前半に登場する先輩パイロットと後半に登場するウッソの父親(レジスタンスのリーダー)の 2名だが、前者は端的に言えば自己像に実力の伴わない人物として設定され中盤で無謀な特攻を行い無駄死にする。後者は陰謀家として登場し、ウッソと再会を果たしても彼を父として導くことはなく、最終回で敵前逃亡的に姿を消す。そのかわりにウッソの保護者的存在として登場するのは、レジスタンスの女性パイロットたちだ。特にシュラク隊と呼ばれる女性だけで構成されるパイロット集団は、ことごとくウッソに「母」的な感情を抱き、数話に一回、メンバーが一人ずつウッソを庇って戦死するエピソードが挿入されるという異様な展開を見せる。 同様の構造はウッソと戦う敵側にも指摘できる。ウッソの前には古参のベテランパイロットから野心みなぎる若手まで、さまざまな敵が新兵器とともに立ちはだかるのだが、かませ犬よろしく登場する男性軍人の多くがわずか 13歳のウッソ少年の前に敗北し、その誇りを傷つけられて絶望して死ぬ、というパターンが(主に前半において)反復されていくことになる。一方、登場する敵軍の女性兵士たちも、レジスタンスの女性たちと同じくことごとくウッソに「母」的な感情を抱き、彼 =息子を手に入れようとし、その愛を拒絶されて敗死していく、というパターンが(主に後半において)反復される。同作は敵味方の女性兵士 =「母」がウッソ少年を奪い合っている作品とすら言えるだろう。 同作では徹底してマチズモの不可能性とエゴイスティックに肥大した母性が描かれている。男性的な自己実現はことごとく挫折し、その代わり肥大した母性同士が争う世界が描かれている(そもそも、同作における「敵」は母系社会の実現を標榜するカルト宗教国家である)。こうした──端的に述べればふざけているとしか思えない──展開は富野が恐らく極めて露悪的に設定したものである。例えば前述のシュラク隊の女性パイロットたちは、ペギー・リー、ケイト・ブッシュ、コニー・フランシスなど 40年代から 80年代に活躍した欧米の歌手や作曲家名をそのまま用いたものが多く、恐らくは「意図的に安易な」設定として与えられたものだろう。富野自身もインタビュー等で度々同作の展開については、肥大する「ガンダム」産業に原作者として対抗すべくこれらの露悪的な要素を導入したと主張している。 だが同作において特筆すべきは作家の自意識よりもさらに根深いレベルで、その物語構造が戦後的世界──「肥大した母と矮小な父の結託」の不可避と、その最適解に対する抵抗の手がかり──を描いてしまっている点にこそある。そしてその構造は同作に登場する二人のヒロインの対立によって表現されている。一人は主人公ウッソの幼馴染みの少女シャクティで、もう一人はウッソが片思いする年上の少女カテジナである。 シャクティは宮崎駿作品の「母」的ヒロインを思わせる家庭的で従順、しかし芯の強い少女として描かれる。また同時にシャクティはシリーズ第一作のララァ同様に有色人種として描かれ、第 1話から最終話まで、物語の大半を戦災孤児の乳児とともに過ごし、当然のようにその母親役を果たすことで徹底して「宇宙世紀」における「母」的存在の象徴として演出されている。設定年齢 11歳でありながら、ウッソに対して独占欲すら見せるシャクティは同作に登場する数多の「母」的キャラクターの頂点に位置しているのだ。 シャクティは物語序盤からウッソがガンダムに乗って戦うこと =社会的自己実現を嫌い、「戦争がウッソをもっていく」と自分の領域(胎内)からウッソが逸脱することを恐れる。特にウッソのカテジナへの憧憬には、彼女が「赤ちゃんが嫌い」であること(「母」であることを拒否していること)を理由に挙げ、明確に嫌悪を示す。 そう、このもう一人のヒロイン・カテジナはシャクティと対を成す存在──「肥大した母と矮小な父の結託」を拒絶する「少女」として登場する。カテジナは同作における特異点だ。シャクティを筆頭に登場する全ての女性キャラクターがウッソに対し「母」的な感情を抱き、その所有を望んでいるのに対し、そのウッソの憧れの対象であるカテジナだけが終始ウッソを拒絶する。カテジナは守られるべき少女を演じること、「母」であることを徹頭徹尾拒否するのだ。 この種のロボットアニメにおいて、ロボット(拡張された身体)を獲得し戦場で活躍することが社会的自己実現の比喩として機能してきたことは既に確認済みだが、それと同時に主人公の少年は少女を獲得し所有することでより直接的に父性を獲得してきた。このとき少女は「母」であり「娘」でもある存在として、少年の小さな父性を承認することになる。 だが本作において少女の所有はその欲望の対象であるカテジナによって徹底的に拒絶される。「男の子のロマンスに、なんで私が付き合わなければならないの?」とウッソを拒絶するカテジナはあろうことか敵軍に寝返り、その挫折が宿命付けられた同作における成人男性の一人をパートナーに選び、敵のモビルスーツに乗り込んでウッソと対決することになる。さらにはその恋人もまたウッソに敗れて死亡すると、残されたカテジナは最終回のラストシーンの直前まで執拗にウッソの命を狙う。そんなカテジナの悪意はウッソに「母」的な感情を抱く他の女性キャラクターたちにも及び、前述の「シュラク隊」のうち実に半数近い 4人がカテジナによって殺されることになる。この間にウッソが獲得すべき異性は「母」的なものを拒否するカテジナから「母」そのものであるシャクティに変更される。 物語は当然、カテジナが敗北しウッソがシャクティを救出することで終結する。つまり、物語の帰着点はウッソの勝利と成長、社会的自己実現ではない。ウッソにとってもっとも大きな自己実現の対象だったカテジナは最後の最後までウッソを拒絶し続け、結末でシャクティを救出したウッソは物語冒頭で暮らしていた東欧の片田舎に帰還し、物語が始まる前と同じような生活をやり直すことになる。むしろこの結末はシャクティ(母)のカテジナ(母にならない女性 =少女)に対する勝利として捉えることができる。シャクティが劇中で願い続けたように、ウッソはカテジナに拒絶され、ロボットに乗ること(拡張した身体を得、成長して巣立っていくこと)からも解放され、物語が始まる前のように故郷、すなわちシャクティの元(胎内)に戻ってくる。ウッソの成しえたことはあくまでシャクティの救出のみであり、それは母胎の中で完結する矮小な父性の軟着陸に他ならない。肥大した母性と矮小な父性との結託──母子相姦的な環境が、父娘相姦的な物語を保証する世界──『機動戦士 Vガンダム』には、結果的にこの戦後という時代を支配する回路が極めて批評的なかたちで表現されているのだ。『ガンダム F 91』は「母との和解」の可能性を希望として提示し、「母」的なものを喪失した存在を絶望として提示した。その結果、『ガンダム F 91』におけるニュータイプはよき母性の庇護下にあることを意味するようになった。『 Vガンダム』ではシーブックの物語と鉄仮面の物語はウッソの物語として統合され、「母」的なものが両義的に──肥大する「母性のディストピア」を、救済とニヒリズムを同時にもたらすものとして──描かれることになった。 ここで留意すべきなのは同作がビルドゥングスロマンに背を向けていることではない。ビルドゥングスロマンの不可能性は『 Ζガンダム』の時点から明確に打ち出されていたことで、むしろこの時期における富野由悠季の基本姿勢と言っていい。重要なのはこうした「成長できない少年」というモチーフの裏側に「母性的な少女」の勝利と「母にならない少女」の敗北が強く打ち出されていることだ。カテジナはいわば戦後 =宇宙世紀を支配する肥大した母性に対するもっともラディカルな抵抗者だったのだ。 これは、宇宙世紀という「母性のディストピア」の中でマチズモの軟着陸が反復する世界──宮崎駿が代表する戦後的ニヒリズム──を超克する鍵が、カテジナ的な「母にならない少女」の存在にあることを意味する。肥大した母性と矮小な父性の結託──母子相姦的な環境と父娘相姦的なマチズモとの結託──を内破する存在が、恐らくここにある。 しかし、富野はこの「母にならない少女」という可能性を肯定的に描くことはなかった。『 Vガンダム』の結末で、生き延びたカテジナはただ一人救われることなく盲目となって地球をさまよう。そしてカテジナはシャクティに敗北し、この構図は『ブレンパワード』( 1998)でも反復されることになる。 18 『ブレンパワード』と時代への(後退した)回答「母」と「少女」──この二つのヒロイン像とその対立はこの時期( 80年代、 90年代)の富野由悠季の作品世界を支配してきたものだ。この 2種類の女性像の対立は当時ウエダハジメや本田透などによって繰り返し指摘されてきたことだが、前者はララァ・スンに、後者は同じく『ガンダム』第一作に登場するシャアの妹セイラを始祖とし、『 Vガンダム』のシャクティとカテジナまで、「ニュータイプ」思想の行き詰まりと並行してエスカレートしてきた。 前者(主に有色人種として描かれる)は「母」的な存在として、男たちの仮想現実(宇宙世紀)と仮初めの身体(モビルスーツ)を用いたマチズモの獲得、という戦後ロボットアニメの想像力とその限界を体現する存在であるのに対し、後者(主に白人として描かれる)は高貴な精神性を持つが故に自身の血縁の呪縛に対し敏感な存在として設定されてきた。しかし、『 Vガンダム』に至ったとき、両者のパワーバランスは圧倒的に前者に傾き、「母」を体現するシャクティは高貴さを内包し、そして「母」を憎悪するカテジナは卑しい存在として提示されることになった。その出自を、血族を、家族的なものを嫌悪し「母」になることを拒否してきた後者の系統のヒロイン──セイラの妹たち──は、このときに完全に敗北したのだ。 『Vガンダム』から数年間、富野は事実上の休眠期にあったと言っていいだろう。この時期『ガンダム』のテレビシリーズは新世代の監督たちが担当し、富野自身は小説とマンガ原作を手がけるほかは、短中篇のビデオアニメーションを手がけるのみで、本業であるテレビアニメーションシリーズにかかわることはなかった(この時期の自身を富野は「鬱病だった」と表現している(* 21))。 その富野の「復帰作」となったのが、『ブレンパワード』だった。放映開始時に用いられた宣伝用のポスターには〈頼まれなくたって、生きてやる!〉というキャッチコピーが用いられており、ファンの間でこれは前年に公開され、そして社会現象化していた庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に(* 22)』のポスターに用いられていたキャッチコピー〈だからみんな、死んでしまえばいいのに…〉への、そして同じく前年に公開された宮崎駿監督『もののけ姫』の糸井重里による〈生きろ。〉というコピーへのアンサーであると囁かれた。 富野自身も、同作が『エヴァンゲリオン』や 1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件が象徴する時代の要請へのアンサーであることを否定しない。〈あの時は、『エヴァ』が順次公開され、『もののけ姫』が公開されという時期でしたから、ブレンパワードの様な作品を世に出したくてしょうがなかったんです(* 23)〉。 こうして強い反時代的なメッセージを前面に出して制作された『ブレンパワード』だが、その内容はむしろオウム的なものとの親和性の高さを証明するものとなった。 同作では近未来を舞台に、突如地球上に出現した正体不明の遺跡と、連動して世界各地に出現した生体ロボット(これも日本的「乗り込む」ロボットである)群をめぐり、遺跡を信仰するカルト団体と国連軍との抗争が描かれる。物語はその抗争の渦中に置かれた若者たちの姿を中心に展開するのだが、問題はその設定と具体的な描写にある。 宇宙意思による人類への啓示、当時の富野が仮想敵としていたオウム真理教的擬似科学と寸分たがわない身体論、登場人物のほぼ全員が家庭に問題を抱え、その心理的解決が救済に直結するドラマツルギー──富野は同作では明確に時代に対する回答 =オウム的な現実に対する救済を提示しようとしている。しかしその結果、端的に述べれば家族論に縮小していたニュータイプ的な超越性はほぼ完全にニューエイジ的な擬似科学性に、もっと言ってしまえばオウム真理教のそれと寸分たがわぬものになってしまっている。「オウムとはニュータイプのようなもの」という前述の教団幹部の発言を、富野は自ら半ば立証したとすら言えるだろう。 同作がガイア理論の影響下にあることはその世界設定の段階で明白で、これに加え物語の中では擬似科学的な身体論が堂々と登場人物の救済の鍵として語られることになる(主人公たちの必殺技は、「チャクラ・エクステンション」と名付けられる!)。かつての「ニュータイプ」的な超越性が、家族の絆に矮小化されている点において、『ブレンパワード』は同じ家族の和解を主題に掲げた『ガンダム F 91』『 Vガンダム』の精神的な続篇だったと言える。しかし同作は、それでも母系社会を掲げるカルト宗教国家を敵側に設定し、そのまどろみの魅力とおぞましさを両義的に描き出した『 Vガンダム』とは異なり、完全に「母性のディストピア」の中に安住しようとしているように思える。『 Vガンダム』の母性礼賛に存在したアイロニーが、同作ではほぼ消失しているからだ。その意味で『ブレンパワード』は富野が「母性のディストピア」をユートピアに読み替える作業を試みた作品だろう。実際に同作は『 Vガンダム』から一転し、融和的で肯定的なメッセージが前面に押し出されている。その肯定性の背景には、女性性 =母性(として同作では扱われる)礼賛的な世界観が存在する。 例えば『 Vガンダム』のシャクティとカテジナは同作における宇都宮比瑪と伊佐未依衣子、二人のヒロインとして再登場する。 比瑪はシャクティ同様にその母性が強調されたヒロインだが、シャクティのように夫 =息子的な存在である主人公・勇の自己実現を嫌悪はしない理想的な「母」として登場する。比瑪から切り離された「母」権的な暴力性 =排除の論理を体現するのはアノーアという女性だ。当初は勇たちの味方である女性軍人として登場するアノーアは、勇のライバルとなる敵側の青年パイロットの母だ。実の息子が敵側に加担していることを知って寝返り、息子を守るために生体ロボットのパイロットとなり勇たちの最大の敵として立ちはだかる。そして、戦いの中で息子と「和解」し、救済されることになる。 もう一人、アノーアと並んで勇たちの最大の敵となるのがカテジナのキャラクターをほぼそのまま踏襲した勇の実姉(依衣子)である。しかしウッソにとってのカテジナとは異なり伊佐未依衣子は主人公・勇の姉として設定され、絶対的な他者としては機能しない。 物語は勇によって依衣子が説得され、敵味方に分かれていた姉弟が和解して家族が回復することで幕を閉じる。そして勇は作中で「母」を体現する比瑪の元に帰還する。そう、シャクティの中に渦巻いていたグロテスクな支配欲と排除の論理はアノーアと息子との和解として、そしてカテジナの「母」になることを拒否する意思(憎悪)は依衣子の近親姦的な感情への軟着陸として処理されてしまったのだ。 このとき家族から擬似家族へ、大人の男への成熟から性差にとらわれないニュータイプへの覚醒へと、かつての富野が示した思想は完全に敗北したと言える。そう、富野由悠季はこの時点で自らの生み出したもの、宇宙世紀という肥大した母胎の中をモビルスーツという偽物の身体によって増長された矮小なマチズモが漂う世界──「母性のディストピア」──に対する抵抗を放棄し、融和を試みているのだ。 恐らく、同作を観た人々の大半が、『ブレンパワード』のオープニング映像には愕然とさせられるだろう。主題歌にのって鳥居やピラミッドといった宗教的な建造物、あるいは海洋や火山といった荒々しい自然を背景に、裸の女性(作中に登場する人物)たちが乱舞する姿は、同作が富野にとって女性性が主題であったことを示している。そしてそれは、富野が「母性のディストピア」への抵抗を放棄する過程でもあったのだ。 宇宙世紀を支配する重力に引きずり込まれるようにアムロとシャアは、そして鉄仮面は絶望して死んだ。この「母性のディストピア」に最後の抵抗を試みたカテジナは、もっとも救われない存在として、永遠に偽史の中をさまよい続けることになった。 残された人々は、シーブックがそうしたように「母」との和解を試みるしかなかった。しかしそれは(ニュータイプからの)ニューエイジへの後退に他ならなかった。『ブレンパワード』で前面化する擬似科学的な身体論や環境学は、かつてニュータイプという概念の源流となったニューエイジ思想への先祖返りに他ならない。このとき富野が展開してきた「思想」は、モチーフのレベルでも内容のレベルでもオウム真理教と選ぶところがない。 当時の富野の発言などを参照する限り、『ブレンパワード』の制作意図にはオウム真理教と『エヴァンゲリオン』が体現する 1995年的なものへの回答としての側面が強い。その意味において、『エヴァンゲリオン』のテレビ放映版最終回が自己啓発セミナーというオウム真理教的なものの並走者を体現したように、『ブレンパワード』は教団広報による「オウムとはニュータイプのようなもの」という発言を実践してみせた作品だとすら言えるだろう。シャアや鉄仮面というテロリストを生んだニュータイプから、ニューエイジに正しく後退し「母」と和解することで「サリンを撒かないオウム真理教」を実践したのが『ブレンパワード』なのだ。『ブレンパワード』は富野の「母性のディストピア」への敗北宣言であり、そして行き詰まりを見せたニュータイプという思想の、自らによる幕引きだった。もちろん『ブレンパワード』は富野にとって「父」ではなく、「母」のロボットがあり得るかという思考実験でもあったはずだ。主人公たちの操る生体ロボット(アンチボディ)は、その形状からも設定からも強く母胎を想起させる。そして物語においても現実化された「母」性が救済として提示される。同作において、少年少女は「母」的な生体ロボットと心を通わせることで成長し、救済されるのだ。これは『ガンダム F 91』『 Vガンダム』で反復してきた「母」のロボットというコンセプトの完成形であり、ロボットアニメを大きく更新するのだ。しかし同時にそれは富野が『ガンダム』第一作から対峙してきた「ニュータイプ」という問題設定そのものの放棄でもあった。 しかし富野はアニメーションを通じて物語ることまでは放棄しなかった。『ブレンパワード』からほとんど間を置くことなく、翌 1999年に富野は再びテレビアニメを、それも『ガンダム』シリーズの最新作を監督する。それが『 ∀ガンダム』( 2000年まで)なのだが、そこで富野は恐るべき行動を取る。富野が次作で取った行動──それはこれまで築き上げてきた「宇宙世紀」をはじめとするあらゆる世界設定の全てを、より正確には『ガンダム』シリーズの全てを、メタフィクション的な設定を導入し、封印された歴史として埋葬すること、だった。 19 宇宙世紀から黒歴史へ「母性のディストピア」と和解し、ニュータイプという思想を事実上放棄した富野由悠季は 1999年──20世紀の終わりに自らが結果的に築き上げてきた『ガンダム』という回路を自らの手で埋葬することになった。 この時期『ガンダム』シリーズは富野の手を離れ、より若い作家たちによって制作された作品、それもアニメーションに限らず、小説、マンガ、プラモデル商品のリリースに合わせたバックグラウンドのストーリー設定などによって肥大しつつあった。その作品世界も宇宙世紀年表の隙間を埋めるものから、『ガンダム』というロボットのデザインコンセプトだけを踏襲した全く異なるパラレル・ワールドを設定したものにまで拡大していった。富野はこの時期にこうした商業的要請に従って拡大する「ガンダム産業」の現状に対し、度々批判的な発言を繰り返している。 そして『ブレンパワード』に続いて翌 1999年に放映が開始されたのが、富野監督による『 ∀ガンダム』だ。 同作の舞台は遥かな未来──宇宙世紀をはじめとするこれまでの『ガンダム』シリーズで描かれた歴史に登場した文明は、全て滅び去っている。その破滅を生き延びた人類は文明を大きく後退させ、 19世紀程度の科学技術を用いて社会を築いている。過去の機械文明の時代は「封印されるべき忌まわしい過去」という意味を込めて「黒歴史」と呼ばれ、人々から忌避されている。 しかし、機械文明を維持したまま生き延びた一部の人類たちはムーンレィスと名乗り月面に暮らしていた。彼らは女王ディアナを中心とした国家を営み、宇宙艦隊を組織して地球に「帰還」を開始する。この侵略に抵抗する地球人類たちは禁忌を破り「黒歴史」の遺産を発掘し──「宇宙世紀」時代などのモビルスーツを発掘し──ムーンレィスに対抗することになるのだ。 現在では「記憶から消してしまいたい恥ずかしい過去のできごと」という意味の言葉として一般名詞化しているこの「黒歴史」という言葉は、もともとは富野がこの『 ∀ガンダム』で用いた造語だ。富野は恐らく無自覚だが(それは富野という作家の天才性を裏付けるものだ)、この「黒歴史」という概念は現代における私たちと「歴史」との関係性を的確に、そして抽象化を経由することで本質的に表現している。 この問題については前著『リトル・ピープルの時代』の補論として取り上げているので、以下、要点のみを簡潔に記そう。 前述した通り『ガンダム』シリーズの商業的成功を支えた「宇宙世紀」という設定は、比較的ファンコミュニティとの距離の近かった当時のアニメ専門誌などを通じて、その二次創作的な「補完」が制作者側に取り入れられることで公式化したものだ。こうした架空年代記に対する「考察」ゲームは『ガンダム』シリーズが拡大する原動力となり、その続篇制作や玩具展開の下地となった。 80年代のブーム終焉後、一旦は下火となった『ガンダム』がインターネット環境の普及を背景に復活を遂げたことと、この架空年代記に対する二次創作的な消費の肥大は深く結びついている。 Wikipediaで「ガンダム」関連の語句を引いてみればよい。この固有名詞群がいかに n次創作的に成立しており、かつ、インターネットとの親和性が高いかが分かるだろう。 こうして半ばボトムアップ的に造られた宇宙世紀という架空年代記は、現実の世界で歴史が個人の生を意味づける「大きな物語」として機能しづらくなっていく過程で、それを代替するものとして支持されていった。しかし、シリーズの拡大に伴う商業的な要請は、架空年代記を好む(団塊ジュニア世代の男性を中心とした)視聴者の外側への訴求力を新しい『ガンダム』に要求していった。 こうした商業的要請によって、宇宙世紀というもう一つの歴史を背景に持たない『ガンダム』が放映されていく。富野の弟子筋にあたる今川泰宏が監督した『機動武闘伝 Gガンダム』( 1994 ~ 95)では、各国がガンダム型のロボットで格闘スポーツ大会に参加するという、当時流行していた対戦格闘コンピューターゲーム(『ストリートファイター』シリーズなど)のような比較的低年齢向きの内容となった。続く『新機動戦記ガンダム W』( 1995 ~ 96)『機動新世紀ガンダム X』( 1996)では、それぞれ池田成、高松信司監督により、ロボットデザインと少年兵の活躍という点だけを踏襲した宇宙世紀とは異なるパラレル・ワールドの物語が展開した。これらの作品の展開は、スポンサーである玩具メーカー(バンダイ)の商業的要請の結果でもあり、そして、『ガンダム』シリーズのより広範な視聴者を得るための試行錯誤だった。これらの新しい『ガンダム』を、一線を引く形になっていた富野が好意的に受け止めていなかったことは想像に難くない。こうした背景のもと、実に 6年ぶりに富野が手がけた『ガンダム』がこの『 ∀ガンダム』だった。 この「 ∀」は全称記号とよばれ、「全ての」「任意の」という意味だ。そしてこの全称記号を冠した本作では、前述の「黒歴史」というユニークな歴史設定が採用されていた。富野曰く「全てのガンダムを肯定し得る設定」として考案されたこの「黒歴史」とは何か。それは端的に述べれば歴史を物語として読むのではなく、データベースとして読み替える視線のことに他ならない。『 ∀ガンダム』では地球の人々がかつて人類が宇宙移民を行っていた頃の遺産を、つまり過去のシリーズのモビルスーツを「発掘」して活用していくが、このとき「発掘」対象になるのは、富野らが手がけた「宇宙世紀」を描いたかつての『ガンダム』シリーズにとどまらず、パラレル・ワールドで展開した他の『ガンダム』シリーズのものも含まれる。つまり富野は同作で『ガンダム』シリーズをメタ的にひとつのデータベースとして描き、そしてこの肥大したシリーズのデータベースから任意のキャラクターを引用する(二次創作する)行為を(批判的に)取り込んだと言える。 実際にその後の『ガンダム』シリーズは、富野が予見したように「黒歴史」の発掘を経て拡大していくことになる。『機動戦士ガンダム SEED』( 2002 ~ 03)、『機動戦士ガンダム 00』( 2007 ~ 09)など、非「宇宙世紀」の『ガンダム』シリーズはプラモデル市場を支える男子児童に加え、美少年キャラクターを支持する女性市場を拡大していった。 またかつてのアニメブームを知る団塊ジュニア世代を中心とした古株のファン層に向けた作品としては、『ガンダム』第一作の作画面のチーフを務めた安彦良和による同作のコミカライズ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』( 2001 ~ 11)や、富野自身による『 Ζガンダム』のセルフリメイク劇場版『機動戦士 Ζガンダム A New Translation』( 2005 ~ 06)の 3部作などが制作された。これらの「宇宙世紀」を舞台にした作品のリメイクは、宇宙世紀の「 if」の歴史展開を描いたもので(たとえば劇場版『 Ζガンダム』の結末からは、テレビ版の続篇である『ガンダム Ζ Ζ』にはつながらない)、いわばオリジナルスタッフによる二次創作的なものだと言える。こうした二次創作性を許容する/欲望する視聴者たちは既に歴史を個人の生を意味づける「物語」から、任意のキャラクターを引用し自分の望む物語を二次創作するためのデータベースと見做しているのだ。まるで、今日のソーシャルメディアで活動する陰謀論者たちが、自分たちの信じたいことを信じるために南京事件否定論や擬似科学的な福島の放射能汚染情況を唱える記事を「引用」するように。 宇宙世紀から黒歴史へ──富野は私たちにとっての歴史が物語からデータベースへと変貌しつつあることを、自らが作り上げた架空年代記の市場展開とファンの消費態度の変貌から極めて正確に捉えていたのだ。 そして、富野はこの「黒歴史」との対峙を同作の主題とした。 『∀ガンダム』の主人公ロラン・セアックはムーンレィスが侵攻に先立って地球に送り込んだスパイの少年だ。そして地球の社会に同化していったロランは任務に背き、戦争勃発後は地球と月の和平の道を求めて、「黒歴史」の遺産を用いて戦争を拡大しようとする人々に──データベース化した歴史と二次創作的に戯れる人々に──対抗していくことになるのだ。 大きな「物語」としての歴史 =宇宙世紀から、大きな非物語としての歴史 =黒歴史へ富野は舵を切った。ここで宇宙世紀が革命を失い、非物語化する世界に対し物語性を仮構するものとして受容されたことを想起してもらいたい。宇宙世紀から黒歴史への変化は、もはや富野が仮想現実内における偽史的な物語の機能を、自らの武器として選ばなくなったことを意味するのだ。少年が、偽りの身体を得ることで社会化し、偽史の中で自己実現をする──自らが構築した戦後ロボットアニメの世界を、富野由悠季は 20年かけて自己解体したと言える。そして、その解体作業の末尾に位置する『 ∀ガンダム』では少年の成長願望としての戦後的アニメロボット──依代としてのロボット──という回路すらも、放棄されているのだ。 同作の主人公のロランは中性的な少年として描かれるばかりか、物語の中では地球側のプロパガンダで女性兵士ローラとしてその存在を喧伝されることになるのだが、このユニセクシャルな主人公はロボットに乗って大人の社会に参画し自己実現する、ということへの意欲を全くもっていない。そして月と地球の間の和平を模索するロランは、「黒歴史」の発掘 =モビルスーツが象徴する戦争を通じた社会的自己実現という男性的な(と、同作では位置づけられる)ものへの、それもマイルドな抵抗者として描かれることになった。 こうして、『 ∀ガンダム』では『ブレンパワード』以上に調和と肯定性が直接的にメッセージとして展開されることになるのだが、ここで重要なのは「宇宙世紀」という偽史を封印したことで「母」的な呪縛を背負ったヒロインが一掃され、これまでの富野作品を支えてきた対立構造そのものが消滅していることだ。機械の、偽りの身体(モビルスーツ)を通じた自己実現を求める男性性(少年性)が消滅するのと同時に、そのマチズモを偽史の中に軟着陸させる女性性(母性)も必要とされなくなったのだ。 ここにはアムロとシャア、そして鉄仮面を蝕んだ男たちの絶望は存在しないし、「母」になることを拒否した女性 =カテジナの絶望も存在しない。また、これらを支配するララァとその子供たちの呪縛も存在しない。したがってユニセクシャルな主人公を取り巻く女性たちも、ララァの呪いから解放されている。少年の自己実現の物語を放棄したとき、それを可能にする偽史 =母性の存在も不要になったのだ。 同作ではロランと共に、月の女王ディアナとその影武者キエルが副主人公的に大きな役割を果たすが、彼女らにララァからシャクティに引き継がれていた母性は存在しない。かといってセイラのアイロニカルな高貴さに始まりカテジナの卑しさに帰結する、血族を忌み「母」になることを憎悪する少女性も存在しない。そして仮想敵であったはずの「母」的なもの =宇宙世紀の重力を失ってしまったこの世界において、姫君たちはロランにとっての「母」やそれを拒否するための存在ではなくあくまで彼女たち自身の物語を生きることになる。逆に言えばユニセクシャルな存在として描かれるロランは、マチズモの獲得装置としての女性を必要としない。それは戦後ロボットアニメが描いてきた少年のアイロニカルな成長譚とは明確に異なるものだ。地球と月──二つの立場の間で平和を模索するロランは、性的にも政治的にも中間的な存在として描かれるのだ。 そして、彼の操る ∀ガンダムはシド・ミードによってカイゼル髭をモチーフにした極めて男性的な外観を与えられているが、その機体は物語中ではむしろ戦後アニメロボットから性的な意味を剝奪したものとして描かれる。同作は物語レベルで少年の成長物語として語られることなく、意匠レベルではロボットが少年の身体性と切断されている。 ∀ガンダムとはかつて宇宙世紀をはじめとする全ての『ガンダム』シリーズに登場する文明を滅ぼした最終兵器だ。その「黒歴史」を生み出した圧倒的な破壊力は人類の業──自ら生み出した制御不可能なシステム──として描かれる。まるであの、イデオンのように。 そう、『 ∀ガンダム』におけるロボット(モビルスーツ)は、そもそも戦後ロボットアニメ的な身体──依代としての身体──を拒否しているのだ。その代わりに浮上しているのが、人間の知性についての問いだ。人間は自ら生み出したものの、知性の、文明の、システムの主人であり得るのか──ロボット =巨大な身体という意匠は人間の生み出した、同時に人間の知性を超えたシステム =人造神として設定されているのだ。 恐らく富野は無自覚であったはずだが、前述したように同作で描かれる「黒歴史」の遺産を発掘(引用)することで戦争を繰り広げる人々の姿──同作で描かれる歴史と人間の関係──は現代における情報データベースと人間の関係に酷似している。「黒歴史」的な偽史とは、現代の情報社会そのものであり、こうした予言的な想像力に富野由悠季の一種の天才性が存在することは間違いない。そして、『 ∀ガンダム』とはこうして黒歴史からの引用を反復し、宇宙戦争を反復し続ける人類の途方もない愚かさとの対峙の物語として描かれた。ここで最終的な「敵」として設定されるのは黒歴史の遺産──モビルスーツが代表する過去の科学技術──に魅入られ、機械の身体とそれを用いた戦争を通じて自己実現を図る男たちだ。そしてかつて全ての文明と共に葬り去った ∀ガンダムを、ロランたちはこうした愚かさの清算ではなく、調和のために用いていくことになる。 これは富野の天才的な先見性を証明すると同時に、富野が「ニュータイプ」という概念が担ってきた思想的な課題を放棄したことを意味する。 『∀ガンダム』は『ガンダム F 91』以降、憎悪の対象に清算ではなく和解を志向してきた富野由悠季の試行錯誤の一つの成果であり、 90年代における富野のドラマツルギーの完成形でもあると言えるだろう。少年たちと「母」的なものとの和解を経て、ユニセクシャルな主体の新しい神話の獲得へ──90年代の富野由悠季の試行錯誤は正当な着陸に成功したかのように思える。 ∀ガンダムというロボットは少年の拡張身体ではなく、非人格的なシステムであるという点において、あのイデオンの発展形だ。しかし、人知を超えた「裁く神」としてそびえ立っていたイデオンとは異なり、ロランの操る ∀ガンダムは、その男性的な外見とは裏腹にコミカルで玩具的な動きを見せる。時に脱走した牛を保護し、時に病院のシーツの洗濯に駆り出される ∀ガンダムのユニセクシャルなイメージは、黒歴史 =データベースと戯れる態度に対抗し得る主体像の提示でもあっただろう。 『∀ガンダム』が戦後ロボットアニメの射程を大きく超える世界観と問題設定を獲得し、豊かなイメージを提出したことは間違いない。だが、それはいわば過去の『ガンダム』に対する、戦後ロボットアニメに対するラディカルな自己批判である一方で、決定的な自家撞着を起こしはじめていることも意味している。その自家撞着は、端的に述べて同作の「敵」の矮小さに表れている。「敵」が戦後ロボットアニメの構築してきた矮小な男性性そのものになったとき、『ガンダム』は自身の歴史の中に半ば閉じたと考えることもできるだろう。 同作の中盤以降の物語的な停滞の最大の原因が、この「敵」の設定の矮小さにある。肥大する人造神 =システムを制御できない人間の業と愚かさとその超克を主題として提示しながらも具体的な物語上の展開として描かれるのは、システムのバグのように発生する時代錯誤のマチズモの暴走とその修正だ。ここで富野はシステムに踊らされる人々の愚かさとの対決を描いているのだが、このときシステムそのものを人が乗り越える可能性(かつてニュータイプと呼ばれたもの)については描かれない。システムのバグを摘むだけで更新の可能性までたどり着けていない。ここで明らかに富野は、描こうとしているものに対して「敵」の設定に、問題の設定に失敗しているのだ(比喩的に述べるなら、モビルスーツのトリビアにしか関心のないオタクや、歴史 =データベースから陰謀論を引用するヘイトスピーカー自体は、単に軽蔑するだけでよく、問題はこうした情況を生む私たち(人間)と世界(情報環境)との関係ではないだろうか?)。 宇宙世紀という偽史を支える構造 =「母性のディストピア」が埋葬された時代に、それでも矮小なマチズモを求めて黒歴史をさまよう男たちを、富野はもっとも救われない存在として、さらには排除すべき「敵」として描いた。第 1部の戦後史整理にしたがえば、宇宙世紀とは戦後的な「母性のディストピア」であり、そして黒歴史とはそれが情報技術の支援によってより肥大したものに他ならない。だが富野はここで直面したシステムの問題からは背を向け、同作以降、再び少年性の物語に回帰していくのだ。 20 少年性への回帰──『 OVERMANキングゲイナー』 『∀ガンダム』とその中で提示された「黒歴史」という概念は戦後アニメーションの想像力の中で、もっともラディカルに「母性のディストピア」を超克する可能性を示した、とは言えるだろう。「宇宙世紀」から「黒歴史」への移行は高い現代性/未来性を獲得すると同時に、ユニセクシャルな主体とシステムとしての「ロボット」を導入することで戦後ロボットアニメの問題設定自体をキャンセルする試みでもあった。その一方で、『 ∀ガンダム』が「敵」の設定に失敗し、主体とシステムの関係について新しいビジョン(かつての「ニュータイプ」のようなもの)を提出できず、単に過去にとらわれた男たちを否定することだけに留まってしまったのは間違いない。同作以降の富野が見せた少年性への回帰は、前作で残された課題に対する富野なりのアプローチでもあったのかもしれない。かつての「ニュータイプ」という破綻した夢に回帰することなく、「黒歴史」的な新しいシステムに対応した主体をどう提示するか。そのための「少年」性への回帰でもあったはずだ。しかし、この少年性への回帰によって「作家」としての富野由悠季はこの時期から大きく衰微し始めることになったと言わざるを得ない。 例えば 2002年に放映開始された『 OVERMANキングゲイナー』( 03年まで)は「引きこもりのゲームオタク」である主人公の少年(ゲイナー)が、富野作品史上久しぶりに登場した(完成された)「大人の男」ゲインによって反体制運動に連れ出され、徐々に社会化されていく物語として展開した。しかし富野はかつてのように偽史と偽りの身体による少年の自己実現、といった構造を用いることはできない。そこで男性性のあり方それ自体を問いなおすものとして、恐らくは『ダイターン 3』の破嵐万丈以降不在だった(完成された)「大人の男」を再登場させることになった。同作は──少なくとも当初は──ゲインという「大人の男」をゲイナーという少年が彼とは異なるタイプの「大人の男」に成長し、超えることで、つまり宇宙世紀とは異なるかたちのビルドゥングスロマンを実現しようとした作品だと考えられる。同性の師弟関係はこれまでの(『ガンダム』第一作後半以降の)富野作品では比較的希薄なモチーフだが、これは「ニュータイプ」という概念が近代的なビルドゥングスロマンの超克を目的に設定されたためだ。そして「ニュータイプ」を放棄した富野はここで、自身がかつてそのドラマツルギーを構築するにあたって比較的初期に切り捨てたモチーフを再掲することを選択したのだ。同作に登場するロボット(オーバーマン)は、玩具的なデザインとギミック(「時間を止める」「身体が伸びる」などの特殊能力)を持つ。主人公たちの反体制運動も「エクソダス」という「祭り」の要素が全面化したものとして設定される。主人公のゲイナー少年が「ゲーマー」であり、同作は徹底して「遊び」という要素がちりばめられている。「玩具的な」ロボットの「ゲーム」的な操縦による成長──おそらく『キングゲイナー』がゲイナー少年に与える「(ゲインとは異なる、新しい)大人の男」のビジョンはこの「遊び」と結びついたものになったはずだ。 しかし同作はゲイナーとゲインの物語──少年とかつて少年だった男の物語──として始まりながらも、物語の中盤で半ばそのコンセプトは放棄される。ゲイナーのビルドゥングスロマンは次第にヒロインとの恋愛に軸足を移し、ゲインの存在は希薄化する。これはいささか奇妙な現象だ。兄貴分との師弟関係的なものと、ヒロインとの恋愛関係的なものは通常は対立するものではない。少年は、兄貴分との師弟関係を通じて成熟し、社会化し、そして女性を獲得し「父」となる、という回路はアナクロニズムとして、しかしそれだけに強固に現代においても機能している。しかし、同作ではなぜか後者が台頭すると前者が衰微してしまう。そして、とってつけたようなボーイ・ミーツ・ガールの物語が少年の「正しい」成長の過程としてあてがわれる。ゲイナーの成長はあくまで恋愛の成就として描かれ、ゲインが体現していた父性には対峙しない。 その理由は明白で、本作の主人公であるゲイナーがそもそもリアリティのあるキャラクターとして成立していないからだ。ゲイナーは物語の冒頭で「引きこもりのゲームオタク」として登場するが、この「引きこもる」理由がとんでもなく的を外している。なんと、ゲイナーは「政治闘争に巻き込まれて両親が殺害されたこと」を理由に引きこもっているのだ。昨今の「引きこもり」について多少の見識がある人間なら、いや同時代の空気を少しでも嗅ぎ取っているのなら、これがどんなにリアリティのない設定かわかるだろう。「両親を殺された」という理由で引きこもるなんて、「引きこもり」でもなんでもない「普通の人」のメンタリティだ。現代における社会的「引きこもり」はポストモダン的なアイデンティティ不安や、ローカルな承認欲求が満たされないことから、特定の出来事や人間関係といった明白な原因がなく厭世的になって引きこもる、からこそ問題視されているのだ。かつて富野は『 Ζガンダム』においてカミーユ・ビダンという主人公を設定し、時代の感性を確実に先取りしていた。しかし 2002年の時点の富野は逆に時代に追いこされつつあったと言えるだろう。富野は少年のビルドゥングスロマンに回帰することで現代的な主体を描こうとしたが、そもそもこの時点では既に現代的な少年性が何か、分からなくなってしまっていたのだ。その結果、当初のコンセプトを放棄せざるを得なかったのだ。 たしかに『キングゲイナー』は良作に違いない。「演出家」富野は生き生きとその天才を発揮し、スピード感溢れるメカアクションと群像劇が絡みあうテンポの良いフィルムの快楽は特筆に値するだろう。私もまた、敵味方のロボットとキャラクターが入り乱れてモンキーダンスを踊るあのオープニングアニメーションの 1分半を、愛して止まないファンの一人である。このオープニングが代表する同作の「祝祭性」は『 ∀ガンダム』から引き継がれた、ロボットのユニセクシャルな玩具性の表現の発展形だ。同作には随所に、コミカルな演出とこうした祝祭性が顔を出し、作品を彩っているが、併走する物語が上滑りしているため十分に機能しない。この玩具性と祝祭性こそ、描かれるべき(ゲイナーがゲインに対抗して獲得すべき)新しい主体の鍵となるはずだった。しかし富野はその鍵を用いるべき「少年」が全く描写できず、旧来的なボーイ・ミーツ・ガールの物語を反復するしかなかった。 この玩具性と祝祭性がもし、ゲインとゲイナーの男たちの物語と接続されていれば、黒歴史 ≒現代の情報社会を漂いモビルスーツを弄び、データベースの海から小さな承認欲求を満たす矮小な男たちの出口となる別の可能性として提示されていれば、時代に対する回答となり得ただろう。しかし、そもそもその男たちの物語が空転することによって、同作はその回答になり損ねたのだ。 21 劇場版『 Ζガンダム』と『リーンの翼』 その後、富野は 2005年から翌年にかけて『 Ζガンダム』のリメイクを手掛けることになる。この時期『ガンダム』産業は、団塊ジュニア世代を対象にしたゲーム、模型などを中心とした旧作のリバイバルと、『機動戦士ガンダム SEED』によるティーン、特に女性ファンの再獲得に成功し、産業として大きく肥大していた。『 Ζガンダム』のリメイクはこうした情況下で企画されたものだったが、富野はリメイク劇場版 3部作では、アイロニーに満ちたあの『 Ζガンダム』の物語を、健全な少年のビルドゥングスロマンに書き換えた。主人公カミーユの内面からその屈折は排除され、そして彼が発狂する結末の展開もハッピーエンドに改められた。これは富野自身が、かつて憎悪した偽史と偽りの身体によるマチズモの仮構を、極めてベタに実践したものだと言える。富野はこの改変について、かつてのカミーユの造形と彼を主人公にした物語は時代の要請であり、テレビ版の放送から 20年を経た時点で過去のものを踏襲する意味は消失したという旨の発言を繰り返している。 しかし、この改変は宇宙世紀という偽史装置から母性への批評性というアイロニカルな問題設定を消失させたにすぎず、 20年の時間を経たアップデートがなされているとは言いがたい。この時期の富野は自身が整備したデータベースの海から順列組みあわせ的にウェルメイドな物語をリメイクとして生み出し、架空歴史をメンテナンスし続ける極めて良心的な原作者として機能したと言っていいだろう。 一方で富野は同時期にオリジナルビデオアニメ『リーンの翼』( 2005 ~ 06)を発表している。これは『聖戦士ダンバイン』に連動し、富野が当時執筆した同名の小説の続篇的な物語(この新作アニメの内容に即した、原作小説の大幅な加筆修正も行われている)だ。小説版は先の大戦時に異世界にワープした旧日本軍の特攻隊員(サコミズ)が、現地の騒乱に参加し「聖戦士」として活躍する過程を描いた物語だったのだが、アニメ版の物語はその数十年後、異世界で王となったサコミズが自らの軍隊を率いて次元の壁を超え、現代日本に侵略を開始するというものだ。そして、その侵略に日米ダブルの主人公の少年(エイサップ鈴木)が異世界の軍勢から奪取したロボット(オーラバトラー)を操りサコミズと対決することになるのだが、ここで物語を駆動しているのは登場人物たちの民族性だ。 サコミズは半世紀以上を経て帰還した現代日本に絶望して、東京への核攻撃を試み、そこに在日外国人の少年たちが加担することになる。主人公のエイサップは出自に起因するアイデンティティ不安を抱いていて、彼はサコミズとの対決を通じて自らのもつ民族性と身体を受け入れていく。 ここでの富野には、民族性と身体性が深く結びついた人間観が前提として存在し、その自覚を通じて主人公の少年エイサップ鈴木のビルドゥングスロマンを成立させようとしているのだが、その一方でもう一人の主人公といえるサコミズは、戦後日本の成れの果てに絶望して東京への核攻撃を試みる。このときエイサップの成長には家族の回復が不可欠な要素として提示され、サコミズの標的は具体的には消費社会と情報社会のインフラに向けられている。これは 90年代以降の富野の思想的な遍歴が凝縮されている構図だ。 かつて富野は「ニュータイプ」という理想を掲げ、その認識力を拡大させた人類がテクノロジーを自在に操るという未来像を提示した。しかし、やがてこの概念は家族論に矮小化されることで摩耗し、そして放棄されるのだが、その背景にはむしろ人間がその意識を拡大させ、実空間を無化してコミュニケーションを取ることが破壊と暴力の連鎖を生むという認識があった。その処方箋として、富野が提示するものはどうしてもある種のアナクロニズムとしての民族性や、ニューエイジ的な身体/環境論を孕んでしまう。繰り返すがこれは、ニュータイプの概念の出自がニューエイジを含む 70年代アメリカのカウンターカルチャーにあることを考えれば思想的な後退に他ならないのだ。 22 『 Gのレコンギスタ』と物語の喪失 その後、富野は長い沈黙期に入る。より正確には、積極的にマスメディアや出版物に露出する一方で新作を準備していた、とされている。だがその新作が日の目を見たのは、なんと約 8年後の 2014年秋のことだった。年齢的に富野最後のテレビシリーズ監督作と言われる最新作が『ガンダム Gのレコンギスタ』( 15年まで)だ。 同作の舞台は再び宇宙世紀からはるか未来に設定される。それが『 ∀ガンダム』より前の時代かあとの時代かは作中で明言されないが、相次ぐ宇宙戦争の結果、地球の文明は衰退し宇宙世紀時代のテクノロジーを限定的に使用することで、地球に残された人々は生き延びている。物語は、地球で暮らす少年少女たちが宇宙世紀時代の遺産をめぐる戦争に巻き込まれることで進行するのだが、この物語の内容を一見して把握することはほぼ不可能だろう。 私自身、初見では物語の内容をよく飲み込むことができずに第 8話あたりで一度挫折して、しばらくして 15、 16話まで観てまた挫折して、その後に完結まで待ってから最終話まで一度に観ることでようやく内容を把握することができた記憶がある。 そう、不幸なことに『 Gのレコンギスタ』は何よりもその難解さによって認知されることになった。登場人物同士の会話の何割かは嚙み合わず、基本的な情況設定の多くはさり気ない会話から類推する他ない。録画したものをメモを取りながらくり返し視聴しやっと理解できるレベルの複雑さと情報量と、それらに対応する説明の少なさには「分からない」という批判が視聴者から数多く寄せられた。 しかしこの分かりにくさは半ば確信犯だ。 同作に対する内容が全く理解できない、説明不足で情報量を詰め込み過ぎだという批判は、恐らく正しい。ただ、富野由悠季の演出方法として、物語的に整理されていないところを意図的に残すことによってリアリティを獲得するという手法は 80年代以前から多用されていたものである。しかし同作の問題は全篇にわたって描写が根本的に乖離していることだ。 そもそも映像とは、パースペクティブという西洋近代の礎となった発想の完成形だった。特定の狭い共同体の中の文脈の理解を経なければ共有は不可能である実空間 =三次元の体験に対し一度それを二次元に焼き直すことで、つまり虚構化することで共有可能なものに整理する思想の究極形──もっとも人間を受動的にするもの──が映像という装置であり、映像メディアというものが生まれたことによって今までにない規模で社会というものを運営できるようになっていったのが 20世紀という「映像の世紀」だった。 その意味では、作家の意図したもの以外配置できないアニメは、究極に統合された、現実の乖離性を全く孕まない映像を生むことができる究極の映像装置なのだ。その結果、グローバル化の進行と並行して、世界的にメガヒットする映画がアニメ中心になっていったわけだが、その情況下において同作は、わざわざアニメで現実以上に乖離した状態を執拗に描いているのだ。 ここには恐らく富野の反時代的なメッセージが存在する。映像の 20世紀からネットワークの 21世紀へ。ネットワーク上に情報が、映像が氾濫し、分からないものはその場で検索して理解すれば済む現代において、 20世紀までの人類が直面していたようなかたちでの乖離した現実は、もはやアニメのような虚構性の高い表現で意図的に再現しなければ成立しないものになりつつある。情報環境が目にしたいものだけを視界に入れ、耳にしたい言葉だけを選別してくれる現在において、もはや作家が完全にコントロールできる映像 =アニメを通すことでしか、バラバラに乖離した現実に人々が向き合うことはできない。そう、 8年ぶりにアニメーションを演出した富野はほとんど嫌がらせのようにアニメーションでわざわざ、それも執拗に現実並みに乖離した世界をシミュレートしているのだ。 乖離した現実を想像力で統合し、整理されたものに置き換えて理解する知恵をいま、人間は手放しつつあるのではないか。こうした文明批判的なテーマは富野がこれまでの作品で反復して描いてきたものでもあるが、この『 Gのレコンギスタ』ではそれが物語だけでなく、演出コンセプトそのものを決定しているのだ。 そうですね、アニメの表現って本来はものすごく高性能なんですよ。[中略]映像作品を映画的に見せるためにどうするかということについて、今回『 G─レコ』の演出をしているときにファーストガンダム以上に意識したことがあります。それは、事象があちこち飛んでも、話としては一気に見られるものにしたかったということなんです。そこはものすごく意識して作っていました。そうするためにはどうしたらいいか。それはすごく簡単なことで、キャラクターの情だけは全部統一して流す。情感のリアクションだけは噓をつかないということです。そうすると、話があちこち飛べる。今これに気づいてる映画人ってそんなに多くないよね(* 24)。 これは同作の放映後に出版された書籍に収録された富野と私との対談中の発言だが、富野はここで「アニメの性能」という概念を用いて同作の演出コンセプトを説明している。しかし対談中に富野自身が認めるように、この「アニメの性能」をもってしても乖離した現実をメタレベルで統合し得る物語──主人公であるアイーダとベルリの姉弟の物語──はほぼ空転している。『キングゲイナー』『劇場版 Ζガンダム』『リーンの翼』と、富野は少年性の表現としてのロボットアニメへの回帰を試みている。それは健全なボーイ・ミーツ・ガールの物語として提示される一方で、かつての富野作品に存在した戦後ロボットアニメに対する自己批評性( ≒ニュータイプの思想)は失われている。その代わりに、アナクロニズムとしてのニューエイジや民族性がその欠落を埋めている。戦後ロボットアニメが偽史と偽りの身体による成熟の仮構であることを忘却したふりをするか、あるいは使い古された思想へ回帰することでその自覚とアイロニーを維持するかの二択が、近年の富野の選択だったように思える。 しかし『 Gのレコンギスタ』はそのどちらも選択することはなかった。当初は少年ベルリと少女アイーダのボーイ・ミーツ・ガールの物語として始まった同作は、戦後ロボットアニメへの回帰を志向しているかのように視聴者をミスリードした。 だが、そもそも『 ∀ガンダム』を経た本作におけるモビルスーツはほぼ少年の理想の身体としての機能を失っている。従って同作は少年性の表現としてのロボットアニメであることを最初から拒否しており、そして物語の中盤でアイーダとベルリが姉弟であることが明かされ、ボーイ・ミーツ・ガールの物語が否定されることでこの態度は視聴者に明示される。だが問題は同作がその後に語られるべき新しい物語を獲得することなく、しかしそれでもその内実を失ったままベルリの、少年の物語であり続けたことだ。 戦後日本的なアイロニカルな男性性の表現としてのロボットアニメが既にその役割を終えていることを、富野は確実に理解していた。しかし、同作はこれに代わる新しい物語を獲得することができないまま少年とロボットをその中心に置き続けた。その結果、『 Gのレコンギスタ』は群像劇的かつ叙事詩的に情況の展開を描くこともなければ、全く新しい少年とロボットの物語を獲得することもなく、迷走したと言っていいだろう。この物語的な迷走が同作の乖離した映像をより複雑にしている。同作の物語は中心点を持たないまま空中分解し、視聴者の感情操作のレベルで内容を飲み込みづらくしてしまっているのだ。これは富野の培ってきた演出手法が、本人が述懐するように物語レベルでの感情表現に大きく依存していたことを意味する。富野のアニメーションが実写映像以上の、ときに現実以上のリアリティを発揮するためには、拡張身体としてのロボット、あるいは偽史としての宇宙世紀という感情移入のための蝶番的な装置だけではなく、虚構の世界に現実を侵入させ部分的に破綻させることでの視聴者の感情の操作が必要だった。それは『海のトリトン』の頃から一貫した富野の作劇/演出コンセプトだったと言っていい。映像的なもの、二次元的なもの、パースペクティブ的なもののもたらす統合された世界を部分的に自己破壊することで、富野はアニメという究極の虚構だからこそ逆説的に獲得できるリアリティを最大限に発揮してきたのだ。しかし今の富野はこの操作を可能にするための「物語」を失っているのだ。 ここしばらくの富野が少年の、未成熟な男性性の表現としてのロボットアニメに回帰しようとしていることは明白だが、その試みが失敗していることも明らかだ。そしてその失敗は戦後ロボットアニメと男性性の関係の変化に起因している。 もはや富野にとって、いやロボットアニメにとって、性的な想像力を介した少年の社会化の問題という戦後日本の抱えてきたアイロニカルなマチズモの問題も主題にはなり得ないのだ。にもかかわらず、富野は自身が生涯をかけてコミットしてきた少年性の表現としてのロボットアニメをつくりつづけている。『逆襲のシャア』は中年になったシャアとアムロの死を通して、戦後日本の想像力の、そして日本的ロボットアニメの描いてきたマチズモの軟着陸の不可能性を告白した物語であり、『 ∀ガンダム』は中性的な主人公を置いて、日本のロボットアニメが積み上げてきた、少年の成長物語としてのロボットアニメ、ロボットという巨大な鋼鉄の、仮初めの肉体を得ることで少年が成長を仮構する、というフォーマットの外側に出ようとした物語だった。そして同作では男と女の物語はもう映像の中心にならなくなった。しかし富野はこのとき新しい主題を見つけることができなかった。具体的には戦うべき「敵」を設定することも、「敵」のいない/見えない世界を描くこともできなかった。そしてその結果再び少年の物語に回帰していったが、新しい少年の物語を手に入れることもできなかった。これが、富野自身がまさに育ててきた、戦後日本的な少年の自意識の受け皿としての、ロボットアニメへのケリのつけ方でもあり、結果的に乗り上げてしまった巨大な暗礁に他ならないのだ。 23 戦後ロボットアニメの「終わり」 そう、富野由悠季とロボットアニメは、そして戦後アニメーションはいま、巨大な暗礁に乗り上げている。ロボットアニメとは戦後アニメーションの思想を体現する存在であり、そして戦後アニメーションとは戦後社会の精神をもっとも根源的に引き受けてしまった戦後日本における「映像の世紀」を体現する存在だ。したがって語るべき物語を失い、空中分解してしまったその姿は戦後 70年を過ぎたこの国の似姿でもあるだろう。 こうしている現在も、ロボットアニメは一定のペースで生まれているが、その多くが中高年を対象に 70年代、 80年代のロボットアニメの洗礼を受けた世代のノスタルジーに訴えるか、ロボットを表現の中心から遠ざけて物語の添え物にするか、の二択を迫られている。『ガンダム』シリーズもその例外ではない。 例えば前者を代表する戦記作家の福井晴敏ら『ガンダム』第一作世代のスタッフによるビデオアニメシリーズ『機動戦士ガンダム U C』( 2010 ~ 14)では、あの『逆襲のシャア』の後日譚が展開する。同作については、基本的には富野が手がけた『ガンダム』の表面的かつ安易なアプローチによる二次創作的な模倣以上のものではなく、ここで論評し得るレベルのものではない。ただ、この安易さを症例としてこの国の現役世代の文化の貧しさについて考えることはできるだろう。 同作で繰り広げられたのは、次世代のニュータイプとして登場する少年主人公の前に次々と現れる中高年の軍人が戦場で人生訓を繰り返す「説教リレー」とも言うべき展開だ。彼らの「説教」は基本的に、世界は複雑でアプローチは困難を極めるが自分はそれを受け入れて頑張ってきたのだ、といった類の実質的に無内容な一般論と自己憐憫でしかない。ここにおいて、ニュータイプとは事実上、視聴者(ガンダム世代)の分身である矮小な「父」たちの自己回復の手段としての「説教」を涙目で聞いてくれる若者のことでしかない。 しかし、それもやむを得ないことなのかもしれない。既に中年層から熟年層に移行しつつある『ガンダム』第一作をティーンエイジャーとして経験した世代が、既に少年の(いびつな)成長願望の表現としてのロボットアニメを必要としているはずもない。既に何割かは家庭を持ち、そして社会的な地位もあるであろうこの世代に、もはや偽りの機械の身体と「父」になる夢を与えてくれる守られるべき少女(「母」)の存在は必要ない。彼らが求めているのは自分たちの説教を涙目で聞いてくれる若者でしかなく、さらに彼らが教育コストゼロで活躍してくれる即戦力新入社員(ニュータイプ)であればいうことはないだろう。 かくして、かつて人の革新と言われたニュータイプはここにおいてくたびれた中間管理職の渇望する即戦力新入社員の比喩にまで矮小化されたのだ。 ちなみに、こうした「説教リレー」を経て主人公たちがたどり着くのは恐るべきことに陰謀史観と優生思想だ。同作が描く新世代のニュータイプたちは、大衆に秘匿された世界史的な陰謀が存在し、その陰謀の存在を察知し、真実に目覚めることで社会が改良され歴史が正しい方向に舵を切る、という思想に基づいて行動する。こうした陰謀論は現代社会においては概ね、社会の複雑さに対してのアレルギー反応として発生するものだ。例えば日本においては、社会の情報化が右派の歴史修正主義者や左派の福島の放射能汚染を擬似科学的に過大に喧伝する勢力などの陰謀論者を拡大させている。そして、『ガンダム U C』の主人公たちがそれを白日のもとに晒すことで世界を改良し得ると信じる「事実」とは、ニュータイプによる世界統治を肯定する優生思想的な地球連邦政府の隠された憲章である(ちなみに、主人公たちは政府が秘匿していた優生思想を暴き糾弾するのではなく、それを肯定するために暴こうとしている)。 こうして無自覚に陰謀史観と優生思想に陥った『ガンダム U C』は「血統」が全てを決定する世界でもある。主人公のバナージ、ヒロインのミネバ、そしてライバルのリディと、戦乱を生き延びて「可能性」を担う存在は全て宇宙世紀の名家の出身であり、その血の呪縛を引き受けることで可能性を担うことになる。対してフロンタル、マリーダ、アンジェロなどの強化人間(人工ニュータイプ)は概ね矮小な存在として描かれるか、人間として「間違った」存在として描かれることになる。特にマリーダについては、幼いころの性的虐待が原因で妊娠できない身体になっているという設定が存在するが、この「妊娠できない身体」について人間としての本来性を損なわれているがゆえに幸せになれない存在として描かれている。子供を産めない女性は、人間として本来的なものを奪われた存在である──この人間観を 21世紀に生きる私たちが許容するのは正直、難しいものがあるだろう。 ここからは、家族と擬似家族の間で揺れ動いてきた富野由悠季という作家の血統への両義的な態度は雲散霧消し、前述の優生思想と結びつくことで極めて安易かつ一面的な人間観を露呈していると言える。富野由悠季が「ニュータイプ」という思想を事実上放棄した後に、家族主義に回帰したことは間違いない。しかし、そこで扱われる血統とは、むしろ精神的なものであり、決して生物的な優生学的なものではなかった。あの鉄仮面カロッゾが「入り婿」したロナ家は新興企業の創業一族がヨーロッパの名門の名前を「買った」ものにすぎず、そして富野はそんな「高貴さ」に惹かれながらもそれを信じることはできなかったために鉄仮面という悪役を設定したはずだ。 富野由悠季という作家の創造的な格闘の成果は、少なくとも宇宙世紀の語り手を継承した「正統な」後継者たちにはほぼ継承されなかったと言っていいだろう。端的に述べればいま宇宙世紀という箱庭──「母性のディストピア」──は現実世界では満たされないマチズモを充足させる装置として、矮小な父性を充足させる装置として、団塊ジュニア世代のヒーリング的に機能しているのだ。 その一方で後者──『新機動戦記ガンダム W』『機動戦士ガンダム SEED』『機動戦士ガンダム 00』など「宇宙世紀」を継承しなかった新しい『ガンダム』たちが代表する諸作品──におけるロボットたちは、もはやアイドル的に消費される美少年キャラクターたちのアクセサリー以上の機能は備えていない。これらの作品においてロボットはもはや少年の憧れるマチズモのアイロニカルな理想化という側面は大きく減退し、主人公たちも(消費社会的な)ナイーブで内向的な少年から(情報社会的な)全能感に満ちた天才少年へと変貌を遂げている。逆に考えれば、こうして戦後アニメーションにおけるロボットは、その過剰な意味性から解放されて、映像を彩るガジェットの一つに回帰することができた、とすら言えるだろう。 工業社会が過去のものとなり、ノスタルジーの対象とすらなっている現代において理想の身体とそのマチズモを機械で仮構するという表現──戦後ロボットアニメ──自体がその機能を失いつつあることは明白だ。こうしてロボットアニメはアニメの思春期へのノスタルジーと美少年キャラクターのアクセサリーに分裂した。前者を世代論的に論じ、後者をさらなる戦後アニメーションの奇形的進化として論じることも可能だが、それはここでの趣旨ではない。ここで重要なのは、そのどちらも選択することができない富野由悠季がいま、語るべき物語を失いつつあるように思えることだ。その結果が『 Gのレコンギスタ』の迷走に他ならない。 いま、富野が拘泥した戦後ロボットアニメはその役割を終え、全く別のものに変貌を遂げようとしている。では、富野がそのアニメーションの中で展開してきた想像力とその問題設定は、戦後ロボットアニメの「終わり」とともに無効化されてしまうのだろうか。半世紀ものあいだ展開してきた戦後ロボットアニメという名の「母性のディストピア」の中でのもがきから、いま私たちが持ち帰るべきものは本当にないのだろうか。 結論から述べれば、ある。 富野の生んできたアニメーションの中でこうした戦後ロボットアニメのセオリーから逸脱したものが存在する。それは 80年代前半のアニメブームにおける『ガンダム』第一作と並ぶ富野の代表作であるにもかかわらず、そのあまりにも並外れた内容から富野自身も含めてその成果を受け継ぐことができなかった作品だ。 この第 4部では一連の富野論の最後に、この 30年以上の年月を経て未だに消化されきっていない戦後アニメーション最大の問題作について再度論じたい。それは富野由悠季が提示した想像力の、いやロボットアニメと戦後アニメーションに残された最大の遺産であり可能性に他ならないと私は考えているからだ。そして富野由悠季が再び物語を語るための鍵もまた、確実にここに存在すると私は考えている。富野由悠季はいまだからこそ、この場所に戻って再び物語るべきなのだ。『伝説巨神イデオン』という何者も制御できなかった人造神の物語に。 24 ニュータイプは黒歴史を超えられるか『伝説巨神イデオン』は前述したとおり、『ガンダム』第一作の直後に 1980年から翌年にかけて富野由悠季が手がけたテレビアニメーションだ。復習を兼ねて、同作の二つの批評点を紹介しよう。 第一に、同作は戦後ロボットアニメの最盛期に誕生しながらも、その身体の拡張としてのロボットという基本的なモチーフから大きく逸脱している。同作におけるロボットとは人間を裁く神であり、さらに言えば人類が自ら生み出した人造神だった。 20世紀の作家たちが人工知能への夢を結晶化させたロボットでもなく、それをアイロニカルな身体の拡張として捉えた戦後アニメーションのロボットでもなく、あたかも自律した意思を、それも人間の理解を超えたものを持つかのように駆動するシステム =人造神としてのロボット──それは富野自身のものも含めて、ほかのどの戦後ロボットアニメとも異なっている空前絶後の存在だ。 これは前作にあたる『ガンダム』第一作で「ニュータイプ」という人類の進化のビジョンを描いた富野が、反転して進化を要求する「神」を描いたことを意味する。「ニュータイプ」とは「イデ」の要求する高次な認識力を獲得した人類のことであり、そして『イデオン』とはニュータイプになれない人類が人造神「イデ」の試練に耐えられずに滅亡する物語だ。このとき、戦後ロボットアニメは一度、「アトムの命題」から──戦後的なマチズモの表現から──切断されているのだ。にもかかわらず、富野がその後「母性のディストピア」の重力に縛られ、戦後ロボットアニメの想像力から離陸できなかったのは、同作の結末で人類を高次に導くものとして「母」性の神秘化に舵を切ったからに他ならない。これが第二のポイントだ。『イデオン』は富野が「母」的なモチーフと超越性を最初に結びつけはじめた作品でもあった。ニュータイプという夢を縮退させ、少年たちを井戸の底に縛り付ける「母性のディストピア」の重力の発生源は恐らくここにある。 前述したように、『ガンダム』第一作においてアムロの「ニュータイプ」への覚醒は、むしろ血縁を超えた擬似家族的な共同体のイメージと結びついていた。アムロの「帰れる所」となったのは、国家でも家族でもなかったし、ララァとの依存的な関係性でもなかった。そこで富野が提示したのは非家族的、非生殖的な擬似家族的共同体だった。それが空間を超えた非言語的コミュニケーションというニュータイプのイメージと結びついた共同体のイメージだったのだ。「イデ」とはいわばニュータイプ的なコミュニケーションを可能にするシステムだが、富野はそのシステムが実装され、空間を超えて人間の感情同士が否応なく直接触れ合ってしまう世界を想定したとき、そこに生まれるのは誤解なき相互理解ではなくむしろ逆だと考えた。それは、アニメーションという虚構に現実の論理を衝突させるという富野の創作のコンセプトの徹底だったに違いない。その結果、ニュータイプならぬ人類は「イデ」を制御できずに滅亡するしかなかったのだ。そして、輪廻転生の反復の中での進化という可能性を希望として提示することになった富野は、このとき一度捨て去ったはずの「母」胎回帰的なイメージを前面化させた。人造神「イデ」の試練に耐えられない人類の、自らの生み出したシステムを乗り越えられない人類の、ニュータイプに覚醒できない人類の救済の可能性を、富野は輪廻転生という宗教的なモチーフに収斂させ(この宗教的なモチーフへの接近は後のオウム真理教のサブカルチャー性に通じている)、母胎回帰的なイメージを与えていた。このとき富野は戦後(ロボット)アニメの呪縛──「母性のディストピア」を超克する可能性を手放したのだ。「イデ」と母胎回帰が結びついたとき、ララァはアムロに選ばれなかった存在ではなく宇宙世紀の支配者となった。ニュータイプとは、認識力の拡大による他者の受容を可能にする存在(擬似家族的な共同体のイメージと結びついている)ではなく、「母」胎回帰的、家族的想像力に縛られ、そのマチズモをめぐる倒錯を念動力や降霊術として表現する超能力者 =ララァの子供たちとなっていったのだ。これが意味するところは何か。 それは富野はいまこそ「イデ」の試練に耐え得る存在 =「ニュータイプ」を再設定すべきだ、ということだ。母胎回帰することなく人造神 =「イデ」的なシステムに対峙し得る存在を描くことに、もう一度挑戦するべきだ、ということだ。「ニュータイプ」が急速に発展する情報環境下における新世代の感性の、そして「イデ」が肥大する科学技術と高度資本主義の比喩的な側面をもっていたことは前述した通りだが、だとすると、回答は後者「イデ」に対峙し得る前者「ニュータイプ」のビジョンをアップデートすることによってしか得られないことになる。 そう、富野由悠季は「ニュータイプ」を諦めるべきではなかったのだ。そしてそのためには、「母」胎に回帰することなく、輪廻転生に帰着することなく、ニューエイジに縮退することなく、「イデ」に対峙することが求められている。それはすなわち、もう一度『イデオン』を、人造神 =システムとしてのロボットを描くことに他ならない。 富野由悠季はもう一度「イデ」と対峙すべきなのだ。そしてもう一度「ニュータイプ」の理想を追求すべきなのだ。では、その手がかりはどこにあるのか。 富野が『イデオン』で描いた人造神 =システムとしてのロボットを、ほとんど唯一──間接的に受け継いだ存在が一つだけある。かつて宇宙世紀という時代を、いや宇宙世紀と並行して存在する数々の並行世界を──すなわちありとあらゆる『ガンダム』の世界を全て葬り去り、地の底深くに引用可能なデータベース(黒歴史)として埋葬した存在──『 ∀ガンダム』がそれだ。そして同作に登場するガンダム──∀ガンダム──もまた、他のアニメロボットとは異なり、男性性とも身体性とも切断されていた。 ∀ガンダムはイデオンと同じように、人類を裁く「人造神」的なシステムとして登場し、操縦者の主人公ロランはユニセクシャル的な存在として描かれた。『 ∀ガンダム』もまた、戦後ロボットアニメのセオリーから逸脱した存在なのだ。そして物語はロランたち主人公の、 ∀ガンダムという人造神との対峙を描いたが、その帰着は人類の進化ではなくその否定であった。 『∀ガンダム』においてロランたちの「敵」として描かれるのは、その業として戦争を欲する人間の本性そのものであり、その結果彼らの戦いは根本的に愚かな人類から武器を、モビルスーツを、科学技術を取り上げ、その代表である ∀ガンダムそれ自体を封印する戦いとして位置づけられていった。しかし同時にそれはロボットアニメの自己否定であるだけではなく、富野が進化論者としての、あるいはフューチャリストとしての立場をほぼ捨ててしまったことを意味する。 『∀ガンダム』が物語の中盤以降、まるでシステムのバグのように展開し、ダイナミズムを失ってしまったことは前述した通りだが、この物語の停滞は同時に富野自身が、『イデオン』から引き継いできた人造神との対峙という主題に対し、人造神 =システムに耐え得る知性の獲得ではなく、システムの封印を選ぶという、表面的な救済のイメージとは裏腹のニヒリズムに起因していることは間違いない。〈刻が未来にすすむと 誰がきめたんだ〉──これは富野が作詞した(井荻麟名義)『 ∀ガンダム』の主題歌の冒頭の歌詞だ(* 25)。これは同作において富野がフューチャリストとしての立場を捨てたことを端的に証明している。 本作後の富野が、答えを持たないままに再び少年の拡張身体としてのロボットに回帰していくのは、このニヒリズムに対して自覚的であったからではないか。 だとすると、富野が獲得すべきは『イデオン』を、『 ∀ガンダム』を超克し得る人類の進化のビジョンではないか。やはり、富野由悠季は「ニュータイプ」の可能性を諦めるべきではなかったのだ。たしかに、ニュータイプたちのつくる未来が破壊と暴力の連鎖するディストピアだという富野の予見の不幸な正確さは、現代のグローバル化の世界情況と情報環境下の社会がほぼ証明してしまっている。しかし、だからこそ富野由悠季はニュータイプを家族論に縮退させ、ニューエイジに後退させ、「母性のディストピア」に屈服することなく、フューチャリストでありつづけるべきであったと思うのだ。 ニューエイジ的な身体性やエコロジー思想といった使い古された回路に回帰することが決定的な回答にならないことは、『 Gのレコンギスタ』に至る近作でこれらのものが物語を支えられなかったことから考えても明らかだ。もし、富野が『 ∀ガンダム』『キングゲイナー』で提示したユニセクシャルな主体(特に前者)と玩具的ロボットの祝祭性(特に後者)を、「ニュータイプ」的なフューチャリズムに匹敵するビジョンに結実できていれば、富野はこの「黒歴史」的な(情報技術によってより進化した)「母性のディストピア」を突破し得るものを描けるはずだ。 富野はだからこそ、もう一度フューチャリストに回帰すべきなのではないか。かつてシャアの絶望に対し、アムロは言った。「貴様ほど急ぎすぎもしなければ人類に絶望もしちゃいない」と。今こそ富野は自身が生み出したアムロのこの言葉を、新しい創作を通して実現すべきなのではないか。家族的なもの、生殖的なものを超克し、他者への想像力を発揮し得る「ニュータイプ」の可能性を、かつての富野がそうしたように全く新しいイメージとして提出すべきなのではないか。そしてシャアの絶望に抗うべきなのではないか。それはもしかしたら、あまりにも本質的、かつ正確な未来予測であるがゆえに再び時代に追いつかれ、批判力を失うかもしれない。しかし、それで一向に構わない。 宮崎駿は綺麗な噓をついて死ぬことを選んだ。そこがディストピアであることを彼は知っていながらも、ユートピアであると噓をつくことがアニメーションという虚構の役割なのだと告白して、筆を折ろうとしていた。しかしアニメーションだからこそ描くことのできる現実を追求し続けた富野は噓をつくことを選ばないだろう。そして、綺麗な噓をついて死ぬことを選ばないのであれば、富野由悠季はそれでも「ニュータイプ」を描き続けるしかないのだ。 (Ⅱ 発動篇へ続く) 註一覧序にかえて *1 三島由紀夫「果たし得てゐない約束─私の中の二十五年」(『決定版 三島由紀夫全集 36』新潮社、 2003年)第 1部 *1 加藤典洋『敗戦後論』(ちくま学芸文庫、 2015年)/加藤はその回復として先の戦争における日本人戦没者の名誉回復を前提とした国民的追悼と、その上での日本国憲法の選び直しを主張した。加藤はこの二つの分裂に対して国民的な「物語」の再構築による統合を提唱した。加藤のこの提唱は左右の言論人から、特に左派から事実上の歴史修正主義を是認するものとして糾弾された。日本人戦没者の名誉に配慮した追悼を行うべきという加藤の主張が、その歴史認識とは異なる次元で国家の歴史修正主義を是認するものとして機能するというのがその主な論旨であり、付随して膨大な論争が行われている。しかしこれについては端緒となった『敗戦後論』への批判そのものが形式化された戦後民主主義的言説からの逸脱を機械的にチェックするという以上の意味は(それこそ事実上)なく、ここで取り上げる価値は薄い。むしろ問題はこのとき加藤が提唱した国民国家的な物語の再構築の善悪ではなく、その処方箋の有効性にこそあるだろう。国民的アイデンティティの再構築という当時加藤から提出された処方箋が、「 ~ではない」という否定形でしかつながることのできないこの国においておおよそ効果を発揮し得るとは思われない。加えて、今日のグローバル化へのアレルギー反応としての(左右を問わない)国家への回帰という現象を前にしたとき、加藤の処方箋の副作用はまた別の視点から計測されるべきだろう。 *2 江藤淳「『ごっこ』の世界が終ったとき─七〇年代にわれわれが体験すること」(『諸君!』 1970年1月号)/今日こうした対米自立論はむしろ保守において(少なくともアメリカ以外の軍事的同盟国が想定し得ない)多国間防衛以外実効性を(短期的には)持たない現代の軍事情況を無視した空論として退けられている。その一方で、リベラルにおいてむしろ対米自立論、自主防衛論が台頭している(白井聡『永続敗戦論』など)。ここでは現状追認的な保守が戦後レジームへの甘えを発揮し、リベラルが非現実的、冒険主義的な脱却を唱えているという転倒が発生していると言えるだろう。 *3 江藤淳『成熟と喪失─〝母〟の崩壊』(講談社文芸文庫、 1993年) *4 柄谷行人、中上健次、島田雅彦、田中康夫、高橋源一郎、川村湊、津島佑子、いとうせいこう、青野聰、石川好、岩井克人、鈴木貞美、立松和平、ジェラルディン・ハーコート、松本侑子、森詠「湾岸戦争に反対する文学者声明」( 1991年) *5 前掲「湾岸戦争に反対する文学者声明」に付随した FAX *6 柄谷行人『憲法の無意識』(岩波新書、 2016年)/柄谷行人は 2011年の東日本大震災とその後の福島第一原子力発電所の事故に際し活発化した反原発運動の、そしてその後の 2015年の反安保法制運動のイデオローグとして活動した。これらの運動の訴求力は弱く、成果も皆無であったと言わざるをえないが、ここで重要なのは柄谷が展開していた憲法論に見られる倒錯だ。〈戦後憲法一条と九条の先行形態として見いだすべきものは、明治憲法ではなく、徳川の国制(憲法)です。[中略]それは日本史においてまったく新しいものだとはいえない。ある意味で、明治以前のものへの回帰なのです。[中略]しかし、九条は日本人にとって、まったく外来のものというわけではありません。ある意味でそれは「徳川の平和」にあったものです〉と、柄谷は冷戦下のアメリカの占領政策のひとつであった戦後憲法による日本の非武装化を江戸期より形成されてきた日本人の無意識、超自我を結果的に表現した「神からの贈与」だと主張する。これは改憲論者がこの 70年間反復してきた、アメリカの占領政策として「押し付けられた」憲法を、国家として「自立」しその尊厳を取り戻すために改「正」すべきだという主張に対する反論なのだが、ここで柄谷は実質的に歴史的な事実(政治)を後から読み替えること(文学)を主張しているのだ。 *7 三島由紀夫・東大全共闘『美と共同体と東大闘争』(角川文庫、 2000年) *8 西尾幹二「文学の宿命─現代日本文学にみる終末意識」(『新潮』 1970年2月号) *9 前掲『成熟と喪失』 *10 江藤淳「日本と私」(江藤淳著・福田和也編『江藤淳コレクション 2』ちくま学芸文庫、 2001年) *11 大塚英志『江藤淳と少女フェミニズム的戦後─サブカルチャー文学論序章』(ちくま学芸文庫、 2004年) *12 宇野常寛『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎文庫、 2015年) *13 河合隼雄・村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(岩波書店、 1996年) *14 村上春樹『ねじまき鳥クロニクル─第 3部 鳥刺し男編』(新潮文庫、 1997年) *15 宇野常寛『ゼロ年代の想像力』(ハヤカワ文庫、 2011年)第 2部 *1 手塚によるリミテッド・アニメーション的手法を用いた国産テレビアニメの制作以前、国産アニメーションの主戦場は劇場用映画であり、東映動画を中心にディズニーをより直接的に範とする長編作品が制作されていた。手塚によるアニメへの介入は、後にマーチャンダイジングと結びつき、より商業性を強めた(したがってより深くこの国の子供たちの欲望をすくい取った)独自のテレビアニメシーンの源流として位置づけることができるだろう。 *2 大塚英志『アトムの命題─手塚治虫と戦後まんがの主題』(角川文庫、 2009年) *3 前掲『江藤淳と少女フェミニズム的戦後』 *4 佐々木守『戦後ヒーローの肖像─『鐘の鳴る丘』から『ウルトラマン』へ』(岩波書店、 2003年) *5 アイザック・アシモフ著・小尾芙佐訳『われはロボット 決定版』(ハヤカワ文庫、 2004年) *6 切通理作『怪獣使いと少年─ウルトラマンの作家たち』(宝島社文庫、 2000年) *7 加藤典洋『日の沈む国から─政治・社会論集』(岩波書店、 2016年) *8 佐藤健志『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋、 1992年) *9 『機動戦士ガンダム』第 1話( 1979)オープニングナレーション *10 「ガンダム情報サイト・ガンダムチャンネル」年表より。 http:// www. gundam-c. com/ other/ history/ uc. html *11 見田宗介『社会学入門─人間と社会の未来』(岩波新書、 2006年) *12 大澤真幸『増補 虚構の時代の果て』(ちくま学芸文庫、 2009年) *13 宮台真司『終わりなき日常を生きろ─オウム完全克服マニュアル』(ちくま文庫、 1998年) *14 東浩紀『動物化するポストモダン─オタクから見た日本社会』(講談社現代新書、 2001年) *15 『ドラゴンクエスト』シリーズ、『ファイナルファンタジー』シリーズなど R PGブームを牽引したタイトルの多くが、中世ヨーロッパ風を基調としたファンタジーであったことは象徴的だが、まさにこれらのゲームの描いた物語は失われた大きな物語を補う「仮想現実」的なものだった。当時の日本の文化空間ではなじみの薄かった西欧風のヒロイック・ファンタジーは戦後日本の少年少女にとって完全な「ここではない、どこか」として機能したのだ。 しかしこれらの仮想現実への没入は戦後的なアイロニー、例えば大澤真幸がオウム真理教に、あるいは「新しい歴史教科書をつくる会」に見出したような消費者ひとりひとりの内面における自意識の操作としてのアイロニーは働いていない。その代わりにゲーム「システム」が機能しているのだ。勇者がお姫様を救う勧善懲悪の物語に多くの消費者たちが没入した背景にも、もちろん「こんな相対主義の時代だからあえて勧善懲悪を、云々」といった自意識上の操作(アイロニカルな没入)が働いていたことは間違いない。だがそれ以上に、そこには「戦闘ゲームを繰り返すことで主人公たちの能力を鍛えていく」「物語上に提示された謎の解明やアイテムの捜索を行う」といったゲームをプレイすることそれ自体がもたらす没入の効果が強く働いていたと言えるだろう。「勇者がお姫様を救う」という物語なんて今更感動できないという消費者も、こつこつ主人公たちのレベルを上げていくうちにいつの間にか物語に没入し、結末ではうっかり涙を流してしまうのだ。こうして物語の、それも仮想現実的な物語の器としての側面を強く進化させた国内のデジタルゲーム、特に RPGはその傾向を強化していった。第 3部 *1 宮崎駿「なぜ、いま少女マンガか? ~この映画の狙い ~」記者発表用資料(スタジオジブリ・文春文庫編『ジブリの教科書 9─耳をすませば』(文春ジブリ文庫、 2015年)) *2 http:// bb. goo. ne. jp/ special/ gb/ 0807/ meeting. html(現在閲覧不可) *3 押井守「前略 宮崎駿様─〈漫画映画〉について」(宮崎駿『風の谷のナウシカ─絵コンテ 2』アニメージュ文庫、 1984年) *4 高畑勲『映画をつくりながら考えたこと』(徳間書店、 1991年)/高畑は例えば、こう述べている。〈これはいわばアニメーションの本流への復帰を意味します。現実の日常生活の自然主義的な描写にとどまっていてはアニメーションではありません。ピッピという風変わりな女の子の行動を描写しつつ、子供たちの想像力をふくらませ、遊びの解放感と発見の喜びを味わわせる方向へとその表現をたかめることを要求されているのです。〉 *5 前掲「前略 宮崎駿様─〈漫画映画〉について」 *6 『ルパン三世 カリオストロの城』(宮崎駿監督・脚本、山崎晴哉脚本、東京ムービー新社、 1979年) *7 『天空の城ラピュタ』(宮崎駿監督・原作・脚本、徳間書店、 1986年) *8 宮崎駿・丹羽圭子『脚本 コクリコ坂から』(角川書店、 2011年) *9 岸由二・柳瀬博一『「奇跡の自然」の守りかた─三浦半島・小網代の谷から』(ちくまプリマー新書、 2016年) *10 のちに単行本『楽器と武器だけが人を殺すことができる』( KADOKAWA、 2014年)に収録。 *11 カント著・中山元訳『純粋理性批判 1』(光文社古典新訳文庫、 2010年)/〈身軽な鳩は、空中を自由に飛翔しながら空気の抵抗を感じ、空気の抵抗のない真空の中であれば、もっとうまく飛べるだろうと考えるかもしれない。プラトンも同じように、感覚的な世界が知性にさまざまな障害を設けることを嫌って、イデアの翼に乗り、この感覚的な世界の〈彼岸〉へと、純粋な知性の真空の中へと、飛びさったのだった。そしてプラトンは、その努力が彼の探求にいささかも寄与するものではないことには気づかなかったのである。[真空の中では]その上でみずからを支えたり、それに力を加えたりすることができるような、いわば土台となるいかなる抵抗もないために、知性を働かせることができなかったのである〉第 4部 *1 「アニメ新世紀宣言」( 1981年2月 22日、新宿駅東口のスタジオアルタ前広場で開催された『機動戦士ガンダム』劇場版第一作の宣伝イベント「 2・ 22アニメ新世紀宣言大会」での宣言) *2 もっとも富野はその一方で当時から「ニュータイプ」という概念が物語展開上の要請に応えた後付けの設定であることを自虐的に語り、その過剰な意味付けに対し自ら牽制する発言を多く残している。後年の富野によるニュータイプの矮小化とその概念の混乱は、この中途半端な態度に既にその萌芽を読み取ることができる。 *3 『別冊宝島 293号 このアニメがすごい!』(宝島社、 1997年) *4 『 STUDIO VOICE』(インファス、 2000年2月号) *5 『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(富野由悠季監督・原作・脚本、サンライズ、 1988年) *6 富野由悠季『機動戦士ガンダム F 91─クロスボーン・バンガード(下)』(角川スニーカー文庫、 1991年) *7 富野由悠季『増補改訂版 だから僕は…』(アニメージュ文庫、 1983年) *8 富野由悠季監修・天本伸一郎編『富野由悠季 全仕事─1964─1999』(キネマ旬報社、 1999年) *9 大塚英志・ササキバラ・ゴウ『教養としての〈まんが・アニメ〉』(講談社現代新書、 2001年) *10 「勇者ライディーンスペシャル対談」(『ファミリー探検隊』勇者ライディーン特集 2)/前掲『富野由悠季 全仕事』 *11 氷川竜介『フィルムとしてのガンダム』(太田出版、 2002年) *12 上原康仁・鈴木遼介編『ガンダム Gのレコンギスタ オフィシャルガイドブック』(学研パブリッシング、 2015年) *13 『機動戦士ガンダム』には多くの女性兵士が登場するが、彼女たちのほとんどがモビルスーツ(人型のロボット兵器)ではなく、モビルアーマー(動植物などをモチーフにした非人間型の機動兵器)や戦闘機などに搭乗する(そしてこの構図は後の続篇群で、極めて意図的に放棄されていく)。これはヒロインが女性型のロボットに乗り主人公の「サポート」に徹する『マジンガー Z』の無邪気さ、無自覚さとは対照的だ。そのため、『機動戦士 Ζガンダム』以降の続篇群において、富野は女性の社会進出とモビルスーツ・パイロットの女性化を重ね合わせ、重要な主題のひとつとすることになる。主人公の少年兵にガンダムを与える存在も、シリーズが進行すると「父」から「母」へとシフトする。 *14 「私のなかの歴史 オホーツクから『ガンダム』へ─13 漫画家・安彦良和さん」(『北海道新聞』 2012年3月 19日付け夕刊) *15 『機動戦士 Ζガンダムを 10倍楽しむ本』(講談社、 1985年) *16 前掲『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』。以下同。 *17 『アニメージュ』(徳間書店、 1991年4月号) *18 前掲『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』。以下同 *19 『別冊宝島 129号 ザ・中学教師子どもが変だ!』( JICC出版局、 1991年) *20 『別冊宝島 330号 アニメの見方が変わる本』(宝島社、 1997年) *21 富野由悠季『ターンエー( ∀)の癒し』(角川春樹事務所、 2000年) *22 『逆襲のシャア』へのアンサーであることが明言されている『新世紀エヴァンゲリオン』において、庵野秀明は「母性のディストピア」に耽溺する安心と、(戦後的)マチズモの獲得の間で揺れ動く主人公を描いた。だが、ここで描かれている肥大した母性はその毒素を抜かれてしまっている。同作における碇ユイ =綾波レイに託された母性は、少年の小さなマチズモを保証する代わりにその胎内に閉じ込め、他者を排除するという高橋留美子─富野的な「母」像の母子相姦的モチーフを正統に継承しながらも、直接の参照元である『逆襲のシャア』から、その肥大した母性こそが「子」たちをやがては殺していくという決定的な要素を喪失している。『エヴァンゲリオン』における「母性のディストピア」は、その「子」たちを終わりなき日常に閉じ込めるだけなのだ。 *23 小牧雅伸・穂浪優子・千手孝一・賀屋聡子編『富野語録─富野由悠季インタビュー集』(ラポート、 1999年) *24 前掲『ガンダム Gのレコンギスタ オフィシャルガイドブック』 *25 「ターン Aターン」(『 ∀ガンダム』主題歌) 本書は、二〇一七年十月に集英社より単行本として刊行された作品を、大幅な加筆訂正のうえ、二分冊で文庫化したものです。
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